自分の創作世界観にフォロワーを落とし込むやつ総集編

※順次追加中。
※投稿順ではなく手当たり次第に転機してます
※Twitter投稿時から好き放題の加筆修正アリ


【目次】
01. 高層樹林の狩人
02. コピーキャット(模倣者)
03. 帝国の黒槍
04. 麻薬売りの少女
05. 大神殿の寮母さん
06. "天の守り人"
07. 聖画を生んだ貧しい画家
08.「宗教奪還」を掲げる女性
09. 帝国軍の異端者
10. 技術大国の逃亡者
11. "聖女"となった少女
12. お洒落になりたい猫人族
13. 時代を切り開く黒色神官
14. 自然大国のお薬屋さん
15. 「世界」の司書
16. 街一番の占い屋
17. 王国に生きる建築家
18. 放牧民の少女
19. 楽園の女帝
20. 鏡の似顔絵師
21. 極東の剣客
22. 極東の鼎巫女
23. プラントの守護者
24. 古を生きたエルフ
25. ステイトフィーンド(特務執行)
26. ジャーナリスト
27. -天使-


01. 高層樹林の狩人
 年間を通して温暖な自然大国の奥地、超高度の木々が連なる高層樹海に居を構える兎人族の青年。外敵から身を護る為、高い木にぶら下げるような建築様式が特徴な兎人族のテリトリーだ。彼らは種族自体の個体数は亜人の中でも特に少なく、外部との接触を殆ど行わない。
 兎人族には狩猟のための戦獣を生まれた時よりバディ(相棒)としてペア育てられる風習があり、 特に兎人族とウルフ種は古来より深い関係に有る。 幼少よりバディと共に狩りの訓練を行い、15歳を機に親元を離れてバディとのサバイバル生活が始まるのだ。
 今日も彼はすっかり大きくなったバディの黒狼に跨り短剣や弓、捕獲罠などを用いて木々生い茂る樹海でのを送っている。
 そんなある日、彼はいつもの狩場で出会ったエルフの少女から、森の首都に連れて行ってほしいと頼まれる。彼は殆ど森から出たことが無かったが、首都の場所くらいは知っていた。彼はエルフの少女を街まで送り届けると、久々に訪れた首都の見学もそこそこに森へと踵を返した。そして、事件は起こる。
 バディの黒狼と共に拠点へと歩いている最中、彼は聞きなれない多数の足音に警戒心を強めた。足音からしてその数20程度。エルフや一部の亜人族しか生息していないこの辺鄙な森で、そんな人数が団体で歩いている。明らかに異常なのだ。
 彼は黒狼をその場に待機させ、持ち前の身軽さで身近な木に登る。周囲を見渡すと、重厚な鎧に身を包み、馬に跨る騎士連中が見て取れた。森林浴にでも来ているのか、馬の足は遅く、何かを追う様子も追われる様子もない。
 良く見れば、鎧を着こんだ連中に交じって場違いなドレスを身に纏った女性が馬に跨っている。概ね、どこかの国のご令嬢が物珍しさに森林探索にでも来たのだろう。この樹林は大型の肉食獣も多い。何事もなく通り過ぎてくれればこちらとしても面倒が減るのだが。
 しかし、彼の考え空しく、ドレスの少女が近くの騎士から弓を受け取った。この森で狩りを行うつもりか。この俺を差し置いて。高層樹海で狩りを生業にする彼ら兎人族にとって、狩猟対象は自らの命と同義だ。故に必要以上の狩猟はしないし、何よりここは彼の狩場だ。どこの誰だか知らないが、この森での狩猟は許可できない。
 ドレスの少女の動きを止めるべく腰元の短剣を引き抜く彼だったが、背後の気配にピタリと動きを止めた。日々神経を研ぎ澄まし、互換を鍛え上げている兎人族の彼が、まったく背後の男の気配に気付かなかった。首元には磔の少女が刻まれた白き短剣。動けば殺される。殺気だけでその意図が伝わってくる。背後の男は本気だ。尋常ではない。
 身動きを取れない彼に、背後の男は言う。曰く、今日は王国の姫君の準成人の誕生日であり、姫君自身が狩った獣の肉で晩餐会を開くのが習わしだというのだ。説明はするものの、こちらの回答を求めている空気ではない。事が終わるまで黙って見ていろと、首元の短剣が語っている。
 和気藹々とした空気で姫が弓を引く。恐らく毒矢だろう。少女の目線の先には、あろうことか、彼の相棒である黒狼。よく見れば罠で足を固定されている。誕生日の姫への、接待狩猟とでもいうべきか。バディ(相棒)の危機に目を見開く彼だったが、少しでも動けば首元の短剣で頭を落とされる。
 身動きが取れないまま、目下の姫君は弓を放ち、黒狼に命中。それを皮切りに、周囲の騎士たちが一斉に黒狼を捉えに掛かった。一瞬だった。見ていることしか出来なかった。神経毒で自由を奪われ、縄で縛られたうえで荷台の乗せられた黒狼を、一言も発することなく、ただ、見ていた。黒狼を運ぶ荷台が樹林に隠れて見えなくなった頃、ようやく首元で輝いていた短剣の束縛が解かれる。
 彼はその瞬間、その場に膝から崩れ落ちた。咄嗟に腰の短剣を引き抜き振り返ったが、自身を拘束していた何者かの存在は既になかった。相棒はもういない。背後の男の言葉を信じるなら、長い月日を、あらゆる苦楽を共にした黒狼は、今夜先ほどの連中に食われてしまうのだろう。
 体の奥底、芯の方が急速に凍り付いていくような、静かな絶望。今から全力で追えば、相手が馬車でも間に合うだろう。しかし、背後の男から感じた圧倒的な殺気を前に、彼の足は空しくも、その場から動こうとはしなかった。
 彼は憎んだ。騎士連中をではない。身動きを封じてきた男をでもない。相棒の危機に、命惜しさに動けなかった自分を心底憎んだ。強くならなければならないと、心に誓った。立ち去って行った騎士連中。力を付け、奴らが掲げていた王国の国旗に必ず復讐すると誓った。
 彼は森を捨て、王国へ赴いた。騎士団への入団を志願したのだ。狩猟で培った手腕と知恵で、彼は王国の斥候部隊に所属。王国軍で鍛錬を積み、戦闘技術に磨きをかけた。そして王国は帝国との戦争へと向かってゆく。彼は王国軍兵士として、戦争にも参加した。全ては復讐の瞬間を果たすための、長い準備期間。
 そしてその時は訪れる。国が戦火に燃える中、若き王女の隠れ家の情報を仕入れた彼は、王国軍で培った斥候技術で護衛を蹴散らしてこれに侵入。当時うら若き姫だった彼女は、すっかり国の王女にまでなっていた。賊の侵入に驚く彼女だが、無理もない。王国兵の装備を着た男が自分を襲いに来たのだから。
 彼はこの時の為に鋭く研いだ二本の短剣を王女に見せつけたまま、彼の相棒の一件について語る。彼の語りを聞くうちに、王女はみるみる顔を青ざめさせた。そして暗殺者に告げる。この命で贖罪できるなら、躊躇いは要らない、刺しなさいと。ただし、復讐は王女一人に留めて欲しいと。
 既に王国の警備配置を一通り覚えた彼は、奥に隠れる彼女の妹のことだとピンときた。妹には手を出さないでくれとの事だろう。目をつむり、両手を広げる王女。抵抗はしないようだ。流石に肝が据わっている。だが、心なしか安堵しているように見えたのは気のせいか。
 目的を達成した彼は、騒ぎになる前に王城を後にした。王女が暗殺されたのだ、この国はもう間もなく敗戦と至るだろう。それももう、彼には関係のない話だ。
 この後は、どこかの国にでも亡命しようか。そんなことを考える彼の双剣は、片方のみ赤に染まっていた。

02.コピーキャット(模倣者)
 数世紀先の技術を有する技術大国。先人のロストテクノロジーである魔工(魔力を動力源とする機械群)の酷使により国土の大半は瘴気で汚染され、現在汚染された国土には主なき業務用魔工機械と、後述の「上層都市」を警備するAMOD(自立型外骨格)のみしか立っていない不浄の地。
 国の生活圏は技術開発関係者や一部の金持ちだけが住める、魔工隔壁に守られた「上層都市」と、行き場を失った国民が逃げ込み発展した「地下都市」に分かたれた。
 そんな法と慈悲無き「地下都市」で情報屋をしている素性の知れない男。いや、男かどうかも周囲の者は知らない。 彼は情報屋を営むにあたり、自身の個人情報を露呈しない為、依頼主と会う際は上層で盗んだと思われる光学迷彩を身に纏い、依頼主と同じ姿、同じ声色に変装して接する。
 自らを示す呼称すら提示しない為、彼の存在を知る者は未知への恐怖と疑念を込めて「コピーキャット(模倣者)」と呼ぶ。

03."帝国の黒槍"
 地理的資源に乏しい為、戦争による領土の拡大を積極的に行っている軍事帝国。国外間だけでなく、国内では戦争推進派である通称「帝国派」と穏便な貿易、土地開発等による非武力的国政を望む「反国派」での絶え間ない抗争が続いており、心休まる暇のない国民は疲弊しきっていた。
 彼女はそんな怒号と爆発音が絶えない帝国きっての槍使いであり、少数精鋭部隊で反国派のレジスタンスを強襲。日夜謀反の芽を摘む為に各地を転々としている。
 反国派からは「帝国の黒槍」などの異名で恐れられているが彼女に愛国心があるわけではない。兵士一家として共に生きてきた彼女本人と妻を捨て、反国派に翻った父を見つけ出し、復讐する為の立場として帝国兵を続けている。
 今日も彼女は怯える反国派の人間を縄で締め上げつつ、憎き父の顔を探して回っている。

04.麻薬売りの少女
 廃退した技術大国の裏の顔、「地下都市」出身の女性。生まれも育ちも地下都市という、所謂「日陰育ち」の一人。理不尽と暴力が蔓延る無法地帯で泥水をすすって何とか生き抜いてきた。
 劣悪な環境故、地下都市の平均寿命は長くない。彼女はまだ幼い頃に両親が他界し、残された彼女とその弟は労働組織に身売りされた。地下都市の土地拡大事業に携わり、決して裕福とは行かないが、何とか一人の人間と扱われる年齢までは身を粉にして働きながら生き延びる事が出来た。
 そんな地下都市での生活も慣れてきた頃、一つの噂を耳にする。最近地下都市で出回っている怪しげな宝石が、どうにも麻薬の原料になるらしいのだ。宝石自体どこから流れ込んできたブツか知らないが、この噂は地下生活に不安を抱えていた住民の間で瞬く間に広がった。
 その噂が彼女の耳にも入るようになった頃、仕事仲間から一つ提案を持ち掛けられる。安い内に買い集めた宝石を粉末加工し、麻薬として売り捌こうというのだ。彼女はこれを承諾。地下では珍しい女性作業員ということで顔が利くため、客と顔を合わせる直売人として活動を始める。
 事前に地下都市中に噂が広がっていたため、精製した麻薬は「アンヘルベソ(天使の口づけ)」という名で、飛ぶように売れていった。僅か数日の間に地下で一年働く分の金を手に入れ、仲間内は大盛り上がり。一件に関わるメンバーは更なる市場拡大を目論んだ。
 しかし喜んだのも束の間、彼女の元に悪い知らせが入ってくる。彼女の弟が知人男性から誘われ、アンヘルベソに手を染めてしまったというのだ。彼女は弟に心配を掛けまいと麻薬売買については黙っていたが、巡り巡ってその品が実の弟の手に渡ってしまったのである。
 深い混濁状態に陥ったものの、初回かつ少量だったため幸い弟に強い依存は残らなかった。しかしアンヘルベソの使用者の実情を目の当たりにし、彼女は早々にこの売買計画から足を洗うことを決意する。
 彼女は関係者にバレないよう稼いだ金を懐に掠め、その大金で地下都市随一の情報屋から他国への逃亡ルートを聞き出す。彼女と弟は関係者の追っ手を振り切り、無事帝国への貨物船に転がり込み逃亡を果たした。 
 逃げた先、帝国での彼女らの苦難はまだまだ続くが、それはまた別のお話。

