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Sunny Days Scenery

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日々の素敵なことや想うこと
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2021年1月の記事一覧

信じることの根幹

囚われてはいけないのだと思うのですが、それでも自分が信じるものを生きる指針としたいと思うのです。 「思う」というよりも「信じているものを生きる指針にして生きてゆくことがいいことなんだということを信じる」という感じ? いや、「信じる」というよりもむしろそれは、そうであって欲しいという「願い」。 大きな懐に抱かれたような安心感。 拠り所となる自分の心の居場所。 自分が信頼するものが自分を高めてくれるような感覚。 勤勉や努力や精進にも繋がっている自分の重要な成長装置。 あるいは

考える力と想像力

時たま、文章を書くということについて考える時があって。 元々ぼくは文章を書くことが超がつくほど苦手でした。 文章を書くという作業自体に魅力を感じなかったし、小学生の頃なんて目の前のことにしか目も頭も行かない単純バカだったせいもあって、思いや感情を整理して文章に置き換えるなんて人知を超えた超能力としか感じなかったのですね。笑 文章どころか、言葉に置き換えることすら困難だったし、腹がたったら文句ではなくグーでブッ飛ばせば良い!とまるでルフィのような子供だった。笑 想いを伝えるな

多幸感のその続き

大晦日に行われた嵐のさよならライブの再配信があったので、連休中の自粛ついでにじっくり観ました。 彼らの近年のどのライブでもそうですが、嵐ほどのライブはそうは無いと思うのです。 そんな中でも今回はやっぱり特別です。 最後のライブということもあるし、無観客の配信ライブということもある。 それらはやはり特別なものを生み出してはいるのだと思うのです。 でも、それよりも、今回のライブが特別な何かを生み出している決定的なものはもっと別のもの。 それは、そのすべてが、ファンのために構成

賜るもの。

賜ったものを、賜る。 賜ったから、賜る。 そういう想いは、人の営みの根源的なエネルギーなのではないか。 まだ幼く、社会通念的な道徳や美徳を知らない子供が、もらって嬉しかったから自分もあげる、という行動を裏表なくやってしまうこと自体が、人が本来備えている資質というか、生き物として特異な性質を持った動物の証なのではないかと感じることがあるのですね。 大切なものを分け与える。 あるいは、受け継いでゆく。 そんな想いが僕らを育て導き、ポジティブで柔らかく正しい心根を育むのではない