[AIのべりすと長編小説]サイボーグ少女はバグAIに幻を見せられる 第1話:誕生

 吾輩は猫である。名前はまだない。
 そんな常套句から始まる小説がある。猫に自我なんてあるのか。本能が自我の代わりにでもなるのだろうか。猫にだって自我はあるし猫なりに考えて生きていると言う人がいる。ワタシには難しい疑問がよぎる。いや、答えなんてきっと無いのだけれどね。

 ◆◆◆


 酒津さとりは気づくと白い部屋にいた。ベッドに寝かされていたようだ。

「……ここどこ? ワタシ……!?」

 喉が少し掠れてる。それに痛みがある。上を向くと『酒津さとり』と書かれたプレートを見る。
 ワタシの名前だ。もしかしてここは病室なのかな?
 さとりはそう思い、起き上がってベッドの横に置いてあった手鏡を取ろうと右手を伸ばした時、誰かの気配を感じた。
 その方向に目を向けると白衣を着た女性が立っていた。さとりはその人に警戒心を持ったけど、彼女は笑顔でこう言った。

「あら? 目が覚めたようね」

 声を聞いて確信した。
 あの女性はワタシの担当医だろう。ワタシが目覚めるまで待っていてのだろうか。それはとてもありがたいことだ。なんせ、ワタシには今の状況が全くわからない。

「えっと、あなたは?」
「あぁ、私はあなたの手術を担当した双人《ふたり》よ。双人博士って呼んでね。それと左腕の調子はどうかしら? ほら、サイボーグみたいで素敵でしょ」

 双人がさとりの左腕を指差す。さとりが服で隠れていない左手を見ると確かにサイボーグ、もとい機械のような腕だ。右手で触ると間違いなく人肌の感触では無い。機械っぽさがあって違和感がすごかった。
 さとりはふと我に返った。
 ワタシの体は今どういう状況なんだろう。そもそも何故病院にいるんだろう?
 気になった事を聞いた。

「あの」

 すると双人は微笑みながら教えてくれた。

「んー? 何かしら? 質問ならなんでも答えるわよ!」

 なんでも……。
 さとりはそう聞いて一番聞きたかったことをすぐに聞いた。

「ワタシ、死んだんじゃないんですか?」

 その問いに双人は少し驚いた表情をして答えた。

「死んだ? まさか! あなたが死んでいたらここにはいないわ」
「だってワタシ、あれ? なんで病院にいるんですか?」
「それも分かってなかったのかしら。いいわ、説明してあげる。あなたは二ヶ月前、電車に轢かれそうになった人を助けるために飛び出したみたい。そして、左腕が潰れる大怪我を負って、それに命の危険があったから私が手術して潰れた左腕の代わりを付けてあげたの。それでもあなたは意識不明の重体だったからこの研究所に運ばれたの。分かったかしら」
「はぁ。ここは病院じゃなくて研究所なんですね」

 つまり二ヶ月もの間、さとりは眠っていたことになる。
 誰を助けようとしたのかな?
 さとりが聞こうとした瞬間、視界がシャットアウトする。


 ◆◆◆


 視界が開けるとそこは教室だった。
 放課後なのか夕焼けが教室を紅く照らしていた。
 さとりは席にポツンと立っている。誰もいない。机の上に自分の鞄だけ置いてある。
 これは……夢?
 さとりは自分の頬を引っ張る。
 痛い。じゃあここは現実なのだろうか?
 そんなことを考えていると廊下の方から足音が聞こえてきた。その音の主は教卓の前に立ち止まると、さとりに向かって話しかけてくる。

「さとり、どうしたの?」
「あっ、祥子ちゃん」

 若木祥子はさとりの隣に来ると窓の外を眺める。さとりもつられて外を見る。そこには校庭が見える。

「ねぇ、祥子ちゃん」
「何?」
「ここってどこ?」
「どこって高校じゃない」
「えっ? でも、ワタシ……? なんでいるんだっけ?」
「なにそれ。さとり、無意識じゃない?」

 無意識。つまり、何も考えることなくずっと教室にいたのだろう。
 さとりは自分がなぜ夕方まで教室にいたのか分からなかった。しかし、そんなことはさとりにはどうでもよかった。
 だって祥子ちゃんが来てくれたんだもの。別に心配することないよ。
 さとりの耳に高い金属音がしていたのだが、彼女はなぜか気にならなかった。それに彼女の視界にはノイズのような線も映っていた。
 その時、さとりは思った。
 そうか、祥子ちゃんを待っていたんだ。きっとそうだよね。
 そう思って祥子に近づく。さとりは手を伸ばせば届く距離で止まった。

