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【読書録】汚れた手をそこで拭かない

※ネタバレを含むので未読の方はご注意。

平穏に夏休みを終えたい小学校教諭、認知症の妻を傷つけたくない夫。
元不倫相手を見返したい料理研究家……始まりは、ささやかな秘密。
気付かぬうちにじわりじわりと「お金」の魔の手はやってきて、
見逃したはずの小さな綻びは、彼ら自身を絡め取り、蝕んでいく。

取り扱い注意! 研ぎ澄まされたミステリ5篇からなる、傑作独立短編集。

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イヤミス、とまではいかないけれどどれも居心地の悪さから始まる話ばかり。私が特に心に残ったのは『忘却』という老夫婦の話。隣人の死は自らの責任なのではないか、軽度認知症の妻がいつかそれを思い出してしまうのではないか、と毎日自責の念に駆られていた夫がふとした事がきっかけで隣人の死の真相に行き着く。親切な良き隣人の素顔に触れた時、夫が思う事。そして最後の妻の「何か忘れていることがなかったかしら」という台詞。人間は自分の罪を都合良く忘れられる生き物なのかもしれない。

最後の『ミモザ』は元不倫相手とひょんなきっかけで再会し、そこからお金を無心されるようになり、引いては夫にバラすと脅されてドツボにハマる女性の話。こっちが見ていられないぐらい墜落していく彼女の様子からして、不倫している頃からずっと男の手中で踊らされていたのだろうなと想像するに容易い。

私は、この男を見返してやりたかったのだ。あなたが軽んじ、踏みにじった小娘は、いつの間にかあなたよりも高い場所まで上っていたのだと。

その小賢しさすらも彼に見透かされ、気付いた時にはもう彼の思い通りの展開に駒を進められていた。遂に家まで訪ねてきた彼に向かって「私は悪いことなんてしてないのに」という彼女の台詞が印象深い。不倫関係にあった時、彼女も彼の家を訪ねた。結果、彼の妻に関係がバレて夫婦は離婚。それは彼女の中で「悪いこと」にはならないのだろうか。彼の恐ろしさも勿論だけれど、彼女の奇妙さも、そして彼女の夫の冷ややかさにも、登場人物皆にどこか気味の悪さを感じる。

トラブルが起きたり、ミスをしてしまった時、最初の一手が何よりも大事なのだと身につまされる。汚れた手は石鹸で洗う。それをせずに「そこ」で拭いてしまった人達がどう堕ちていくのか。最後まで読んで、表題が活きるのだと感じた。