死に際の人の行動

原題「“Am I dying?” The honest answer.」スピーカはニューヨークで緊急医療チームの一人として働いているです。

職業の特性上もう助かる見込みがない重症者の最後を見取るときに、彼彼女等に見られる3つのパターンがあるそうです。その3つのパターンについて語っています。

1つ目が「許しを求める」。ある死に際の男性は自分の時間を自分の為に使うより子ども・孫との過ごすことに使えばよかったと嘆き、そのことについて後悔をしていたそうです。この傾向は宗教信仰・文化背景に関係なく現れるそうです。

2つ目が「覚えていてもらいたい」。覚えてもらうことで誰かの中で生き続けることができる。それは愛する人だったり・家族だったり・救急隊員の人かもしれません。とにかく、誰かの中で生き続けたいという思いが、この欲求を産むのでしょう。

3つ目が「自分の人生に意味があったのかを知りたい」。これはある女性が死に際に、「人生でやりたいことがまだある、死ぬわけにはいかない」とおっしゃたそうです。この彼女は地球上に自分が生きた証をまだ残せていないと感じていたのでしょう。しかし、彼女は養子の子どもを二人育てて、その二人は医学部在籍だったそうです。彼女がいなければ二人の子どもが医師として他人を助ける機会は生まれなかったでしょう。彼女が生きた証は十分にありました。

映画などの死に際にシーンは大変恐怖に満ちた感じで表されますが、実際の死に際では、死を受け入れ・心安らかになくなるそうです。

感想-自分が死ぬときに何を感じるかは想像の範疇から超えることはできませんが、おそらく後悔が一番現れそうです。あのとき、「~しておけばよかった。」、「~へ旅行してみたかった」、「もっと~と過ごせばよかった」が現れる気がします。

そう考えると、自分が人生の中で数多くするであろう選択肢に迷ったときは「現在の視点」で考えるよりも「死ぬときに振り返るであろう視点」で選択を下すと、長い目で見たとき幸福感だ生まれるのではないかと思ったりします。

人生という旅は、死ぬ間際に自分自身に見せる物語。そんな気持ちで日々を生きていたいですね。


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