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South/iSland物語

サザンアイランド物語―外伝―
~はくちゃんの冒険~

尊敬する 杉崎ゆきる 様 

前略 Dark 様 

プロローグ
ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン、プシュー、ガコン!
てくてく、てくてく。カツーン、カツーン。
「ぬおー!!はくちゃんがおらぬ!」
「兄さん、どうしたんですか?そんな大きな声を出して。」
駅のトイレから出てきた、はくりゅうが手をふきながら、兄であるたいちょーに聞いている。
「はあー。電車の中で大人しくしていると思ったら、どこにいったんでしょうね?」

「ぬおー!!兄ちゃんたちがいないっス!!」
こちら、同じように叫んでいるが、場所はまだ電車の中である。トイレに行ってて、席に戻ってみると、そこには誰もいなかった。驚いて、1両目、2両目、3両目と電車を全て確かめていく。
「はあー、やっぱりいないっスねー。」
最後まで確かめ終えて、大きく息を吐いていると、
「次は終点、○×△、○×△。本日は南島電鉄のご利用ありがとうございました。」というアナウンスが聞こえてきた。次の駅で降りようと思っていたら、もう終点まで行くことになってしまった。どうやらこの電車、特急だったらしい。どうなる?

「あんの、バカ者が!!」
「父さん、そんなに怒らないで下さい。」
ここは、はくちゃんが降りるはずだった駅のホームである。その駅まで迎えに来ていた父親から、突然怒鳴られた、白龍兄弟は、必死でなだめているところである。とりあえず、二人だけ、家に連れて帰ることにして、その場を離れた。

「ぬおー!!雪っス、雪っス!」
「ホントだっ!わー、キレー。」
こちら、終点に着いたはくちゃんである。先程と違うのは、隣になにやらカワイイ子がいることである。なぜ?答えはえぴそーど Another Story ~はくちゃんの冒険~ にこれから書いていく。


その1のⅠ
「あっ、あのー?あの!あの!!すみません!?」
「ボッ、ボク?」
はくちゃんと彼女の出会いはそんな感じだった。(ってどないな感じやねん!)
新暦X年12月24日、白龍三兄弟は久しぶりに長い休みをもらって、里帰りするところだった。予定通り正午過ぎの列車に乗り、車内で弁当を食べ、故郷の駅まで6時間の旅が、珍しく何事もなく順調に過ぎていた。(ま、一人熟睡しとったヤツがおるけどな。)
・・・のだが、ちょうど列車を降りる時になってトラブルは起きてしまった。
一人、列車の中(正確にはトイレの中やろ!)に取り残されたはくちゃんは特急列車だったがために、結局終点まで行くことになってしまった。仕方ないから、ぶらぶら車内を歩き回って電話を探していたはくちゃんに、その少女が声をかけたのだった。
 きょろきょろ見回してみても周りに誰もいないので、やっぱり声をかけられたのは自分らしいと考えてから、もう一度、確認してみる。
「ボクっスか?」
「そうそうあなたよ!!ちょっと一緒に来てっ!!」
少女の剣幕に圧倒されながら、手を引っ張られて、引きずられるような格好で連れて行かれる。はくちゃんも会社では人一倍元気なのだが(さすがやんちゃ坊主三人組!)、この子には完敗のようだ。ああっ!電話が遠ざかるっス!たーすーけーてー!?と心の中で叫んでも誰も助けてくれる人はいないようだった。(そらそうや、置いてけぼりやったやんか!)
というわけで・・・元気な少女に誘拐されたはくちゃんであるが、見れば年齢は同じくらいのようだ。美人というよりは、まだ可愛いという表現の方がぴったりくるような女の子だ。何も考える間もなく連れて来られてしまい、状況を全くわかっていないはくちゃんは置いとかれて、その女の子は勢いよく両親に話し出した。 
「ねえ、ママ!今夜一緒にね、パーティーに出てくれる人、見つかったの!ねっ!?パパもいいでしょ。ほらっ!何、突っ立ってるの、自己紹介して!」
「はくちゃんでース、よろしくっス!」って違うだろ!?
いつもより軽めにあいさつしてしまったはくちゃんであったが、実はこのあと一体何が起こるのかなんて何も考えていなかった。

その1のⅡ

そんなわけで、本日、クリスマス・イブの午後7時からのホワイト・ジュエル・ホール(White=Jeweled Hall)でのパーティーに出ることになってしまった、はくちゃんだが、本人はまだわけがわかってないようである。
「なじぇボクなんっスか?」
と聞いても、彼女は
「え、だって、面白そうだから!あっそうだ、私はねアリスっていうの。よろしくねっ!?」
と言って、くすくす笑っているだけなのだから当然だろう。
 彼女の両親の話によると、このパーティーは男女を一組として考えるのでペアにならないと入場できないのだそうだ。そのかわりペアであれば誰でも入場ができる。このルールが適用されるのが15歳以上なのだそうだ。子どもは親がいれば、参加できるので、彼女も昨年までは、両親と一緒に参加していた。しかし、今年15歳になった彼女は参加資格を得るためには、ペアを探さなければならなくなった。そんな時に、はくちゃんを見つけたそうだ。(何と迷惑な!しかもはくちゃん13歳!!?)


