第六話 デンデンデンデン ドンドン【柳生十兵衛がやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!】
(これまでのあらすじ:記憶の中で己を包んだ情愛と向き合ったマサは、自身の本当の目的が"十兵衛の首を獲ること"ではなく、"町田を守ること"だと気づく。そして、黒冥党の男たちの物語は終わる)
内臓館。
応接室、円卓を囲んで四人の男女が並んでいた。
一人は、怒れるサイキック・ゴルゴン
二兆億利休
「早く話を付けようか、儂の大頭を無理やり縮めておるでな、頭痛がたまらぬ」
一人は、柳生一族最悪の忌子、黒仮面の魔剣士
柳生ベイダー
「コーホー」
一人は、美貌の武器商人にして、町田全域に浸食する巨大な知性肉腫
マダム・ストラテジーヴァリウス
「貴方が何を仰るか楽しみですわ…顔つきがスッキリとされましたわね、マサさま」
そして一人は、町田の中でも最高の守りの技量を誇る剣士
百手のマサ
「それじゃあ、始めていいッスか」
マサが一同を見回して話し始める。
「我々は柳生十兵衛、そして町田の存続に関して利害を共有します」
マサが三人を見回す。
「利休殿は柳生という一族そのものに対して多大な恨みが。マダム、あなたは町田の存続と内臓館の利益が不可分ッスね。僕は、育ったこの街を守りたいッス。単純に町田が好きです。そして十兵衛個人を斬ることそのものが目的なのは、この中で柳生ベイダーさん、あんただけッス。その意味で我々の利害は干渉しません」
マサが息を溜めて言った。
「なので、我々四人による柳生十兵衛暗殺作戦を提案します」
否定の声は上がらない。といって、同意の声も上がらない。
「乗るかどうかは作戦の出来次第…って雰囲気ッスかね」
マサが円卓の上に巻物を広げた。そこには町田の地図、十兵衛の似絵など、様々な情報が書き込まれている。
「まずは十兵衛の戦力ッス。一番ヤバいのは、奴が町田に入った時に振るったあの二振り。幾ら多勢を集めてもアレで両断される…ので少数精鋭しかないです」
「あの剣の射程はおよそ300メートル…あれだけの半径を両断できるのは、柳生でも奴と宗矩の二人だけよ」
利休に次いで、マダムが口を挟んだ。
「ベイダーさんでも無理ですか」
「コーホー」
柳生ベイダーが頷く。
「つまり、まずあの恐るべき斬撃を掻い潜り、300メートルもの距離を越えてなんとか奴に近づく。その後にようやく、あの剣鬼と切り結ばねばならんという訳じゃな」
「そういうことッス。皆さんご存知の通り、僕の防御はめちゃくちゃ凄い…奴の攻撃も一度や二度は防げます。その後のチャンバラは…ベイダーさん頼ンます」
「コーホー」
「とはいえ、奴の射程からこちらの間合いまでの間、何度も攻撃を凌ぎ続けるのはいくら僕でも流石に無理ッス」
「やはり暗殺しかないか、目立たぬように進めるか」
利休が口を挟んだ。
「いや、派手に行くっス」
マサが答える。
「利休殿とマダムには、陽動をお願いします。ド派手に。」
「儂の念動力で岩を投げたり落としたりするのは200メートルが限度、この図体で奴にそこまで近づくのは死も同然じゃ」
「私は斬った張ったやら、飛んだり跳ねたりだのはとんと出来ませんよ」
利休とマダムがそれぞれ拒んだ。
「承知しています。マダム、申し訳ないが、武器を提供願いたいッス。お持ちの武器を、片端から、残らず」
「まあ、そんなところでしょうね…ですが、それではどの道ここは破産ですわね」
マダムが足を組み替えながら答える。
「十兵衛の首を取れた暁には、奴の刀は勿論、みぐるみ一式貴方のものとします。十兵衛の刀だ。それ一振りだけでも釣りがくるほどの神話級アーティファクトの筈だ、違うッスか」
「お断りするなどと一言も申しておりませんわ、どの道、十兵衛の離脱に伴い住民が全員自決したら不良在庫になるだけです。町田の大切なお客様のために赤字覚悟で無償提供も吝かではありませんわ…折角なので先ほどのご厚意はお受けしますが…」
マダムが素早く手のひらを返した。
「とはいえ、決めるのはこの先を聞いてからにしますわ」
「細かい条件は後ほど交渉しましょう。今回は契約書に罠の条項とか入れないで下さいね…。さ、利休さん。貴方の念動力は200メートルまでなら、大岩を投げたり落としたりできるほど強力と仰られましたね」
利休が頷く。
「では、例えば、”弾道を少し曲げる”、”引き金を軽く引く”、”雷管をほんの少し押す”程度であれば、どうッスか」
「なるほど、それなら…一キロぐらいまでは頑張れるな。しかし、それだけ離れては精密な動きは流石に出来んぞ」
