ほんのわずかな山行記録 13
念願の山域へ
鳳凰三山では色々なことがあったけど、ヒザ痛を克服したという嬉しさが、反省する謙虚な気持ちを遥か彼方に追いやってしまっていた私は、すかさず次の山行計画に着手しました。
八ヶ岳に行くことは鳳凰三山後すぐに決めていました。
ヒザが治るまでは…そう思って封印していたのが八ヶ岳でした。そう考えるほど八ヶ岳はヤバいところで自分みたいに弱点(ヒザ痛)があるヤツは行っちゃいけない。そう思っていました。
その弱点のことを考えなくてよいということで鳳凰三山からわずか1週間後、まだ筋肉痛の余韻が残る8月7日にとりあえず行者小屋まで偵察がてらに八ヶ岳に入ることにしました。
片道約7キロ、標高差860mの穏やかな森歩き。
なんだ、優しい森じゃないかと思いながら歩くこと3時間。行者小屋着。
行者小屋は少し北にある赤岳鉱泉という小屋と共に南八ヶ岳のベースキャンプ的な存在で、平日にもかかわらず結構にぎわっていた。
目の前には八ヶ岳連峰最高峰の赤岳が巨大な壁のごとくそびえ立っている。
その壁につけられた山頂に向かう登山道にわずかに動く微小な点がある。登山者だ。
この登山者がそびえ立つ壁の大きさを一段と際立たせている。
この日は日帰りなんだけど体力維持のために泊まり可能な荷物で来たので食料も持参していた。でもここは小屋に貢献しようとカレーを注文。
頭にバンダナを巻いた笑顔良し!なオネーサンの気持ちいい対応でおいしくいただき、しばらく赤岳を眺めて下山。帰宅後すぐに縦走計画を立てて8月21日に再び入山することにした。
計画は南八ヶ岳縦走ルートとしては最もメジャーと思われる南沢から行者小屋~赤岳~横岳~硫黄岳~赤岳鉱泉を経て北沢を下るルートだ。
2012年8月21日
前日の20日、仕事がなかなか終わらず会社を出た時はてっぺん越えてました。何の準備もしてなかったので帰宅後に準備をはじめ、気がついたらもう出なきゃいけない時間に。結局一睡もできぬまま「まぁ、スーパーあずさで2時間は眠れるだろう」と楽観的に考えながら電車に揺られ立川でスーパーあずさに乗り換え。さぁ、寝るぞ~と思ったらまさかの満員状態!
…結局、座ることもできぬまま茅野駅着。
そこからさらにバスに揺られて起点となる美濃戸口へ。
少しぼんやりしているがサイコーの天気にテンションは上がります。
カラッとした晴れで標高1490mの美濃戸口では秋の気配すら感じられる。
ここ大事なのでもう一度言いますね。標高1490mの美濃戸口で秋の気配。
気持ち良い森の中、颯爽と行者小屋へ進んでいきます。
この日は行者小屋で幕営して終わりなのでのんびり進む。
体力を温存して明日に備えるという作戦だ。
3時間ちょっとかかって14時ごろ行者小屋に到着。
少し雲がかかっている赤岳を見上げながら幕営して一服。
さすがに寝不足がたたってか頭がボーっとする。でもなぜか眠いわけじゃない。
コーヒーを飲みながら、しばしテントから外を眺めてぼんやりしていた。
山ではだいたい何かが起きる。起こるべくして起きる。
この行者小屋は標高2350mにあり、鳳凰三山で幕営した南御室小屋とほぼ同じ高さ(標高2420m)にある。よって幕営後の行動は南御室小屋で幕営した時のことを参考にしてしまったわけだが、これが大きな間違いだった。
ちょっとでも荷物の重量を減らそうと装備をチェックしていたんだけど、寝袋を見たときに南御室では暑くて中には入らず敷布団みたいにして寝ていたことを思い出した。
まだ夏真っ盛りの8月下旬も当然暑いだろうということで、エアマットとウエアで十分しのげると判断。寝袋を省いてしまったのでした。
しかし、標高1490mの美濃戸口で秋の気配を感じるんだからそこから860mも標高の高い行者小屋は秋に一歩踏み入れたような涼しさ。やがて陽が傾き、徐々に暗くなってくると一気に気温が下がり肌寒くなってきた。
む~、これ以上気温が下がるとちょっと寒いかもね。
そう思いながら飯食ってテントで寝転がってると、いつの間にか眠りに落ちていた。
ふと目が覚めた。
と、その瞬間、ブルルッと体が震えた。
「さぁむっ!」
体は自然に丸くなり股に手を挟んだ状態になっていた。
