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うらない

「私は長生きで、お兄ちゃんは長生きできないね」と妹が笑う。僕が毎週開催している小さなマルシェのシーンだ。

10歳の男の子は、5歳になる妹にむくれた顔をした。人の気持ちに敏感で優しいお兄ちゃんは、妹を弱く”コツン”と叩く。
「なんでそんなことを言うんだ、ひどいじゃないか」とお兄ちゃんは言う。

不機嫌でそれでいて寂しそうなお兄ちゃんの姿を見た妹は、「あ、私間違っちゃった」と困った顔をする。
「お兄ちゃんが長生きで、私が長生きできないね、って言いたかったのに私、反対に言っちゃった」と早口で話して、「ごめんね」と続けた。

それでも、お兄ちゃんの怒りにも似た寂しさは治まらなかった。必死になって左手で右手の親指と小指の付け根をぎゅっと押していた。

それを見て、僕は気づく。「手相占いだ。」
妹はどこかで生命線の話を聞いてきたに違いない。

「お兄ちゃん、手ぇー見せて」とお兄ちゃんの手を見て、きっと「お兄ちゃん生命線短いね、私はこんなに長いよ」なんて言うもんだから、お兄ちゃんはむくれたんだろう。

生命線とか、手相占いとか、自分ではどうすることもないまるで運命みたいなものが突如として目の前に現れると僕らは突然無力になる。

そのどうすることもできない事実みたいなことを突きつけられたお兄ちゃんは、きっと「死」を感じたんだろう。「死んでしまうんだ」ということを突然に感じて怒りに似た寂しさを妹にぶつけた。

自分の運命に抗うように、生命線を伸ばそうと体を小さく丸めながら手をぎゅうぎゅうと押し込めるお兄ちゃんの後ろ姿が愛おしかった。

自分ではどうすることもできないまるで運命みたいなものは、兄妹のこれからも人生には現れるだろう。
その度に、どうすることもできないかもしれないけど、手をぎゅうぎゅうと「生命線とか言うシワみたいなやつ伸びろよー!」と運命に抵抗しながら、乗り越えて言って欲しい。

そして、妹を優しく叩くお兄ちゃんには長生きしてほしいと思う。手相は、実際変わるらしいからきっと大丈夫。手をぎゅうぎゅうしても変わらないかもしれないけれど、忘れた頃に変わってる。きっと。

どちらかが長生き、じゃなくて2人で長生きしてよね、兄妹。

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