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おれはなんで西城樹里をプロデュースしているんだろうな

 

西城樹里というアイドルを知っていますか?

アタシがアイドルって……どう見てもそんなガラじゃねえだろ!?


うわっヤンキーだ!

ヤンキー怖いよ〜オタクだからヤンキー怖いよ〜ぽたくだから金髪みるだけで怖いよ〜ふぇ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



えっ……………………………?

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ススキ姫…?

 

 

 

 

 

ススキ姫じゃないです

西城樹里です

 

 

西城樹里は初見時に感じられるそのヤンキー的印象から暴力性という暴力性を削ぎ落としたとでも言うべきアイドルで、ヤンキーのの部分である仲間への思いやり気遣い、そういったものにステータスを極振りしている、当然女ウケもいい、そんなアイドルです。

 

ヤンキーキャラといえば最近だと「ゾンビランドサガ」の「二階堂サキ」ちゃんとかが有名ですね

まぁ僕はあまり詳しくないんですけど二階堂サキちゃんといえば暴走族チーム「怒羅美(ドラミ)」の特攻隊長であり、ライバル暴走族チームである殺女(コロスケ)と抗争を繰り広げた、伝説のヤンキーキャラですね。
 
二階堂サキちゃんの印象的なシーンといえばやはりゾンビランドサガ2話「I♡HIPHOP SAGA」で繰り広げられた、源さくらちゃんとのラップバトルではないでしょうか。

 

2話で繰り広げられたラップバトルはBlu-ray Disc1巻の「ゾンビランドサガ SAGA.1」の特典CDに「DEAD or RAP!!!」というタイトルで曲として収録もされています。また、「ゾンビランドサガ フランシュシュ The Best」というアルバムにも収録されています。

 
気になるそのラップバトルの中身ですが、ゾンビとなっても生きる気力を失わずに前へ進もうとするさくらちゃんゾンビとなったことで厭世的世界観に支配され、全てに気力が起きなくなってしまった二階堂サキとの衝突が描かれています。
 
 
特に印象的な歌詞はサキに「アタシら終わってんだよ! もう何も変わりゃしねえよ!」と言われたことに対するさくらのアンサー

 

まだ終わっちゃいねえだろ! むしろ始まったばっかだろ!前に進むしかねえ! じゃなきゃ生きる屍!まだ動くギリギリ、考えれる限り、逃げずにやれよ!ぶっこんでこいよ特攻隊長!


この歌詞を見て何かを思い出したのではないでしょうか…?

 

そう!「ゾンビランドサガ」のOP、「徒花ネクロマンシー」におけるこの箇所ですね!!!

 

「徒花ネクロマンシー」の歌詞と「DEAD or RAP!!!」を見比べてみると、ある共通点が見つけられると思います。それは「徒花ネクロマンシー」の以下の箇所

朽ち果てても進め
枯れても走ることを命と呼べ
空に叫ぶ 脱・生存の定義

ゾンビとなって、心臓の鼓動すら止まった彼女たちですが、源さくらは二階堂サキに対して「まだ動くギリギリ、考えられる限り、逃げずにやれよ!」とアンサーを返します。

当初はゾンビになったメンバーが、源さくらを除いてみな一様に消沈し、生きる気力を失っていたが、源さくらの「動く限りやれ」、転じて「動く限り“生きている”」という思想が、「徒花ネクロマンシー」では「フランシュシュ」全員の考えとして歌われていることがわかると思います。

まさしく、「脱・“生存”の定義」。心臓が脈打つことが生きていることではない、脳が動いていることが生きているということではない。心臓が止まろうが、脳が死のうが、今こうしてここで立って歌える、ここで立って前に進めることを『命』と呼べ

そんな力強い内容を初めて歌ったのが、二階堂サキとのラップバトル、「DEAD or RAP!!!」だったんですね。

「DEAD or RAP!!!」はゾンビランドサガの聖地、唐津で行われた「ゾンビランドサガLIVE~フランシュシュみんなでおらぼう!~in SAGA」においても、アニメ「ゾンビランドサガ」の9話で二階堂サキによって披露された「特攻DANCE」に続き、2曲目に披露されています。

https://www.google.co.jp/amp/s/aniverse-mag.com/archives/30422/amp

 
当時、LVで見ていましたが、1曲目の二階堂サキに続きまたも二階堂サキ。二階堂サキがいかにゾンビランドサガにおけるキャッチャーなキャラとして活躍しているかがわかりますね。

 

ていうか今回の話に「ゾンビランドサガ」および「二階堂サキ」は一切関係ないので忘れてください。なんで出てきたの?

