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自分のこと呪術士だと思っている白魔道士〜その16〜

 !ネタバレ注意!
※FF14 メインクエスト Lv17 「カッパーベルで消える夢」

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 ザナラーンの空は晴れ渡り、作り物めいた青を湛えて押し黙っていた。眩しいほどの陽光が降り注ぐ周囲に比べ、カッパーベル銅山の入口は薄暗い。入口を取り囲むように隆起した岩山が陰になり、陽の光を遮っているのだ。砂塵を巻き上げる風の音だけがいやに大きく聞こえる。

 銅山の入口には顔なじみの冒険者、アリアヌが立っていた。歩み寄って挨拶をしたふたりを沈痛な面持ちで迎えた彼女は、目を伏せたまま悲痛な声を絞り出した。

 「……さっき、ドールラス・ベアーっていう冒険者のパーティの遺体を運び出したの」

 ベハティとベンは二の句も継げずに瞠目した。彼女が運び出したというドールラスは、つい先日ふたりと言葉を交わしたばかりの冒険者だったからだ。

 「あの人、ベテランの冒険者だったのに……。」

 ドールラスは焦っていたのだという。ベハティとベンのふたりに冒険者としての可能性を感じていた。だからこそ、より早く遠くへ行こうと足掻いていた。それが事故につながったのではないかと、アリアヌはそう考えているらしかった。

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 ベンは奥歯を噛みしめた。何もそんなこと、ベハティに告げなくてもいいじゃないかと、少しだけ責めるような気持ちで眉根を寄せてしまう。ベハティはきっと彼女自身を責めるだろう。冒険者同士頑張ろうと励ましてくれた人間が、自分を見ていて焦った結果、この場で死んだと聞いたのだから。

 彼女なら、自分が殺したようなものだと考えるに違いないと思った。そう感じるのはきっと辛い。この話を聞いたのが自分一人ならどれほど良かったことか。

 アリアヌは不意に顔を上げると、ベンの方を見てこう言った。

 「いつも、お爺ちゃんが言ってるわ。人は求めすぎると、足元を見失ってしまうものだって。富や名誉を目標に掲げるのは素晴らしいことよ。でも、目標を大きくしすぎて、あなたも足元を見失わないようにしてね」

 「……ありがとう。気をつけるよ」 

 ベンの声が硬度を増したことに、ベハティだけが気付いていた。

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 二人の足元で、風が音もなく砂塵を巻き上げては小さな砂の山を作っている。そのうちにまた別の風がやってきて、砂の山は崩れ、塵だけが風に乗ってどこか遠くへ運ばれていく。まるで何事もなかったかのように、砂はただ風に吹かれている。

 ベンは空を仰いでいた。陽の光が眩しい。誰かが死ぬ日はいつだってそうだ。世界は誰の死に対しても無関心で、陽は登り、地を照らし、風は流れていく。廻り続ける景色の中で、誰かを喪った者だけが一歩も動けずに立ち竦んでいる。

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 陽に照らされた風がベハティの髪を撫でていった。彼女は俯いたまま、ドールラスたちのことを考えていた。死の絶望を前にして、彼らの「目標」は果たして希望になったのだろうか。あまり認めたくはないが、彼らの「目標」は、彼らを助けるどころか命を奪った。その現実がベハティの心を、彼女自身が思うよりも大きく揺り動かしていた。

 布のかかった担架に目をやる。大きさと輪郭からして、それがドールラスであることは明白だった。一際大きな骸だ。立派な鎧に身を包んだ彼が歩いたり話したりするのを「山が動いているみたいだ」とベハティは思っていた。ベハティが一歩足を踏み出すと、物陰にいたコブランが驚いて走って行く。カタカタと鳴る足音と共に舞い上がる砂煙が、骸を覆う布の上にゆっくりと降り積もった。もう、この砂塵が振り払われることは二度とない。彼は本当に、物言わぬ山になってしまったのだと思った。

 視線を銅山の入口に向ける。岩山の作った陰の中にベンが立っているのが見えた。問答などするまでもなく、彼が何を考えているかベハティにはよくわかっていた。もしも可能であったなら、彼は間違いなく「これ以上進む必要はない」とベハティを止めただろう。ここで無茶をする必要も、ましてや命を懸ける道理もないと。

 彼が彼女を止めないのは、ベハティが「同僚」だからだ。使う力も被る危険も彼とまったく対等で、ベハティだけが危険から遠ざけられる謂れはない。そんな立場だから止めないだけで、彼の本音としては、今すぐにでも自分を宿屋のベッドの中に放り込みたいのだろう。

 小さく溜息をつく。ベンの方に向かおうと踵を返した時、後ろの方で何かが地面に落ちる音がした。振り返ると、布からドールラスの腕がはみ出している。ベハティは何故か、そのままにはしておけない気持ちになった。そっと歩み寄って腕を掴み、そして、何かに気付いて動きを止めた。