その1のⅢ
 なんだかんだ言いながら、終点の駅に着いた少女の家族一行はまず、祖父母の家に寄り、荷物を整理してから、デパートにはくちゃんの衣装をそろえるために行った。
「いい、いい!かわいいっ!?」
などと勝手なことばかり言われて、いつのまにか上下、スーツを着せられて、やけに派手な柄の蝶ネクタイを締められてしまった。ついでに伊達メガネも買ってもらった。理由はかわいいからだそうだ・・・。ほとんど言われるがままであった。それから車でクリスマスパーティーの会場へと向かった。
ホワイト・ジュエル・ホール(White=Jeweled Hall)、「透明な宝石」と言うように、ガラスをふんだんに使い、外壁も純白で、お城(キャッスル)のような作りで両側に二つの小さな塔があり中央に広く会場がある。昨日降った雪がまだ路上に残っていて、光の反射で輝いているように見え、さらに美しさを加えている。主会場は、劇場や映画館として使われることもあるので舞台(ステージ)もあり、他にも小部屋がいくつもあり、楽屋として使われたり、休憩室として使われたりもする。小塔にも同じような部屋があり、利用されている。しかも、通りを挟んで向かい側には、この地区最大の博物館があり観光客の目を楽しませてくれる。今日は特別に、非常に貴重な宝石が博物館からパーティー会場に運ばれ、公開されるという。警備などは大丈夫なのだろうかと心配してしまうのは、一般市民だからだろうか。
この会場の隣はホテルになっており、今日のパーティーの料理もこのホテルが担当しているというから、さぞ素晴らしい料理が出るのだろう。

 などなど、様々な話をはくちゃんは車の中でずっと聞かされていた。さすがに退屈して、そろそろお腹もすいてきたところでようやく、車は会場の前に到着し玄関口に横付けされた。車を降りて階段を上ると、受付をしている。さすがに来場者は皆、着飾っており、華やかな雰囲気が漂っている。そこで、入場券代わりに、紅い花を胸に付けてもらって、会場の中へと進んでいった。

その1のⅣ
 や、やばい・・・はくちゃんの正直な感想である。な、なんでボクはこんなすっごいところに来ているっスかねー。なんとものんびりした感想だが、これでも十分困っているのだ。しかし、テーブルに所せましと並べられてある豪華な料理を目にすると、そんな不安などどこかへ吹き飛んでしまった。思わず、
「うまそうっス!?バンちゃんとガンちゃんにも見せてあげたいっスね。」
という台詞も出てくる。
「わー!!はくちゃん!ねえ見て見て!ちょっと、なに料理ばっかり見てるのよ!?ほらあれ、俳優の・・・あっちは歌手の・・・!?すっごーい!キャー!かっこいー!?」
と、傍らでアリスは大騒ぎしているが、はくちゃんにとって俳優や歌手の名前なんてどうでも良く、早く料理を食べられればそれでいいのであった。
「ねえ、ねえ、知ってる?」突然アリスが顔をはくちゃんの方へ向けて話しかけた。
「なっ、なにっスか?」今までの話を上の空で聞いていたはくちゃんは慌てて聞き返した。
「もうっ!?ぜんっぜん、あたしの話、聞いてないんだもんっ!」
「ごっごめんっス!で、なにっスか?」
「ディープ・シー=ドロップって知ってる?」
「なにっスか?」何がなんだかわからないという表情ではくちゃんは尋ねる。
「今日、展示される首飾りの名前くらい知ってなさいよ!」
「いいじゃないっスかー!お腹すいたっスよ。」
「まあ、聞きなさいっ!」と言うアリスの説明によると、

ディープ・シー=ドロップ(Deep Sea=Drop)、「深海のしずく」という首飾りは新暦ではなく旧暦の時代に作られた芸術品だそうだ。中央には緑がかった水色の宝石、アクアマリン(aquamarine)がはめられていて、いかにも「深海のしずく」という感じがする、そうだ。実物はパーティーが始まってから公開されるのだ。

「で、それが?」はくちゃんはまださっぱり事態を飲み込めていないようだ。
「もうっ!なによ、もうちょっと身を乗り出してよ!」
「そんなこと言われても、お腹が・・・」
「でね、でねっ!ここからが大事なのっ!」
「50年ぶりに博物館の外に運び出されるんだけどね。なんで50年間も博物館の中で眠っていたと思う。」
「館長がドケチだった!」ほとんどやけくそである。
「あのねー、もっと真面目に答えてよ。いいわ。教えてあげる。」さすがにいいよ、とは言えなかったはくちゃんであった。
「50年前ね、1度盗まれたことがあるの。ディープ・シー=ドロップは。」
「え?だって、今日展示されるんじゃないっスか?」
「最後まで聞く!50年前の今日だったそうよ。ディープ・シー=ドロップが今日と同じように博物館から出て、パーティー会場で展示されたの。そこにね、予告状が届いたの、怪盗から。それでね・・・。」
「怪盗には名前はなかったんスか?怪盗ルパンとかみたいに。」
「それがね、名無しの怪盗だったそうなの。『今夜9時ディープ・シー=ドロップを頂きに参ります。よろしく。怪盗。』それだけだったらしいわ。」
「変なの。それで、盗まれたんっスよね?」
「そう。しかも、パーティーの真っ最中に。鮮やかに盗んでいったそうよ。でもね、問題なのはここからなの。警備員や警察も一生懸命追いかけたそうよ。」
「で、捕まったっスか?」
「ううん。今までずっと捕まっていないわ。」
「へ?」
「取り返した人がいたの。」
「だ、誰っスか?」
「警備員でも警察官でもなかったの。雪の中、逃げる怪盗に追いすがって帰ってきたのよ。そして、雪の積もったそこの入口の階段に倒れこみながら、彼女に手を差し出したの。そこには、ハンカチに包まれたディープ・シー=ドロップがあったの。彼の手を取った彼女は、真夜中なのに、光が満ちてそれは美しかったそうよ。そして、彼女はディープ・シー=ドロップをそこにいた女の子に手渡して、帰っていったそうよ。」
「じゃあ、その人の名前は?」
「もちろんわからないまま。だけどね、ディープ・シー=ドロップを返した時、ハンカチに頭文字が刺繍してあったの。W.Dってね。ねっ!かっこいいでしょー。」
「怪盗も英雄も名無しっスかー。でも、なんでその話にそんなに詳しいっスか?」
「ああ、あたしのおじいちゃんとおばあちゃんもその場にいたのよ、すごいでしょー!」
ギュゴルルルー!タイミングよくはくちゃんのお腹が鳴り響いた。
「もっと真剣に聞いてよねっ!」ぷんぷん怒りながら、アリスはどこか行ってしまった。