05.大神殿の寮母さん
 宗教国家の"大神殿"を擁する首都神殿下街にて、魔法を学ぶため世界各国からやってきた留学生たちの宿泊施設に務める女性。生まれも育ちもこの街である為、世界各地から集まった寮生それぞれの地元の話を聞くのが何よりの楽しみ。
 いつか世界を渡るような旅をしてみたいと思うも、寮母の薄給では金も貯まらない為、寮生から国外の話を聞いてはその情景に想いを馳せている。趣味が転じて世界地理の知識には滅法強く、自国の地図ですら読み方を知らない者が多い中で世界地図をも大まかに把握している。
 そんなある日、寮の掃除をしていると、もうじき寮を去るという青色(水属性)魔法専科の男性から声を掛けられた。彼は若くして修士の過程を終え、神官(教鞭を取る側の立場)への勧誘を受けているような優秀な術士であった。
 曰く、彼女の地理知識を生かし、彼の航海旅に付いて来てくれないかとの事だった。航海旅といえば人生をかけて行う世界旅行。つまりは事実上の愛の告白。彼の事は寮で顔見知りだったとは言え、突然の申し出に彼女は慌てて断ってしまう。程なくして、術士の彼は海へと旅立っていった。
 今も彼女は、青色専科の者が纏う衣装を見る度に思い出す。見慣れてしまった寮室の床を箒で掃きながら、あの時の彼についていけばよかったかなと、海を巡る情景に一人想いを馳せている。

06,"天の守り人"
 宗教大国に属する"天の守り人"と称される一族。世界黎明期にエルフ族始祖から分岐した、各地に点在するプラントの管理を担う一族。彼女はその一人だった。"天の守り人"の一族は、15歳になると一切の個を捨てて、各々割り当てられたプラントを死ぬまで見守り続ける守護者となる。
 プラント。世界各地に点在するそれは、一見すれば小さな塔の様な建物だ。人里離れた森の中、賑やかな街、その場所は様々。遥か昔から存在すると言われているプラントだが、いつ、だれが、何のために建てた建物なのか、それを知る者は現代に於いて殆ど残っていない。
 そんな謎多きプラント、中を調べようにも常に守護者である"天の守り人"が門番のように張り付いているため、好奇心で進入を試みる者や考古学者、遺跡マニアなども内部を知るに至っていない。その秘匿性は、それを護る"天の守り人"本人ですら知らないほど。真に未知の建造物なのだ。
 彼ら"天の守り人"の多くはプラントの出入り口付近で祈りを捧げるように至然瞑想(目を閉じ微動だにせず、体外からマナを得ることで食事すら不要になる冬眠のような)、俗に言うサトリ状態となり、配属先のプラントにて不動の守護者となる。
 プラントに近づく者がいればその目を見開き容赦なく迎撃するが、世界のプラントの大半が人里離れた未開の地に存在する為、守護者の役割が始まってその身が朽ちるまで、一切他人と関わらずにその生涯を終える者も少なくない。
 多くの者が天涯孤独の役割を担う中で、街中や集落付近の人が多いプラントを担当する者もいる。その場合はサトリ状態にはならず、近くに拠点を持ち一般の見張りの様な生活を送る。元来プラントには侵入防止の為の結界が施されており、一般人が入ろうとして入れる造りではないのだ。
 多種多様な持ち場がある中で、彼女が担当したのは国土の大半を瘴気で汚染された、劣悪な技術大国のプラント。汚染された土地で生きるためには技術大国により作られたMOD(魔工式外骨格)に身を包んでいる必要が有る。
 外的要因による劣化に耐性を持つ特殊な金属素材で出来た防護服だ。これが無ければ彼女の体はたちまち瘴気に侵され、一日と持たず死に至るという、他に類を見ない過酷な環境である。
 現地ではMODを脱いで食事を摂る事も儘ならず、「地下都市」で買い込んだ生命活動溶液を体内に無菌注射。これが彼女の活動中の食事だ。どうせ地下都市で手に入る食事など、味を度外視したカロリーペーストが殆どだ。それならば必要な栄養を直接注射で摂るのと大して変わらない。
 瘴気に満ちた荒野に徘徊する、不当放棄された魔工式のロボットたち。中には元戦闘用のロボットもおり、それらがプラントに接近した場合は迎撃する必要が有る。元来エルフには縁遠い鋼鉄の外骨格に身を包み、爆薬と銃火器でロボットと戦う未来など、彼女は夢にも見ていなかった。
 とある夜。MODに身を包んだまま転がって寝ていた彼女は、凄まじい爆発音で目を覚ます。音の方を見ると、重機関銃を携えた戦争用ロボットだ。その無人兵器との戦闘は熾烈を極めたが、何とか彼女は勝利を収める。しかし振り返ると、敵機の爆撃で半壊したプラントが煙を上げていた。
 「やばい」と息をのむ彼女。しかし、翌々考えればこんな辺鄙な場所にポツンと建てられたオンボロな建物が一つ壊れた所で何だというのか。そもそも"プラントとは何なのか"。生まれてこの方ずっと飲み込んできた疑問が、半壊しその中を覗かせるプラントを目の当たりにして、遂に弾けた。
 遂にプラントの中に立ち入った彼女。石造りの塔の中の螺旋階段を上がると、一人の女性が磔にされていた。酷く痩せこけ、その背には白い翼。ハルピュイア(有翼族)とも異なる、見たことのない容姿。彼女は一体何なのか。いつからそうしているのか。生きているのか、死んでいるのか。
 謎が解明されるどころか増える一方の彼女が、徐に磔にされた女性に手を伸ばそうとしたその瞬間。視界が足場を無くしたかのように落下した。 背後から一閃。MODの外装鋼板ごと、首を落とされたのだ。
 プラントの秘密を知る事を許さない、何者かに。

07.聖画を生んだ貧しい画家
 イーゼルと筆一本を相棒に世界を放浪する絵描きの青年。旅の先々で出会った風景や人物を描き、それを売って日銭にしている。
 昔、絵具と紙、食料すらも底をついて道半ばに倒れていた所を某国の"大神殿"出身である著名な神官に助けられた過去がある。その際、神官は彼に魔法の才がある事を確信。絵描き故に手先が器用なのか、彼を近場の街まで案内するまでの道中にコツを教えるだけで微弱な魔力操作を体得した。
 それ以降、画材が買えない時の為に指先の魔力により紙を焼いて色を出す"魔力炙り"という絵画手法を考案。考案時は金欠の際の一時凌ぎに過ぎなかったのだが、通常の画材では出せない淡く揺れるような絵のタッチが話題を呼び、本人の知らない所で画家としての知名度をじわじわと上げる。
 そんな中、かつての恩人である神官に頼まれ、木彫りの女神像をもとに"魔力炙り"で描いた一枚絵が、後日神官経由で話題を呼ぶ。
 無宗教だった彼は知らなかったが、魔力炙りで描いた女神(即ち某宗教大国の信仰対象)は魔法の根幹を築いた魔法の始祖ともいえる存在だった。そんな女神を魔力そのもので描いたとあり、当の絵は次第に「聖画」と崇められるようになった。
 過去に訪れた宗教国家にて自分の描いた絵が「聖画」として崇められているなど本人は知る由もなく。 大神殿にて「金は惜しまない。神殿に飾る為の絵画を描いて貰う為にその絵描きを探してこい!」と言われて放たれた"聖画伯捜索隊"も、ついぞ絵描きの彼を見つける事は叶わなかった。
 絵描きが過去に描いた女神の絵は複製に次ぐ複製を行われ、それらは「聖画」として該当教徒の家に行けば必ず掲げられている程の著名な絵となった。 一方当の本人はそんな事情など全く知らないまま旅を続け、今日も金欠に悩み、画材を惜しんでは魔力炙りで絵を描き続けている。

08.「宗教奪還」を掲げる女性
 年中雪が降りしきる剣魔両立を掲げる王国に、彼女は生まれた。近年帝国との戦争に敗北した今の王国に、嘗ての繁栄の色はなく、国民の表情は皆一様に暗い。
 首都を含め多くの街や村に帝国兵がうろつき、人々の心の支えになっていた宗教活動の一切も取り締まられていた。教会や礼拝堂なども軒並み占拠され、像や聖画といった宗教関連の道具も焼却。占領跡地は帝国兵のたまり場となり果ててしまった。
 そんな実情に、反旗を翻そうと立ち上がる国民がいた。帝国兵の目を欺き、地下に礼拝堂を移して隠れていた国民だったが、帝国兵を武力で国内から追い出そうと奮起する。そんな「宗教奪還」を掲げた民兵集団に、彼女は所属していた。
 世界でも珍しい竜人族であり行く先々で訝しまれたが、とある礼拝堂の司祭は幼くして行き場を無くしていた彼女を快く受け入れ、彼女はそこのお手伝いとして働いてきた。しかし、冒頭の通り王国は敗戦。礼拝堂は帝国兵に破壊され、女神像や聖画、聖典なども焼き尽くされてしまった。
 加えて帝国の礼拝堂制圧の折、既に老体であった司祭は逃げ遅れ、女神像らと共に炎と銃弾の餌食となってしまった。どこの子供かも分からない稀有な種族の彼女を立派な時期司祭へと育ててくれた恩人は、もういない。
 流せる涙は流し尽くし、彼女は静かな怒りをその身に宿す。地下に保管されていた礼式用の細剣と、司祭の遺体から引き取った十字のネックレスに復讐を誓い、彼女は「宗教奪還」を謳う民兵集団に加名。
 今、反撃が始まる。