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 ベハティはドールラスの手甲をじっと見つめていた。表面に、真新しい傷が無数についている。よく手入れされ磨かれていた彼の鎧がこんなにボロボロになっているところを見たのはこの日が初めてだった。
 ドールラスの得物は大きな剣と盾だった。前線で敵の攻撃を引き受けていたのは彼だろう。手甲の前面には見るも無惨な傷が幾重にも刻まれているのに対し、背面の損傷は驚くほどに少なかった。きっと彼は最後まで抗い、仲間を背に負い戦っていた。確証はないが、おそらく、誰よりも先に倒れたのは彼だろう。この世界における、守り手とはそういう存在だ。

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 少し離れた場所に立つベンの背中を見つめる。彼の盾にも傷がある。ベハティは目を伏せ、自分の手元に視線を戻した。ドールラスの手甲に刻まれた傷を慈しむように撫でると、両の掌で彼の腕を抱え、そっと布の中へと押し戻して立ち上がった。

 彼の骸を陽の中に残し、暗い陰の中にある銅山へと歩を進める。足音も足跡もすべて砂塵が蝕み掻き消していくこの砂原で、彼女は大きな骸の前で静かに何かを決意して、自らの意思で銅山の奥へと足を踏み入れていった。

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 銅山の中は、滞留した古い空気のにおいがした。鉱石を背負う魔物のコブランや、石を抱えたスプリガンの歩き回る足音が至る所から聞こえてくる。鉱脈の豊かな場所ではよく見かける魔物だ。手練れの冒険者であればまず危険はない部類と言える。ならばやはりドールラス達を攻撃したのはヘカトンケイレス族だろう。ベンは坑道の壁に手を触れ、確かめるように指先を滑らせた。

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 カッパーベル銅山でヘカトンケイレス族が暴れていることは依頼主が開示している。ドールラス達も重々承知の上で依頼を受けたはずだ。それなのに彼らは失敗した。パーティー全滅という最悪の形で。つまり予想を超えた事態に陥ったということだろう、とベンは考えていた。坑道の曲がり角に達するたび周囲を警戒しながら、ベンは背後のベハティに声をかける。

 「……ヘカトンケイレス族の大きさだが、高さも幅も坑道を塞ぐ程度、だったよな。彼らが目覚めたのは鉱山最下層……しかし……」

 「そこでじっとしている道理はないじゃろうな」

 そう、彼らがおとなしく最下層にとどまってるわけがない。鉱山での巨人族発見からふたりに声がかかるまでには数日を要したはずだ。彼らは今、何処に居るのだろうか。

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 「なあベハティ。君がよく知った土地で侵入者を撃退するなら、まずどこに隠れる?」

 「わしなら森が勝手に隠してくれるが、その体躯ならここではまず隠れようが無いじゃろうね。」

 銅山の中は妙に静かだった。隠れようがないにも関わらず、巨人たちの姿が見えないのは何故なのか。坑道の壁に手を触れ、俯いたベハティが何かに気付いて目を見張った。

 「違う……隠れているのではない、眠っているんじゃ」

 この先のどこか、あるいは至る所で、封印を解かれた無数のヘカトンケイレス族が眠りから醒めようとしているのではないか、とベハティは考えたのだ。

 「そうか。封印が解かれたのなら何故地上に進軍しないのかと思っていたが……、すべての個体にかけられた封印が一斉に解けたわけではないか。なるほど」

 「そう、今はまだ少しずつ目覚めているところじゃから何とかもっていると言ったところ。しかしいつどの個体が目を覚ますかも分からんから、こちらとしては結果的に奇襲をかけられることになる。何とも厄介な話じゃ……」

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 敵の数は圧倒的にあちらが多い上に、不意を突かれるとなればいくら旅慣れた冒険者であってもタダでは済まされないだろう。ドールラス達ですらあのような結果になったのだから。

 「厄介じゃけど、完全にお手上げというわけでも無いよ」

 ベハティはベンの方を振り返り、落ち着いた声でそう言った。彼を元気づけるような、少しだけ明るい調子で。

 「奴らのほとんどは恐らくまだ壁の中で寝ておるよ。迂闊に壁に近づいたり、音で目を覚さんように静か〜に慎重に進めば」

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 スコンッ、とやや間の抜けた音がした。ベハティが坑道の段差に躓き、思い切りすっ転んだのだ。続けてコーンッと小気味良い音が響く。転んだ衝撃ですっぽ抜けたベハティの仮面が坑道の壁にぶつかっていた。冷や汗をかく二人をよそに、仮面は坑道の床を呑気にころころ転がっていた。幸運なことに、銅山は静まり返ったままだ。

