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インドカレー屋の話

大学院のころ、大学の近くに新しくインドカレー屋ができた。 新しいもの好きな私は早速、毎夜心理療法のケース記録を夜遅くまで共にしていた田中を誘い、件のインドカレー屋に向かった。 店内へ入ると、出迎えてくれたのは立派なヒゲを蓄えた御仁であった。御仁は「イラシャイマセーナマステー」という挨拶と共に両手を合わせ、われわれを席まで案内してくれた。 店内の雰囲気にインド感はそれほど感じなかったが、1台しかない大きめのテレビが延々とインドチャンネルみたいなものを流し続けていることだけ

    • 「わからなさ」と心理臨床

      「専門家としての自分」が発する「わからない」という言葉に恐れを抱いていた。その一言は、「専門家としての自分」ももちろんそうだし、「専門」というものの信頼や期待も損なってしまうのではないかと思っていたからだ。クライエントが藁にもすがる思いで、自分の時間を使って目の前に座ってくれているのだとしたら、きっと専門家の「わかりません」なんて言葉は聞きたくないだろうと思っていた。 けれども、今はどういうわけか、その「わからなさ」に対してこころを開いた態度でいれるようになったと思う。

      • ブルマンの豆を挽く男

        丁度二月、三月程前のことだったろうか。まだ未知のウイルスが人々の暮らしを侵食する前、神戸市という所に行ってきた。旅の目的は友人の結婚式に参列することであり、それは恙無く終わった。いたって結婚式らしい結婚式であった。 ホテルに一泊したものの、都合により一切の観光時間を与えられないスケジュールになってしまったため自由時間は殆ど無いに等しかったが、折角神戸に来たのだからと思い、電車の時間まで市街地をぶらぶらすることに決めた。 そこで私はあるコーヒー屋を見つけた。コーヒー屋と言っ

        • ポールオースター「偶然の音楽」

          心理療法などといった仕事をしていてやはり思うのが、自分はどこまでこの仕事を信じれるのかということだ。フロイトの精神分析に端を発する心理療法には数々の理論が存在しているが、そのどれもが間違いではなく、そしてそのどれもが決して正解とは言えない。 現在では、最も現在の科学に馴染みやすい実証的研究が可能な認知行動療法が推奨され続けているが、それは他の理論をバックボーンとする心理療法が治療的意味を持たないことには決してなり得ないと思う。 しかしながら、科学という文化がある程度実権を

        インドカレー屋の話

          映画「横道世之介」

          今更ながら横道世之介(2013)を観た。主題歌も含めなんとも素晴らしい映画だったのでここに書き残しておく。 これは横道世之介の”ほぼ”一生を表した映画である。まず上映時間に注目したいのであるが、2時間40分ととにかく長い。正直に申し上げて僕もよそ見をしながら観てしまったほどだ。さらに正直に申し上げるなら、一度中断して次の日を迎え、そこから再開して観終わったほどには長かった。 しかしながら、それでもなお僕の胸に深い余韻が残るほどであった。すなわち、そのような実に適当な見方で

          映画「横道世之介」