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雑記

仕事

テレワークになって二ヶ月経つがどうも集中できない。10時前後に隣国が起き出してくると更に集中できない。彼らは人に話しかけることを躊躇しない。身内でもないのにメッセンジャーでごりごり連絡を取りたがる。仕掛かりの仕事が全部頭から消し飛ぶ。たまに昼休みにPCを再起動するなどしてステータスがオフラインになっていると「お前は今日出社しているのか」とメールが飛んでくる。夕方ログオフする頃にも見計らってメッセンジャーが飛んでくる。愛されて幸せだ。んなこたあない。あるわけがない。
隣国からは電話もたまに来る。この間は電話の相手が訛りの強い発音で捲し立てながらついでに何か咀嚼していた。ランチミーティングでも何でもないし私は一応取引先の人間のはずなのだが。相当莫迦にされているのかそれとも彼らはそれがデフォルトなのか。「今お昼?遅いね、何食べてるの」とでも聞いてやればよかった。

買い物

何が三日に一度だ週に一回しか外出てねえよ。

メンタル

あまりにも集中できないので自分がなぜ集中していないのかを5回くらい遡った。
集中していない→ぼーっとするから→頭が散らかっているから→優先順位を決められないから→何でもすぐに片付けなければいけないと思っているから→雑でも早く物事を進めることを強要されてきたから
思えば何でも雑な家で高校まで過ごした。ドアの開閉がうるさい、足音がうるさい、やたら物音を立てる、そのくせ私の部屋を勝手に覗くときだけ静かに行動する。二足歩行者と同じスピードで物事を進められないことをすぐ咎める。思い出したら苦しくなった。
早く物事を進めることも丁寧にやることも苦手だったので自然と『どうせうまくできるわけがない』という思考が先行したし、これは家族も同じ思考パターンだった。スポーツ中継を見ていても「どうせ打てない、転ぶ、負ける」と言わなければ気が済まない。その結果通りになれば「ほれ負けた!」と鬼の首でも取ったように嬉しがり、反対のことが起きると「あれ、うまく行っちゃったやあ」と苦々しげにコメントする。全く嬉しそうではない。万事こんな調子なので、誰かを応援しながらスポーツを楽しく見ることは憚られた。閑話休題。
『どうせ〜』について。上記のいきさつで頭のどこかで自分も失敗しなければいけないと思い込んでいる節がある。その一方で、一回でうまくいかないと自分に苛ついてしまう。これはこれで、失敗すると「そんなこともできんだかね」、知らないことに直面すると「そんなことも知らんだ?あんたちょっと頭おかしいら」と詰められた記憶と繋がっている。まあ家の中では何をしようが家族の気に入るような感じではなかったということなのだが。
これから必要なのは、『どうせ〜』を考える回数を減らすこと。失敗したからといって今はもうプライベートで詰めてくる人間は近くにいない。『こうしたらできる確率が上がる』とかいう方向にもっていく。それに今はできたら素直に喜んでも何ら問題ない環境なのだ。幸いにも誰かに朝から晩まで監視されているわけではない。閉めたはずの部屋のドアが気がつくと僅かに開けられていたとか、学校から帰ると引き出しの中身の位置が微妙にずれていたとか、息抜きに描いていたイラストのメモ用紙が全部捨てられていたとか、もうそんなことは起きないのだ。酷い目に遭ったが、そして今はこんなご時世だがこれからどうしたいかの方を考えたい。

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