 

 

(西城樹里推しのオタク絶対フランシュシュだと二階堂サキ推しだと思う)

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、シャニマスをプレイする人なら誰でも全てのアイドルをプロデュースしてみたいと思うのが人情ではないでしょうか。

 

シャニマスは全てのアイドルが魅力的な為、推しを厳選すると23人になる(2020.9.26現在)ことはよく知られています。

直感で選んだ1人のアイドルをプロデュースしていくうちに、シャニマスくんの天才を確信。他のアイドルはどんな子なんだろうと、シャニマスのドツボにハマり、全てのアイドルをプロデュースすることになる。おそらくシャニPの誰しもが経験したことでしょう。

そんなシャニマスだからこそ、敢えて「アイドルをプロデュースする理由」なんてものを考えるのは野暮というものかもしれません。

 

いや、しかし

 

そんなシャニマスだからこそ
当たり前にアイドルをプロデュースしているシャニマスだからこそ!
その子特有のよさ、言い換えるならば、その子の強み!魅力!
そういったものに惹かれて、惹かれたからこそ!そのアイドルをプロデュースしていると言えるんじゃないでしょうか!!!

今!この子をプロデュースしているのは、偶然ではなく必然だったんだ。そう思わせる何かがこの子にはあると!確信させてくれるなにかがあるのではないでしょうか!

 

 

 

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・

 

 

なんてな

そんな青いことを考えながら俺はシャニマスを起動した。

今だってそうさ、アイドルを順番に、真乃から順にGRADのコミュを進めている。

そんなもんさ、アイドルをプロデュースするのに必然なんてない。そんなドラマチックなもんじゃねえんだ。

そうして俺は、順番通り西城樹里のGRAD編をはじめた。樹里の魅力は知っている。仲間思いで、気遣いができて…。

 

 

 

 

 

 


………ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎

 

なんだ………………………?

 

なにが起こった……………………?

 

 

 

 

 

 

 

…ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎

 

まただ…‼︎

 

なにが起こっている………‼︎

 

わからない、わからない。が、なにかが起こっていることだけはわかった。

俺はそれから西城樹里GRADを読み進めた。
樹里は、悩んでいた。自分の『魅力』に、自分の魅力がどこにあるのかということに。

 

 

 

『魅力』

樹里の魅力。

知っている、知っているはずだ。俺は、樹里の魅力を。

それで、樹里の魅力ってなんなのさ。俺は、樹里にどんな魅力を感じているのさ。

 

 


仕事に対する真面目さ

 

 

プロデューサーに対する気遣い

 

 

いざと言う時は丁寧な言葉遣いもできる誠実さ

 

 

自分の気持ちに正直な率直さ

 

 

ちょっとしたことで照れてしまううぶなところ?

 

 

他のアイドルに対してできる自然な気遣い

 

どれも、どれも樹里の大切な『魅力』であることには違いない。だけど、それでいいのか?それが答えなのか?

これではあたかも「西城樹里の魅力を教えてください」と言われたから言い訳のように魅力を並び立てているだけではないのか?

GRADでは悩んだ末、樹里のラジオ番組で『樹里の魅力』を募集することになる。

 

しかし、企画の中で行ったファン(限界オタク)との生電話で、樹里はまた悩みにぶち当たってしまう。

 

今までに感じたことのないほど大きく、重いファンの愛に、樹里は自問自答する。「果たして、自分はファンの気持ちに応えられているか」「ファンに恩返しができているか

 

 

ここからの流れは西城樹里史上最も美しいといっても過言ではないコミュが展開されます

 

 

「樹里の魅力」そして「ファンへの恩返し」という2つの悩みにぶち当たった樹里だが、プロデューサーはあくまでも樹里自身の手による解決を図ろうとする。
そこでプロデューサーは「樹里の魅力」に寄せられたメールを全てプリントアウトするという助け舟を樹里に寄越す。

 

(即座に『資源』に着眼点がいく樹里好きだよ)

 

加えてプロデューサーはファンレターを樹里に手渡す。

「風邪ひかないように」「怪我しないように」「いつも元気で」

樹里はおそらくこれまでに耳にタコができるほどファンからこれらの言葉を受け取ってきただろう。実際、樹里のラジオ番組でも、「体調に気をつけて」うんぬんのお便りはいくつも送られてきていた。

そしてプロデューサーはここからさすがとしか言いようがない持論(というか事実)を展開していく。

 

樹里はこれまで「お返しをしなければならない」というある種、強迫観念のようなものを抱いていた。それは、ファンとの電話やメールでより一層強いものとなっていった。

しかし、樹里はそこである1つのことを見落としていた。
それは「ファンレター自体が樹里に対する恩返し」だということ。

樹里によるステージが、仕事が、そのままファンの生きる希望になり、ファンの活力になっているということに樹里は気付いていなかった。つまり、樹里がは「恩返しに対する恩返し」をやろうとしていたことになる。

これはおそらく、樹里がスカウトでアイドルを始めたことから、はじめからアイドルに興味があったわけではないことが原因だと思われる。
アイドルに興味がなかった故に、アイドル視点のアイドルがわからないだけでなく、ファン目線のアイドルという存在も理解できなかった。だからこそ、「恩返しの恩返し」という途方もなく大きい重圧を背負い込んでしまった