「やっとこっちに来てくれた」

 祥子に手を握られる前に世界が消えた。


 ◆◆◆


 ……? ワタシどうしたんだろう? さっきまで双人博士の説明を聞いてて、それで……。
 さとりが困惑していると双人が不思議そうに見ていた。さとりが顔を上げると、双人は口を開いた。

「どうかしたの? 急に黙っちゃって」
「いえ、なんでもありません。ちょっと考え事をしていました」
「そうなの? まぁ、何でもいいけどね。ところであなたの友達のことだけど」

 双人の言葉を聞いて、さとりは心臓の鼓動が激しくなった。
 友達? その人はワタシにとっての友達だったのかな。
 さとりが考えようとした時、廊下から走る音が聞こえた。

「双人博士! さとりちゃんは……起きてる」

 その声の主は『橘あかり』だった。さとりの幼なじみである。
 あかりは病室に入ると双人に駆け寄った。

「ねえ、さとりちゃんの具合は大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。今起きたところなの、よかったね」
「はい……!」

 あかりは目に涙を浮かべて返事をする。さとりのことが余程心配だったのか安心した顔をしていた。
 ワタシのこと心配していたんだ。あかりちゃんは待ってくれてて優しいな。
 さとりがそんなことを思っていると、あかりは双人の方を向く。

「双人博士! ありがとうございます! さとりちゃんを助けてくれて」
「いいのよ。それが私の仕事だから。それより酒津さん、あなたの左腕にいいものを付けたのよ」
「いいもの?」

 さとりは自分の左腕を見る。すると、左腕が勝手に持ち上がってさとりの顔に近づいてきた。
 えっ、なに? なにこれ。左腕が勝手に動いたのだけど。……いや、違う。勝手になんかじゃない。ワタシが動かしたんだ。
 今度は左の手の平を返してみる。すると、さとりの思った通りに左の手の平は裏返る。

「うわっ、すごい」
「それは国の発明品でね。AIが搭載されているの。あなたの左腕は単なる義手なんかじゃないのよ」
「へぇー」
「私は付け慣れてるから装着して変な誤動作は無いと思うわ」

 双人は自信を持って説明をしていた。確かに、腕が動くのは少し気持ち悪いがそれ以外に違和感はない。それにこの機械の腕は普通の腕よりも頑丈だからある意味便利である。

「じゃあ私出ていくけど、何かあったらすぐ呼ぶのよ」
「はい」

 双人は部屋を出る。さとりは左手で手を振って送る。部屋にはさとりとあかりだけになった。
 沈黙が続く中、先に喋り出したのはあかりの方だ。
 あかりはさとりのベッドの横にある椅子に座ると、さとりの方を向いて話しかける。

「さとりちゃん、体痛くない?」
「痛くはないかな」
「そっか。よかったぁ」
「あかりちゃん、どうしてワタシのところに来てくれたの?」
「そりゃ、幼なじみの見舞いに来ちゃいけないの?」
「あっ、そういうわけじゃないんだけど」

 さとりは困った表情になる。さとりは幼なじみに会えて嬉しいのだが、それ以上に気まずさを感じていた。
 だって、ワタシが一番会いたかったのは祥子ちゃんだもの。でもどこにいるんだろう?

「あかりちゃん、祥子ちゃんはどうしてるの?」
「……」
「あかりちゃん?」
「ううん、なんでもない。……祥子ちゃんは遠くに行っちゃったの」
「えっ? ああ、転校しちゃったの?」
「うん」

 転校かぁ。ワタシが二ヶ月も意識不明になっていたから話せなかったんだ。祥子ちゃん、寂しかっただろうなぁ。

「ねえ、祥子ちゃんとは連絡取れないの? 電話番号とか知ってたりしない?」
「ごめんね。祥子ちゃんの番号とアドレス知らないの」
「そっか、そうなんだ」

 さとりは残念な気持ちになる。なぜなら祥子のことが好きなので一番会いたかったのだ。しかし、もう会えないかもしれないという不安もある。
 ワタシ、このままだと祥子ちゃんと会えないことになるの? そんなの嫌だよ。
 さとりは悲しそうな顔をする。それを見たあかりは心配そうな顔になってさとりに話しかけた。

