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Moment Joon, 《Passport & Garcon》(2020):簡単な感想とレアなレファレンスについて

Artist : Moment Joon
Album : Passport & Garcon
Label : GROW UP UNDERGROUND RECORDS
Released : 2020.03.13
Genre : Hip-Hop

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noteに記事を書くのがもう4か月ぶりだ。母国語で書くNAVERの韓国語ブログでは活発に活動してたのに対して、日本語で文章を書く練習は怠ったせいで、これを書いてる自分自身、不自然でたまらない。長文だけでなく、日本語ツイートもだいぶ減った感じだし。(ここでも載せなかったGEZANのレビューをNAVERブログでは書いてたりする…。)いや、お前の事情どうでもいいから早くレビューせんかい!と言われても仕方ないけど、ここからの感想もすごく個人的なものだという言い訳じゃダメでしょうか。

最初はここから本当に自分の話をしてMoment Joonというアーティストに感じる同質感などを語ろうとしたけど、書く途中、別に「似てる立場」が重要なアルバムじゃないと思って(+あとなんかうまく書けなくて)詳しく記すのはやめた。ただ、自分も彼と同じ国籍の留学生で、普遍的な日本人聴衆とは必然的に異なる感想を持つということだけ明らかにしたい。

発売してからのツイッターのタイムラインを見ていると、わりと多くのリスナーたちの肯定的な感想が見えてなぜか自分がうれしかった。自分としては、まだ発売から一日(もし記事公開が遅れたら二日)しか経ってないし、まともに分析できるほどちゃんと何回もプレイした状況でもないので、まだ簡単な感想だけしか述べれない段階である。そしてその感想の主は、アーティストに感じている同質感から湧いた右傾化するポピュリズムへの批判などの繰り返しくらいだ。

なので、この記事では、本作を聴く際に見つけた、韓国ヒップホップシーンから影響を受けたであろうレファレンスを三つくらい紹介していきたいと思う。本作のメッセージに惹かれたリスナーたちの鑑賞に少しでも解釈の視野を広げる参考になれたらうれしい。

1.〈KIX / Limo〉中間スキット:JUSTHIS, 〈HOME. 1〉

アルバムを開く曲〈KIX / Limo〉では外国人の長期滞在ビザの問題を話者の実体験を基に触れている曲である。この〈KIX〉と〈Limo〉2曲でできているのを一つのトラックに収めるため、入国審査官との会話スキットを入れてそれらをつないでいる。そこでパソコンのキーボードを打つ音、録音テープみたいな効果などを聴いて、僕はアルバムのフィーチャリングにも参加しているJUSTHISのアルバム中スキットを思い出した。

JUSTHISの2016年作《2 MANY HOMES 4 1 KID》は、彼の成長ストーリーがアルバムにかけて緻密に描かれているのが特徴で、2010年代韓国ヒップホップの代表的な名盤の一つとして称賛される。2番トラックの〈HOME. 1〉は話者のうつ症状の治療策として医者が催眠治療を行う内容で、過去の痛い記憶に触れる次のトラック〈Motherfucker Pt. 2〉につながる。

これといった内容的な類似性はあまりないが、Moment JoonはもとからJUSTHISに対して尊敬を表していて、スキットで見える〈HOME. 1〉と音を似せてる部分は、彼の名盤へのオマージュであるのは間違いないと思う。(尊敬表現の代表的な例に、〈Effortlessly〉のビデオがある。Moment Joonの写真の次に現れる写真がJUSTHIS。)スキットの後に強めなトラックを配置したのも、おそらくそれと似た効果を望んだのかもしれない。

2. 〈Home / CHON〉:「日の丸のあの赤い点ってのは俺の先祖がこぼした血の一滴」

在日外国人にかけられる偏見を一つずつ打ち砕くトラックで、現在アルバムで一番好きな曲である。「家に帰った後も「帰れ」と言われるチョン」というサビが印象的だった。まだ強い被差別経験があまりない僕でさえ「帰れ」ワードは言われたし。ちなみに彼のある曲の映像のコメントに「自発的に来たくせに何がいやで日本を批判するのか」というのがあったが、この曲を通じて、人が住処を決める自発性と差別の容認とは全く関係のないことだと知ってもらいたい。

とにかく、トラックの6:10頃に出る「日の丸のあの赤い点ってのは俺の先祖がこぼした血の一滴」という歌詞は、なんと2005年に韓国で歌われた歌詞なのである。

このレファレンスに気付けたのは、僕が初めて好きになったヒップホップグループ、Epik Highの曲だからである。Tablo、Mithra Jin、(DJ) Tukutzの三人組で、2003年にデビューし、現在も活動を続けている。ヒップホップと歌謡曲のスタイルを絶妙に組み合わせて、一般大衆からマニア層まで幅広く愛されているグループである。