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 「……と、いうことなんじゃよ。こ、こんな風にしちゃダメなんじゃなーってことなんじゃ、ね? 気を付けて歩こうということなんじゃよ、あと、仮面つけるまで見ないでね」

 「ああ、見ない。それから今後とも安全第一で頼むよ」

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 ベンの声は柔らかかった。少しだけ口元を緩ませて笑っている。ベハティがあえて明るい調子で自分に声をかけていたのを感じ取ったからだ。それに、と彼は湧いてくる笑い声を落ち着かせる。彼女には口が裂けても言えないが、転んで地面に伸びた姿は、生まれたばかりで歩くのが下手な子犬のそれによく似ていた。

 何かにつけ深刻に思い詰める自分と違って、ベハティはどんな状況でも必ず周囲を気遣っていた。ならば自分は、彼女に応えて元気を取り戻すべきなのだ。事実こうして彼女の洞察と提案に救われているのだから。

 ベハティはといえば、飛んで行った仮面を拾い上げて土ぼこりを払っていた。仮面を無事に付け直した直後、彼女は身を硬くして壁から飛びのき、杖を構えて壁を睨みつける。次の瞬間、岩壁が爆ぜた。同時に、ベンの側頭部に殴られたような衝撃が走る。一瞬何が起きたのか分からなかった。

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 「屈め!」

 ベハティの鋭い声が飛ぶ。指示に従ったベンは、右側の視界が歪に塞がっていることに気付いた。頭全体を覆うように被っていた兜の右側に何かがぶつかり、損傷したようだ。

 岩の弾け飛ぶ轟音と、低く唸る風切り音とがぶつかり合う。ベハティが魔法で作り出した風の障壁が、爆発の衝撃で飛んでくる礫の勢いを殺していた。

 「ベン!!!!!」
 「無事だよ。兜の方はダメかな」
 「まだだ、来るぞ!」

 崩れた岩壁から立ち上った土埃から、巨大なピッケルが飛び出していた。土煙の中で静止した巨大な採掘道具は、振り下ろされる寸前のように見える。壁を破壊したのはこの巨大なピッケルだろう。そんなものを振り回せる存在に、思い当たる節はひとつしかない。

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 土煙の中から、ピッケルに続いて巨大な二本の角、続けて見上げるほどに大きな体躯が現れた。ヘカトンケイレス族だ。ふたりが突入前夜、散々確認した図と特徴が一致していた。獣のような雄叫びがあたりを震わせる。奴隷として使役される地獄から部族を救わんと立ち上がった巨人族の勇士が、ふたりの前に立ち塞がっていた。

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こんにちは、ベハティの背後霊です!
エオルゼアに降り立ってから5ヶ月……小説ではまだカッパーベル銅山に入ったばかりのところでもちゃもちゃしている……と焦っておりました。とはいえ、自分が好きで書いているものなのであくまで楽しみながら、あとから読み返してニヤニヤできるものをベンさんの背後霊さんと書いていきたいのでじっくり話を温めたり削ったり付け足したり、ベンさんとベハティのことについて語り合ったりしながら進めてみました。

私とベンの背後霊さんは、ドールラス達のような、詩人に歌われることの無い人々のことをあれこれと考えるのが好きなので、(嘘にはならない程度に)彼らのことを出来るだけ掘り下げて書いてみました。二人のことなど知らない人達にとって、ベンさんとベハティもドールラス達と同じで、その死に様も真意も知られることはなく、「おおかたこんなところだろう」と言って片付けられてしまうような人々のうちの一人だと思います。

ベハティにも彼らの真実はわかりませんし、遺志を継ぐだなんてことでは無いのですが、自分と同じ道を進んだ彼らの持っていたものの一部でもいいからどこかに引き継いで繋いでおきたい感情が湧いたんですよね。別に彼らの為では無いです。そうすればベハティが寂しくないという、今生きている彼女が救われるからです。言ってしまえば彼女がこれから大変な道のりを進むために、その理由を彼らを通して勝手に作っているだけです。最善かと言われたらそれは全然分かりません!w 残された松明を間に合わせで持っているようなものなので、今後懐中電灯が見つかったらそれを握るかもしれません。だって成長過程だもんっ!今のところはこれがベハティの精一杯です(万国旗を出しながら)!

まだ話は途中ですが、今後もベハティをぬるぬる見守っていただけたら嬉しいです!読んでくださってありがとうございました!

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こんにちは、ベンさんの背後霊です。
今回はけっこう自分の趣味嗜好が入った書き方をしています。個人的に一番気に入っている箇所は「彼の盾にも傷がある。」です。はい。ベハティがそこに気付くところがめちゃくちゃ好きです(自賛)

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