その2のⅠ
「50年ぶりか。帰って来たぜ・・・・・・。」
 パーティー会場の二階部分の手すりに手をかけて、階下を眺める若い男がいた。長めの髪をかきあげながら、もうひと言、
「タダイマ」と・・・・・・。

「泣いてる・・・?」
階上の手すりからこちらに目をやっていた青年が、アリスには、今、泣いていたように見えたのだ。でも・・・
「カッコいいー!!?」
パーン!?パーン!?パッパーン!?
開会の合図だわ!と少し目を離したすきに、青年はその場所にはいなくなっていた。
「あれ?どこ行っちゃったんだろう?」
「何がっスか?」
「はくちゃん!どこ行ってたのよ!」
「な?」なんでボクが怒られないといけないっスか!いなくなったのはそっちじゃないか?と言い掛けたが、はくちゃんはやめといた。理由は簡単。腹が減っていただけである。
 外はすでに夜がやってきて、すべての街を闇で覆っていた。風は無く静かで神秘的な夜が、始まろうとしていた。対照的に、会場内はパーティーが始まったばかりであり、これからが本番だ。華やかな空気を会場中、ひいては街中に溢れさせ、お祭りムードを最高に盛り上げるのだった。実際、お祭り自体は昼から始まっており、メインイベントの会場としてここが使われているのだ。きらびやかな衣装をまとった、音楽隊のオープニング演奏に始まり、子どもたちの歌、バイオリン独奏というように次々と、年に一度しかない今日のための発表は続く。
 そんな中、はくちゃんはひたすら食べていた。昼御飯は眠っていて食べ損ねて、今まであちらこちら連れ回されて、胃袋の方が限界だったのだ。ま、それにしても食べる食べる。もう何日も食べていないような食べっぷりである。で、はくちゃんのお相手のアリスはほったらかされて、怒っているかと思えばそうでもないらしい。こちらは次から次へと、男性のダンスのお誘いがあって、結構楽しんでいた。しかし、踊りながら、さっきの「カッコいい」男の人をきょろきょろと探している。
「はあー、なかなか見つからないものね。あれは誰だったのかしら?」
と、その時、声をかけてきた人物がいた。
「お姫サン、どなたかお探しかい?」
見つけたー!!!?
「あの、踊ってください!」
「喜んで。」
 そうして、二人はまるで蝶が舞うように会場を一杯使って、華麗に踊りだした。ある人はその素晴らしさに目を奪われ、ある人は見とれたまま何秒間か停止してしまった。それほど美しかった。
「お名前、教えてください。あたし、アリスっていいます。」
「アリスちゃん?オレは、そうだな・・・怪盗・・・とだけ言っとこうかな。」
「かいとう?さん?」
 さっきの涙を思い出して、アリスには「かいとう」という響きの中に何か哀しさを感じた。
「そう、物を盗む、怪盗。ま、オレの場合、幸せを配る怪盗ってとこだな。」
「幸せを?配る?」
「そ!? Good luck!アリス姫。 I wish you every happiness!」
 アリスの手の甲に口づけをし、それだけ言い残して、彼は煙のように人々の波をぬって消え去ってしまった。呆然として立ちすくむアリスはまだ夢の中にいるような気分だった。
 
その2のⅡ
 そのころ、はくちゃんは食べるのをやっと一休みして、(簡単に言えば食休みやな!)やっと、アリスを探し出した。食べるのに夢中になっていて、アリスがいつの間にかいなくなっているのにも気付かなかった。ついでに言うと、さっきまでアリスが会場中の注目を集めていたことにさえも、気付いていなかった。そんなわけで、さっきからずっと探しているのだがなかなかこの人数では見つからない。しかも二階もあるから、大変な作業だ。    
 音楽は相変わらず鳴り響き、人々はその雰囲気に酔いしれている。パーティーという一種異常な空気に支配された空間。それ以上に何かを期待しているような人々。一体何を?まさか、50年前の再現をこの場で?
 アリスを本気になって探し出したはくちゃんであったが、どうしても見つからない。遠くばかり見ていたものだから、走ってきた人に気付かずにぶつかってしまった。
「わっ!ごめんなさいっス!?」
とはくちゃんは謝ったのだが、ぶつかった相手は、はくちゃんを見てびっくりしたような当惑したような表情を一瞬、浮かべたが、すぐに顔からそれを消した。
「悪いな。」
とだけ言い残して走り去っていった。ボーとしていると、また、ぶつかってしまった。
「わっごめんなさいっス?」
何とそこにいたのは先ほど走り去った若い青年ではないか。
「え?二人??」
 振り向いた青年は「キュッ!」と言って走り去っていった。頭が混乱してきたはくちゃんは考えるのをやめて、眼鏡を掛け直しながら、引き続きアリスを探そうと立ち上がった。
 もう二度と会うことは無いだろうこの人物と、思いがけない再会をするとはこの時、はくちゃんは思いもしなかった。
 そこに今の今まで探していた人物が表れた。
「アリスちゃーん!おーい!どこ行ってたっスか?」
と声をかけると、アリスのほうもはくちゃんに気付いたらしく、駆け寄ってきた。
「ねえねえ!はくちゃん!たいへん!」
興奮した様子で早口で話し出した。
「あのね!たいへんなの!」
「だから何がっスか?」
「すごいのよ!予告状が届いたの!」
「は?」全く事情が飲み込めない表情で聞き返す。
「50年前と全く同じなのっ!?『今夜9時ディープ・シー=ドロップを頂きに参ります。よろしく。怪盗。』っていう予告状が届いたんだって!ねっすごいでしょ!」
「本当っスか!え、でも、9時って・・・」さすがにはくちゃんも興奮がうつったらしい。
「そうよ、ディープ・シー=ドロップが公開される時刻なの!ああ、怪盗サンもう一度あたしの前に現れてくれないかなー。」
「えっどういう意味っスか?」
「あたしね、今さっき、怪盗サンとね、一緒に踊ったのよ!」
完全にあっけにとられたはくちゃんは当然の疑問を口に出した。
「だって、50年前だったら、もうおじいちゃんじゃないっスか?」
「違うのよ。もうっ!わからないひとね。すっごくカッコいいんだから!怪盗サンは。」
「???」さっぱりわからなくなったはくちゃんであった。

