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退屈なんか、していない―バズコックス「ボーダム」

Boredom

 

 

[Verse 1]
Yeah, well, I say what I mean
I say what comes to my mind
Because I never get around to things
I live a straight, straight line

[Chorus]
You know me, I'm acting dumb
You know the scene, very humdrum
Boredom, boredom
Boredom

[Verse 2]
And now, I'm living in this movie
But it doesn't move me
And I've been waiting for the phone to ring
Hear it ring-a-ring-a-ring, a fucking thing

[Chorus]
You know me, I'm acting dumb
You know the scene, very humdrum
Boredom, boredom
Boredom

[Verse 3]
You see, there's nothing that's behind me
I'm already a has-been, uh
Because my future ain't what it was
Well, I think I know the words that I mean

 

[Chorus]
You know me, I'm acting dumb
You know the scene, very humdrum
Boredom, boredom
B'dum, b'dum

[Instrumental Break]

[Verse 4]
I'm takin' this extravagant journey
Or so it seems to me
I just, uh, came from nowhere
And I'm going straight back there

[Chorus]
You know me, I'm acting dumb, dumb
You know the scene, very humdrum
Boredom, boredom

[Verse 5]
You see, I'm living in this, uh, movie
But it doesn't move me
So tell me, who are you tryna arouse?
Get your hand out of my trousers

[Chorus]
You know me, I'm acting dumb-dumb
You know the scene, very humdrum, drum
Boredom, boredom
Ah



