【勇利×珊瑚】守りたい人

※二人は高校の同級生で、勇利が珊瑚に片想いしている設定です。


 その日、あたしはクラスメイトの勇利くんに誘われて街に出た。
「はやくはやくー!」
「そんなにはしゃぐなよ。ジェラート屋は逃げやしないって」
「数量限定のピタヤ味狙ってるんだもん」
「……珍しいもんがあんだな」
 トントンと靴のかかとを鳴らしながら勇利くんより二、三歩先を歩く。くるりと振り返ると、彼はゆっくりマイペースについてくる。もうっ、早くって言ってるのに!
 第一、ジェラート屋さんが新しくできたから一緒に行こうって誘ってきたのは勇利くんの方だよ! どうしてあたしより乗り気じゃないわけ!?
 しびれを切らしたあたしは、勇利くんの手を引っ張り始める。
「お、おいおい」
 何故か頬を染めた勇利くんを無視して、ジェラート屋さんへと急ぐ。
 ジェラート屋さんに着くと、三十メートルくらいの列ができていた。……これは十五分くらい待つかも。
「二人で来てよかったな」
「え、なんで?」
「……ハァ。こうして待つにしても、一人だと退屈だろ」
「確かにそうかも」
 蟻みたいに並ぶ人の列を目の当たりにすると、いくらジェラートのためとはいえ少しうんざりしちゃうし。勇利くんという話し相手がいるのはありがたい。
 勇利くんと他愛のない話をしながらなんとなく列に目をやると、あることに気付く。
「あれ? もしかしてカップルばっかり?」
 並んでいる人達の半分以上はカップルみたい。
「十代に人気の店ってのは、大体こんなもんさ」
 勇利くんはものすごくイケメンで、それはもうモテる。本人もそれを楽しんでいて、たくさんの女の子達と色んな場所に行ってるはず。
 ん? というか……。
「今日、ここに来るのってあたしでよかったの? 別の女の子誘わなかったの?」
「そういうことはデート中に聞くもんじゃないぜ」
「えっ? デートって?」
 もしかして、これってデートだったのかな? 全然そんな意識してなかったけど。
 勇利くんは自慢の赤髪を撫でながら、眉を八の字にして苦笑している。
 ってことは勇利くんはデートのつもりだったんだ!
「ごめんっ! ただ普通に遊びに来たつもりだった!」
「……ハハ。いいって、そんな気はしてたし」
 明らかに肩を落としてそんなことを言われて、すごくごめんって気持ちになった。
「で、でもあたしって、勇利くんがいつも連れてる女の子達とはタイプが全然違うし、デートだって認識する方が無理だよ」
「じゃあ覚えておいてくれ。俺がキミを誘ったら、それはデートのお誘いだ」
 チョコレートみたいな色をした瞳がぱちりと閉じられて、甘いウィンクが飛んでくる。
「すごーい。なんか俳優さんみたいに綺麗なウィンクだね」
 勇利くんは遠い目をした。綺麗なものを綺麗だと言っただけなのに、どうして?
「……褒め言葉として受け取っとくよ」