その2のⅢ
 午後8時50分。予告時間まであと10分。伝説の「怪盗」が現れるといううわさはいつの間にかあっという間に広まってしまっていた。それもそのはず、予告状のカードが来場者に次から次へとばらまかれているのだ。そして、それはお祭り気分をさらに助長して、誰が伝説の「怪盗」を捕まえるか、ということが男たちの間では競われだした。女性の間でも同じように、誰が捕まえるのかしら?と胸をときめかせているようだ。
 しかし、主人公は腹が減っていた。(・・・あほかー!)いや、本当に。アリスを探し回っていて、消耗したのか、またお腹がぐるぐる鳴り出している。本人いはく、「育ちざかりっス」らしいし、まあ、いいか。(それでいい訳ないやろが!)という突っ込みは置いといて。

 外は弱い雪が降りだした。はらはらと月夜の空から落ちてくる白いもの。それが街灯に照らされて、きらきら光っている。そこに黒い衣装をまとった若い男が立っている。
「まさか、あいつが?来ていたのか?まさか、そんなことはない。あれからもう50年たっている。」

 午後9時。ステージでは本日のメインイベント、ディープ・シー=ドロップのお目見えが始まろうとしていた。黒いシートがかぶせられた台のようなものが、ステージの下からせり上がってくる。そして、アナウンスが告げた。
「それでは皆さん、50年ぶりに外の世界に出ましたディープ・シー=ドロップをご覧下さい。」
いよいよ、ディープ・シー=ドロップは50年という永い眠りから甦る。そして、黒い神秘のベールを取って、ディープ・シー=ドロップが静かに鎮座していた。かつて超一流芸術品と謳われたディープ・シー=ドロップ。一目見た者には必ず、「幸福の女神が微笑む」という伝説を残しているディープ・シー=ドロップ。今、その光を取り戻す。
「おおー!!!?」
ところどころで歓声、嘆声、ため息がこぼれる。と同時に9時の鐘が鳴った。 
 会場中に困惑の表情が現れた。そう、時計はもう9時5分を差している。にもかかわらず、なぜ今ごろ9時の鐘が鳴るのだ?人々がそのことに気付き、ざわつき始めた時、九つ目の鐘が鳴り終わった。

その2のⅣ
 いっせいに明かりが消える。
照明が全て落ちた。と思ったが、一つだけ点いている。ステージを照らすただ一つの光。そこに浮かび上がったディープ・シー=ドロップ。その世界は神秘と呼ぶしかなかった。
 永遠とも思われたその時間には、突然終わりがきた。
伝説の「怪盗」の姿が一筋の光に照らされている!!そこに表れた、黒い翼、黒い衣装。そして、静かに、静かに、体が宙に浮いてゆく。左手にはディープ・シー=ドロップの永遠の輝き。右手には黒いステッキ。50年の想いが今、叶う。

―――50年前―――
「はぁはぁ。ふぅー。そのディープ・シー=ドロップ、返して・・・くれない・・・か。」
「まさか、このオレについてこれるヤツがいたなんて、とんだ誤算だったぜ。」
伝説の「怪盗」にとってここまで食いつかれたのは初めての経験だった。いろいろなところで盗んできたが、今日はどうも運が悪いらしい。こんなヤツに追い詰められるとは。今日が最後になるはずだったのに・・・。ちっ!
「WITH来い!!」
しかし、何の反応も無い。どういうことだ。
「君の言っているWITHとは、これのこと・・・かな?」
「あっ!」みると、その男の傍らでウサギのような生物が眠っている。
「てめえ、WITHになにをしやがった!」
「大丈夫。眠ってるだけだ。ごめん。どうしても、君・・・には、盗ませるわけにはいかなかったんだ・・・ホントに・・・すまない。」
「なんでテメーはこれにそんなにこだわるんだ?」
「それより、名前を聞かせてくれないか。テメーとか君とかじゃ話しづらい・・・。」
「ふっ。いいぜ。オレは・・・」