 バズコックスの「ボーダム」である。70年代ブリッティッシュ・パンクのアイコニックな一曲であり、パンク史上おそらく最初の自主製作盤―バンド自身が資金から何から何まですべてやりくりして製作した、という意味で―『スパイラル・スクラッチ』収録曲であり、パンクはロンドンだけの専売特許ではない―バズコックスはマンチェスター出身である―ことを示した一曲でもある・・・・ということを、ここで改めて語る必要はなかったのだが、やはり「ボーダム」を、「スパイラル・スクラッチ」を、バズコックスを取り上げる時は、ここからいかないとうまく収まりがつかない。バズコックス誕生の歴史、さらにはバズコックスを生んだイギリスの社会・経済の歴史をくだくだしく述べるのは、ここでのテーマではないのだが、「ボーダム」が誕生した1976年当時のマンチェスターが、斜陽にあった石炭・繊維産業の街であったこと、イギリス全体の経済が不況のさなかであり、社会・文化面でも閉塞感が半端なものではなかったことは、知っておいた方がいいだろう。こうした時代状況があったからこそ、「ボーダム」が生まれたのである。[1]
  「ボーダム」は、バズコックスの初代ヴォーカリスト、ハワード・デヴォートが当時働いていたタイル工場で経験したことがモチーフになっている。当日、タイル工場は仕事が全くなく、何もせずに家に帰ってきたデヴォートはその時の感情を詩にしたためたわけである。[2]いかにも仕事のない、不況のマンチェスターの情景をほうふつとさせるが、歌詞をよく読んでいくと、いわゆる退屈で身を持て余している、というより、したいことができずにいら立っている語り手の感情が、あぶりだされてくる。何をしたいのかわからないのではない。したいことはあるのだ。語り手は、自分のやりたいこと、やるべきことが、ちゃんとわかっている。でもそれができないのである。歌詞を、順を追ってみていくと、そのことが、良く見えてくる。タイトルこそBoredomとなっていて、コーラス部分もBoredomと連呼され、曲の中ほどではB’dum B’dumと訛った発音でboredomの単語が強調されるから、聞き手は、ああさぞかし語り手は退屈しているのだなと思うようになるのだが、現実は、かなり異なる。
    歌詞の一行目から、そのことは良く見えてくる。語り手は、「俺は言いたいことは言うよ。心の中にあることは、言葉に出して言うよ」「バカをやってるのは、今の世楽しいことがまるで起こらないからだ」と、はっきり理由がわかっているからこそ、こう言えるのである。自分の目指すものが、今眼前にはない。全てが手詰まりで、息が詰まりそうだ。でもそれは、何をしていいのかわからないという、漠然とした絶望感、不安感を意味するのではない。「言うことは、言ってやる」対象が、はっきり見えているのだ。見えているから、「デカいことをやるよ。なくすものはないからな。これから創っていくだけなんだから」虚無感はない。怒ってはいるが、その怒りはポジティブだ。
    しかし生活もある。生活のためにはカネを稼がなければならない。行きたくもない仕事に行かなければいけない。そこで語り手は仕事の電話が来るのを待っている。「リンリン、電話が鳴った。くそったれた音だ」本当はこんな電話は聞きたくない。俺にはやりたいことがある、それに専心したいのに生活がそれを許さない。そんな葛藤が余計に語り手をいらだたせるのだ。
    さて、最後のくだりをみていくと、表面的には性行為と取れる表現である。素直にそうだと解釈してもいい。しかしその前までの展開と照らし合わせると、いかにも唐突である。語り手の怒りの日常が語られ、今度はいきなり情交か?バズコックスをデヴォートと共に立ち上げた盟友ピート・シェリーは、デヴォートの書く歌詞には常に性的衝動があるという発言をしているが[3]、それだけではないだろう、裏に別の意味があるだろうと、ひねくれ者の私は思ってしまう。So tell me, who are you tryna arouse[4]―直訳すると、「言ってくれ。おまえは誰を刺激するよう努めるのだ」・・・・よくわからない。 ここで私なりに頭を使うと、おまえはだれか積極的にさせたい仲間はいるか?一緒に次の時代を創っていこうとする奴はいるか?と読めてくる。Get your hand out of my trousers―「おまえの手で、俺のズボンを下ろせ」これもいいが、それこそつまらぬ。Trousersには、相手をかしずかせる、支配する、配偶者を尻に敷く、という意味もある。ここでは抑圧された俺を解放してくれ、とも解釈できる。新しい時代―パンクの時代―をこれから一緒に創るんだ、がんじがらめになった状態から解放させてくれ。そう語り手は訴えるのだ。
   ・・・・という具合に、勝手気ままに解釈して、勝手気ままに楽しむ私である。これを読んでいただいた―何人いるか全くわからぬが―には、異論のある方もおられるだろう。それでいいと思う。ロックの歌詞も、一種の文学である。文学はどう解釈してもいいのである。それが文学の面白さである。いや、言葉の面白さである。ただ、この場合語学力の無さゆえ、解釈間違いをしている可能性は多分にある。そうなると、デカい顔をしてはいられない。御教示いただけると、ありがたいと思う。
    何故今回、いきなり「ボーダム」の歌詞を取り上げたくなったのか。大学1年のときに読んだ、過日別稿で触れた雑誌『MUSIC VISION』の論考の中に、「ボーダム」の一節が、オレンジジュースというバンドの一曲にそのまま引用されるほどに、当時の若者たちに愛唱されたのだという記述があり[5]、そんなに魅力ある歌詞ならいつかじっくり読んでみたいと思ってきたのである。しかし80年代当時、ロックの歌詞など自由に手に入らず、聴き取りたくても己のヒアリング能力はゼロに等しく、ならば語学をというときに就職その他雑事が重なりまくって沙汰やみになっていた。それがこれまた様々な事情で暇になり(?)、昨今のネット環境の充実で「ボーダム」の歌詞も自由に閲覧できるようになったことで、可能になったのである。ずいぶんと気の長いことだと呆れられること間違いなしだが、ともかくも、積年の思い(?)がようやっとかなった、というわけである。おおげさか。
  「ボーダム」については、別の観点から、まだまだ論及したいことがある。例えばあの2音だけのギター・ソロ、さらにはバズコックスの専売特許になったともいいうるbuzz-sawギター。これらの遡源はどこにあるのか。『スパイラル・スクラッチ』全体のレコーディングには4時間もかからなかったのに、「ボーダム」のギター・ソロのオーバー・ダブは延々と作業しスタジオの締め切り時間ぎりぎりまでかかるほどに執着した[6]理由はどこにあるのか。こうなってくるとさらに資料をあたり・・・・きりがないので今回はこの辺までにしておこう。

 何度聴いても、名曲である。



[1] Pete Shelley with Louie Shelley『ever fallen in love-the lost Buzzcocks tapes』 first published in great Britain in 2021 by Cassell ,an imprint of Octopus Publishing Group Ltd.特に「Reality’s a Dream:The Buzzcocks Story」の章では、イギリス~マンチャスター社会・経済の産業革命以降、1970年代に到るまでの栄枯盛衰が要領よくまとめられている。但し、産業革命最大の苗床になったのはマンチェスターであったとする論調には肯定できない。マンチェスター以外の多くの地域で同時代的に発生した産業構造の転換~局地的市場圏の成立とこれら市場圏どうしの連結―を考える方が自然だろう。産業革命について包括的な知見を得るにあたっては、パット・ハドソン、大倉正雄訳『産業革命』、未来社、1999年、が有益である。

[2] Ibld.,p.83.

[3] Ibld.,p.116.

[4] ここのtrynaは、try andとみたほうが自然だろう。

[5] 芳月尽「DOCUMENT “PUNK”」(MUSIC ZONE編『MUSIC ZONE VOL.1』、早稲田大学ロックユーフラテス、1986年、所収)、7ページ、参照。

[6] Shelley / Shelley,p.28.