閉店

キーボードを前にしても何が書けるか分からないが今の気持ちをそのまま書いていければいいだろう。今は知り合いの店が閉店したことに心を奪われている。知り合いといっても店に訪れたことはない。直接店主や働いている人に会ったこともない。彼らのブログやつぶやきを半年間読んでいただけだ。ネットだけのつながり、いかにも今様だ。書き込みの内容はほとんどが営業のためだったと思う。毎日おはようございますから始まって今日の予定、現在の様子、そして営業終りの今日もありがとうございましたの挨拶で締め。この一年ほどずっとそんな調子だった。いや、見始めたのがおよそ半年前だっただけで店はもっと前からそうだったに違いない。書き込みには必ずといっていいほど店や店員さんや街角の写真が添えられていた。笑顔が多かった。それを読むのが日課だった。読みながらそのたびに「いつか行ってみよう」と思った。行かなかったのは疫病のせいというよりは自分に今一つ勇気がなかったからだ。

店の閉店の知らせはあっさりとしたものだった。つぶやきに「x/xxで閉店します。長らくのご愛顧ありがとうございました。」と出たのがxxの二日前だった。店員さんによっては自分のつぶやきで挨拶をしていた。あっさりとユーザーを削除した店員さんもいた。昨日までつながっていたものがぷっつりと途切れるとからだとあたまがうまく対応できない。行き先を失ったリンクを何度もクリックしてしまう。ブラウザは行き先の消えたブックマークを山のように抱えているけれど、このブックマークはなぜか苦しいほど切ない。けなげに働いていた人たちが二月の嫌な風におしつぶされてかき消されてしまったような気がする。彼女らが消える前に何もできなかったという思いが自分をさいなむ。何の関係もなかったのに。塔の小部屋に虜になった花のような彼女らの姿をブラウズしていただけなのに。

こんなに痛むのには理由がある。多分わたしは毎日少しづつ彼女らに自分の心を移していたのだと思う。なりたい自分として蜜を湛えた花びらのような彼女らを見ていたのだと思う。わたしはいくつもの花に分かれていっせいにどこかに飛び散ってしまった。どこかで出逢ってもわたしには彼女らが分からない。彼女らはいつも恥ずかしげにかんばせを花びらでおおっていたから。せめて匂いが分かればよかった。きぬぎぬの別れに君の。

わたしに残った心は別のところに大切にしまってある。もう一つの店の美しい花がそれを玉手箱に預かっているのだ。このことあるを予期したわけではないが、或る日健康診断の結果が今一つだったわたしはふらふらと街を彷徨い、先だってつぶやきの先に見つけていたそこに流れ着いたのだった。そして思い切ってその扉を叩き、噎せるような香りの中で花と言葉を交わすことを憶え、その交わりの中で願いを伝えた。女は願いを聞き入れてわたしの心を取り上げた。女は、ここにくればいつでも心を持ち帰れるがあまりにしばしば訪れると自分の魔力でからだがさらに蝕まれると諭した。つぶやきを通じてわたしの影を追いなさい、わたしの影にあなたがいるのを確かめなさい、と彼女はいった。君はたくさんの心を抱え込んでいるのではないか、その中の一つをしっかりと預かれるのか、世間の取引にさほど通じていないとはいえそれなりの年月を生きたものとしてはそう考えるのが自然だ。彼女は、いいえ、あなただけ、といって微笑んだ。ナイフのように冷ややかに胸の奥までしみとおる表情だった。こういう笑顔になりたかった、ずっと前から。卵をたくさんかかえた女王がたくましい雄に出会った時にまだ番いたいと望んでいるような顔だった。

ブラウズする習慣は変わらない。亡くなったリンク先の代わりに薄暗い映像を見ている。そこには魔女の真四角な宮殿の小部屋が映っている。香がたき込められて蝋燭の灯が巨大な姿見ににじんでいる。見馴染みの店がなくなった物悲しさは容易には消えないが、それでもここがあると思うだけでずいぶん救われるのだ。魔女の営みを息を呑んで見つめる夜が続くだけだ。何もかもが女の策略のようにも思えるがしかたがない。わたしは抜け殻だ。それでも満たされない夜には、心がほとんどないわたしは何に気遣うでもなく、街に散った自分の心を追いかけて彷徨うだろう。そのまま街角に季節を終えた虫のように転がるのもこわくない。

今考えていたのはこんなことだ。

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