見出し画像

第二十六回「時よ止まれ君は美しい」



2022年になったのだ。

いやはや、歳を重ねる度に一年を過ぎるスピードが異常だ。
なんでこんなに速く感じるのか自分でもさっぱり分からないでいる。
今年の正月は今までの正月とは一味違って元旦の零時からもうジョブをしていた。
それはなんつーか。バンド名を改名したのである。
アルマが死んだという名前からアルマになったのだ。そこにたどり着くまで色んなことを思ったのだけれど、今はもう切り替えて前を向いている。
気がする。
気がするというのはまだ自分の中で収まり切れていない部分なのかもしれない。
だけども、最終的に決めたのは俺なのでそこは自分の中で落とし所を見つけていこうとも思う。

何はともあれ新年!去年一回も休まないでコラムを書き続けた俺!ありがとうー!!読んでくれた皆々様も本当にありがとうー!今年一年も隔週木曜日。書いて書いて書いて書きまくる所存!と言ったものの。
日々、自宅で仕事をしている俺にとってなぁーんにも書くことがないのである。
絞り出せど絞り出せど毎日同じことの繰り返しなので仕事以外での楽しみが飯。これだけなのである。
飯を食って仕事をして飯を食って仕事をする日々。いや、これ以上に大変な皆は本当に偉い。次のライブとかで来てくれたお客さん全員に「本当にお仕事お疲れ様です。」と言いたい。


とかなんとか言いながら久々にあるバンドの音楽を聴いた。
それは北海道 札幌市のB.B.JUNKIEというバンドの歌だ。
二十三歳くらいの頃、一つ上の先輩がCDを持っていて貸してくれたことが
きっかけで物凄く好きになったバンドだ。あまりに俺がB.B.JUNKIEを好きになり過ぎて当時、自分がやっていたバンドのイベントに出演オファーまでした。
札幌から地元 稚内市まで車で片道六時間ほどの距離。B.B.JUNKIEの皆さんは出演を快諾してくださった。
やっと見れる。あの曲やるかなぁ。この曲も聴きたいなぁ。なぁんて思いながら当日までB.B.JUNKIE以外聞かなかった。
昔から歌詞の言葉が強いバンドが好きでそれに凄く憧れている自分が
確かに居たのだ。

彼らが歌う一節「時よ止まれ君は美しい」に何度救われたことか。勝手に。

そうやって心酔していたらライブの本番なんてあっという間にきた。
その日来てくれたお客さんは六人だけだった。丁度、同日。
隣町では野外ロックフェスが行われほぼ全員そちらに出演、もしくは参加していた。若かった俺は悔しい思いしかなかった。どうしてこんなに素晴らしいバンドが稚内まで来たのに誰も興味を持ってくれないんだ。なんて思っていた。
ガランとした会場を見て本当に申し訳ない気持ちになった。悔しさと苛立ちと情けなさを沢山たくさん腹に溜めて俺はステージに立ちその六人に叫んだ。
「今夜ここが一番かっこいいライブハウスなのです」と。
俺たちの二十五分間があっという間に終わり次は待ちに待ったB.B.JUNKIEの出番となった。彼らはいきなりステージから飛んで人がいないフロアにダイブしギターを掻き鳴らし叫び声を上げた。

「ロックンロールなんてもうやめて四十二型のテレビを買うのだ!」

「せいぜい不味い飯でも食べて長生きでもしていよう」

「満足のやつが俺にこう言うんだ」

「愛してる愛を知っている」

「ついに心まで冷たくなったかい?」

「魚を食べてるうちに妙に不安になる
誰も本当に安全かは知らない」

数ある名曲たちを彼らはこれでもかと言わんばかりに披露してくれた。

気づいたら俺は号泣しながら右手に力をこめて拳を掲げていた。
ライブが終わり俺はB.B.JUNKIEのメンバーにお客さん呼べなくてすみません
と謝った。

すると彼らは笑いながら
「本当にそれ関係ないからね!居ても居なくてもやることは同じだからね!」
と。

常にカッコよくいることなんて不可能なんだけど
ロックンロールにはそんなパワーみたいなものが宿っているのだと
その時初めて教えられたのだ。

そんな出会いからもう今年で十年になる。
色んなことがあるけれど、それでも生きて歌を歌っていかないとなと
B.B.JUNKIEを聴いてまた教えられたのだった。

今年も更によろしくお願いします!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?