09.帝国軍の異端者
 軍事大国とも称される帝国。彼女はそんな帝国が保有する国軍の一員である。帝国の中でも屈指の実力を誇る彼女は、他国への武力制圧を良しとする「帝国派」の中でも顔が利く大貴族の出身であり、家柄良し、容姿良し、実力良しとあって周囲の兵士からも一目置かれる立場にあった。
 エリート街道まっしぐら、若くして部隊長の座にまでついていた彼女。しかし彼女は「強くあるためならそこにタブーなど存在しない」という竹を割ったような快闊な性格であり、帝国では禁忌とされていた魔法技術を利用した武装を取り入れるべきと主張したのだ。
 当然周囲の人間はこれに反対するが、頑として自らの主張を曲げない彼女。帝国が剣魔両立を謳う王国に戦争で勝てても、その友好国である宗教大国に中々手を出せないのは、帝国側に魔法の知識が無い故である。というのが彼女の論だった。
 帝国軍としてはタブーを高らかに叫ぶ彼女をどうにか失墜させたかったが、国の中枢に関わる貴族の娘とあって邪険にもできず。処遇に困り果てた軍は彼女を「特別武装小隊」という新規の少数部隊の部隊長として配属。研究中の新兵器を試す精鋭部隊という名目で、彼女を帝国軍から隔離した。
 今まで数百という部下を持っていた彼女だったが、総数5名という小規模でかつ仕事もない部隊に移動となってしまった彼女。しかし、これこそ好機。帝国軍の任から解かれ自由度が増した彼女は色々と聞き込みをする中で、帝国の友好国である技術大国から亡命してきたという追われ身の研究者女性と出会う。
 逃げ場所を求めていた研究者を彼女は独断で「特別武装小隊」に加名。特別武装開発者という役職を与えたのちにその開発準備に取り掛かった。
 瘴気により国土の大半を失っている技術大国と、同じく土地の資源が乏しい帝国。互いに地産資源が乏しいながらも、前者はその技術を生かして火器などの兵器を、後者は痩せた土地で捕虜等に作らせた作物類を貿易しあっていた。
 しかし技術大国側は帝国の謀反を起こさせない為、数世紀前の旧型兵器群しか提供していない。もとより帝国は「宗教根絶」を掲げており魔工(魔法を動力とした機械群)を含め魔法に関する近代の技術導入を拒んでいた為、この貿易には都合が良かった。
 帝国という魔法技術の一切を廃した国での開発環境構築には時間を要したが、技術大国側の密かな協力により、何とか小さな研究施設を設立。兵器開発は専門ではなかったものの、その魔工の知識をフル活用してついに試作品が出来上がった。
 フォトンフレーム(光片)と称される、光に変換した魔力を成形する技術。これを応用したフレミックブレード(光片術剣)。記念すべき試作機第一号である。魔力充填された専用カートリッジを動力源とする武具の一種で技術大国側では一般的な技術だが、帝国の人間からすれば未知の技術である。
 光刃の熱量で切断する近接魔工武器の出来栄えに、その開発を見守っていた小隊長である彼女は魔工技術に大いに感動。自身の戦闘知識がいかに井の中の蛙であったかを痛感する。これを機に国外の文化に興味を示した彼女は、どのみち仕事が無かった小隊の解散を宣言した。
 あるものは帝国軍に戻り、あるものは宗教大国に亡命し、そして彼女自身は世界に旅立つことを決意。研究者を引き連れて帝国を後にする。
 後に彼女は世界各地で様々な仲間と出会い、一つの偉業を成し遂げるが、それはまた別のお話。

10.技術大国の逃亡者
数世紀先の技術を有する技術大国。彼女はそんな国の「上層都市」と呼ばれる研究都市で働く若き研究者。数世紀に渡る課題である、魔工(魔力を動力とした機械)の駆動時に生じる廃魔力の排出量軽減について長年研究を行ってきた。
 純粋な負のエネルギーである廃魔力は通称「瘴気」とも呼ばれ、魔工の利用や研究が盛んな本国国土の殆どを人が住めないレベルで汚染している。この瘴気は本国にとって、今最も打開すべき課題であった。
 多くの専門家が課題可決を模索する中、彼女は排出された廃魔力を結晶化する技術を発見。気体状に排出される場合と異なり体積の減少、取り扱いの容易さ等が評価され、研究結果は大いなる称賛を浴びた。
 早速技術は瘴気処理に生かされ、大気中に拡散されるはずだった瘴気を大量の結晶に変換。大気汚染の拡大を食い止める策の一端は講じられた。しかしそうなると、次の課題となるのが廃魔力結晶の処理方法である。
 莫大な量が生み出される廃魔力結晶の処理について、それを模索する間は取り急ぎ一か所にまとめて保管する手段が取られた。しかし、彼女の部下である研究員が、集めておいた廃魔力結晶を地下都市の連中に「宝石だ」と偽り、秘密裏に売り払っていたことが発覚。
 宝石として地下都市に出回っている分にはまだよかったが、地下都市の者たちは負のエネルギーそのものである廃魔力結晶を砕いて粉末状にし、麻薬として流通させていることが判明。日の届かない地下で泥水を啜って生きる地下都市の国民は、日ごろの不安の解消のためこれに飛びついたのだ。
 彼女の廃魔力処理方法考案という華々しい功績は一転、地下に麻薬まがいなモノをばら撒いた張本人として、彼女は研究施設から責任の捌け口とされてしまう。
 云われなき罪人として追われる身となるが、彼女は追ってを振り切り国外輸出船で密航。 現在彼女の行方を知る者はいない。

11."聖女"となった少女
 宗教大国。大神殿のとある白色(光属性魔法)専科の駆け出しの修士少女。自然大国出身であり、魔法の適正がある事が判明した時から立派な術士になって自らを送りだしてくれた家族に恩返しすると心に誓っていた。
 彼女が暮らしていた集落は、限界集落とも言えるような高齢化に悩まされていた。特に名所がある訳でも無く、若者は都会に進出してしまい、村に残っているのは年寄りばかり。
 それでいて排他的な村の風習が根強く残っている為、村の老人たちは成り行きに身を任せ、滅びゆく村と共に心中するも止む無し、といった始末なのである。
 村人の価値観はさておき、自身を育ててくれた故郷に何とか活気を取り戻したい。彼女は大神殿で魔法を学び、その力でどうにか村おこしを出来ないかと考えていた。
 幸い、彼女は適応者が少ない白色の中でも治癒魔法に適性があり、その習得如何では地方に不足しがちな医者(治癒術士)として役立てる。病気に対し、煎じた薬草やお祈りに頼るしかない村に治癒術士が居るとなれば、近隣の集落にとっても魅力の一つとなりうるのだ。
 そんな前向きな志のもと、彼女は魔法の習得に励み、遂に学士課程を終えようとしていた。彼女には高い才があった。学士の身でありながら上級癒術を扱い、特にその繊細な魔法の出力調整技術は医療魔法に欠かせないスキルであった。
 学士課程もいよいよ修了といったとある日、彼女に老人の声が掛かる。声の主は教皇。大神殿を擁する宗教大国のトップだ。突然大物から声を掛けられて驚く彼女。聞けば、癒術で大変優秀な成績を収める彼女に、特別な地位への誘いがあるというのだ。
 「内容を聞いてしまえば断ることは出来ない」。 何らかの重大な秘密を明かされるのか、秘密裏の立場への勧誘なのか、教皇は嗄れた声でそう強く念押しした。決して強要する雰囲気ではなかったが、只ならぬ雰囲気に彼女は思わず唾を飲む。
 恐ろしさはあったが、教皇様直々の誘いであることと、自身の実力が認められた事への嬉しさから、話を聞く事にした。
 聞いてしまった。
 教皇から告げられた内容は至ってシンプルだ。彼女が次の"聖女"になる事。"聖女"。それは、大神殿の地下深くにある「祈りの間」と称される聖域にて、自国の発展と平穏を"始祖女神"に願い、祈る者。
 「三見祈祷」と称されるその祈りは、毎日行われる聖女の唯一無二の使命である。目を覚ましたら聖水の泉で身を清め、一日に2度ある僅かばかりのパンと葡萄酒を口にする時以外は、就寝の時間まで休まず祈りを捧げる。
 一日も、一時も欠く事なく、ただひたすらに、祈りを捧げる。それは、次の聖女が選ばれるまで、毎日、一生続く。自国の平穏と発展の為、文字通りその身を投じて祈りを捧げる者、それが聖女である。 宗教大国における教徒は「聖女様の祈りが女神に届きますように」と、日々祈る。
 いわば聖女は信者の祈りを一手に引き受け、始祖女神に伝える仲介役。聖女が女神さまに祈りを続けているからこそ、この国、この街、この日常の平和がある。聖女は国民の心の拠り所なのだ。
 逆に言えば、聖女が祈りを怠れば国の平和は崩れ去る。大雨で不作が続いた時、大地震で多くの犠牲が出た時、国を流行り病が蝕んだ時。国民の不満や怒りは聖女に向けられる。なぜならこの国の不幸は全て、聖女が祈りを怠っている事が原因だからだ。
 言われてみれば、つい先日、理由は忘れてしまったが、聖女の火刑が行われたと報じられては居なかったか。 この国では定期的に報じられる事柄であり、聖女の代替わりを聞くたびに国民は「ああ、これで国の不安の種は取り除かれるんだ」と安堵していた。
 彼女も、その一人だった。
 しかし、話がおかしい。聖女と言えば始祖女神の血を継いだ皇族から排出される、国の命運を背負った重要極まりない立場の者の筈だ。小さな村から出てきた彼女のような一般人が聖女を名乗るなど失敬千万、斬首刑でも生ぬるい程の大罪。
 そもそも一般人が聖女になったところで、女神様に祈りを届ける方法なんて皆目見当もつかないのだ。
 彼女は教皇に問うが、老人の表情は変わらない。そんな風習など等に廃れ、今は必要に応じて適齢の女性生徒を適当に選んでいるだけだと、始祖女神の血を継いだ目の前の、皇族の老人が、冷めた眼で淡々と語る。
 本国の宗教理念を土台から瓦解させる、衝撃の事実。目の前の老人は、自分の血族可愛さにその使命を放棄し、皇族としての地位は維持しながら適当な一般人に"聖女"という重たすぎる十字架を背負わせているというのだ。
 聞いたら断れないと言ったはずだと、ここまで無表情を貫いていた老人が、初めて笑う。腐臭すら感じる下種の笑み。彼女は声を張り上げ、抵抗を試みるも、周囲の警備オートマタ(魔工傀儡)に取り押さえられてしまった。
 彼女の友人だという男性は、後に語る。
「彼女は優秀な治癒術士だったよ。僕より若いのに魔法のセンスがあってねえ。今? さあ、村の再建を志していたから、大神殿を出て故郷にでも帰ったんじゃないかな。僕もこれから礼拝の時間なんだ。聖女様にはしっかりと祈りを捧げて貰わないとね。・・え、聖女様のご尊顔? 存じ上げないね。国民の殆どは見た事ないんじゃないかな。公の場に出てくるワケじゃないし。皇族の人なんだろう? それはそれは高貴なお方に違いないさ。人生の全てを祈りに捧げるなんて、まったく頭が上がらないよ。有難い事だね。」

