『百万畳ラビリンス』は非日常に対する素質を残酷なまでに描き切る
※作品紹介の性質上、多少のネタバレを含みます。
■作品概要
作品名:百万畳ラビリンス
作者:たかみち
掲載誌:ヤングコミック
発表期間:2013年から2015年
巻数:全2巻
個人的な評価:71点
■あらすじ
■非日常に対する素質と才能
この漫画の最大の良さは「バグった世界を目の前にした時の向き合い方の違いを残酷なまでに描いているところ」です。
物語の舞台であるバグった世界では、無限だと思われる空間に渡って古びた和室が連なっています。畳の下が天井に繋がっていたり、和室の1室に小便器が佇んでいたりと、その奇妙には規則性がなく、ゲームのデバッグのバイトをしている学生の「礼香」と同じく「庸子」は当て所なくこの空間を旅しているのです。
メイン人物の1人、「庸子」は元の世界に帰ることをモチベーションに旅をします。旅の途中で出会う全てはほとんど偶然で、狙ったなにかにたどり着けることは滅多にありません。即ち、当然のように食料や衛生の問題が浮上するわけですが、庸子はそれでもなお人間的にあろうと努め、礼香が食料を物色したり、風呂に浸かっている様に度々苦言を呈します。
一方の礼香はというと、問答無用にあるものは使う。思い立ったことは試す。1巻の冒頭では、下り階段の先に自分達の後頭部を確かめたことから、無限に階段が続くエリアにボールを落としたらどうなるか、実験を始めます。
これ以外にも「空間に生えている木は状態が同期していること」「ちゃぶ台の上に乗っけたものは全てのちゃぶ台の上に複製されること」など、この空間のルールにあたる事項を次々に発見しては、それらをなんらかの形で活かしていきます。
ここに、酷いほどに礼香と庸子の違いが突きつけられています。
礼香は、まるでソレが当たり前と言わんばかりに、ゲームを攻略していくかのように空間の法則を発見し、応用していきます。一方の庸子はと言うと、礼香の提案に付き従いはするものの、この空間を、元いた世界の常識で測ろうとする態度を辞めることができません。
庸子にとってこの空間は「バグった」「おかしな」「異常な」世界に他なりません。庸子の中にあるモチベーションはただ一つ「元いた世界に帰る」ことであり、その内実も「彼氏を残している」という平凡極まりない理由です。礼香において、この謎の空間は、端的に『空間』でしかなく、それは元いた世界についても同じことなのです。
礼香は、元いた世界で奇行を繰り返し、それゆえに友達がいませんでした。しかし、何をもってある行動を『奇行』と区別するのでしょうか。奇行を、奇行たらしめるには、その世界における『常識』がなくてはなりません。ある行動を常識と照らし合わせ、その範疇から逸脱したか否か、その基準を用いて人々は奇行とそれ以外を区別します。そんな『常識』の、なんとツマラナイことでしょうか。礼香は文字通り、「常識にとらわれない」人間なのです。暗黙の、コンセンサスの内に“生じていた”常識の檻に囚われることなく、彼女は行動のモチベーションに『好奇』と、徹底的な『合理』を用いています。
だからこそ、礼香は謎の空間と元いた世界を“全く同じ眼差し”で見つめます。そして一貫した『好奇』と『合理』をモチベーションに行動を起こします。この行動は「元いた世界に帰る」という酷く常識的なモチベーションを使って行動を起こす、人間的な人間である庸子からしたら『奇行』に写ります。しかし、元の『常識』が通用しない世界では、奇行がまさしく正しい行動へと変化していきます。ある時は、木の同期を使って空間を喰らうモンスターから逃れ、ある時はちゃぶ台の複製機能を使い、モンスターそのものを倒してしまいます。礼香は、この世界にその存在を認められているのです。
その結果として、当然におこる事象として、礼香に対する評価は元いた世界と綺麗に反転します。常識的な、人間的な人間が評価されていた時代は終わり、常識に囚われない視点を持ち、かつ『好奇』から実際に行動を起こすことができる礼香こそが歓迎された人間であり、そこに囚われたままの庸子は、劣等感を感じてしまうほどまでにこの世界に歓迎されていないのです。
この「常識に囚われない世界」で、礼香と庸子は何を思い、そして何を大切にし、何を起こすのか。下巻で礼香はこう宣言するのです。
”ここを貰うことにしたから“
■まとめ
『百万畳ラビリンス』は、既存の価値観を転倒させることで浮かび上がる人間性を克明に描くとともに、ゲーム的な、つまりアルゴリズム的なことを最善とする世界での冒険を描いた作品でした。
正直『LO』が好きすぎてイラスト目(=たかみち目)で買ったけど思いの外よかった。たかみちの『りとうのうみ』とかは正直全然面白くなかったからびっくりした。これからもLO買うぜ。LO買うのはクジラックス目だけど。
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