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〜航空機に運び入れるのとどう違う?〜 126万食突破! 大人気のANA機内食を家庭に届ける工夫とは

コロナ禍でフライトの大幅減便が続く中、「ANAの機内食をご家庭でも楽しんでほしい」と、航空業界の中でもいち早く機内食通販に乗り出したANA。

2020年12月にスタートすると航空ファンのみならず幅広い方々が注目し、すぐに完売するほどの人気に。2021年11月末の時点で126万食を売り上げる大ヒットを記録しています。

人気の理由のひとつはやはり「そのままの機内食が自宅に届く」ことです。しかし、機内食は本来、空を飛ぶ飛行機の中で食べるもの。通販として販売し家庭へ配送するためには、さまざまな問題を解決する必要があったんです。

今回は、ANAグループで機内食の開発や製造、出荷などを手掛ける「ANAケータリングサービス(ANAC)」の成田工場で、機内食通販の舞台裏を取材しました。

担当者も驚き「『食べたい』と思ってくださる方がこんなにいるなんて」

成田、羽田、川崎と3つの工場を有するANAC。今回訪れた成田工場は主に国際線向けの機内食を手掛けており、一時期は他社へのOEMも含め1日最大3万食を製造していたほどでした。しかし新型コロナウイルスにより国際線のフライトは通常の1~2割程度に減便。機内食づくりにも影響が出ていました。航空業界全体が冷え込む中、「何か打開策はないか」とお客様の声を振り返り、取り組んだのが『機内食のネット販売』です。

「実は、コロナ以前から『機内食を地上で食べたい』とのご要望はお客様よりいただいておりました」と話すのは、ANAC外販事業部企画営業課の原木大地さん。

ANAC外販事業部企画営業課・原木大地さん

当時は「実現は難しいのでは」と見送っていた機内食販売。「旅行になかなか行けない」「飛行機に乗りたくても乗れない」という声が高まったことで、2020年5月頃から本格的に準備を進めていったと言います。

ANA機内食は3種×4個1セット、12個入り9,000円(税込み、送料込み)。ほか、6種×2個1セットなども展開。

販売するのは、国際線エコノミークラスのメインディッシュ。まずはトライアルとしてANAグループ社員向けに販売を開始し、オペレーションやメニューの売れ筋傾向などを確認していきました。12月の第一弾は完売までに数日かかりましたが、第二弾では1500セットが50分で売り切れるほどに。メディアでの注目度も高くなり、回を追うごとに売り切れるスピードが増していきました。これには担当者の方々も驚いたそう。

ANAC外販事業部企画営業課の米田崇彦さんは「『ANAの機内食を食べたい』と思ってくださる方がこんなにいるとは思いませんでした。これをきっかけに『初めて機内食を食べた』という方も多いですし、中にはSNSで機内食さながらの盛り付けを楽しんでくださる方も。そうした投稿を見つけると嬉しくなりますね」と話します。

ANAC外販事業部企画営業課・米田崇彦さん

「少しでも旅気分を味わってほしい」。企画や売り出し方にも頭をひねる

機内食と一緒に、実際にエコノミークラスで使用実績のあるトレーや食器をセットにした「ANA機内食ごっこセット」は、不定期ながらも毎回瞬く間に完売する人気商品。「料理を盛り付ければ本格的なおうち機内食になる」とファミリー層から熱い支持を受けているそう。

8月には累計販売数100万食を突破。その際は、これまでに登場したメニューを詰め合わせたセットを販売しました。12種類のメニューを1食ずつ食べられる組み合わせはこれまでになかったこともあり、こちらもすぐに完売しています。

毎回販売されるセットの名前も、どれもユニークなものが多いのがANA機内食の魅力のひとつ。ホノルル・シドニー線で提供されたことがあるロコモコなどの機内食は「南国波乗りセット」と名付け、またパンケーキなど洋食系は軽めの「ブランチセット」と名付けて販売。さらに、以前行った「機内食総選挙」の結果から、あえて2位だけを集めた「2位の逆襲」など、思わずニヤッとしてしまうようなネーミングになっています。

原木さんは「販売2か月前にはセット内容やネーミングを決めていきます。面白そうだなと目を惹くだけでなく、旅気分を味わえるよう、毎回頭をひねりながら考えています」と話しました。

最大のこだわりは「機内で食べるそのままの味」

ANAの機内食通販は、このために味の変更や調整などは一切していないのが特長です。まさに、飛行機で食べる機内食そのままの味。ANACで機内食のメニュー開発を統括する総料理長・清水誠シェフは、次のように話します。

これまでプリンスホテルや全日空ホテルなどで料理長を務めてきた清水シェフ。「機内食はホテルで提供する料理とは違う難しさがあるが、それをひとつひとつクリアするのもやりがいを感じる」と話します。

「機上では気圧の関係で味覚が少し鈍ると言われていますので、メリハリのある味付けを意識しています。例えば和食では独自の配合で出汁を取って深い味わいを出し、洋食ではソースにこだわり、深くソテーした玉ねぎや牛・チキンの旨味をバランスよく加えています。また、冷めてもおいしく食べられるようにとごはんは季節ごとに炊飯の水分量を変えたり、和え物などは食材から水分が出ないよう、寒天素材のつなぎを使ったりしています。移動中も崩れないような盛り付けも考えつつ、時間が経ってもおいしく食べられるようさまざまな工夫をしています。」