「さ、寒すぎるっ」
どうやら想定以上に気温が下がってしまったようだ。体感温度は1ケタ台。
地面からの冷気が体温を奪っているようだ。
慌ててザックの荷物をすべて放り出して足を突っ込み、二つ折りの簡易な椅子を広げてエアマットの下に敷いた。身につけられるものはすべて身につけ、使えるものはすべて使って保温に努めた。
しかし、体温はいったん下がってしまうとなかなか回復しないのです。
足先などは雪解け水に浸かっていたのかというくらいに冷たくなっていて、何とかしようと足どうしを必死にこすり合わせるが全く改善しない。
そうやって常に体を動かしながら体を温めることに必死になっていると、そのまま当初の起床予定時刻(2時)を迎えてしまった。
前日はほぼ不眠でこの日の睡眠もおそらく4時間ほど。おまけに体は冷え切った状態だ。
「ンな状態で動けるわけない」
さすれるところをすべてさすりながら冷え切ったテントの中で「太陽よ、早く昇っておいらを温めておくれ」と祈りながら明るくなるのを待った。
何となく明るくなってきた5時頃、ウトウトしていたが目が覚めた。
必死の努力の甲斐あってか、少し体が温まってきてようやく動こうという気になってきた。とにかくエネルギー注入だ。歯をガチガチ鳴らしながらまずはスープを作ってそれをすすりながら飯を作る。
赤岳の隣に鎮座する阿弥陀岳を仰ぎ見ると、山頂あたりに昇り始めた陽の光があたっていて真っ赤に染まっていた。
空は一面真っ青で快晴だ。
そういえば夜は風もなく穏やかだった。ということはあの寒さは放射冷却のせい?そうか、もう山は秋なんだよ。7月末と同じ感覚でいた自分の認識の甘さを痛感したのでした。
とはいえ!
快晴のこの天気。腹も膨れて体もあったまり、おのずとテンションが上がってきます。てきぱきと荷物をまとめて出発です。
2012年8月22日
すでに当初の計画から3時間以上ロスしているため、赤岳から阿弥陀岳~お小屋尾根を経て起点の美濃戸口に戻る短縮ルートに変更することにした。
6時過ぎに文三郎尾根に入る。
30分ほどで森林限界を超え視界が開けると、当初歩く予定だった横岳、硫黄岳の稜線を見渡すことができた。振り返るとはるか遠くに北アルプスの稜線が見え、見下ろすと行者小屋がすでにコメ粒ほどに小さくなっている。
ゆっくりと確実に高度を上げていく。
分岐点に着いた。ここからが核心部だ。
巻き道を少し進むと岩場のルートに突き当たる。鎖がついた険しい岩場をクライミングのように手足を使ってよじ登る。ちょっと…いや、だいぶ怖い。怖いんだけど、チラッと振り返るとすごい絶景が広がっていて、ヤバいこの状況を一瞬忘れさせてくれる。上から下りてくる幾人かの登山者とすれ違ったが、みな満足げな表情だ。
やっとこさ険しい岩場を超えるとすぐに頂上に到達した。
いやー、すごい眺めです。
寒いからではなく、体が震えます!
40分ほど眺めを堪能し阿弥陀岳を目指す。
登ってきた岩場を下って文三郎尾根との分岐を阿弥陀岳方面にさらに下っていくと小ピークがあり、それを越えると阿弥陀岳への登りが始まる。
頂上直下はかなり急なザレた登りになっていて苦労したが、50分ほどで山頂に到着した。
この頃には結構ガスが沸いていて眺望を楽しむことはできなかったが、食事も含め1時間ほど滞在した。
下山は藪漕ぎから始まりその後は岩場、そして急なガレ場を恐る恐る下って、さらに急な樹林帯をひたすら下っていくという苦しいものだった。
しかし、それも1時間半ほどで後半は穏やかな森歩きになり何度も深呼吸。気持ち良く歩くことができた。
15時30分ごろ、起点の美濃戸口に到着。
体に異常はなくヒザも問題なし。バスの本数が結構あったので急ぐ理由もなく、美濃戸口バス停横の八ヶ岳山荘でひとっ風呂浴びて帰ることにした。
寒くて眠れず、一時はこのまま撤退か?とまで思ったが何事もなく最後まで楽しむことができた。
来る前の『ヤバいところ』というのはただの思い込みで、身の丈に合った快適な場所だった。
まぁ、ルートを変更したからだけどね。
さ~、次はどこ行くかね~。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?