「構いませんよ。100挺銃があれば半分の引き金をまともに引けて、内5挺が十兵衛の近くに当たればそれで上等ッス。陽動ですから」
「数を揃えても一薙ぎで終わりではないか」
「少し前に奴の戦いを見ました、遠くからでしたので、細かい事はわかんねーですが」
利休の疑念にマサが答える。彼の知るところでないが、それは十兵衛とヴァルチャー・スクアッドの死闘であった。
「飛び回る部隊が相手でしたが、空に向けて奴の剣閃…薙ぎ払いだけでなく、恐らく突きも含めた剣閃が幾度も走っていました。つまり、二つのことがわかります」
「十兵衛は”何度もあの薙ぎ払いを放てる”、そして飛び回る相手には"何度も薙ぎ払う必要がある”、ということね」
「コーホー」
マダムの答えをベイダーが追認した。
マサが人差し指を立てる。
「そう!あの薙ぎは地面の軍勢、あるいは群集相手に特化した技です。三次元的な敵を一掃する技はいくら十兵衛といえど持たない」
「そこで儂のキネシスが活きてくる訳じゃな。銃も爆弾も宙に浮かせよと」
「そういうことッス。なのでマダム、数は多ければ多いほど良い。繰り返しのお願いですが、在庫はありったけ吐き出しでシクヨロです、儲けは全部お渡ししますんで」
「マサや、そ、それはちょっと条件が極端ではないかな…わしらにも半分…いや四割…いや三割は…体を張る訳であるからして…」
躊躇する利休をマサが遮る。
「利休さん、ベイダーさん、あなた方の目的は柳生一族、あるいは十兵衛の死のみ、先ほどそう頷かれましたね」
「コーホー」
ベイダーが直ちに頷く。
「ま、まあ…確かにそうは申したが…それはあくまで…うん、申した、申したが…うん、申した…申したがな…申した…」
利休も不承不承に認めた。
「つまり私が考えるべきは、十兵衛を殺れねばどのみち町田諸共身の破滅、しかし殺れれば儲けは私の独り占め、と」
マダムが扇子を開いた。
「乗りましょう」
「つまり、だ」
利休がここまでの流れをまとめる。
「町中に予めばら撒いたマダムの武器を、儂のキネシスで動作させて奴に飽和攻撃をかけて陽動とする。その隙にマサとベイダー殿が、十兵衛に近づく。マサはベイダー殿を守り、ベイダー殿にて、奴を仕留める」
「そういうことッス」
「ここに来るときに使った、儂の空間ポータルは何故使わぬ?」
「あれは隙が大きすぎるし、目立ち過ぎます。あれでは陽動をしても一発で勘づかれて”狙い突き”されるのが関の山ッス。我々二人は徒歩で、廃ビルを目くらましに近づきます。ベイダーさん、十兵衛が我々の気配を陽動有り・物陰ごしでも確実に勘づくのは、どれくらいの距離ッスか」
「コーホー」
柳生ベイダーは人差し指を立てる。
「100m…ヌシらの脚なら、五秒あれば十兵衛に肉薄可能だな」
「その距離で、五秒。奴の攻撃間隔からすると、二撃はやってくる。その二撃までなら耐えられます。マダム、この”ウーラノスの楊枝”はそういう刀ッスね?」
「町田に、いえ、日の本全てを見回しても、それより丈夫な刀は存在しませんわ」
「承知です。恐らく、奴の一刀目は反射的に得意の横薙ぎ払い。ここまでは奴が町田に入った時と同じ。そして、二刀目、この時には敵が我々二人のみと奴も気づく。となれば、間違いなく突きが来ます」
「コーホー」
ベイダーも頷く。
「奴の突きをまともに受ければ、私もベイダーさんも瞬時に肉片ッス。なので、私は奴の刀を道連れに吹っ飛びます」
「ほう」
利休が目を剥いた。
「もーちょいちゃんと言いましょう。十兵衛の突きは弾くのも無理、受けるのも無理、避けるのも無理ッス。そこで、タイミング合わせて後ろに跳んで、突いてくる剣気にそのまんま”しがみ付いて”剣筋を私の後ろに控えるベイダーさんからも逸らしながら後ろに吹っ飛びます。剣気ごと、奴の刀をその腕から引っぺがしながら」
「左様な芸当ができるのか」
「一度きりなら、恐らく…いえ、必ず。ただし、奴の突きの威力をバックジャンプの分だけむしろちょい増しで受ける訳で…僕は恐らくそのまま1000mは一直線に吹き飛ばされるでしょうね。なので、突きを受けるとしたらここ…町田52号街道の直線道路。それ以外では建物に打ち付けられた勢いで僕が死ぬんで」
利休は笑った。マサの中から、やけばちさや、不健全な義務感は消えていた。己の為にこの戦いに臨もうとしている。今のマサなら、あるいは。
「なので、遺憾ながら僕はそこで戦線離脱ッス。ベイダーさんにはその隙、突きをいなした瞬間の隙に、十兵衛を斬っていただく。やり方はお任せしますが…ま、普通に考えりゃ一撃しかないスね。初撃で仕留めてください」
