【創作大賞応募用】感情乱高下お針子はイケメン騎士に見い出され、王宮に花開く 第三話
その夜、店が終わったあと、私は街を歩いていた。
「ノアイユ通り一七番、ここか……」
目指す建物を見つけて、足を止める。気持ちは夜の闇に負けないくらい暗い。
失敗したなあ。
まさかアラン様が、わざわざあとで呼び出して来るほど怒っているとは思わなかった。
きっと私、斬り捨て御免されちゃうんだよね。
店とか、市ですぐに斬られなかったのは、大騒ぎになるのを避けるためだろう。
店が血で汚れたらお客さん来なくなっちゃうし。
そこを気遣ってくれたなら、むしろ破格の温情と言える。ちなみにレストランの部屋は綺麗に片付けてきた。さようならマスター、さようなら奥さん。短い間でしたが、お世話になりました。
私は覚悟を決めて、ノッカーを鳴らした。すると。
「はーい!」
中から聞こえて来たのは、若い女性の声だった。
あれっ、指定された場所間違えた?
うろたえている間に、ドアが開き、そこには、二十歳くらいの女の子が立っていた。褐色がかった金髪の女の子だ。
「あなたがローズね? ああ、無事来てくれて良かった」
私が答えるのも待たずに、女の子は部屋の中に向かって叫ぶ。
「もう、お兄様ったら! 女性を夜に呼びつけるなんて!! ――気が利かなくて本当にごめんなさい。あ、私エステルよ。アランは私の兄」
名乗られて納得した。髪色こそ違うものの、どこか顔立ちがアラン様に似ている。思ったそのとき、エステル様の背後から、ぬうっと長身のアラン様が現れた。
心なしか、いつもに輪をかけて仏頂面だ。
待って、ここにエステル様がいるってことは――
これだけは言わなければ。
「アラン様。私が斬り捨てられるのは構いませんけど、うら若き女性にその現場を見せるのは、精神衛生上ちょっと!!」
数分後、部屋の中に通された私は、エステル様がいれてくれた紅茶を口にしていた。エステル様はまだくすくす笑っている。
「切り捨て御免なんて、近衛騎士にそんな権限はないわよ」
「……すみません」
穴があったらかがりたい。じゃなかった、入りたい。
「えっと、じゃあ、本日私どうして呼ばれたんでしょうか……?」
訊ねると、エステル様は可愛らしくほっぺを膨らませた。
「お兄様ったら、本当になんにも話してないのね。お願いする立場だっていうのに」
「……すまない」
ソファに窮屈そうに収まっていたアラン様は、申し訳なさそうに口にする。
お、アラン様、さてはエステル様にあまり頭が上がらない? さっきいつにも増して仏頂面だったのは、妹さんに「めっ」されたからだったの?
王宮のイケメン騎士団長、実は妹に弱い。いいぞ、好きな属性だ。
「ローズ」
エステル様があらためて私の名を呼ぶ。私は居住まいを正した。
「はい。エステル様」
「――あなた、裁縫の腕があるというのは本当?」
「え?」
隠していたのに、どうしてそれを――と考えて、思い当たった。
今日、市で。ついつい女の子のエプロンを直してしまったんだった。
あのときは思い至らなかったけど、アラン様はその様子を見ていたのだろう。
だけど、なんでわざわざそれを確認するんだろう。
わけがわからないと思いつつ、念の為、余計なことは言わないよう用心して、無言で頷く。
それを見た途端、エステル様の顔がぱあーっと輝いた。
と思うと、椅子から降り、私の前に跪く。圧倒される私の手を、両手で握った。
「私のドレスを縫って欲しいの! 大急ぎで、それも最高のものを!!!!」
「――はあ」
私の口から、気の抜けた声が出た。
ぴんときていない様子の私に、エステル様はまくしたてる。
「今度、王宮で王妃様主催の舞踏会があるの、その席で着るドレスよ」
おお、いかにもファンタジーっぽい。そうか、エステル様はその席で目に留まりたい王子様なり、貴族様なりがいらっしゃるのね。
実は私、冒頭を読み始めたところで事故に遭ってしまったから、この物語の全体像がよくわかってなかったのよね。そうかそうか、この世界の主人公はエステル様だったか。
ひとり納得してうんうん頷いていると、エステル様はさらに鬼気迫る勢いで言った。
「その場でなんとしても王妃様の目に留まって、私、女官の仕事に就きたいの!!!!」
「……仕事?」
えっと〈王子様の愛〉とかでなく??