上記の曲〈Lesson 3 (MC)〉はEpik Highの3rdアルバム《Swan Songs》(2005)の収録曲で、ファーストアルバムから続いた社会批判テーマの”Lesson”シリーズの一環で出たトラックである。実を言うと、問題のラインはこれといった脈絡なくとてもいきなり歌われたラインで、その衝撃で韓国ラップの名ラインとして残されている一方、韓国内でも批判があった。僕が注目するのは、そのラインに対する批判がどこから来たのかである。

そのラインを言ったのはTabloで、彼の国籍は韓国系カナダ人である。スタンフォード大学を卒業した学歴でも有名だった一方、そのエリートな背景に嫉妬して、おそらく韓国大衆音楽史上一番大きいであろうアーティスト個人に対するアンチファン・コミュニティーができ、深刻な社会問題にまで浮かびだした事件がある。時系列的にそれはもっと先のことだが、とにかく、彼が曲で発した韓国人の歴史の痛みを表現する歌詞に対し、彼の「国籍」を問題視した人がわりと多かった。

今の自分から見れば、それは、いくら国籍がカナダ人とはいえ、同じ被植民の歴史感覚を持つ民族正体性を基に十分にできる発言である。そもそも韓国民族は韓国人だけでなく在日、中国内朝鮮人、中東高麗人など、国籍を超越して様々なところへ分布しているし、そのきっかけには植民地の歴史がある。にもかかわらずTabloの歌詞への批判として「国籍」が問題視されたのは、韓国のネットコミュニティーの閉鎖性を表す一面だったと考えられる。

そののち何十万人もの人が彼一人に対して学歴偽装疑惑をかけ(偽装でないと証明されたのにもかかわらず)「カナダに帰れ」などと攻撃したアンチファン・コミュニティー事件。それはいちコミュニティーだけの問題ではなく、本当に当時の全国民が知る大事件で、インターネットコミュニティーの閉鎖性と集団性などが混ざり合った結果物であった。一個人を悪魔化して「国民」の権益を守ろうとしていると信じ込み、本当に全国民を巻き込んでしまったこの現象は、今ではあるカルト的な事件として記憶されているが、まさにネットの扇動性を表した事件であり、その差別的な扇動の現場は今でもよく見られている。

それを日本の問題に置換すると、おそらくネトウヨ問題、究極的にはファシズム化問題にまで繋がると思う。「日本」という場所は日本人だけでできているわけではない。彼のような移民者はもちろん、少数民族やその他いろいろな背景の人が住む場所である。またその歴史も戦争と植民-被植民などの複雑な関係の上でできている。「日の丸の赤い点(...)」の歌詞はまずそれだけで現在の日本という場所を構成する被害者および少数者の存在を掘り出す強い効果を持つ。またそのラインの引用は、(いくら不便であろうと)正当な行動・発言・生存権が、個人の「国籍」などを問題視して、脈絡を除去した上で拒否する大衆の反知性主義の実際の現れまで警告する、非常に重要な引用なのである、と僕は考える。

Moment Joonが引用したこのラインにはそういった脈絡が隠されている。

3. 〈Losing My Love〉:Verbal Jint, 〈Losing My Love〉

愛してきたヒップホップシーンへの虚無と幻滅を歌うトラック〈Losing My Love〉は、「リベラル」と「在特会」などまで言及することによって、少数者にかけられる代表性を拒否する重要なトラックである。そしてこのモチーフは、韓国の伝説的なラッパー、Verbal Jintの同名の曲〈Losing My Love〉に着眼し、下記の曲のサビをオマージュした。

2008年作《陋名》の収録曲で、ヒップホップシーンとコミュニティーへの幻滅を「I think I'm just losing my love now このアートフォームは誰のためのもんだ?」という強く表している。「濡れ衣」という意味の《陋名》もまた韓国ヒップホップの代表的な名盤の一つで、彼またネットコミュニティーでの攻撃に苦しんでいたのを、有機的なアルバム構成とさらに攻撃的な歌詞で音楽的に昇華させた。アルバムの誕生と彼の幻滅、そして本作への好評にはもっと複雑な脈絡があるけど、複雑すぎて自分もそこまで詳しくないし、言うと疲れるからまた後ほど…。

その代わり、Verbal Jintの重要さについて語らせてもらうと、韓国のRakim的な存在で、韓国語ラップの多音節ライムを普及させた代表的な人物であり、それ以外にもデビュー当時から韓国ヒップホップシーンに様々な影響を与え、今のシーンの歴史において欠かせない重要なアーティストである。ちなみに現役。

そのほかにもMoment Joonのこの曲ではKendrick Lamarの〈Mortal Man〉から借りた「If shit hit the fan is you still a fan?」などのラインも印象的だった。

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本作を聴く普遍日本人リスナーたちの感想が楽しみ。そしてここ、稚拙な記事だが、その感想をもう少し豊かにする記事になれると幸い。自分は韓国ラップに慣れてて、そのシーンで見えるレファレンスのみを掴めたが、本作にはまた日本文化ならではの、およびラップリスナーならではの多層的な脈絡が読める作品である。これからもっと多様な反応が出て、ちゃんと日本ヒップホップとして評価されることを一人のリスナーとして心から望む。

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