12.お洒落になりたい猫人族
 自然大国の首都、巨大な神木が街の中心に聳える緑豊かな街並み。他国の首都と比べれば田舎もいいところだが、そこそこの賑わいを見せている。そんなゆっくりとした時間が流れる長閑な街に、彼女は住んでいた。
彼 女を含む猫人族は亜人の中でも特に個体数が多い。同じ国をルーツとするエルフ族や兎人族などとは異なり異種族との交流を是とする文化だった為、自然大国だけでなく様々な地域でその姿が散見される。
 父、母と彼女の三人で自然大国の首都に暮らし、服屋の店員として働く彼女だったが、彼女には今の生活に不満があった。この国の衣服、正直ダサいのである。
 生活する分には問題ないし安くていいのだが、如何せん生活感が否めない。ファッションに無頓着な国民がらもあり、どこを見ても似たような服ばかり。今をときめく一人の乙女として、それは如何なものか?
 という訳で彼女は都会に引っ越すべく、今は地道に服屋で働き、独り立ちの為のお金をコツコツと貯めていた。
 そんな色褪せるような代わり映えのしない日々を送っていた所、本国では見かけないようなキャラバン(隊商)が街を通りかかる。聞けば、物流の中心である中央大陸から海を渡ってきた一行とのこと。試しに衣類を見せてもらうと、見たこともないような種類豊富な衣類が揃っていた。
 これは好機と、彼女はダメ元で隊商の馬車に乗せて貰えないか交渉。その間働くことを条件に同乗を許可も貰えた。彼女は隊商が街に滞在している間に身支度を整え、家族と職場に旅立ちを伝える。父は少し涙を見せたが、予てより望んでいた彼女の旅立ちを皆応援してくれた。
 キャラバンの一人が言うに、次の目的地は湖畔都市だという。現在の自然大国から南下し、宗教国家を超えたその先だ。湖畔都市と言えば比較的最近国として認められた、国土の大半を湿地帯が占める水の国。
 国土中心にある一際大きな湖に、大量の杭を打ち込んで街の土台を作ったと噂されるその首都は、見目麗しい石畳の街並みで観光地として有名だという。
 その街の景観の美しさや、世界最大を誇る高級ホテルがあり、お洒落なセレブが集う話題の地。彼女は高い期待を胸にキャラバンへと乗り込んだ。 
 彼女の行きつく先、湖畔都市で彼女はとある事件に巻き込まれ九死に一生の体験をするが、それはまた別のお話。

13.時代を切り開く黒色神官
 現代魔法の基礎を築いた聖地であり、世界唯一の公的魔法教育機関である"大神殿"を擁する、宗教国家。世界各国から魔法の適性を有する者が集う大神殿で、黒色(闇属性)魔法を専門として教える若き男性神官。
 黒色魔法と言えば奇人変人が多かったり職人気質な者が多いなど、何かと曰く付きな面があったが、彼は積極的に他色魔法専科とも交流・研究の機会を持つ事で黒色魔法専科の風通しを良さを実現。
 若い層の黒色専科たちの間でこれは好評だった。しかしながら、ベテラン黒色魔法専攻者からすれば異色との交流は避けて一人研究に没頭したいという層も多く、必ずしも歓迎されているとは言えない模様。
 他色専科との共同研究等も功を成し、黒色魔法専攻者の講師陣の中でも群を抜く知識故に次期黒色魔法の管轄長になるのではと噂されているものの、元来内向的であった黒色魔法専科の間口を広げる彼の姿勢に疑問を呈する同専科の老人神官連中も少なくない。

14.自然大国のお薬屋さん
 自然大国が擁する通称「エルフの里」。首都から離れた森の奥に、一際大きな神木様と、それを囲む静寂の森。彼女はこの里の王女であった。神話時代、エルフの始祖たる女性の血を引くうら若き少女であり、いずれはエルフの里の長となる存在である。
 元来、自然大国に根付く多くの種族と同様、テリトリー外とは交流を持たないのがエルフの習わし。しかし、過去に森を散歩中、兎耳の見慣れない種族の狩人を見かけて以来、彼女はその幼さもあってか外界に興味津々。しょっちゅう里から脱走してはお目付け役のじいじに咎められている。
 平穏な日々を送っていたある日、現在里の長の立場にある彼女の両親が、実は始祖エルフの純血を引いていない事が判明。本物の純血エルフ夫婦はすでに病に伏しており、一族の平穏の為に純血エルフらの友であった両親が里を導く純血の役を買って出ていたというのだ。
 里の民を騙していたとして、里は彼女の両親を処罰。大木をくり抜いて作られた魔法牢に閉じ込められてしまう。また、その娘である彼女本人は事実を知らなかった為に不問となったが、案の定里内で後ろ指を指される立場となった。
 里内の言葉無き迫害を受けた彼女は、以前出会った兎人族の狩人と出会った高層樹海へと足を運ぶ。テリトリーの侵略者として彼に捕縛されかけるも、慌てて事情を説明。この自然大国の首都に赴き、他の種族に混ざって一人で生きていきたい。その為の道案内を頼めないかと交渉。
 兎人族の彼はこれを承諾。彼の相棒の黒い狼に乗せてもらって、彼女は無事に森を出た。 現在はその特徴的なエルフ耳をフードで隠し、里で培った薬草調合の知識を生かして薬屋として生活している。秘かに来店を待っているが、あの時の兎人族の青年はまだ店に顔を見せていない。

15.「世界」の司書
世界の中枢、あらゆる"情報"を集めたアーカイバで司書を務める女性。今まで世界で起こった、またこれから起こるあらゆる事象、歴史、人同士の些細な会話から昆虫の一挙手一投足までもが書物の形で記録、保管されている巨大図書館を模した仮想空間であり、彼女はその唯一の管理人である。
 事実上、世界の未来を事細かに文字列として記録しているアーカイバだが、それらの記載は流動的であり管理人の彼女が全てを把握、支配出来ているわけではない。
 本来世界創生の際に定められた一つのシナリオ。一本のレール上を進むだった世界の行く末を、何か小さな、ほんの小さな"イレギュラー"が変えた。その小さな綻びはあらゆる事象に作用し、定まっていたはずの未来に膨大な「可能性」を与えた。
 彼女の役目は、アーカイバ内の無限に増殖を続ける流動的歴史の中から永久とも言える時間をかけて"イレギュラー"を見つけ出し、その特異点まで世界の時間遡行を遂行。無限に枝分かれしてしまった未来を、あるべき世界のレールに戻す事にある。
 これは即ち、現在の世界の白紙化を意味する。
 彼女は、世界という名のシナリオを作り出した神そのものだった。彼女は今も何万年、何億年・・時間を感じることが出来なくなるような永遠の中、彼女は今日も"イレギュラー"を探すため、到底読み切れる筈がない莫大な本の中で静かに文字に目を通している。
 そんな神による世界のフォーマットを食い止め、現行する世界存続のため、四人の「勇者」が募った。
 彼らによるアーカイバ侵攻―――後に「ラグナロク」と呼ばれる、人と神による世界の行く末を掛けた戦いが行われるのだが、彼女にとってそれは、遥か遠い未来、あるいは過去のお話。

16.街一番の占い屋
 宗教大国の首都、多くの人で賑わう神殿下街の片隅。人気のない路地裏に、彼女の店はある。小さな看板のみが掲げられた怪しげな占い屋。知る人ぞ知る隠れた名店だと若い女性を中心に噂が広まり、ちょっとばかし有名な占い屋だ。
 クレストと呼ばれる絵札のようなものを扱う占いであり、その診断項目は様々。ただ、客層の都合もっぱら視るのは恋愛運である。
 そんな一時の恋愛占いブームも去って客足も落ち着いてきた頃、彼女の元にとある男女が訪れた。互いの指には指輪。夫婦であると見える。互いの態度からして仲は良好の様だ。大方妻が噂を聞きつけて夫を連れ出してきたのだろう。よく見る光景だ。
 てっきり恋愛運を見て欲しいと言い出すのかと思えば、二人の引っ越し先を占ってくれというのだ。 聞けばこの二人、敗戦国として噂の雪の王国の出身であり、帝国が掲げる「宗教根絶」に仇名す礼拝堂建設者として追われている身らしい。
 王国と宗教大国は交友関係に有り、国勢関係から帝国は宗教大国側に手出しができない為、王国の亡命先として本国は適切と言える。その事を訪ねると、本国は安全だがその分平和で、建物を必要としている人も多くない。つまり建設稼業だけでは生活が苦しいという事だ。
 確かに本国は古い石造りの家が多く、住み手が居なくなった家も次の誰かが入居する場合が多い。建物の立て直しが頻発するかと言われれば否である。また王国と異なり本国は建築の大部分を専門の術士が行ってしまう。これではその腕一本で生きてきた建築家の活躍の場が少ないのも頷ける。
 ここで占い師の彼女は一つ提案。今話の彼女の占い屋を、彼らの技術で再建。そこにブランド性を持たせてはどうかと言うもの。魔法建造はシンプルな石積が多く、細やかな意匠は無い。そこで、占い屋の知名度に乗っかり建築家のデザインセンスを世に知らしめてはどうかという案である。
 このアイデアに建築家夫婦は賛同。早速仲間を集め、占い屋の店舗の建築に取り掛かった。古くなってしまった現店舗は一度取り壊しを行い、並行して各地から良質な木材や石材を集める。
 完成した新たな占い屋店舗は、魔法建築による粗雑な石積みでは到底出来ないお洒落で細やかなデザインに仕上がった。街並みにもよくなじみ、コンマ数ミリの妥協も許さない木材と石材の織り成す見事な建築様式が話題を呼び、占い屋はこれまで以上に知名度を上げた。
 宗教国家では珍しい彼らの手作業建築。「王国式建築」と名付けたその様式は、値は張るものの芸術的なデザインが一部の裕福層に大ヒット。立派な家を見せつけたい富豪連中の注文が殺到。作戦は大成功を収めた。
 すっかり宗教大国一の占い屋として名を馳せた彼女。半年先まで埋まっている予約客を捌きながら今もマイペースに生きている。風の噂では、あの建築家の夫婦も忙しく働いているようだ。

17.王国に生きる建築家
 常冬の王国で生きる、建築家の男性。この王国、年中寒冷な王国であることから、暖を取るために炎属性魔法が発展した経緯があり。年中積雪しているにも関わらず「火の国」などとも称される国である。
 数年前の戦争の影響で、国のあちこちに崩壊した家屋などが放置されてしまっている。これを片して土地として利用できるように、或いは人が住める建物を築くのが彼とその仲間たちの仕事だ。
 戦争で失われたのは人々や家屋だけでなく、国内に在中している帝国兵による「宗教根絶」の影響も大きい。礼拝堂や聖堂は軒並み中を荒らされ、宗教関連の道具類は悉くやられてしまった。そんな実情を受け、彼ら王国の建築家は帝国兵に見つからないような地下礼拝堂の建設を立案。
 敗戦に伴う国民の様々な心の傷を癒す場であった地下礼拝堂はしかし、その数が増える事で遂に帝国兵の知る所となってしまう。見つかってしまった場所については地上同様に帝国兵による破壊工作が行われ、司祭や設立に携わった建築家はお尋ね者となってしまった。
 追われる身となってしまった彼は仕事仲間や妻に危険が及ばぬよう王国を離れ、帝国の目が及ばない友好国である宗教大国に逃亡。 逃亡先でもその建築技術を生かし、建設や補修などを生業に妻とささやかに生きている。