「さとりちゃん大丈夫だよ」

 さとりはあかりの方に顔を向ける。
「どうしたの? さとりちゃん」
「ワタシ……祥子ちゃんに会いたい。会いたいの!」

 さとりは突然ベッドから飛び出して部屋を出ていこうとする。あかりはさとりを静止させようとするも、止められなかった。


 ◆◆◆


 研究所の廊下は無音に包まれていた。さとりの足音だけが響く。さとりは急いでいた。早く、祥子に会わなければという思いでいっぱいだった。
 さとりは走りながら考える。
 もし、今、祥子ちゃんと会ったとしてワタシは何を言うんだろう。ワタシが言いたいことはただ一つだけだ。『好きだ』と伝えよう。ワタシはずっと好きだったんだ。
 さとりはふと足を止める。廊下の曲がり角から声が聞こえる。さとりは聞き耳を立てる。

「だから、酒津さとりは怪しいんですって」
「はぁ、そうですか」

 一人は双人博士だが、もう一人は知らない人の声。姿を確認しないと分からない。
 あれ? なんでワタシの名前が出てるんだろ? まさか、ワタシが何かしたの?
 さとりは恐る恐る覗いてみる。すると、そこには二人の女性が立っていた。双人博士は白衣を着ているが、もう一人は警察官の格好をしていた。
 なぜ警察が?
 ワタシ何も悪いことなんてしてないのに。ただ、人を助けようとしただけなのに。
 ?
 その人の顔を思い出せない。

「調べてるから分かってると思うけど、彼女の身の回りで不審な点なんてないのよ」
「そうですかねぇ。私は二人の間に何かあったんだと思うんですよ。それが分かれば解決するわ」
「解決って。これは事故なんだから、執拗に調べても無駄なのよ。事件性は無し。証人もいない。悲しい事故でしたで終わりよ」
「だから、酒津さとりは」
「ワタシが……なんですか?」

 女性警官が話している途中でさとりの声が聞こえてきた。女性警官は驚きのあまり体が固まる。双人はやれやれといった感じで話す。

「酒津さん、盗み聞きなんていい趣味してるわね。ちょっと興奮してきたわ」
「気色悪。いや、あなたは患者に対してそういう趣向をお持ちなんですか」
「いや単に酒津さんはストライクゾーンなだけだし」

 学生に手を出すタイプ?

「それで、ワタシがどうしたっていうんですか?」
「ああ、それは……」
「これ以上説明しても埒があきません。私は帰りますね」

 女性警官はそそくさと帰ってしまう。

「あらら、逃げちゃった。まあ、仕方ないか」

 双人はため息をついた。少し安堵しているようにも見える。
 さとりは不安になりながらも双人の方を見る。

「あの、ワタシのことを調べているというのはどういうことです?」
「ああ、あなたは何も気にしなくていいのよ。私はあなたのことが気になるけど」
「えぇ……」

 さとりは思わず後退りしてしまった。双人のことが少しだけ気持ち悪く感じてしまう。

「その、流石に歳が離れてると思うんですけど」
「年齢は関係ないの。私が好きなものは好き。愛があれば年齢の差なんて関係無いの」
「ワタシは好きじゃないです」
「そんなこと言うと私、泣いちゃうわよ」

 双人博士は泣き真似をする。しかし、泣いているようには見えない。むしろ笑っている。
 この人怖い!

「まあそんなことはいいけど酒津さん、一応安静にしておかないといけないわ。でもそれだけ動けるならリハビリも長くはいらなさそうね。よかったわ」
「は、はぁ」

 さとりは困惑していた。なぜ自分が病院にいるのか、なぜ警察が来ていたのか、なぜ双人が自分のことを気になっているのか。何一つ理解できない。

「それじゃあお大事に」

 双人はさとりに投げキッスをして歩いていった。
 さとりはしばらく考え込む。しかし、いくら考えても答えは出なかった。
 そもそも祥子ちゃんに会うのにわざわざ廊下を出る意味あったのかな? ワタシどうかしてた。病室に戻ろうかな。あかりちゃん待ってるかもしれないし。
 さとりは踵を返そうとする。

「あの」

 後ろから声が聞こえる。
 さとりは振り向くとそこには女の子が立っていた。さとりと同じくらいの年齢の子だろうか。あかりの銀髪に負けないくらい輝いてる茶髪が印象的であった。
 かっ、かわいい……。ふわふわした髪で天使みたい。い、いや祥子ちゃんの方が好きだから好きになることはないからね! 見た目は超好みなんだけどね!

