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【レビュー】鹿乃 《アルストロメリア》(2017)

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Artist : 鹿乃
Album : アルストロメリア
Release : 2017年12月20日 ℗ 2017 Warner Bros.
Genre : J-Pop


注意!このブロガーは深刻なくらい素人リスナーです!


この前、久しぶりに会った友達と地域の図書館のそばに孤高と建っているマックで二時間くらい喋った。その先週は弟と行ったけど、その時注文したのと同じ、ダブルプルコギバーガーのラージセットを頼んだ。その前には知らなかったが、ラージのポテトって意外と多い。とにかくそこで交わした色んなくだらない話題の中、各自の音楽感想態度に関する話頭がすうっと流れていった。友達は特定の音楽を好きな理由について「その音楽の雰囲気がいいから」と言い、僕が音楽を聴くそのものの理由を感情の次元で十分説明できるかもって思った。

サウンドがいい、演奏がいい、声がいいとしても、結局のところ嗜好もしくは好き嫌いを決めるのは個人の好きな雰囲気という考えがする。それを音楽に要求し、その音楽がそこに符合するか、それとも個人に新たな次元の感情・雰囲気を提示するかによって、少なくとも一時的には好きになるのでは。

こんな脈絡で、本作もその慰めのある雰囲気で好きになったアルバムだといえるだろう。「ヒーリング」とか「浄化」とか、そういう表現をなるべく自制しようと思っているが、ここで「僕だけのヒーリング用ミュージック!」とかを問われると、本当間違いなく本作を選ぶと思う。ここで僕の感じるのはもう一種の「ふわふわ感」である。第1曲〈day by day〉をプレイする途端入ってくる鹿乃さんのやわらかい「おはよう」を聴く瞬間、誰かは戦慄を覚えるだろうし、また誰かはこの世のものじゃない可愛さを耐えられず表面上拒否をするかもしれない。

鹿乃さんの歌の一番大きい特徴はやはり細くて幼そうな声で、自分が言ってたその「雰囲気」の半分以上はその声から作られているだろう。その声に衝撃を受け、メジャー発売アルバム1,2集を探して聞いたのが2017年。本作は彼女のメジャーセカンドアルバムである。

メジャーファーストの《nowhere》(2016)も歌い手出身アニソン歌手に関心のある人に悪くないオススメである。むしろ彼女を知った初期にはこのファーストアルバムの方をもっと回した。ファーストとセカンド両方ともアニメやゲームのテーマ曲などがアルバムに収録されてて、〈ディアブレイブ〉を聴いてその曲がEDテーマに使われたアニメーション《ヘビーオブジェクト》を見たりもした。ちなみに結構面白い。

ファーストが多彩なシングルを集めた感じだと、セカンドの本作はもっと落ち着いた感じの中、慰めたり勇気付けたりするナンバーなどがもう少し一貫性をもって収録された感じである。もしかするとその分味気がないと思うかもしれないし、(ダントツに派手な〈29-Q〉を除くと)はっきりと注目を集めるトラックもあまりないので、自分も最初は本作よりは前作の方を好きだった。

でもその分、音の質感がすごくやわらかい。だがこれを基準にして聴くと、やはりところどころ派手なサウンドが聞こえるし、それをまたトラック単位で聴くとまたいいし…という矛盾を感じれるので、果たして質感そのものをアルバムの特性と見れるのかというと、確信はできない。それにしても、本作のアルバム名は花の属名だし、多くのトラックが実際の花の名前とその花言葉のイメージを借りてるところで、繊細で弱そうだがそれくらい生き生きしている雰囲気を満喫するのが感想の重要なポイントになると思う。

「誰かのため愛を歌おう」とやさしく宣言するオープニングトラック〈day by day〉(*面白いことに本トラックはアニメーション《ソードオラトリア》のEDテーマである。)を過ぎると、悩みを背負う者たちに共感しながら勇気と意思を謳う〈Daisy Blue〉、すごくやわらかいチップチューンと呼べるかどうか知らないが、とにかく明るいオートチューンを掛けたのが印象的な〈Melodic Aster*〉などのトラックが次々と流れる。確かに全部違う形なのに、集中して聞かない限り似てる感じに流れるような、その要因を自分はやはり質感の一貫性だと考えている。