18.放牧民の少女
中央大陸。文字通り世界の中央に位置するその島国には、世界の物流の中心である北部貿易拠点都市一帯と、遊牧民が点々と暮らす広大な南部平野が存在し、彼女は後者の部族の一員だった。
 のんびり暮らす放牧民の彼らは、広大な大地を移動しながらその土地の資源を家畜が食べ過ぎてしまわないように、巡回して生きている。そんな彼らの主な食事は肉と馬や羊の乳製品であり、魚や穀物、果物類は道中で合わない限りは口にしないという。
 また、遊牧民とは言えども北部貿易拠点との関りは深い。各地を巡った際に手に入れる特産品や、干し肉、チーズ等の乳製品を市場で売り、その金で遊牧中手に入り辛い衣類や薬草の類、その他生活必需品を買い足し、また放牧に赴くのだ。
 そんな遊牧民の一族である彼女は、早くに両親を亡くし、その祖父が率いる小さな遊牧民のメンバーで生活していた。
 のんびりとした生活を送っている中、事件は起こる。彼女を含む一行が貿易拠点都市に訪れた際、盗賊が彼女のネックレスを奪わって行ったのだ。祖父から受け継いだ大切な物であったそれを諦める訳にもいかず、盗られたネックレスを追う為、売り飛ばす先と思われる市場へ向かう。
 しかしどこに聞いても当のネックレスは見つからず。詳しく聞いてみると、既にネックレスを買い取ったキャラバン一行が持って言ってしまったという。彼女はそれを取り返す為に放牧一族から一時離脱。家畜の中でも一番の相棒であった俊足の羊"メェグル"に跨ってキャラバンを追った。
 キャラバン一行を追いかけると、なんと既に他国に出航間近だった貨物船に乗り込んだという。追いかけようと船に乗り込もうとするが、チケットが無ければ入れないと船員。困り果てた所に、その船に乗る予定だったという帝国出身の女性と白衣を着た女性が声を掛けてきた。
 帝国人女性の賄賂で何とか船に駆け込み、遂にネックレスを買ったと思われるキャラバンを見つけ出す。構成員は15人と言った所か。その中の一人、一際お洒落な服装の猫人族の女性がいた。その首元に、見知った宝石の輝き。聞けば、最近キャラバンに加わったとの事だ。
 ネックレスについて事情を話すと、唸りながらじっくり悩んだ末、金で買ったであろうそのネックレスを無償で返してくれた。その代わり、自身が身に着けていたスカーフが欲しいとの事。
 金額として釣り合うとは思えないが、猫人族の彼女曰く"ファッションには出会いも大切!"との事。放牧民としてファッションなど気にした事もなかったが、相手が納得しているならと、彼女は無事にネックレスの確保に成功した。
 祖父から受け継いだ、はるか昔に作られたと言われる、不思議な輝きを持つ宝石の付いたネックレス。簡素なつくりではあったが、彼女が何よりも大切にしているものだった。
 同行していた帝国兵女性と白衣の女性が目的の達成を祝福してくれている中、彼女ははたと立ち止まった。勢いで乗ったこの貨物船だが、行く先はかの宗教大国だという。いや、正直行先はどうでもいい。問題は帰りだ。
 国家間を跨ぐ旅客船に乗るには、かなりの額が必要となる。そもそも入国手形もマトモに準備せずに船から降りれば、港で即お縄である。傍のキャラバンの一人が言うには、宗教大国の地下牢は出身国に関わらず長時間の祈りが課せられる上、飯がかなり質素らしい。今その情報いる?
 目的ネックレスは回収したので早々に中央大陸に帰りたい所だが、乗り込んだばかりのこの貨物船は宗教大国まで片道一週間。既に海に飛び降りて泳いで戻れるような距離でもないし、付いてきてくれた相棒の羊くんは多分泳げない。完全に詰んでしまった。
 捨て犬のような瞳で同行者の二人やキャラバンの皆に助けを乞うと、同行していた帝国兵女性がワハハと豪快に笑った。只ならぬ風格だとは思っていたが、彼女は帝国でもかなりの地位だったらしい。入国時の問題であれば難なくもみ消せると平然と言ってのけた。
 出会って早々帝国女性にお世話になりまくり、彼女は何とか宗教大国に到着。帰りの目途が立つまでは帝国女性と白衣女性に同行させて貰える事になった。見知らぬ土地で右も左も分からなかったが、相棒の羊君と同行者がいることは救いであった。
 おじいちゃんも心配してるし、早く中央大陸に帰らなきゃ。そう思いつつも船で出会った二名に同行し、各国を旅する日々。なんとなく、故郷には帰れないままでいた。
 帰らなきゃいけないけど、色んな国で美味しい食事を食べられるし、見たことない街並みは新鮮で綺麗だし、帝国の人が意味分かんないくらいお金持ちだし・・うーん、まあいいか!

19.楽園の女帝
 湖畔都市の首都で衣類ブランドを掲げるファッション界のカリスマ女性。その実、彼女は湖畔都市を裏から牛耳るマフィアファミリーのボスの危うくも美しい妻である。
 湖畔都市と言えば近年「国」として認められたばかりの比較的新しい街であり、その建設には友好国である王国の「王国式建築」が取り入れられている。細やかでディテールに富んだその美しい石畳の街並みは「水上の楽園」と噂される程。
 本国建国にあたり元王国貴族の男、王国に駐屯していた帝国兵、さらには大神殿所属の魔法建築研究者、そして彼女の夫でもある貿易ギルド所属の中央大陸の男、後に"建国四士"と呼ばれる彼ら四人を筆頭に有志が手を組み合い、自ら一国を立ち上げようと声を上げた。
 敗戦により没落した王国貴族は資金面を、帝国の国政方針に反対していた一部の帝国兵たちは自治と作業員としての人手を、魔法建築研究者は建築が困難とされてきた湿地帯への建築設計を、貿易ギルドの男は建国に必要な建材調達をそれぞれが担い、手を組んだのだ。
 湿地への建設の問題点は、軟弱地盤である事に加え、太古の天地戦争の傷跡でもある"聖剣樹林"。巨大な剣が森のように大地に突き刺さっている異様な地だ。手付かずだったこの剣の樹林を建国者たちは敢て撤去せず、一律の高さに揃える事で街を作るための"杭"として利用したのだ。
 地中に刺る巨剣を杭とする事で軟弱地盤問題を解決した土地に。剣の杭化で大量に生じた鉄材を梁に転用し、魔法と人手をかけて構築されたその土台は、石畳の街を築くに足る強固な足場となった。
 無事に地盤の問題を解消。街づくりは建国に関る者の棲み処や貿易拠点を作ることから始まる。船による資材輸入の都合、建国の中心は国土海よりの土地へと寄っていった。大量の巨剣が突き刺さっていた湖は石畳の土地へと姿を変え、いずれ「水上の楽園」と呼ばれる街の足掛けである。
 関係者の住居や移動、運搬用の水路の供給、畜産業、農産業が活発になってくる頃には、話を聞きつけた他国の連中も移住してくるようになった。人出が増え、さらに活気にあふれる国内だが、人の増加は争いを生む。
 日常のいざござや土地の奪い合い、仕事の奪い合い、など、大小様々の争いは絶えない。ここで"建国四士"は独自の自治団体を立ち上げる。建国の初期メンバーをひとくくりにし、元帝国兵や術士などが入り乱れた自治団体。後に「カスピファミリー」と呼ばれる組織の誕生である。
 彼らはファミリー以外の武器の所持や街中での攻撃魔法を禁じ、争いが起これば力によってこれを強引に、しかし効率的に解決した。力による強制的な平和。これは今でも存続しており、"湖畔都市は世界一平和な街"等とも称される。その裏でカスピファミリーが動いている事実を知る者は少ない。
 そんなファミリーを束ねる建国四士。その中でも物流を担う大陸出身の男の妻が彼女だ。各国の最先端ファッションが集まる中央大陸から選りすぐりの物品を集めるだけに留まらず、彼女は各地の職人に声を掛け、彼女を主体とした独自ブランドまで立ち上げた。
 口コミの操作により、今や「彼女のブランドを着ているものが流行最先端」という風潮。マーケティングを制した彼女のブランドは今や国外にも注目され、中央大陸を介して各地に高級ブランドとして流通している。
 まさに湖畔都市を力で牛耳る、マフィアのようなカスピファミリー。そんな組織に滞在している以上、彼女も鉄火場に居合わせることは珍しくない。しかし女性と思って侮るなかれ。元帝国兵所属の彼女。彼女もまた、帝国のやり方に疑問を抱き、本国の設立に賛同した一人だ。
 帝国軍であった当時から愛用している二挺の散弾銃による銃撃戦は、ファミリー内からもクレイジーだと恐れられる程。女と見くびった並の男であれば回し蹴り一発で沈めてしまう、ファミリー内でも腕利きの一人である。
 自治活動やブランドの展開と大忙しの彼女だが、疲れを感じさせない凛とした佇まいで今日も夜の街を石畳を鳴らしながら優雅に闊歩する。