「えっと、ワタシですか?」
「は、はい」
「どうしました?」
「じ、実はトイレの場所が分からなくて」
「あっ……」

 さとりは一瞬固まってしまった。自分はトイレどころか今いる場所がどこなのかさえわからない。

「えっと、その、ワタシ、ずっと意識不明の重体で、今日起きたばっかりで……」

 改めてなに言ってるんだろうな。
 実際に寝ていたとはいえ、何も知らない。だけど、今生きているのが不思議な感覚。

「そう、なんですね」

 女の子は申し訳なさそうな顔をした。さとりも申し訳ない気持ちになったがふと、女の子を見ると右手が変だった。
 その右手はさとりの左腕と同じように機械のように見える。

「あっ右手」
「あっこれですか? 双人博士が手術して付けてくれたんです」
「へぇ」

 女の子は右手を見せてくれた。右手首で結合されていてまるで機械と一体化していた。とても綺麗な手だなと思った。
 女の子はさとりと目が合う。さとりは照れてしまい目をそらしてしまう。
 やばいやばいやばすぎる! かわいすぎだって!
 女の子はさとりの左腕を見ていた。
 なんか腕見られてる……恥ずかしいな。って、あれ左腕が勝手に動いてこの子の肩にーー


 ◆◆◆


「さとり、どうしたの?」

 祥子ちゃんの声で気がつく。ワタシは今祥子ちゃんと帰っているのだ。

「ごめん、ぼーっとしてて」
「大丈夫?」
「うん!」

 さとりは笑顔を見せる。

「もうすぐ夏休みだし、楽しみだよねぇ」
「そうだね」
「海とか行きたいよね」
「そ、それは……」

 祥子は言いたくなさそうな顔になっていた。さとりはその顔を見て少しだけ違和感を感じた。
 もしかしたら、ワタシと海に行きたくないのかな? 
 さとりは不安になりながらも話を続ける。
 祥子ちゃんはワタシから告白して付き合ってくれた。ワタシと祥子ちゃんは恋人同士。いいでしょう?
 歩いていくと踏切が見えた。夏瀬駅と葵駅を繋ぐ線路上にある。この時間帯だとあまり電車が通ることはない。
 なのに。

「……?」

 さとりの体は動かない。いや、動かしたくないのだ。

「……」

 祥子が心配している。しかし、さとりにはその表情が心配しているようには見えなかった。
 何故だろう? 踏切を超えてはいけない気がする。超えたら何かがなくなってしまうかもしれない。
 さとりは最後の理性で動くのを躊躇っていた。さとりが一歩引くと祥子に手を掴まれる。

「さとり、どうしたの? 私を困らせないでくれ」

 祥子は動かないさとりを無理やり手を引いて引っ張る。

「祥子ちゃん、その、なんか、変だよ。なんていうか別人みたいで、気持ち悪いよ……」
「さとり、私が誰かとすり替わってるって言いたいの? まあ私が実はドッペルゲンガーとかスワンプマンっていうのは冗談としては悪くないね。さとりも私の話分かってくれてるし」
「いや、そうじゃなくて」
「さとりはさ、本当に優しいよね。だから、私はさとりが好きなんだ」
「えっ……」

 祥子ちゃんはワタシの左手を離してくれない。それなのにその言葉はズルい。祥子ちゃんから言ってくれるなんて嫌な訳がない。でも……。

「違うの! 祥子ちゃん! 聞いて!」
「なにが違うの。私達は両思いなんだよね? それにさとりは私と手を繋ぐのは好きだったでしょ」

 祥子は怒りながらさとりの左手を引っ張る。さとりはそれに抗うことはどうしてもできなかった。

 ずし。

 さとりの足が踏切に踏み込んだ瞬間、全身から冷汗が出た。体が凍るように冷たい。心臓がバクバクして息が苦しい。

「うっ」
「どうしたの?」
「なんでも、ない……かも」
「ふふっ、変なの」

 祥子は楽しげな声で笑った。

「ほら、早く行こう?」

 祥子はさとりの左手を強く引っ張る。さとりの左腕はまるでロボットのように固まっている。

「いやぁ! 祥子ちゃん! やめて! お願い! なんかおかしいよ!」
「さとりってば、どうしたの。頭がどうかしたのかい。そういえば、さっちゃんって言う童歌にはこんな言い伝えがあって……」

 祥子が楽しそうに説明していたが、さとりは取り乱したままだ。
 祥子は当然のようにさとりの左手を引っ張り続け、さとりはとうとう踏切を超えてしまう。

 かーん! かーん!