「あれ?ここはどこっス?」
九つの鐘の鳴ったちょうどそのころ、はくちゃんはトイレに行っていた。(またかよ!)んでもって完全に道に迷った。らしい・・・。さすが「歩くトラブルメーカー」とよばれることはある。その上、電気は消えてしまうし、一体どうなっているんだろう?と歩いていると足音が聞こえてきた。走っているみたいだ。こっちに来る!と思った途端、階段の曲がり角でぶつかってしまった。
カツーン、コーン!ザー!
「イタッタッタタ。」×2
相手の人がぶつかって、何かを落としてしまったらしい。拾ってあげないと、と思って暗闇の中、手探りでとってみると、意外と重たい。
「ごめんなさいっス。大丈夫っスか・・・?」
 はくちゃんが話すのと同時に電気がついた。起き上がった男の格好を見ると、上から下まで黒ずくめである。背は高く、髪は長い、好男子(美男子の方がええか?)という印象を受ける。でもどこかで見た覚えがある。
「あっ!あの時のふたごっス!」
「ふたご?また、お会いしましたね。」
と、なごやかに話しかけた時、遠くから声がした。
「『怪盗』サン、待ってっ!」
「お姫さん!?」
「アリスちゃん?」
と言って二人は顔を見合わせる。なんで?という表情だ。
息を切らせて、アリスが走ってくる。
「はぁっ。はぁっ。さっきのってあなたでしょう?『怪盗』サン。ずっと探していたの。」
「・・・・・・・」
「怪盗」さんと呼びかけられた人物は何も答えない。
「へ?え?『怪盗』?」と言いながら、はくちゃんは自分の手に握っている物に初めて気付いた。
「ってあれ?これって、写真で見たやつっス!確かディープ・シー=ドロップ?ってことは?」
「そのディープ・シー=ドロップが証拠。『怪盗』さん。あなたですよね?」
「なーんだ、ばれちゃってんのか?じゃあ、話は早いや。悪いけど、渡してくんねーかな?」
「嫌って言ったら?」
「だめ?」
「ううん、一度言ってみたかったんスよね。この台詞。カッコいいっス!」
「じゃあ、もらって行くぜ。」
「イヤっス!バーイバーイっス。アリスちゃん行くっスよ!」
「え?」
「な!?待て。」
 いよいよ、はくちゃん、いたずら小僧の本領発揮である。戸惑いの表情を浮かべるアリスの手を取って、階段を一気に走り始める。上り終えると、そのまま突き当りまでまっすぐ走り、右に曲がる。そして、ドアの開いていた部屋に入ると、中から鍵をかけた。
「はあ、はあ。疲れたーっス!」
「はくちゃん、足、速過ぎっ!」
「いつも、バンちゃん、ガンちゃん・・・と追っかけ・・・っこしてい・・・るっスよ。」
 二人とも完全に息が切れているから、話も途切れ途切れになってしまう。
「だって、いきなり逃げるんだもん!びっくりしたじゃないっ!」
「怪盗だから、何されるかわからなかったっスよ!ハハハッアハハハハッ」
「ふふふっ、うふふふふ!」
 急に二人とも大声で笑い出してしまった。本当は笑えるような状況ではないのだが、今まで緊張していたのが、一気にとけたという感じだった。
コツッコツッコツ。・・・カチャッカチャカチャッ。・・・
「来た!」

その2のⅤ
――――――
「オレの名前はDark Mousyだぜ。テメーは?」
「私はWhite Dragonといいます、が、白龍で結構です。」
「そうか、じゃあ、白龍、あんた、どうしてこいつにそんなにこだわるんだい?」
静かにその質問に答える。
「美術品の魔力というものにあやかりたいと思いまして。」
「そんなもん、頼るもんじゃねーぜ。」
「私もそうだと思います。」
「じゃあ、なんで?」
「不思議ですね、ダークさんは怪盗なのに、何でも話せるような気がする。」
「話してみればいいぜ。」
「ちょっと、火、もらえますか?」
といって、白龍はタバコを一本くわえた。ダークもそれに応えて、マッチを擦った。
「ありがとうございます。それ、ディープ・シー=ドロップの別名、知っていますか?」
「深海のしずくってんだろ。」
「いいえ、もう一つです。『心からの涙』だそうです。」
タバコを右手に持ち、灰を少し落とす。
「知らねーな。」
「その中心の宝石、なんだか知っていますか。」とディープ・シー=ドロップを指差しながら質問する。
「アクアマリン、だろ?」ダークはだるそうに行き止まりとなっている壁に寄りかかった。
「ええ。藍玉ともいうそうです。3月の誕生石だそうですね。そして、幸福と不老の象徴・・・。神話には、始め海底の美しい海の精の宝物だったものが、浜辺に打ち上げられて宝石になったとか・・・、そのために、昔は順調な航海を祈るためにも使われたそうです。」
「へー、詳しいことですな、白龍殿は。で?」
「ありがとうございます。でも、もう時間が無いんですよ。12時の鐘まで・・・」
「なんのことだい?」
 白龍はそれには答えず、タバコを捨てて、無言で腰に下げていた剣を鞘から抜いて構えた。
 会場を出る時に展示されていたのを持ってきたのだった。

その2のⅥ
「残念でした。ここにはアリスはいないっスよ。」
伝説の「怪盗」が鍵を簡単に開けて入ってみると、稽古部屋風の部屋の中心にイスに優雅に腰掛けたはくちゃんただ一人がそこにいた。おかしいな、二人一緒に入ったんじゃなかったのかと思いながら、部屋を見回してみるが、本当に誰もいないようだ。窓を開けた様子もない。外は雪が降っている。
「ヒュー。やるねー、このオレ様をだますとは。」
「そうやってほめてもらえると、照れるっスね。」
「で、アリスとディープ・シー=ドロップはどこかな?」
「さあ?」
「なるほど、テメーに聞くしかないというわけだ。」
「そうかも。」
「ふーん。あくまで知らんぷりするわけだ。」
「ボクと対決っていうのもいいんじゃないっスか?」
「オレが勝ったら、教えてくれる?」
「さあ?」
「お!ちょうどいい。ここに二本、剣があるぜ。これで勝負と行こうか!」
と言いながら、片方の剣をはくちゃんに投げて渡した。
「危ないっスね。」
「大丈夫、大丈夫。演劇用の剣だ。」
「じゃあ!」はくちゃんは言いながら、鞘から剣を抜き放つ。
「怪盗」はその構えに見覚えがあった。それは、50年前の「あいつ」と瓜二つだった。