狐につままれたような顔をしてしまっていたんだろう。その後、エステル様は懇切丁寧に説明してくれた。
王宮に住む王様や王妃様、王弟殿下などには、それぞれ〈奉仕団〉と呼ばれるお世話係集団がつけられている。
予算を無尽蔵に使うわけにはいかないから、一人につく奉仕団の人員には定員がある。
そして王宮で仕事にありつきたい人は、五万といる。
当然、空いたポストを取り合う争いは、熾烈を極める。
そもそも、王妃様の元を訪れる人の数が膨大だからして、貴族であっても、なかなかお目通りの順番も回ってこないのだ。
そこで大物に口を利いて貰おうと袖の下が横行する。
中には、口を利いてやると言って紹介料だけをせしめる詐欺師みたいな人もいるという。
「そういう怪しい人も通さず、直接売り込めるかもしれない舞踏会は、とっても貴重な機会なの」
今度の王妃様は、新しもの好き、そしてとりわけファッションが好き。
良質なレースや織物を産出する諸外国との貿易を、熱心に行っている。年に数回、自ら視察旅行に出かけるほどだ。その際は奉仕団も伴っていく。
それもあって、自分の奉仕団をセンスのいい人で固めているのだ。
「だから、舞踏会で目に留まるドレスを着ていれば、それだけでお話出来る可能性がぐっと上がるの」
エステル様の得意は語学。王族で、外国との貿易にも力を入れるとなると、語学は欠かせない。自分なら必ずや王妃様のお役に立てると思っているのだという。
なるほど、舞踏会は自分を売り込む交流会みたいなものかと私は思った。貴族様も就職活動するんだなあ。
「だけどみんな考えることは一緒なのよね」
王妃様付き女官のポストを狙っている家は他にもある。そういった家が街中の有能なお針子を押さえてしまって、途方に暮れていたそうだ。仕立屋のオーナーが目の下にくっきり黒いクマを作っていたのも、舞踏会に向けて忙しかったからなのか。
「もちろん報酬は支払うわ。――お願い、できるかしら?」
エステル様は眉を八の字にして、私を見上げる。
あまりに必死なエステル様の表情に、私は「あの……」と小さく手を挙げた。
「エステル様は、どうしてもお仕事をされたいんですか……? お金持ちにお輿入れをされたりっていう道は……」
こういう世界観の場合、令嬢ってまず結婚を考えるものなんじゃないだろうか。
「労働? なにそれ美味しいの?」――っていうのが貴族様なのでは?
「我が家は父が亡くなっていて、叔父が私たちの後見人なんだけど、叔父は私を五十も離れた男に嫁がせようとしているの。……王妃様付の女官になりたいから嫌だって言ったら、鼻で笑われたわ」
そう言って浮かべたエステル様の笑みは、淋しげだった。
「だから叔父の目を盗んで上京してきたの。王妃様付の奉仕団の席が空いてるってことがそう何度もないし、何度も上京することもできないわ。今回の舞踏会で、なんとしてでも王妃様の目に留まりたいの」
でないと、意に染まぬ結婚をさせられてしまうってことらしい。
私には、エステル様の気持ちがよくわかる気がした。
勉強したいと言っても、取り合ってもらえない哀しさ。
自分の意思に関係ないところで、人生が決められてしまう不条理さ――
どちらも、身に覚えがあるものだったから。
「私、縫います」
気づいたら、私の唇から、そんな言葉が漏れ出ていた。
「――ありがとう!」
エステル様が、飛びつくようにして私を抱きしめる。
「く、苦し……」
その向こうで、アラン様の口元が、かすかに緩んでいるのが見えた。あら、そういう顔もできるんですね、アラン様。イケメンが際立つじゃないですか。
「ギブギブ」
私はエステル様の背中を叩いてなんとか解放して貰った。
脳に酸素が回ったところで、急に現実的な問題が頭に浮かぶ。
私、ドレス縫ったことないじゃん。
和裁士だもの。
しまった。つい己とエステル様を重ね合わせて安請け合いしてしまったけれど、一番肝心なことをすっかり忘れていた。
さーっと血の気が引いていく。
私はおそるおそる面を上げた。
「あの、エステル様、それで、舞踏会はいつ……」
エステル様は一瞬視線をさまよわせ、それから、不自然な笑顔を顔に貼り付けて言った。
「――三日後♡」
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