坂を下って帰宅するほうが好きみたいに

我が家はたぶん標高の低いところにあって、出かけるときは基本坂をのぼっている気がする。行動範囲が自宅より海から離れる方向に割と限られているから必然的にそうなるのだろう。自転車を使うと、それを強く感じる。歩いたことしかない街のかたちなど触って確かめることはないけど、自転車に乗るとそれがよくわかる。地面から足を離した方が「触れられる」のはおもしろい。

自転車に乗るとき、当然だがなるべく上りたくない。すべての道が下り坂なら良いのにと思う。けどそんなことは成り立たない。元居た場所に戻らないで重力に身をゆだね続ければいい話だが、いずれ海の藻屑となってしまう。やだ、家には帰りたい。

となると問題になるのは、「往きに上りたい」か「帰りに上りたい」かである。これは心理テストよりその人のことをつかめる二択なのではないだろうか。私は「往きに上りたい」派である。「上りたい」とは思わないので厳密には「帰りは下りたい」というわけだ。せっかくこれからやすらぎに行くのに、ぜえぜえしたくない。逆に、「往く」のであればなにかを始めるはずなので、そのスイッチを入れるために多少身体のギアをあげるようなことをしても構わない。これが多数派と信じて疑わないけれども、世の中意外と自分の感覚とずれているものだ。

昔似たような二択があるなと思った。家の前に停めるチャリの向きである。自分は自転車を”入ってきた方向”のまま停めていたが、弟は”出ていく方向”に停めていた。これは結構家に対する向き合い方の差が出ている。自転車の向きがそのままその人の向いている方向なのではないか。自転車が家を向いている兄は家になるべくいようとする志向があり、弟は外に出ているのが普通というように。これは結構当てはまっている。他人の感覚だからわからないが、弟のような感覚の人はきっと”休む”ことをするために外から家に”来て”いる。私は家に”居て”何かをしに外に”出て”いる。家の外になにか「中心」をおいている人はそういう感覚になるのではないだろうか。受験勉強も自分は塾の授業以外は家でしていたけれども、弟は家では勉強しない主義だった。

坂のはなしにもどると、弟のような「外向き」の人は「帰りに上りたい」と思うのではないだろうか。家でない場所にいるほうが自然な状態で、重力にまかせていくべき場所であるという私のような人間には理解できない感覚だ。

あなたにとって一番「低く」あってほしい場所はどこでしょうか。

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