次の4, 5番トラックは僕の本作での最愛曲を争う2曲が連続に流れるが、ここでようやくスタイルが確実に分かれる感じである。

〈Linaria Girl〉は本当によくできたサブカルJ-Popナンバーだと思う。フルートとセロフォン系列の楽器でトップラインを積むがメロディーが平行に流れるし、Verse部分でのピアノ・フルート・声の調和はフォークポップのそれらしく感じられる。歌詞もまた逸品である。思春期少女が経験する感情的混乱をきれいな表現とメロディーで昇華する。話者の片思い問題を論じる1節の歌詞がかわいい比喩と共に吐露される(「地球にはチョコの数ほどの出会えない恋の物語」)ところで、2節になるとそれが家族間の葛藤と憂鬱感、家出を暗示する歌詞に拡大されることで、ある意味、外部の「少女のイメージ」で格下げされた真剣な問題をちゃんと表し、話者に自身を代入できる人たちの立体的な普遍性を獲得できるのではないかと、慎重に主張してみる。サウンドの話をもっとすると、ビルドアップのところで音節ごとにわけてギターで効果を与える場面や、「12時の鐘」の歌詞とベル楽器が7音階をともに上がるところ、ブリッジに至ってチェロとラテンリズムのギター、歌詞を持たない声がジャズのジャムみたいに余興を楽しむ部分など、歌詞と声に合わせた音の配置がすごく感動的にくる。暗くなれる話をもって明るく共感を得、もっと繊細でふわふわなムードを作り上げた素晴らしい曲だと思う。

次のトラック〈29-Q〉は急な展開である。〈Linaria Girl〉でららら~とフェードアウトしながら終わると思ったとたん急に「犬!猫!」と叫ぶのはいったい何か。前のトラックで少しずつ聞こえてきたホイッスルはこれの予告だったのか。「わんにゃんウォーズ!愛ゆえに起きる戦争だ! … 運命の選択だ!」とエネルギー溢れる可愛げなサビは聴者を取り掴み、「好きになった方がタイプってことで」と嗜好大統合を成す一方で、結局どっちも好きになって悩む様子をうつして少女漫画的な面白さを刺激する。キャッチ―なメロディーと歌詞が休まぬ変奏の援護の中で宣言される、もう一つの素晴らしくラブリーなトラック。アルバム全体の雰囲気で見ると急で派手だが、だからこそ雰囲気の転換に優れた位置にある。

そうやって転換した雰囲気はむしろ後半に連続する4つのトラックに渡るロックバラードナンバーによって沈む。前半の勇気・慰めムードとはまた違う雰囲気を形成するのである。そんなに強気のしない鹿乃のボーカルを悲壮感のあるプロダクションがどんな風に包むのか、そこでボーカルがどういう形でもっと繊細で強烈に響くのか、そこに注目して聞くと各曲に集中できてよかったと思う。そのところで特に〈nameless〉での強いロックギターと悲壮なサウンドスケープが彼女の繊細の声の揺れとどう調和していくのか不思議で、後半部のロックバラードトラックのうち一番よく聴いた曲である。もちろん集中を要さなくても、このアルバムはきっとその雰囲気だけで聴者の気持ちを掴める力があると信じている。

感情の流れも(ゆるくだが)沿っていくと面白かった。〈Ivy〉で「奇跡を信じ」ていた話者は〈nameless〉で「もう二度と会えなくても … 君の明日を守るから」と話す。ここまで信じていた希望を〈RERE〉では「それでもきたしちゃうんだって」「いっそ息を止めてくれなんて」と何かを断念したように見える。〈Haruzion〉は墜落する感情の方向を変え、美しい夜空の風景とノスタルジーを寂しげで華麗に歌う。その延長線で〈Iberis Song〉は「初めて気づいた淡い気持ちはいつしか大事なものになっていた。色あせてしまうだろうけど、ありふれた感情だろうけど」と、今まで歌って訴えたムードと感情を淡々とかき集める。

再び雰囲気の転換を試みる最後のトラック〈Sharry Baby!〉は本当にうれしいアウトロである。たぶんここで歌ってきた感情の真っただ中にある青少年たちを一つの踊りの空間に導く。パワーポップらしきドラムの弾みにこんなにも繊細な声が慰めになるのか、やはり音楽の不思議な調和に感嘆。ボーナスに入っている、名作アニメーション《血界戦線》のEDテーマ〈シュガーソングとビターステップ〉のアコスティックカバーも人気を得たようである。

長くつづりすぎた本文をどうまとめるか悩んでいる。本作の特徴としてこれまで「慰め」というのを強調したが、歌詞に実際に何かを「癒す」ような動きはないと思う。対象の外側でトラブルを眺めるのではなく、むしろ話者自身が対象と同じトラブルに合って(それに後半には話者自らの問題が耐えずらいほど重くなっていく心象が見られる)対等な関係での連帯。その話を重ねてきたうえで、最後に提案する踊りは、希望に向かって戦う力を与える説得力を持つと考える。実はすごく政治的な話では?と誇大解釈できるくらい、ムーブメントは常に連帯から始まった。


おすすめ度:★★★☆

おすすめトラック:〈Linaria Girl〉


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