 突然、踏切が鳴り始めて遮断機が降りていく。
 それはさとりが踏切を超えていくのを見計らってかのように。
 そしてさとりと祥子の目の前で電車が通り過ぎていく。
 そのタイミングの良さにさとりはただ見るしかなかった。

「あっ」

 さとりは後ろを向いて電車が通り過ぎるのを見る。さとりの視界に何かがいた。
 それは絶対に有り得ないモノ。先程祥子が冗談で話したあれである。

「ワタシ……?」

 さとりがいた。だが、左手が見えなかった。
 その理由は今のさとりにはよく分からなかった。


 ◆◆◆


 さとりは気づくと女の子に手を引っ張られていた。
 先程まで話していたはずなのに、なぜ引っ張られているのかわからなかった。

「あの……」
「は、はい!?」

 女の子は驚いた顔でさとりを見る。

「なんでワタシの手を掴んでるんですか?」
「えっと、その、あなたが何も反応しなくなったから仕方なく、うう……」

 女の子は言いにくそうに言う。さとりは話をしていたら、いきなり引っ張られていたのだ。さとりの方が驚いている。

「えっと、ごめんなさい、手、離します」

 女の子は手を離す。さとりは少しだけしまったと思った。こんなに天使みたいにかわいい子に手を繋いでもらえるなんて、そうそうないから繋いだままでよかった。あんまり考えるとあかりに怒られそうであり、祥子と揺らぎそうだからやめておくことにした。
 それにしても、ここはどこだろう?
 さとりは辺りをキョロキョロ見渡す。
 そこはスタッフルームであった。実際にそう書いてあるのでそうであろう。

「職員の人に、聞けば分かるから」

 女の子はノックして扉を開ける。開けた扉から双人とは違う白衣の女性が来た。

「あの、すいません、トイレはどこでしょうか?」
「はぁ。教えるからちょっと待って」

 その女性はぶっきらぼうな印象があったものの、親切に教えてくれた。

「あ、ありがとうございます」
「あ、ついでにワタシの病室の番号教えてもらえませんか?」
「は? あなたの? ……ああ、そういうことね、分かった」

 女性はさとりを見るなり理解したようだ。そして、メモを書いて渡してくれた。
 さとりはお礼を言って部屋を出ると、女の子と別れた。女の子は廊下の向こうへと消えていった。
 さとりは渡された紙をポケットに入れる。
 とりあえず帰ろう。あかりちゃんが心配している。
 帰ろうとした。
 帰ろうとしたはずだったのに。
 気がつけばスタッフルームの前にいた。
 困惑がさとりを襲う。
 どうして? ワタシは確かに自分の病室に戻ろうとしたはずなのに。もしかして、頭がおかしくなった? いや、そんなことはない。ワタシは正常だ。じゃあ、なんで?
 スタッフルームの扉の前に立ち尽くしてしまっていると声がする。先程の女性と双人博士の声だった。

「ボイジャーについてるAIが誤作動を起こしてる?」
「うーん、さっき国から連絡があってね。もし話が本当ならリコールどころの騒ぎじゃないって」
「それじゃあ博士が付けてるAIは」
「もしかしたら誤作動してるかもね。だから今の患者を返そうか迷ってるわ」

 さとりがもっと聞こうとしたらあかりが来た。あかりは不思議そうな顔をしていたが、さとりの顔を見ると安心した表情を見せた。

「さとりちゃん、もう心配したよ。急に出て行くし。それになんだか様子が変だし。本当に大丈夫なの?」
「うん、大丈夫だよ。ワタシはいつも通りだよ」
「そうかなぁ。まあいいや、早く行こう。さとりちゃんがいなくなったから両親が心配してたよ」
「うん、そうだね」

 さとりはもっと聞いておきたかったがあかりに手を引かれて部屋に戻った。部屋に着いて両親に会うとやはり心配されていた。二ヶ月も眠っていたのだ。心配にならないわけがない。そして両親は「元気なのはいいけど、起きたばかりなら休んだ方がいい」と言ってくれたので休むことにした。
 さとりは自分のベッドで横になる。
 今日はいろいろあったな。
 さとりは目を瞑りながら思う。まずは自分がなぜ入院していたのかを思い出す。
 ワタシは事故に遭った。そして、病院に運ばれ、意識不明のまま眠り続けていた。そして今に至る。
 さとりはなぜ自分がここにいるのかを思い出そうとする。思い出そうとすると覚えていないことがところどころある。二ヶ月前のことなんてそんなに覚えていない。