20. 鏡の似顔絵師
自然大国の森を離れ、大神殿にて黒色(闇属性)魔法を専科としていた兎人族の元神官。現在は大神殿を後にし、中央大陸の貿易拠点都市に居を構えている。客の似顔絵を描いてはマーケットでそれを売り、のんびりと日銭を稼ぐ毎日。
 中央大陸貿易拠点都市。その名の通り各国を船便で繋ぐ流通の要であり、「世界のヘソ」「流通の大動脈」など称さる。各国から様々な品が運ばれてくるため、街のあらゆる所で多種多様な異文化に触れる事が出来る。
 「物欲せば中央大陸」とは誰の弁だったか、毎日のように街には競りの叫び声や荷馬車の騒音、セールストークが飛び交う。特に週に一度、先述した太陽の日の"ワールドバザー(世界市)"では、街の中央広場を貸し切った大規模のフリーマーケットが開かれ、これが大盛況となっている。
 古今東西あらゆる珍品が並ぶそのフリーマーケットだが、ここでは敢て流通ギルドの監査が行われていない。通常、地方の集落等の流通ギルド管轄外地域でなければ、店で売られるアイテム類には流通ギルドの監査が入る。薬品であれば、更に薬学ギルドのチェックも行われる。
 これは問題のある製品が小売店を介して街に広まらないようにする自治の一環であり、市販物の品質均等化、一部の商品の独占値上げを禁ずる為など、様々な理由から各ギルドにて行われている施策だ。
 そんな流通ギルドを敢て通さず、買うも売るも自己責任。通常では出回らないようなお宝が格安で売られていたり、なんて事ない品物を法外な値段で売りつけるなどもすべて自由。警備兵は立っているものの、客と店の多少のトラブルだって、全てが自己責任。
 ちょっぴり危険で、それでいて心躍る様なワールドバザー(世界市)。これが国内外を問わず多くの人から愛される、この街の特色だ。また、バザーではフリーマーケットの他、旅の大道芸人やサーカス団などのエンターテイナーも多い。それらを一纏めにした娯楽エリアと言った具合である。
 そんなバザーで絵を売る彼女。やはりそれは、普通の絵ではなかった。 彼女は、希望する客の顔の絵を描く似顔絵師。立てかけてあるサンプルの絵画たちのような繊細な筆捌きで優しく描かれる自画像を客は大いに期待してくれた。 
 それが、"鏡面転移"の魔法実験とも知らずに。
 大神殿での研究者の頃、彼女は鏡像形而について研究していた。鏡に映った世界。これを一つの並行世界として干渉する魔法分野。鏡像の具現化による物体の増殖などが代表例である。鏡の中のリンゴを手に取り、手中に二つのリンゴを得る、といった具合だ。
 彼女はこの理論を元に、「スペアの世界」を作れないかと模索していた。現行する世界と文字通り合わせ鏡のように存在する鏡像世界。これらは通常、どちらも同じ歴史を辿る。しかし、ある地点を境に鏡像世界を一つの次元として切り離し、独立させると、どうなるか。
 例えば現行世界で未曽有の大災害が起こったとしても、定期的に現行世界から独立させていたスペアの世界である鏡像世界側に逃げ込めば助かる事が出来るはず、というのが、彼女の研究の大まかなシナリオだ。
 それを実現するためには、「鏡像次元の独立化」と「二つの世界間の安全な移動」の二つが課題となる。そこでまず彼女が解決に乗り出したのが後者だ。 絵を描くと言って商売相手に見せるのは、彼女が描いた似顔絵・・ではなく魔法術式が刻まれた鏡。
 客は術式を介して鏡像空間へと転移。そして、現行世界には鏡像世界から客が転送。鏡の中と外の個体を入れ替える。しかし、本人がそれに気づくことはない。現状、現行世界と鏡像世界は、同じ歴史を歩む文字通り鏡合わせの存在。鏡像世界に移動した所で違和感はないのだ。
 彼女は清濁交じり合うこのワールドバザーの片隅で、鏡面世界から転移してきた「お客様」の注文を受ける。実験と並行して描いておいた似顔絵を"転送被験者"に売りながら、今日も魔法の研究に明け暮れている。

21. 極東の剣客
世界極東に位置する小さな島国。国の周囲が渡航困難な"渦潮海域"と呼ばれる環境の為、他国からの入航、外国への出航が行えず、他国と一切の交流を持たない独自の文化が発展した国だ。幸い国内の資源は十分で、質素ながらも国民たちは農業や畜産業、織物などを主体に生計を立てていた。
 東西で「与国(ヨノクニ)」「那国(ナノクニ)」と細分されており、それぞれに君主を置く形で独立。その君主の国営方針から"忠義の与国"、"自由の那国"とも称される。君主の為に命を賭す与国、対して、個人を重んじる自由の国、那国。時には国家間で争いもするが、基本的には友好国としてお互いに持ちつ持たれつで生活を送っている。
 彼女は前者、即ち与国の武家に生まれた。体格的に不利である女性ながら剣の腕が立ち、与国の中でも指折りの剣士であった。彼女も武家に生まれた者として、与国の君主に使え、君主の為に命を捧げる覚悟があった。それは与国では幼い頃からの教育理念であり、君主の為に地に伏す事こそ武士の誉れなのだ。
 しかし、出会ってしまった。カニ。そう、カニだ。川辺を歩いていた彼女を、渦潮海流で鍛え抜かれた巨大なカニが、彼女を襲った。ツヨツヨムキムキガニ。周辺の海域一帯を牛耳る海のボスだ。彼女は以前君主から与えられた刀を手に、襲い掛かってきた巨大なカニと刃を交わした。
 彼女が振るうその刀は、極東の国が誇る宝刀であった。呪術に長けた30名の巫女の命を賭して作られた"祈祷七銘"という、全部で七銘ある業物中の業物である。しかし彼女はその事を知らなかった。忘れてたとも言う。
 秘剣の力を開放すること無くただの刀として使っていた為、その性能は一般的な刀と相違ない。対峙するカニの分厚い甲羅に苦戦を強いられた。刃が入る気配はなく、既に甲羅への無謀な攻撃によって刀身は刃こぼれだらけ。これではもはや刀ではなく鉄の棒だ。
 極東の国には、刀を扱う武人と、その番(つがい)となる研ぎ師の巫女がいるのだが、彼女が見たら泡を吹いて卒倒しそうな状況だ。
なればこそ、敵の関節部分を叩き壊すべきなのだが、それを許すほど相手はヤワなカニではない。僅かでも隙を見せればギロチンのような鋏の餌食。その鋭利な鋏は容易に人を真っ二つにするだろう。
 長きに渡る彼女とカニの仁義なき決闘はしかし、遂に決着を迎える。疲れからか足も縺れさせるカニ。その隙を、彼女は逃さなかった。凶悪な鋏を付けたその右腕の付け根。そこに金属バットよろしく刀をぶち当てる。刃は当然入らない。こんな分厚い甲羅、刃毀れした刀で斬れる訳がない。
 ならば砕くのみ。刀を強度の弱い間接部に当てたまま、刀身を思いっきり蹴っ飛ばした。これが致命傷。難攻不落の甲羅の鎧を半壊させるに至った。激痛に動きを止めるカニ。勝機。さらに彼女は甲羅の砕けた部位から腕の健を断ち切り、返しの刃で脆くなった甲羅部位にダメ押し。
 優に5mを超えるであろう巨大なカニの右腕を、見事根元から叩き折って見せた。片腕を失ったカニ側はすでに反撃の気力はなく、彼女もこの一撃で体力が尽きてしまった。砂浜に倒れこむ彼女とカニ。
 三度目となる夕日が沈む海を眺めて、互いに笑みがこぼれた。彼女とカニは、これからも良き強敵(マブ)であろうと、甲羅よりも固く誓った。
 ややあって、カニが失った右腕を指して言う。"食いな。カニ刺しは鮮度が命"。彼女は頷いた。飲まず食わずで戦った後のカニ刺しが五臓六腑に染み渡る。瑞々しくも風味の濃いカニ刺しが、まるで湧き水のようにスルスルと胃に滑り込んでいく。
 程よい塩味、鼻を抜ける海の香り、後引く喉通り。うまい、うますぎる。こんなにうまいものが世の中にはあるのか。今まで食べたどんな物よりも美味い。YES,ノンストップカニカニパラダイス!
 とは言え、流石に5mあるカニの腕の身を全てその場で食べる事は出来なかった。ということで腕から身だけを取り出し小分けにしてタッパーに入れ、冷凍便で家まで送って貰う事にした。何かあればLINEしてくれとカニと連絡先を交換。TikTakもフォローしておいた。小粋なダンス動画が投稿されている。器用なカニだなあ。
 激闘の末、戦友(マブ)となったカニと別れを告げた彼女は、戦いの疲れを癒した後に帰路に就いた。その道すがら、彼女は考える。今までは君主に使え、君主の為に身を捧げる為、我武者羅に剣の腕を磨いてきた。
 その結果、国でも知らぬ者は居ない腕利きの剣客となり、君主や他の武官からも一目置かれる存在となった。今はボロボロになってしまったが、なにやら上等な刀も君主から貰った。まさに面目躍如。武家としての誉れ。光栄の極み。圧倒的感謝。
 しかし私の人生、このままでいいのか。否、良くない。この国にいては味わえない美食が、世の中にはまだあるはずだ。この世に生を受けた以上、それを食さぬ通りはない。世界の美食達が、彼女に食されるのを今か今かと待っているのだ。
 番(つがい)である相棒の巫女を国に置いていくことになってしまうが、それも世界の美食の為。国を出ることを告げれば彼女も付いてくるというだろう。自身の我儘に他人を巻き込むわけにはいかない。今の刀を見せたらブチギレそうだし・・。
 彼女は家に帰ろうとしていた足を止め、踵を返す。白猫ヤマトの冷凍便を手配しようとしてくれていたカニに、自分を国外まで連れて行ってくれないかと申し出た。三日三晩を共にしたマブからの申し出。カニに断る理由はない。
 彼女はまだ冷凍できていない大量のカニ刺しが入ったタッパーの山を風呂敷に抱え、自宅の敷地程ありそうな巨大なカニの甲羅に飛び乗ると、脇目も振らず海へ出た。
 船にとっては難所となる"渦潮海域"も、この荒波の中で育ったツヨツヨムキムキガニにとっては揺り籠も同然。難なく渦潮海域を抜け、彼女はついに母国を後にした。
 美食を求めて未知の世界へと一歩踏み出した彼女。その行く末に何が待っているのか。何を食すのか。一体俺は何を書いているのか。我々に知る由はない。

22. 極東の鼎巫女
 極東の島国。船行困難な渦潮海流により国土への出入りが封じられていた為か、他とは全く異なる文化が栄えたオリエンタルな雰囲気の国である。そんなWABISABIを重んじるSAMURAIの国。その中でも国民の自由を謳う那国(ナノクニ)で、巫女たちを束ねる鼎巫女(かなえみこ)として彼女は生まれた。
 彼女は「呪術」の才を持っていた。呪術とは文字通り「呪い」。何らかの代償を支払う事で、何らかの奇跡的対価を得る。至ってシンプルな術式。嘗ては人命を贄として施していた呪術だが、時代は進み生贄の代わりとなる依り代を以てして、様々な奇跡を起こす原初的魔法のような力となっている。他国でいう所の魔法のような立ち位置にある不思議な力だ。
 巫女の仕事の一つは、この呪術を用いて「御霊宿(みたまやどし)」と呼ばれる特殊な刀を"研ぐ"事。呪術によって特殊な力を得た刀だ。これらは通常の刀の様に物理的に研ぐ事は出来ず、呪術による"研ぎ"が必須である。
御霊宿を有する優秀な武人に、一人の巫女を研ぎ番として付かせる。これが「一刀一番」と呼ばれる極東の国での習わしである。
 そんな巫女を束ねるのが、鼎巫女だ。その仕事は、巫女らの管理と国営補佐、そして何より"大業物"と呼ばれる御霊宿の中でも上物にあたる刀の"研ぎ"だ。現在極東の国に流通している御霊宿は、依り代を用いたいわば妥協呪術により作られている。しかし大昔、まだ呪術が人の贄で以て行われていた頃は、一本の刀に何人もの巫女の魂を賭した強力な御霊宿の作成が行われていた。
 "祈祷七銘"。その名の通り全部で七銘存在する、大昔に打たれた大業物だ。歴代の鼎巫女による綿密な"研ぎ"を受け、その全てが制作当時のまま輝きを放っている。その力は通常の御霊宿を遥かに凌ぐ呪力で、名のある剣客が誇りをもって腰に佩びる。所有することは本人だけでなく、その一族の名を国に知られるほどの名誉だ。
 先述の通り"祈祷七銘"は全部で七本存在するが、その内の3本を彼女が在する那国、もう3本が与国。そして最後の一本は両国の中でも随一の実力者に委ねられる事になっている。しかし現在、最後の一本が行方不明という事態になっている。刀を受領した武人の番曰く、数年前にある日突然姿をくらましてしまったとの事だ。今のところ真相は明らかになっていない。
 この足りない一本の行方を巡り、那国と与国は度々争っている。大業物の所有数は、そのまま国の武力に匹敵するのだ。互いに「最後の一本を隠しているんだろう、寄越せ!」の一点張り。与国那国の国境では、今なお小競り合いが続いている。
 巫女の寿命は短い。「呪術」という、本来人が扱うべきでない力を酷使している為だ。鼎巫女ともなればその影響はさらに大きく、個人差はあれど鼎巫女に就任した者は、若い女性だったとしても10年と持たずにリタイアしてしまう。
 彼女も例に漏れず、通例通りであれば彼女の寿命は後2年も無い。自身がリタイアしてしまう前に何とか行方不明となった最後の"祈祷七銘"を研ぎ、鼎巫女の業務を全うしようと巫女らの手を借りて模索を続けているが、未だにその足取りは掴めていない。

