受け取らないと、キャッチボールは成立しない
会話において、私はやっぱり「受け取る」を大事にしたいなぁと思う出来事がありました。
先日ショッピングモールの飲食店が集まるフロアで、ベンチに座って休んでいました。
小さなお子さんを連れた家族がたくさんいたのですが、その中のある家族が強く印象に残っています。
その家族はお父さん・お母さん・小さなお子さんの3人で、先頭をお父さんが歩き、数歩後ろをお母さんとお子さんが手を繋いで歩いていました。
私の前を通り過ぎるとき、お母さんがお父さんに向かって
「トイレに行ってくるから、その間にどのお店が空いているか見ておいてくれない?」
と言いました。
それに対して、お父さんからの返事は聞こえませんでした。
「わかった」などという声が聞こえてくると勝手に思い込んでいた私としては、拍子抜けしました。
もしかしたら頷いていたのかもしれませんが、無言で頷くだけというのは、私の感覚では受け取ってもらえていないように感じます。
些細なことかもしれませんが、こうした「受け取ってもらえていない感」は、静かに心を蝕むと思うんです。
日常になってしまい本人(お母さん)も気にしなくなっているかもしれませんが、いざ大事な相談があるとき、安心して「相談しよう」と思えないかもしれない。
私自身、父や兄になにかを話しても「受け取ってもらえている感」がありませんでした。
今でこそそう認識できていますが、ずっと「なんかなぁ…」という程度で、「なんとなく噛み合っていないような気がするけれど、私の伝え方が下手だから悪いんだ」と思っていました。
話を聞いて、ただ「そっか」「そうだったんだね」と言ってくれるだけで「受け取ってもらえた」と思える。
その安心感ってすごいなぁと思います。
私と話すときはその安心感を存分に感じてもらえるよう、真剣に受け取りたい。
改めてそう思いました。
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