「……ワタシはなんでここに来たの?」

 さとりは呟く。その答えは分からない。


 ◆◆◆


 翌日、さとりは検査することになった。
 双人博士が言うには一応何か異常がないか一応見るためと言われた。一応を二回言ってる辺り、何かあると踏んでいるように思えた。
 さとりはベッドに寝転んだまま、左腕に管を付けられる。機械なので何かの電気信号を受信しているらしい。
 さとりは少し不安になっていた。もしも、異常があれば左腕を取り外すなんてこともあるかもしれない。それは嫌だった。便利な物を失くすなんて嫌な気持ちになる。
 怖いなぁ。ワタシの腕に何かあったらきっと手術して付け替えるんだろうね。なんだろう、体を弄くり回されてるみたいで嫌。
 さとりがそんなことを考えていると、双人博士がやってきた。
 双人は昨日とは違って優しい口調で言う。
 どうやら今日の双人博士はとても機嫌が良いようだった。
 双人はニコニコしながら話し始めた。

「酒津さん元気? 今日もかわいいね、ふふふ」

 この人は検査にしに来たのか口説きに来たのか分からない。

「はぁ。双人博士、検査って何するんですか? ワタシ、何もないんですよね?」
「ああ、そうね。でも念のためよ。じゃあ始めるわね」

 博士はそう言って機械を操作する。
 病室に機械音が鳴り響く。さとりの左腕は調べられていく。
 さとりはされるがままにされている。
 しばらくすると機械が止まった。どうやら終わったようだ。
 さとりは左腕に違和感を感じおり、付けられたチューブが気になって仕方がなかった。
 さとりは起き上がると腕をぐるぐる回す。特に変わった様子はない。

「ねえ、双人博士。ワタシの左腕に何かありました?」
「うーん、それがねぇ。今のところは特に問題はなかったのよね。ただ、ちょっと変な動きが起きてるみたいで」
「変な動き? なんですか、それ」
「娘に何かあるんですか?」

 お母さんが心配そうに言ってくる。

「そうね、脳の波長とAIの波長を見ててね、娘さんの左腕に付けたAIの動きが横にズレているんですよ。でも縦と波の大きさはぴったりなんです。多分脳の命令がズレてるだけかもしれないので、もしも左腕が誤動作するようでしたらまた来てください。メンテナンスして誤動作を直しますから」

 それを聞いて両親はホッと一安心したようだ。

「よかったね。さとり」
「うん、そうだね」

 さとりは両親の顔を見ながら笑顔を見せた。

「じゃあ、酒津さん、私は帰るね」
「はい、お疲れ様です」

 そう言いながら、さとりは双人を見送った。両親がこちらを見てくる。

「それで、さとり。体の調子はどうなの?」
「うん、もう大丈夫だよ」
「そうか、それなら良かった」
「ワタシももう大丈夫だよ」
「それならいいんだけど」
「それよりさ、お父さん。聞きたいことがあるんだ」
「なんだい?」
「祥子ちゃんはーー」


 ◆◆◆


 祥子はさとりを優しく抱きしめていた。踏切からは遠い場所。道路の真ん中にいた。

「ダメだよ、そんなこと聞いちゃ。私のこと疑うなんて」

 なんのことだろう?
 さとりは思った。しかし、それ以上聞くことができなかった。

「さとりは私の恋人なんだから、私を信じなきゃ」
「うん、そうだね」

 ワタシは祥子ちゃんを信じることにする。だって祥子ちゃんは正しい。ワタシのことを好きでいてくれる。ワタシは間違えない。ワタシは祥子ちゃんを好き。だからワタシは信じていいんだ。
 さとりはそう思うことにした。そんなさとりを見て祥子は微笑んだ。
 彼女はさとりを自分の物にできたことに喜びを覚えていた。
 さとりには見えないようにせせら笑う。
 セーラー服から見えるさとりの左腕は綺麗な肌色だった。


 ◆◆◆


「さとり、どうしたの。急に黙っちゃって」
「え、なにかな?」
「お友達のこと。お母さんたち、あんまり知らないから何も言えなくてごめんね」
「そ、そうなんだね、あはは」
「病み上がりだけどしっかりしてよね、もう」

 さとりの母は突然黙った娘に対して、心配しながら言葉をかける。
 さとりは苦笑いしながら、曖昧な返事をする。

「ははは、わかってるって」

 そう言って言葉を終わらせる。
 今、数秒だけど意識が飛んでいた。ボッーとしたのとは少し違う。ワタシ疲れているのかな。
 さとりは不安に思いつつ、自分の左腕を見つめるのだった。

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