モノノツキ

 僕と彼女は月を見ていた。

 彼女の名前は何だったろう。高校で同じクラスになった子だ。確か教室では「タチさん」と呼ばれていた。名字だろうか。あだ名だろうか。ミステリアスなのかどうかもわからない、ほとんど他人だ。

 学校帰り、駅のホームのベンチに座るタチさんから手招きされた僕は、促されるままに隣に座り、こうして一緒に月を見ている。ピークの時間は過ぎており、僕達以外には誰もいない。

 彼女の顔を横目で見る。冴えた月を映した瞳は爛々と輝いている。日常の中のちょっとした感動的情景に触れてとにかく青春したくなったのだろうか。だとすれば、わりと普通の女の子なのかもしれない。心なしか魅力的に見えてきた。あぁ、それにしても綺麗な月だ。

「月が眩しいですね」

 不意の、月並みな台詞を彷彿とさせる一言に心臓が跳ねる。

 熱を感じた。

「目障りなぐらい」

 彼女の華奢な手が僕の胸から引き抜かれた。

【続く】