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帰る座標

『プラネテス』という漫画を久々に読んだ。
宇宙飛行士の話だ。

主人公のホシノは死んだ猫に出逢ってから心の病にかかる。帰る場所がないと言い、自分を見失う。


宇宙飛行士の帰る座標は「地球」
…というのは一見合っているように思える。

しかし、人間の帰る座標として「地球」はあまりにも大き過ぎる。馬鹿でかい宇宙に比べたら地球は微かな塵程度だけど、人間に対しては大き過ぎる。人間の帰る座標はきっと「人間」くらいの大きさが丁度いい。


ホシノは同じ宇宙飛行士のタナベと結婚する。
ホシノの弟が二人に聞く。ホシノはもうすぐ木星に行って7年間も帰ってこないのに、どうして今結婚するんだと。

ホシノはこう答える。
「オレのワガママをこの人が聞いてくれたのさ。自分の帰る場所をハッキリさせておきたいんだ」


読んでいて納得してしまった。

帰る場所がないっていうのは結構しんどい。
時が経てば、地元からお父さんお母さんもいなくなる。僕の地元は残存しているが、帰る家はなくなる。亡くなる。還る。

今はまだ若いけど、人生中盤に差し掛かると、「帰る場所」「生きる理由」が今以上に大事になるはずだ。

生きる上で、何か一つ基となる座標がほしいのだ。自分を見失わないために、相対的な位置を把握するための座標がほしいのだ。
その座標が「帰る場所」と「生きる理由」だ。

それらが無いときっと寂しい。それらが無くてもいいと言う人間もいるだろう。でも、一部の人間はその二つの役目を誰かに担ってほしいわけだ。

恋愛っていうのはそのわがままを聞いてくれる人を探すっていうことなのかもしれない。
そして結婚はその二つを得る手段だったのだ。



(画像引用元)

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