23. プラントの守護者
始祖エルフの血を継ぐ由緒正しきハイエルフの女性であり、"天の守り人"と称される一族を束ねるプラント守護者の長である。普段は宗教大国の大神殿で12名存在する大神官(神官らを束ねる管理者)の一人を務めている。
 教皇や同じ大神官らを含め、数少ない「プラントの秘密」を知る者であり、世界のプラントを監視するために世界に点在するプラントに魔力的回路を繋げ、その状態をリアルタイムに監視している。
 何としてもプラントと、その秘密を守らなければいけない。特に「宗教根絶」を掲げる帝国にプラントの真実が知れれば、彼らは国を挙げて全てのプラントを破壊し尽くすだろう。それだけは絶対に阻止しなければならない。
 その為に彼女は、心苦しくも自らが従える各地の"天の守り人"自身にも、プラントの秘密を明かしていなかった。秘密を知れば、彼らを経由して第三者にプラントの秘密が漏れてしまう恐れもある。現地の守護者がプラントについて知らなければ、万が一第三者のプラントへの侵入を許しても、被害は最小限で抑えられる。
 エルフの寿命は長い。各地で守護者を務めるエルフたちは250年、ハイエルフである彼女自身はもう1000年は生きている。"天の守り人"は彼女自身が立ち上げた組織であり、プラントが作られたのも1000年前だ。彼女はプラントが作られた当時から現代まで、ずっとそれらを守り通しているのである。
 そんな彼女がある日、張り巡らせていた内の一つのプラントの異常を感知した。技術大国の辺境の地、瘴気が充満する、数あるプラントの中でも過酷な位置。瞑想している大神殿からでは詳細は分からないが、少なくともプラントへの入場を阻止する結界が何らかの理由で破られている。
 彼女は現地の瘴気から身を護る為、自身に魔力コーティングを施した後、テレポート(空間転移)を実行。本来は使用が禁止されている指定禁忌術式だが事は急を要する。プラントの異常を感知した際は毎回コレだ。
 転移先。長距離の空間移動で薄れかけた意識に喝を入れ周囲を伺うと、激しく損傷したプラントが目に入った。結界諸共、プラントが破壊されている。その周りには、技術大国産の戦闘用ロボットだろうか。戦闘が行われたのか今は活動を止めている。
 このプラント担当者はこんな物と戦っていたのか―――・・・
 周囲の状況把握もそこそこに、彼女は急いで半壊したプラントに近づく。そこに、このプラントの守護担当者であろうエルフが立っていた。いや、エルフかどうかは分からない。瘴気から身を護る為だろう、黒鉄の全身鎧のようなものに身を包み、戦闘後のダメージに体を引きずりながら、それでも目前に現れたプラントの内部を、彼女は呆けたように見上げている。
 知ってはいけない。知ろうとしてはいけない。関心を持ってはいけない。プラントに歩みを進めるその姿を見守りながら、何度も、強く願ったが、担当エルフは半壊したプラント内部の螺旋階段を昇っていく。そしてやがて、たどり着いてしまった。
 天使の苗床。人類悪の温床。見てはいけない秘密を、守護担当者は見てしまった。それを遠目に見ていた"天の守り人"を束ねる長である彼女は、静かに銀剣を鞘から抜く。その瞳から、一筋の涙が流れた。彼女には、秘密を知った守護担当者を"口止め"する必要が有るのだ。
 自身のやり方が間違っているのかと、もう何千回自問したか分からない。それでも、1000年守り続けたプラントとその秘密を、これ以上強固に守るすべを、彼女は見い出せないでいた。
 半壊したプラントを修復し、ひたむきに責務を全うしていた罪なき部下を"口止め"。大神殿に戻った彼女は、再び各プラントを監視すべく、長い長い瞑想に沈む。
 その瞳は、すでにもう流す涙を枯らしていた。

24. 古を生きたエルフ
遥か昔。まだ種族間の縄張り意識も国のような地理的隔たりもなく、人々が寄り添って小さな集落作っていた頃のお話。自然豊かな土地に生まれたエルフの彼は、相棒とも言える猫人族の青年とのんびり暮らしていた。
 遺跡を巡るのが趣味だった彼は、各地に転々と存在していた遺跡に赴いては創世記の文化に想いを馳せていた。相棒の彼は遺跡に興味は無さそうだったが、エルフの彼と行動を共にするだけで楽しいと毎回の様に付いて来た。相棒に遺跡の蘊蓄を語ってはそれを聞き流されるのが彼らのささやかで幸せな日常だった。
 そんな遺跡巡りをしていたある日のこと。崩れかけた廃墟のような遺跡でで相棒が崖から足を滑らせてしまう。一瞬の出来事だった。落ちた先は崖。底は見えない。落ちれば助からない。咄嗟に伸ばした手は、既に相棒には届かぬ距離。
 相棒は崖から足を滑らせ、彼が咄嗟に手を伸ばすも届かず、奈落の底へと転落してしまった。――いや、転落するはずだった。それは世界が、神が定めた歴史だった。それを、覆す。覆してしまう。彼には、未来を捻じ曲げる程の「想いの強さ」があった。
 相棒を助けんとするその強い想いは、人が干渉出来るわけがない世界の理を、容易に捻じ曲げた。定められた未来の改変。届かないはずの差し伸べた手は、滑落した相棒の手を確かに掴んだのだ。
 相棒は、彼の想いによる奇跡によって生き永らえた。世界が定めた歴史を書き換える、文字通りの奇跡。
 これが世界の分岐点。当人は無自覚だが、彼の起こした奇跡は、世界が歩もうとしていた歴史のレールから外れるきっかけとなった。未来にあらゆる"可能性"が生まれた瞬間である。
 そんなとんでもない事になっているとは露知らず、その後も彼は相棒と共に平和に暮らしていた。が、しかし。エルフと猫人族では寿命が異なる。まだ若き姿の彼に、すっかり老いてしまった猫人族の相棒は、彼に一つプレゼントを託した。
 猫人族の間では婚姻に用いられるという、長く伸ばした小指の爪を研磨加工してネックレスにしたものだ。寿命差による別れを見越して若い頃に作っておいたのだろう、ぬらりとした独特の輝きは瑪瑙にも似る艶やかさを放っていた。
これをずっと持っていて欲しいと、相棒は言う。その紐が擦り切れてしまうまで、それを目印に、君の元へ生まれ変わってみせると、老いた声で彼に伝え、そして相棒は静かに息を引き取った。
 その後。結局彼はその長い寿命を、生涯一人で細々と過ごした。相棒との絆に殉じたのだ。遠く遠く、遥か昔に生きた、誰に語られる事もない、どこにでも居るエルフのお話。
 おおよそ1000年の時を経て、現代。のどかな遊牧民の一人の少女が父に尋ねる。
「これは・・宝石のネックレス?」
「宝石じゃなくて、加工された爪なんじゃと。不思議な輝きだろう。ワシの父さんから受け継いだ、大切な物じゃ。今日から、これをお前に託す。お前がこれを託したいと思える"大切な人"が出来るまで、肌身離さず持っていなさい。」
 祖父から、早くに両親を失った若き娘に託された古き誓い。その紐は、1000年経った今もまだ、擦り切れていない。

25. ステイトフィーンド(特務執行)
 "ステイトフィーンド(特務執行)"の一人。王国お抱えの王国騎士団とは別に、王族から直接の依頼を請負う秘密裏の存在。王国に五名ほど居ると噂されるいわば王家直属の仕事人。
 国から「殺し」を許可された、戦闘におけるエリート中のエリート。その中でも"王国の剣聖"と名高い、最も腕の立つ剣士。それが彼だった。
 王国の長は代々王族の女性が務めており、当時も例外ではなかった。と言うのも、王家の男性はなぜか皆一様に短命であったのだ。現在の王女も父を既に亡くしており、母は早くに病で逝ってしまう。まだ若くして王女となった前女王の娘は、周囲の支えを借りて何とか国政を執り行っていた。
 国のトップが若い女性に切り替わるタイミング。国の統治地盤が乱れた隙を、帝国軍は見逃さなかった。帝国は王国に対して不利益となる貿易を持ち掛け、断るならば実力行使、と強引に戦争の火蓋は切って落とされる。その結果、王国は敗戦。
 戦時中、彼は若き女王の身辺警備を務め、最も彼女に近しい位置に居た。戦火に怯える王女の心の支えとなるべく剣を振るい、業務上の忠誠を超えて信頼し合える関係となっていた。
 しかし、王国降伏の決定打となる、若き王女の暗殺。王国内でも選りすぐりの手練れである彼がそばに付いて居ながら、女王は何者かにより暗殺されてしまったのだ。
 敗戦により国は活気を失い、戦争で彼は片腕と、王女を護れなかったとしてステイトフィーンドの肩書も失い、守るべき王女をも失ってしまった。
 全てを失った喪失感から空虚な日常を送っていると、見知った男が訪ねてきた。今は亡き王女の側近であった男だ。その隣には、年端も行かない少女。聞けば、前王女の隠し子だという。戦争で暗殺された現王女の、年の離れた妹にあたる。
 戦争時、王女の身に何かあれば彼に妹を託してほしいと、生前側近に伝えていたそうだ。王女に妹が居ると公になれば、もちろん次期女王は幼い彼女が候補となる。姉である現王女は、そんな年端も行かない妹に王族の責務を負わせるのは酷だと、世間から存在を隠したのである。
 すっかり呆けていた彼は、今は亡き女王の面影を残すその娘を目にし、生気を取り戻した。我が身に代えても彼女を護ると、その身に、その剣に誓ったのである。 彼は、引き取った少女と共に王国を後にすることを決意した。
 幸い彼には金がある。警備の厚い旅客船で、世界一平和だと噂されている湖畔都市にでも亡命し、小さな家を構えよう。そこで争いごとに巻き込まれることなく、のんびりとこの娘が立派な女性になるまで育て、見守るのだ。
 などと人生設計を立てていると、不意に丸眼鏡をかけた見知らぬ少女から声を掛けられた。技術大国出身だという少女。彼女が言うには、彼の失った腕を、彼女の国の技術でなら取り戻せるとの事だ。ちょうど王国から離れたいという事情もあり、彼はこれに賛同した。
 無事にMOD(魔工式外骨格)と呼ばれる機械のような義手を手に入れた彼は、全盛期とは言わないまでも、世間で敵ナシと呼ばれるレベルには戦えるようになった。"王国の聖剣"の再来である。
 そんな折、腕を直してくれた恩人である眼鏡の少女の口から、耳を疑うような真実を知る。
 宗教大国が掲げる女神などとは別に、真の世界の支配者たる「神」が世界には存在し、未来は神が握っている。つまり、先の戦争で暗殺された彼女の死も、神が定めた歴史だというのだ。
 眼鏡の彼女は王国で見た事もないような珍妙な機械を取り出すと、近くにいた男性が10秒ほど後にあくびをすると未来を予言する。果たして、それは的中した。ほんの少ししか介入できないが、眼鏡の彼女は神が定めた歴史をわずかばかり覗くことが出来るというのだ。
 突拍子もない彼女の話だが、少女の戯言だとも捨てきれない。そしてそれが本当であれば、許せるはずもない。神だか何だか知らないが、王女の死を是とする歴史など、あってはならない。
 神とやらが本当に存在しているのであれば、それを斬って歴史を戻す。王女が生きていられる未来に、歴史を書き直すのだ。 男はここに、強く「神殺し」を誓い、合金と強化繊維で出来た新しいその腕で、再度剣を握った。
 人による神への復讐劇が、今ここに始まる。