――――――
「時間が無い?いいぜ、オレも早く逃げないといけないからな。」
白龍は剣を構えて、微動だにしない。ダークも持っていたステッキを体の前に構えた。
(来る!)ダークはそう感じて、ステッキを動かした。と同時に白龍が切りつける。二人は剣とステッキをぶつかり合わせたまま動かない。急にダークが、腕を取って白龍を壁に叩きつける。白龍の視界が真っ白になった。

―――その三日前―――
「はくりゅうさん!おはようございます!?」【しほ17歳】
「しほ!おはよう!今日も元気そうだね。寒ー。雪が降るかもね」【白龍20歳】
白い息を吐きながら、二人はにこやかに話し出した。
「雪ですか!私が前住んでいたところだったら、今ごろはもう積もっていたんですよ!」
「そりゃ、すごいや!!ここは、年に一回降るか降らないかだよ。じゃあ、またね!」
「はい!あ、そうだ、今日、うちに来て下さい!」
「ん?いいよ。どうしたの?」
「お願いがあって・・・その・・・」
「じゃあ、今日の練習、午前中だけだから、お昼過ぎにでも。」
「はい!!」
ぱぁっ、と花が咲いたように笑顔がこぼれた。
白龍と呼ばれた青年はここの地区にある剣術道場の師範代を務めている。彼の伯父に当たる人が師範を務めていて、門前の小僧という感じだ。彼の従姉妹たち、簡単にいうと師範の子どもたちはみんな女の子だった。今はもう、それぞれ結婚したり、別の仕事についたりしている。そんなわけで、昔から遊びに来ていた、師範の弟の息子、白龍に白羽の矢が立ったというわけだ。
 しほと呼ばれている少女は最近引っ越して来た娘である。彼女の祖母は実は皇族出身であったが一般市民となってから、事業を始め、ついに息子の代になって、つまりしほの父親の代に大成功を収めた。しかし、しほの父親は40歳にして突然社長を辞任して、妻に事業を引き継がせ、自分は田舎に引っ込んでしまった。理由は病気がちな娘、しほの療養のためであった。今、妻は単身赴任という形をとってしほの妹と一緒に生活している。
 というわけでー、母親と妹と離れて、しほは引っ越して来た。しほの毎日の日課は父親と一緒の朝の散歩だった。ついでに言うと、白龍の朝の日課は朝練であった。ジョギングや素振りを行ってから、近くの大学に通う。(え!!大学やて!スッゲェー!)そんな朝のひと時、しほにあいさつをするのもまた、日課となっていた。
 白龍は昼食を取った後、すぐに出かけた。もちろん、しほの所へである。家は近所だからすぐに着いた。しかし、いつ見ても大きなお屋敷である。門が大きいと思ったら、敷地も広いし家も大きい。呼び鈴を鳴らすと、まだ若いメイドさんが出てきた。なじみの顔である。というか、白龍と同じ小学校、中学校だったりして。それは置いといて、(あ、置いとかれた・・・)しほがいるという、庭園の方に通された。
「よっ!」
「はくりゅうさん!ありがとうございます。」
「いやいや、そんなに頭を下げんでくれよ。なにしてたの?」
「あ、お散歩です。」
「寒くない?」
「平気です。私、北国生まれですから。あ、ごめんなさい、中に入りましょ。」
と言って家の中に入って、西洋風の一室に案内される。白龍はソファーに腰掛けて、帽子と手袋を取る。と、さっきのメイドが紅茶を運んできてくれた。
「ありがとうございます。」
丁寧に白龍はお礼を言って、紅茶を一口飲んで、体を温めている。と、傍らで、メイドとしほがなにやら話し込んでいる。
「?なに?」
どうしたものかと思っていると、メイドは部屋の外に出て行った。そして、しほがはにかみながら話し出した。
「あのね、はくりゅうさん。あのね、えーとね、きのうね、パーティーの招待状が来たの。それでね、ペアでご招待って言ってるのよ。」
「?」
「パパはママと行くって言うし、あたしね、・・・えーと・・・」
なぜか困ってしまったしほを見て、困惑気味の白龍である。
 そんなドアの向こうでは、パパとメイドさんがなんと!立ち聞きをしていた。(おいお
い・・・)よし、そこだ!行け!娘を応援しているのだが、まるでサッカーの応援である。
「おねがいっ!あたしと一緒に、・・・出てください!!」
「オレが?」
(やっぱりだめかな?)としほが思ったその時、
「よろしく。」
と白龍は優しく首を縦に振ったのだった。