「コーホー」
ベイダーが応える。
ベイダーが十兵衛のことを思った瞬間、室内には凄絶な殺気が充満し、マダムですら一歩脚を引いた。
その空気を物ともせず、二兆億利休がいつもの飄々とした口調でマサに尋ねる。
「奴が一刀目に手癖の薙ぎ払いでなく、突きを出してきたらどうする?」
「その場合は我々の負けッスよ」
マサは平然と答えた。
「奴の剣は、見てから判断していては受けられません。突きか、薙ぎか。先読みでの決め打ちでかからないと間に合いません。僕が斬られた後にベイダーさんが一人でどうにかしてくれるなら話は別ですが…イケますか?」
「コーホー」
ベイダーは首を振った。
「そういうことです。とはいえ、奴は十中八九は横薙ぎ、突きの順で来ます。あくまで僕の読みですが…僕の読みはまー大体当たるので、分の悪い賭けじゃありません、ダメなら揃ってくたばりましょう」
「コーホー」
ベイダーがゆっくりと頷いた。柳生ベイダーも恐るべき遣い手であるが、おぞましき災害概念そのものと化した今の十兵衛を無策で斬れる想像はつかなかった。
「なるほど、細い道筋じゃな…だが、この手札で奴を斬るなら、それしかあるまいか」
「十兵衛は殆ど人間離れしていますが、辛うじて人間の域に留まっています。つまり、致命傷を与えれば死にます。そうですね、ベイダーさん」
「コーホー」
ベイダーは答えた。血を分けた実の兄である。どこまでやっても死なず、どこまでやれば死ぬかはわかっていた。
「やはり、手札が少ないの…あと、二人、いや一人強者がおれば…」
「心当たりはありますが、期待はできません。この前提で進めるしかないッス」
「仕方ないか…マサよ、お前の作戦、十兵衛が町田を離れ始めた帰路を襲うということでよかったな?」
「そのつもりッス。そうでないと町田52号街道線にやつが来てくれる可能性は低い」
「あと時間はどれほど残っているかの」
「奴がここに来て今日で丸五日。誤差はありますが、奴の滞在は普通ならあと1日くらいで工程を終える頃合いッス。事前準備組の皆さんはテキパキ動かないとダメッスね」
「なるほど、それでは、私は手配に動きますわ。皆さまも準備なり休息なり、各自のなすべきことを」
「うむ、一度解散としよう」
そういうことになった。
◆
利休とマサは内臓館の外を移動しながら語らう。
「ヌシの狙い通りに進んだ訳だな」
「利休さんの都合の良いように上手く誘導されている気もするッスけどね」
「儂はヌシの心の内の真の声を引き出しただけよ、それ以上のことはしておらん。それが結果的に、儂に都合が良いことは予め察しておったがな」
「本当にそうッスか?」
利休はニヤリと笑った。
「教えてやろう…儂がその気になればな、"誘導"などと煩わしいことをせずとも洗脳すればそれで終わり、出来ぬ相手なら殺して終わりよ」
「なるほど。納得感ある答えッスね」
マサは皮肉っぽく笑う。
「さて…マサよ、儂はサイコ・パワーを蓄えねばならんので、これからしばし寝る。起きたらマダムから預かった武器を方々に配置じゃ、老骨には忙しくてたまらんな…。ヌシはどうする?」
「僕は…何か下準備が必要な役目でもないので…まあ飯食って、寝ますかね。体力を温存しますよ」
「それが最適じゃな…だが、本当にそれでよいか?十兵衛のところに行く前に、未練が残っとるのではないかな」
「…そりゃ、まあ、あなたにはお見通しッスよね」
マサは鼻を鳴らした。
「見通すのが儂の得意でな」
「一人…どうしても心に引っかかる奴がいます。どのような形であれ、奴とはもう一度逢っておきたい…悪夢堂轟轟丸」
「儂は前に、ヌシと奴は同じ穴のムジナ、弱さゆえに孤独なもの同士と言ったな。だが今やヌシは己が孤独でないと気づき、勝手にさっさと一皮剥けてしもうた。ヌシには奴を救ってやる義理があるかもしれんな」
「行っちまっていいッスかね、こんなタイミングに?」
「勝手にすりゃ良いさ、ヌシの命だ。そのせいで十兵衛を殺りそこねて全員で腹を切っても、文句言うやつなどおりゃせんよ。ま、あの年増女は嫌味の一つくらいも言うかもしれんがね」
「利休さん、教えてください。奴は…霊義怨は…悪夢堂轟轟丸は、何者なんスか」
「ただの…孤独な男よ。奴の率いる二千万の霊義怨構成員… アレは全て、彼奴ただ一人のイマジナリーフレンドよ」
(つづく)
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