もちろんこれは憶測でしかない。樹里のことは樹里にしかわからない、めぐるイズムにたてばそれが答えの筈だ。

ただ、もしたった1つ、これまで展開してきたプロデューサーの持論が、ただの憶測でなく、真実だと裏付ける根拠があるとしたら

 

 

 

俺がそうだからだよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺(=プロデューサー)が樹里の最初のファンだからこそ、全てのファンの代弁者となって樹里にファンの気持ちを告げることができる。
ここまで強い根拠がほかにあるか、これ以上、樹里を納得させるのに必要なものがあるか。

いいや、ない。なにも。

樹里はプロデューサーのこのあまりにも強い根拠のお陰で、自分が知らず知らずのうちにファンに「与える」ことができていたということを理解する

 

そしてここの選択肢、ここで現れる選択肢が。もうすごい、すごすぎる。だって…

「だからさ、樹里」以前の樹里と、以後の樹里ではもう「元気でいてくれ」の受け取り方がまるっきり違う

以前は、ファンのみんなが自分の体調を気遣ってくれていた程度に留められていた「元気でいてくれ」が今では「ファンがファンとして生きていくためにあなたが必要不可欠だ」というとても重い、重い想いが込められた言葉だということが、樹里には理解できるようになっている

だからこその「いつも、元気でいてくれ」。「元気でいる」ということが樹里だけでなく、それがファンの生きる力に、そして「ファンへの恩返し」にもなるという自覚ができるようになった今だからこそ言える「いつも、元気でいてくれ。」。
この選択にこれ以上言葉を尽くす必要はないだろう。それほどにこの言葉は「天才」だから。

それでもなお樹里は「ファンに恩返し」をすることをやめない。しかし、今の恩返しは前のそれとは違う。これからの樹里の恩返しには強迫観念や義務感というものが一切含まれていないのだから。

そうして樹里は最後に「サイッコーに笑う」。ファンの求めているものと、樹里が求めているもの、その双方が合致しているとわかった今だからこそできる「サイッコーの笑顔」。損得勘定やギブアンドテイクを超えた向こう側にある樹里とファン、そしてプロデューサーとの間の「絆」という関係が可能にする「サイッコーの笑顔」を求めて、樹里はGRADのステージに立つ。

あぁ、ファンのみんなも絶対喜んでくれるとおもうz……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

!!?!!?!?!?!?!!!!!???!!!!!!?!!?!??!?!?!!?!?!?!?!?!?!!?!?!?!!???!??!?!?!?!?!!?!?!?!?!?!?!??!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!!!?!!!????!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?

 

まただ…‼︎

またこの感覚…‼︎

まるで、脳をバットでぶん殴られたような

しかしそれでいて、全力でスポーツに取り組んだ、心地よい疲労感のような…

 

そもそも俺は「なぜ樹里をプロデュースしているか」言い換えれば「俺が樹里をプロデュースする必然性はなにか」の答えを求めて筆をとった。
しかし、心の奥底ではわかっていた。そんなものありはしない、樹里のプロデュースに必然なんてなくて、それはただ機械的に行われてるだけだって。

でも…さっきから幾度となく襲ってきたこの衝撃…

 

 

まさか…あるのか…?

樹里をプロデュースする理由が

この先に

GRADのステージに、あるというのか?

なら、確かめに行こう。

 

答えを。

 

 

……

 

………………

 

 

 

 

 

 

「いよいよ決勝だな」

 

 

「緊張してるか?」

 

 

「…樹里、今日のステージ、楽しんでこいよ」

「それから、怪我にだけは気をつけてくれ」

 

 

「自信、持っていけ。樹里なら大丈夫」

「…サイッコーの笑顔、期待してるぞ!」

 

 

 

 

 

………

 

 

……………………

 

 

 

 

 

「樹里!やったな!おめでとう…!」

「サイッコーのステージだったぞ!」

 

 

「…樹里?どうした?」

 

 

「当たり前だろ!というか、きっともうみんな知ってるよ」

「それできっと、すごく喜んでくれてる」

 

 

「はは、そんなの決まってるだろ」

「俺が、そうだからだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ア゛ッ゛ッ゛ッ゛ッ゛!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

ドヒューーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!

 

 

ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ

 

 

 

 

 

これ

 

これだ

 

この笑顔

 

この笑顔を見るために俺は

 

 

樹里、俺は君の

 

サイッコーの笑顔が見たくて

 

そのために俺は君を、プロデュースしていたんだね

 

  

 

 

 

薄れゆく意識の中で俺はあることを思い出していた。

 

あの時は確か地方のロケのために樹里と二人で遠出したときのこと

 

途中に寄ったススキ畑が見事なものだったから、帰りに寄った時…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君をまた、プロデュースするよ

 

 

 


君の、笑顔のために

(おわり)

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