 食べ終えて店を出て、あたし達は二人で並んで歩き出す。
「珊瑚ちゃんと来れてよかったよ」
「え、なんで?」
「いい食べっぷりだったからね。キミの新たな一面を知れて嬉しいな」
 食べていたときのことを思い出しているらしく、勇利くんはクスクスと小さな笑い声を漏らす。
「勇利くんだっておいしそうに食べてたよ」
 目が合う。そういえば勇利くんと話してるときって、大体視線が絡んでる気がする。
 そっか、勇利くんって話し相手の顔をちゃんと見て話すタイプなんだ、なんて今まで知らなかったことを知ることができた。
 かみ合っていた視線が外れて、自然と勇利くんの視線を追う。視線の先にいたのは、大学生くらいのお姉さんだった。
 スマホ片手にキョロキョロしてるけど……この感じだと迷子なのかな?
「あのさ、珊瑚ちゃん。五分だけ、時間つぶしててくれない?」
「あのお姉さん助けるつもりなら、あたしも一緒に行くよ」
「いや、これは俺の性分みたいなもんだから。それに珊瑚ちゃんを巻き込む訳にはいかないな」
 勇利くんの決意は固いらしい。それだけはっきり言われたら、あたしだって空気を読む。
「分かった。じゃあそこの本屋さんに入ってるから」
 十メートルくらい先の本屋さんを指差すと、勇利くんはオッケーと頷いた。
 勇利くんと別れて本屋さんに入り、冷気と新品の本の匂いの中を目的もなく歩いた。小さな本屋さんで、すぐに一周してしまう。
 ガラスのドアの向こうに勇利くんの姿はまだない。遠くまで案内してるのかも。
 もう一周しようかな、という思考は目に飛び込んできた外の光景に消し飛ばされた。
 大変! すらりとした可愛らしい女の子が男の人と揉めてる!
 気付いたときにはドアをくぐって飛び出していた。
「何してるのよ!」
 女の子をかばうようにして割って入ると、男から酒の臭いが漂ってきた。
 こんな昼間からお酒!? そんなのろくでもないに決まってる!
「なんだよ、やゃますんでゃねーよ」
 呂律の回らない様子で、この男が相当の酒量を飲んでいることを確信する。
「この子、迷惑がってるじゃない! あんたはとっととタクシー呼んで家に帰りなさいよ!」
 私は女の子の方に顔を半分だけ向けて、
「この場はあたしがなんとかするわ。あなたは早くここから逃げて」
「えっ、でも」
「大丈夫。さぁ、早く」
 女の子はためらいを見せたものの、あたしが強く促すと、迷いながらもこの場から離れていった。
 よかった。守りながら戦うより、一対一の方が負担が軽くて済む。
「おいおい。かわいこてゃんがいっちまったやゃねーか」
「昼間っからお酒飲んで女の子に絡むあんたなんかじゃ釣り合わないんだから」
「ひかたねー。このちんちくりんでがみゃんするか……」
 ちんちくりん!? ……ってあたしのこと!?
 なんっって失礼な!! 確かにさっきの女の子は可愛かったけど!! と思っているうちに男に腕を引かれて、咄嗟に足に力を込めた踏ん張った。
「何!? 力比べでもするつもりなの? 酔っ払いに負けてあげるつもりないけど!」
 こんな相手に負けるつもりなんて一切ないけど……それよりも困るのは相手が酔っ払いってこと。怪我させないように手加減しなきゃ。
 頭はやっぱマズいよね、酔っ払いか否かに関わらず。胸は呼吸困難になってヤバいかもしれない。でも腹は、この状況だと確実に嘔吐コースで後始末が大変。
「うーん……じゃあ、ちょっとズルいけどここにするわ」
 金的を蹴りつけようと足を上げたとほぼ同時、あたしの腕を掴んでいた男の腕が離れた。
「あれ?」
 男の腕を別の手が掴んでいて、あたしは自然とその手の主へと視線を動かす。
「彼女に汚い手で触んなよ、おっさん」
「勇利くん」
 目の前には、迷子の女の人の案内をしに行ったはずの勇利くんが、息を切らしながらそこにいた。
「大丈夫?」
「え、あたし?」
「……他に誰がいるわけ?」
「勇利くんが来る前、この男に絡まれてた女の子がいたの。あ、その女の子は無事に逃がしたから安心して!」
 女の子が無事だったと聞いたら喜ぶと思ったのに、勇利くんは不服そうに「そういうことか」と一人で納得して、男の方に向いてしまった。 
「おっさん、これ以上絡むんなら警察呼ぶぞ」
 あ、低くて怖い声。こういう勇利くんの声って初めて聞いた。
 あたしを含めて女の子には優しいし、友達の男の子達と話してるときももっと軽くて笑いが混じってる。
 あたしが勇利くんの声から感じ取った怒りを、男の方も気付いたらしく、すごすごと引き下がって行った。
「勇利くん、ケガはない?」
「ああ。そっちこそ」
「あたしはヘーキ。あんなの相手にケガのしようがないもん」
 おかしいな。勇利くんだってあたしが強いの知ってるはずなのに、なんでそんなに心配するんだろう?
「あのさ……珊瑚ちゃん、こういう無茶はこれっきりにして欲しい」
「無茶?」
 意味分かんなくて勇利くんを見るけど、険しい顔をさらに険しくした。
「あんな何しでかすか分かんねぇ酔っ払いを一人で相手すんのが無茶じゃなくて何なんだよ」
「あー……そういうこと」
 喧嘩になったときにあたしが危ないと思ったみたい。心配してくれるのはありがたいけど、あたしと相手の力量差的に危険なんて全然なかった。
 心配しなくて済むように、あたしは勇利くんに両手を差し出す。
「ねぇ、勇利くんの手、貸して」
「……?」
 不思議そうな顔をしながらも、勇利くんはあたしの手の上に右手を乗せる。あたしは握手をする形に勇利くんの手を握って――そのまま右手に力を込めた。
「いっ……!?」
 びっくりして体を硬くした勇利くんに、あたしはゆったりと声をかける。
「握り返して、力の限り。全力でやらないと、骨が折れちゃうかもよ」
 勇利くんの手に力が籠もったのを確認して、あたしはさらに握力を上げる。
 勇利くんの手の力が、あたしの力に合わせるようにして、段階的に上がっていく……ということは勇利くんもあたしの手を心配しつつ力を込めてるみたい。
 本当に優しい人なんだね、勇利くん。
「……もうギブアップかな?」
 あたしが力を上げても勇利くんの力が変わらないところまできたから尋ねると、いつもの涼し気な表情は影を潜め、苦しそうな表情を浮かべる勇利くんがそこにいた。
 言葉としての返事はなかったけど、答えはあたしの手の中にある。
「はい、おしまい」
 左手でポンと勇利くんの右手の甲を叩いて、それから力を抜く。
 勇利くんは荒い息を吐きながら肩を落とした。
「まさか勝てないなんて思ってなかったな……」
「そっか。また一つあたしのこと知れてよかったでしょ」
 チョコレート色の瞳が大きく見開かれる。一瞬の間の後、「あはは」と勇利くんは声を上げて笑った。
「まったく、珊瑚ちゃんには敵わねぇな」

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