――――――
白龍は雪の上に倒れこんでしまっていた。とっさにダークは身を引いて、立ち位置を逆転させる。なんとか白龍も壁に手をついて、
「やっぱり、一本じゃだめですね。私は二刀流の方が得意なんですよね。」
起き上がりつつ、雪を払う。突然、剣を右手に、鞘を左手に握ってダークに踊りかかる。
・・・・・・しほ・・・。
「うおおおー!」――二刀流、怒龍十字斬っ!!!?――
ドサッ!ザザッ!
・・・・・・こんなので最後・・・か・・・?
ダークは白龍のこの不意打ちに後ろに吹っ飛んで気を失った。ダークの手を離れて、ディープ・シー=ドロップが宙を舞って、雪の中に落ちる。それをそっとハンカチにくるんで手にとる。すると後ろの方から声がかかった。
「時間が無いって言ってたな、どういう意味だ?」
びっくりして、後ろを振り返るとダークはまだ仰向けになったまま話しかけて来ていた。
「大丈夫だぜ、オレはまだ、ちょっと動けそうにないからな。」
白龍はディープ・シー=ドロップを両手で優しく覆いながら・・・答えた。
「私は今日のパーティーにしほって子と一緒に来ている。彼女は・・・かわいい・・・。」
「知ってるぜ。」
「なんで!?」
「きれいなモノには目がねーんだぜ。オレは。」
「そうか・・・あははっ!ありがとう。」
「それより、その言葉遣い、やめろよ、スッゲーぎこちないぜ。」
「ああ、そうか。やっぱな。」
「で、時間が無いってのはなんなんだ?」

――――――
「どうかしたっスか?」
「オマエ、名前は?」
「だったら、先に自分の名前を言うっスよ。」
「そうだな。オレはDark Mousyだ。」
「じゃあ、かいとうだーくって感じっスね。ボクははくちゃんっス。よろしくっ!」
「違う、違う、本名だ。本当の名前はなんてんだ?」
「あーーー、なんだっけ?白龍頑駄無Ⅲ世っス。でも長いから、はくちゃんでいい・・・」
「なんだと!!Ⅲ世ってことは・・・じゃあWhite Dragonの孫か?」
「じいちゃん?」
ここは、そう、現在。「怪盗」VSはくちゃんが今まさに始まろうとしている、小塔の二階のとある一室である。舞台稽古をしたりする部屋なのでほとんど何も置いていない。ただ広いというだけの部屋だ。だが、格闘をするにはちょうどいいかもしれない。はくちゃんにその気があればだが。
「やっぱり、オマエ『あいつ』の孫か。初めて逢ったときはびっくりしたぜ。『あいつ』に本当に似てるな。剣の構え方もだけどな。」
はくちゃんは一生懸命に考えをまとめようとしている。もともと、深く考えるようになっていないはくちゃんの頭であるから、コンピューターが計算を終わるころには、ダークは完全に平静に戻っていた。
「まさか、50年前の『怪盗』って、ダークっスか?あっ!」
ニヤニヤしながら、ダークは説明してやった。
「そ、50年前ディープ・シー=ドロップを盗もうとしたのはオレのこと。で、英雄と呼ばれているのはオマエの祖父、White Dragonだ。イニシャルはW.D 。」
「ほーえー!」
そして、ダークはゆっくりと「50年前」の話をしてやった。
「どうだ、理解したか?」
やっと納得した表情のはくちゃんにダークはさらに問い掛ける。
「さて、問題です。本物はどっちだ。」
「えっ?あ、あん時のふたご!」
見ると、後ろにももう一人、同じ格好をしたダークが立っている。どちらもニヤニヤ笑っている。そして、一瞬にして、決着はついた。

その3のⅠ
 雪は完全にやんでいる。空には月が出てきたようだ。満月・・・。明るく雪を照らしている。その光が雪に反射して、さらに幻想的な空間を映し出している。もう真夜中のはずである。しかし、50年前の二人の会話はまだ続いている。
「『12月24日、クリスマス・イブ、午後12時、月、雪、ディープ・シー=ドロップ、この三つの光が集った時、願いは叶う。』ダーク、こんな伝説、聞いたことはないか?」
「それが今日、ってわけか?」
「そういうことになるな。」
「白龍、オマエの願いは?」
「オレが願うんじゃーないんだ。」
「じゃあ、しほちゃんか?」
「正確には、しほとお父さんだな。」
「?」
「しほは体が弱くってな。」
「だから・・・か?」
「タバコも吸い始めたばかりだけど、もうやめようかと思ってたんだ・・・」
「そうか・・・。やるぜ、ディープ・シー=ドロップ。」
「??いいのか?」
「オマエが勝ったんだろ。それにもう一人の『オレ』もそう言ってる。」
「すまなかったな。」
「時間が無いんだろ!さっさと行けよ!」
「またいつか盗みに来いよ!」
白龍はそう言って、走り去っていった。
「WITH。帰るぜ。」
「キュッ!」
目を覚ました、WITHの翼で、ダークは飛びたった。冷たい風に乗って黒い翼をはばたかせる。月の光に照らされて、まるで、天使のようだった。
「幸せにな!Good luck!」

白龍は白い息を吐きながら、会場へと一直線に走っていた。しかし、ダークとの決闘でかなり体力を消耗していた。自分では気付かないうちに体から次第に力が抜けていく。
・・・・・・しほ。
 目の前に少女を見つけたときにはもう、意識が消えかかっていた。そして、ディープ・シー=ドロップを包んだ両手を差し出す。やんわりとその手を包む温かい手・・・。消えゆく意識の中で、彼は聞いた。12個の鐘の音、そして、少女の言葉を・・・・・・。
「あ・・・ ・・・とう。」

その3のⅡ
――――――
「イテテッテテッ!」
始め、はくちゃんは自分がどこにいるのか、とっさには思い出せなかった。一体どれくらい気絶していたのだろうか。完全にやられた・・・。

 はくちゃんは、自分の真後ろに現れたもう一人のダークに気を取られて目の前のダークにちょっとしたスキを見せてしまった。その瞬間をダークは逃すはずもなく、剣を一閃したと思った時には、もうはくちゃんは頭を殴られて気絶してしまっていた。