26. ジャーナリスト
技術大国出身の少女。若くして魔工通信技術開発の第一人者だったが、その高すぎる技術で国内の極秘サーバーへのアクセスを何度も試みる。そんなやんちゃを咎められた彼女は、遂に研究施設から追放されてしまった。それ以来彼女は、AI搭載のおしゃべりな撮影用ドローンと共にあてのない旅を続けている。
 世界的に情報伝達手段が乏しい現代。技術力に特化した本国以外では、遠方への情報伝達など、手紙か、テレパス(短距離念話)、帝国軍が用いる旗信号が関の山。
 しかし技術大国の魔工技術を使えば、映像や音声の保存は容易。これを用いて世界で旅する自分の姿を小型ドローン型カメラに収録している。発信先はないが、いつか遠い未来、誰かに「世界の歴史」を伝えるため、自身の旅路を記録している。
 そんな旅の道中、いつも通りドローンとしゃべりながら街を歩いていると、見慣れない短剣を佩びた男を発見した。公にはされていないが、あの短剣はこの王国の諜報機関が所持するものだったはずだ。王国直属の裏仕事を請け負う、言わば殺しのプロ。
 そんなヤバすぎる男が、なぜ年端もいかない娘を連れて街を歩いているのか。彼女はキケンな香りに誘われ、思わず声を掛けた。聞けば王国諜報機関に所属していた彼だが、戦争の失態でお役御免、地位と愛した女性と片腕を失い、途方に暮れていたとの事。
 そこで彼女は、失われた腕であれば技術大国にMOD(魔工式外骨格)と呼ばれる外骨格技術で義手が作れると助言。彼はこの案に乗っかり、彼女と共に技術大国へと向かう。国土の9割以上が瘴気に汚染されてしまっているため、船便の行先は大抵地下都市直通だ。
 研究施設から追放される前に拵えておいた地下都市の隠れ家に彼を招くと、あらかじめ声を掛けておいた闇医者に彼の義手装着を依頼。手術は無事に成功し、彼は不慣れながらもMOD(魔工式外骨格)の腕を手に入れた。
 腕は治っても、彼が守るべき女性の命は戻らないと王国の男。そんな男に、彼女はかつて研究施設へのアクセスで入手した「世界の秘密」を打ち明ける。
 研究施設が秘密裏に保持していた情報によると、世界の歴史は書物に綴られた物語のように、既に定められているというのだ。そして世界のあらゆる未来を記録した未知の存在が世界のどこかに存在することを、技術大国の研究都市は把握していた。
 それを伝えると、彼は怒りをあらわにした。王女の死が神の定める運命であれば、その神を殺して時間を巻き戻させると、そう強く誓う。
 彼の私怨を利用するわけではない物の、彼女も「世界記録」には関心があった。もしこの世界が定められた歴史通りに動いているのであれば、いま旅すがらに記録している「今」も「世界記録」に刻まれた未来の一部に過ぎないということだ。
 そんな未来はつまらない。技術大国は無宗教だ。神など知ったこっちゃない。王国の彼のように恨みがあるわけではないが、つまらない神など消してしまえばいい。
 彼女は「神殺し」を誓う彼に同行し、その一部始終をカメラに収めてやると気合を入れた。遥か遠く、遠い遠い未来の誰かに、この冒険の一部始終が伝わることを願って。

27. -天使-
 太古の昔、世界の中でも最大の海の中心に、今は無き海上都市が存在していた。無機質な白。一切材質が分からない幾何学的な白い建造物群が、海上に浮かぶ。円状の浮上台地に白い建物が"群生"している様から、その地は船乗りの間から「白亜の街」と呼ばれていた。
 そんな場所で、彼女は暮らしていた。街と同様に色彩を失ってしまったかのような白髪、真っ白の肌、白い衣服。頭上には光輪、背には純白の翼。彼らは後に、人々から「天使」と呼ばれる存在であった。
 彼ら天使は見た目こそ男女に分かれているが、生殖機能はなく、食事や睡眠は不要。寿命もない。感情に乏しく念話による意思疎通が主である為、はたから見れば虚ろな目をした病弱な人種に見えるだろう。
 しかしその実、彼らは神が描く世界のシナリオから大きく未来が変わらぬよう、その不思議な力で以て歴史の不安要素を取り除く為の存在。天使は神が世界に遣わせた、言わば"世界免疫"。人を超えた力の持ち主なのだ。
 彼ら天使には、文字通り人智を超えた"力"があった。空を飛び、火を熾し、水を湧かし、風を呼び、大地を芽吹かせる。人は彼らの力を「魔法」と呼び、憧れつつも恐れていた。
 天使は世界が滅亡の危機に陥る毎に現れ、魔法により幾度となくその危機を解決してきたのだ。自然災害からの保護や、流行病の浄化など、その免疫行為は多岐に渡る。
 しかし、天使による世界の保護は、時に強引な手法に頼らざるを得なかった。国と国とが対立し、戦争が起き、それを止めようとして降臨した天使は、その双方の国の人間を一人残さず滅ぼすことで争いを止めた。
 人は、"力"を持つ天使に抵抗できない。その明らかな力量差は、天使に一方的虐殺による強制的世界平和を許してしまっていた。
 このままではいけないと、誰かが言った。天使を打倒しなければいけないと、誰かが言った。天使により一方的に抑制されるだけでは、人類はいずれ衰退する。
 人々は打倒天使を掲げた。人々の願いは一つとなり、募った想いはやがて奇跡を編む。打倒天使という世界の願いは、一人の存在を生み出した。世界免疫「天使」に対抗すべく生まれた、人々の願いの化身「神魔」。人の形をした、天使を屠る悪魔である。
 後に剣帝と呼ばれたその男は、文字通り剣の扱いに長ける悪魔の如く強い男だった。
 剣帝は人々を従え、天使に戦いを挑んだ。後に「天地戦争」と呼ばれる、人が神に抗った全面戦争。天使には“力"があるが、個体数は少ない。剣帝率いる世界の人々が束になった人類軍と、神が遣わした世界免疫である天使群。両者の戦いは数年に及んだ。
 その結果、剣帝の導きにより人々は天使に打ち勝った。残存する天使は「白亜の街」に引き返し、人々の追撃から逃れるべく「白亜の街」を海から天空の彼方へと浮上させた。それ以降、現代に至るまで天使は人前から姿を消している。
 人々はついに天使を凌駕し、世界に自由を取り返した。天使からの抑圧から解放され、勝利を人々が喜ぶ中、後に宗教大国となる国の者たちが暗躍する。
 研究者気質な連中が、捕虜として捉えた天使を隅々まで調べ上げたのだ。特に人と異なるのは、頭上の輪と背の翼。寿命の無い天使たちは、それこそ何年もの年月を、自由を奪われ、研究され尽くした。
 そんな研究の結果、天使の輪には後に「魔力」と呼ばれる未知のエネルギーを活性化させる効果があり、天使の羽にはその魔力活性作用を周囲に伝搬させることが判明した。
 周囲の魔力を活性化し、その活性状態を自分の周囲に伝搬させることで活性魔力を集め、それに手を加えることで''力"、即ち「魔法」を成している事が判明。
 さらに研究は進み、天使の付近で活性した魔力を人の手によって魔法に昇華する術も明らかにされた。これが現代で言う、魔法の原型である。魔力を活性化する事自体が出来ないだけで、活性魔力さえあれば人にも魔法が使えると判明したのである。
 さらに言えば、魔力活性の伝搬力を高める処置を施した天使を各地に配置すれば、地表全域に活性魔力が供給され、人々が場所を問わず魔法が使える環境が出来上がる。
 これを実現すべく、宗教大国はその事実を国民には秘めたまま、世界各地への活性魔力伝搬施設、すなわち"プラント"の展開を行った。
 各地に捕虜である天使を貼り付けにした塔を建設し、魔力伝搬性を高める術式と、侵入自体を封じる結界を施す。これでプラント周囲の地域で魔法が使用可能になる。
 魔法革新だ。宗教大国の上層部だけが知りうるこの事実。他国の連中は、「魔法を使えるヒト」の誕生にさぞ驚く事だろう。今まで天使だけが有していた「チカラによる優位性」を、人が持つ時代が来たのだ。
 宗教大国は自国周囲に率先してプラントを設立。研究の甲斐あり、センス有る者が徐々に魔法を習得していく。後に当時の宗教大国は、今でいう白色魔法を習得した見目麗しい女性を、国家統制の旗印として掲げた。
 「女神」と呼ばれた彼女が、人々の前で魔法を見せ、「私の力でこの国を平和に導こう」と、高らかに叫ぶ。国民は大いに沸き立った。「この人について行けば大丈夫」だと、国民全員が思った事だろう。「宗教大国」の始まりである。
 他のプラントの糧とされてしまった天使同様、天地戦争で捕虜として捕まってしまった彼女も、抵抗が出来なくなるまで拷問を受けたのち、プラントに貼り付けにされてしまった。
 天使は死なない。天使は眠らない。動けないよう、体の健という健を断ち切られた彼女はもはや、ただプラント周囲の魔力を活性化させるだけの「施設」となり果ててしまった。
 プラントの設置から1000年ほど経った現代も、彼女は薄暗いプラントの建屋内で虚ろな瞳を虚空に向けている。
 今や天使の存在はおとぎ話だ。なぜ人が魔法を使えるのか、という疑問を抱く者すらいない。
 彼女はこの先も、体が朽ちること無く、ただ世界の一部として、そこに存在していくだろう。人々から忘れ去られた、古い古い塔の中で、一人静かに。

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