肉のメインディッシュ3種が揃う「肉の感謝祭」。手前は「鶏もも唐揚げ油淋鶏ソース」、右奥は「ビーフハンバーグステーキ」、最奥は「大阪大黒ソースチキンカツカレー」。

その他、「照明が薄暗い機内でもふたを開けた瞬間きれいに見えるように」とブロッコリーやニンジン、赤ピーマンなど鮮やかな野菜を使用。また、小ぶりな機内食容器“アントレ”は冷凍庫へのスペース確保もしやすいのがポイントです。

一番人気の「ビーフハンバーグステーキ」は清水シェフ渾身の一品。脂がのったひき肉を中心にし、赤身のひき肉で包み込んだ2重構造。カット時に初めて肉汁が溢れ出てよりジューシーな味わいになるように工夫しています。

実際に購入する方からは「在宅勤務中にサッと解凍して食べられる」「子どものお弁当用にちょうどいい」「遠方の両親に贈りやすい」などを理由に選んでいるケースが多く、“冷凍便のお取り寄せ”としても人気。これまで培ってきたANAの機内食づくりのノウハウが通販としても生かされた形です。

とはいえ、機内食とまったく同じとはいかなかったのが「梱包」の問題。ここからは実際に工場内部にお邪魔し、作業風景を取材しました。

工場内を取材!機内食を家庭に届けるための工夫とは?

ANAの機内食は現在、協力会社2社に製造を委託。機内食は冷凍状態でANAC成田工場へ運ばれ、フライトごとにカートに入れられ、フードローダー車で飛行機内のギャレーへと移されます。その後それぞれの提供時間に合わせ、スチームオーブンで温めてからお客様へ提供されるのが常です。

32食分が入る8段のスチームオーブン。温めが必要なメニューはスチームオーブンで、冷たいものは冷蔵庫で保存され、適温で提供されるようになっています。

飛行機内で出す機内食を家庭に送る。初の試みとなる通販には、梱包の工夫も必要になりました。

工場内は衛生管理が徹底されていました。入る前にまず頭から靴まで全身カバーを着用し、さらに粘着ローラーや30秒以上の手洗いを行い、さらにエアシャワーを浴びて全身のホコリを落とします。ANACのスタッフは最初に、この手洗いの順番を覚えるのだとか。

こちらが、機内食通販で梱包を行なっているエリア。冷凍商品を扱うため、通年低い温度の設定になっています。6人ほどのスタッフで1日600個の配送準備をしているそう。2021年3月からは販売体制強化のため、川崎工場でも稼働し出荷数を増やしているとのこと。

箱を組み立ててから、「アントレ」と言われる機内食を詰めます。
緩衝材を入れ、最後に補強してから配送へと進めていきます。

説明書に添えられていたのは手書きのメッセージカード。これは「飛行機で過ごす気分を少しでも味わってもらえたら」とCAさんたちが1枚ずつ書いているとのこと。カードの代わりに風船などのノベルティグッズが入ることも。(ANAC注※メッセージカード、ノベルティグッズは一部の商品に封入しております)

スタッフさんたちの手際の良さに魅入っていたところ、「箱詰めから発送準備まではそれほど大変ではないんです。一番苦労しているのは箱に入れるまでの工程です」と話してくれたのは、ANAC成田工場ファクトリーコントロール室生産管理課の大根一浩さんです。

ANAC成田工場ファクトリーコントロール室生産管理課・大根一浩さん

「こんな心配は初めて…」試行錯誤の通信販売

「機内に運ぶ時はカートに入れてしまうので、これまで崩れたり割れたりする心配は皆無でした。ただグループ社員向けにテスト販売をしてみると、届くまでの間に容器がぶつかったり、動いたりしてしまう問題が出てきたんです」と大根さん。

そのため通販ではアントレひとつひとつに手作業で透明なバンドをかけ、緩衝剤を敷き詰めて固定する作業を追加。これにより心配はなくなりましたが、時間がかかる作業です。

また、解凍してからすぐに食べる機内食と異なり、家庭で食べる機内食の場合は原材料や内容量などを明記した表示シールの貼付が必須に。カチカチの冷凍状態のアントレには、シールがなかなかうまく貼れないことも。「よく拭いてから外れないように貼る、中身とシールとを間違えないようにするなど、気を遣うポイントが増えましたね」と、現場の苦労が伺えます。

さらに梱包方法も一新。これまではアントレ(機内食)12個が隙間なく入る箱を使用していましたが、配送時の衝撃がダイレクトに影響してしまう問題がありました。そこでひとまわり大きな箱を新調して緩衝材も増やし、衝撃を吸収しやすいように工夫しています。

おうち機内食で空の旅を。ビジネスクラスの機内食も発売!

味や見た目はもとより、パッケージもそのままを貫くANAの機内食。これらの取り組みはすべて「お客様に、飛行機に乗っている気分を少しでも味わってもらえたら」という一心から生まれたものでした。

その想いはまさに、おもてなしの心そのもの。SKYTRAX社の「ワールド・エアライン・スター・レーティング」にて世界最高評価「5スター」を2013年から受賞するANAの心配りが伺えました。

ビジネスクラスセットの通販もスタートしたANA機内食。自由に空の旅ができるまでは、家でゆったりと機内食を楽しむのも良いのではないでしょうか。

文:田窪 綾