「アリスちゃん!」
アリスにダークが何かするとは思えないけれど、はくちゃんは急いで、アリスのいる部
屋へと向かった。

 ここで少し時間を戻して、アリスとはくちゃんの大笑いのシーンから思い出して欲しい。あの時、もうそこまで、「怪盗」が迫っていることに気付いた二人はとっさにはどうしてよいか、考えつかなかった。その時、
「そうだっ!ここね、なんでか知らないけど、鏡がマジックミラーになっててね、隣からこっちが見えるのよ!」
「え?」
アリスは急いで、鏡に近づいて、
「確か、この辺だったと思うんだけどなー。スイッチ。あっ!あった、あったー!」
「なんで知ってるっスか?」
「前にパパと一緒に見学させてもらったのよ。」
と言いながら、ボタンを押すと鏡が左右に開き、そこにはもう一つの部屋が現れた。
「じゃあ、これ持って行くっスよ。」
「え?あたしが行くの?いやよ。あたし、『怪盗』サンとお話がしたいし・・・」
「早く、逃げるっスよ。」
ごねるアリスの手に強引にディープ・シー=ドロップを渡してから、ボタンをもう一度押して、鏡を閉めた。

 以上が、アリス消失のトリックだ。(トリックって言うほどでもないがな!)

 しかし、ダークはこれをいとも簡単に破って見せた。というよりは、いとも簡単にボタンを見つけ出して鏡を開いた。そこには誰もいない・・・とばかり思っていたが、意外なことにアリスが、行儀よくイスに腰掛けていた・・・
「アリス。オレを待っていてくれたのかい?」
「ええ。ずっと待っていたわ。」
「そうか。オレのために・・・」
話をしながら、自然にアリスに近づき、彼女の白い手を取る。
「お願い、もう一度あたしと踊って。」
「いいぜ。喜んで。」
うやうやしく片ひざを付き、アリスをイスから立たせる。そして、静かに踊り始める・・・。
アリスはうっとりとダークを眺める。ダークもアリスを見つめ返す。永く、それでいて短い、幸せの時はあっという間に過ぎていく。そして、二人の一曲が終わった時、ダークはアリスに告げた。
「そろそろ、お別れだな。」
「?え、そんなの・・・」
イヤッ、と言おうとした唇にダークは人差し指を軽く当てて、
「シンデレラの魔法は、いつかは解けるんだぜ。そんな悲しそうな顔をするな。言ったろ。オレは幸せを配る怪盗だって。それに、キミの王子様は・・・オレじゃ・・・ない。オレは現在(いま)だけだぜ。」
そう言って、アリスの頬に軽くキスをした。
「あたしの・・・王子様・・・・・・?」
そして、ダークは、窓から外に飛び出していった。雪の降り出した暗闇の世界へと。背中には黒い翼をつけて・・・。

その3のⅢ
 はくちゃんがアリスの待つ部屋に駆けつけた時、アリスはぼーっと立ちすくんでいた。もちろん、その手にはディープ・シー=ドロップはない。それよりも、アリスが頬を真っ赤に染めて、眼もどこか宙を見ているので、はくちゃんは不思議に思って尋ねた。
「盗まれちゃったっスね?」
「・・・うん・・・。ふたつも盗まれちゃったっ!」
「なにっスか?二つって?ディープ・シー=ドロップだけじゃないっスか?」
「・・・あたしの王子様・・・。」
「は?」
「ううん、なんでもないっ!」
その時、鐘が鳴った。長いような短いような不思議な夜だった。
「会場に戻ろっか!」
「そうっスね!」ギュゴルルルルー!!「腹減ったっスよ。」
「やだー、はくちゃんったらー!」
笑いながら、二人は手をつないで帰った。 

エピローグⅠ
「父ちゃん、おばあちゃんって何歳くらいまで生きてたっスか?」
「オフクロ?わしが小学生の時だったな。なあ、オヤジ?」
「そうじゃったな。あいつは体が弱くてな。」
「はくちゃん、なんでおばあちゃんの話なんだ?」
「そうですよ、僕たちは直接会ったことはありませんしね。」
ここは、はくちゃんの祖父の家である。はくちゃん、両親、祖父、そして、二人の兄がそろっている。帰ってきて、いきなり、お説教が始まって、延々2時間半、祖父と父と一番上の兄に順々に怒られて、そろそろ終わりという頃だった。
「じゃあさ、結構長く生きられたっスね。」
「そう・・・じゃな。」
はくちゃんの祖父はそう言って、ゆっくりとうなずいた。何かを思い出しているように、ふと、少しだけ、微笑んだ。いつも厳しい祖父がこんな優しい表情をするとは、三兄弟にとっては驚きだった。
 その時、はくちゃんはおじいちゃんと怪盗ダークの対決を見てみたいと思った。

エピローグⅡ
「白龍さん!何してるんですか、遅刻ですよ!」
「悪い!しほ!このとおりだ!いつも通り朝練に行ってた。」
「でもー、今日、あたしたちの結婚式なんですよ!」
「だから、ごめん!」
「そうだ、変な祝電が届いてたってお父様が言ってたわ。はい、これ!」
「ん?」
電報を受け取った白龍の顔が、急に緩む。
「誰からですか?」
「オレの宿敵(ライバル)!」
そこにはこう書いていた。
『I wish you every happiness!(幸せになれよな!) Dark 』
「魔法なんて最初から・・・無かった・・・のか。」

 二人の結婚式は何事もなく順調に進んだ。それを遠くから見守っている黒い人影があったことには誰も気付かなかった・・・。


あとがき
 はくちゃんの活躍が少なかったなー。あと関西弁突っ込みが・・・←(一体誰やねん!)

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