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「大山まいか」2000字小説

「ボクはたぶん、日本一友達が多い四年生です! どうぞよろしく」
 初夏の日差しが強く入り込む教室で、季節はずれの転入生は、教室中に通る声で挨拶をし、頭を下げた。 
 大山まいか。東京都出身。かの有名な大山サーカスの団長の娘。お母さんは空中ブランコで宙吊りになるそうで、お父さんは象とライオンを意のままに操る。彼女は、サーカス団が移動するたびに転校を繰り返し、小学四年生にして、ここが七校目の学校だという。 
 自分のことを「ボク」と呼ぶ女の子は、この片田舎ではとても風変わりで目立った。僕はその自己紹介を、手遊びで消しゴムのカスを集めては散らしながら聞いていた。直感的に、この子を好きにはなれない、と思った。 
 まず、大山まいかは全く男の子のような細い体に、Tシャツと短パンを履いていて、肌はよく焼けて健康そうに黒光りしていた。毛量の多い髪の毛は耳の下で切り揃えられ、きのこみたいな髪型が何故だか彼女にはよく似合っていたが、その唯一無二さに腹が立った。なにより、目が、茶色く透き通って、ガラスみたいで、世の中のいろんなことを見透かしているみたいで、僕はすごく恐怖を覚えた。 
 しかしクラスの皆は大山まいかを大歓迎して、彼女は三日としないうちに馴染んだ。登下校も休み時間も、彼女の周囲には男女問わずクラスメイトが群がって、大山まいかが田んぼのあぜ道で逆立ちしたり、鉄棒で空中逆上がりを華麗にきめるたびに歓声をあげる。 
 僕はあきれた。山地で生まれ育った僕たちよりも、大山まいかの方がよっぽど山ざるみたいだ。なのに彼女が、誰にでも屈託なく笑いかけて話す様子からは、有名人のファンサービスのような余裕があった。その都会的な香りが僕はとても嫌だった。   
 帰り道。田んぼのあぜ道をふらふらと歩く、大山まいかとその取り巻き達の後ろを、かなり距離をおいて僕がゆっくり歩く。太陽の光を受けて透き通るような稲の新葉が、風にもつれ合ってそよぐように、取り巻き達もじゃれあって、揺れて歩いている。
 分かれ道に来ると、大山まいかは群れと別れて、反対へ、細い足で歩みだした。裏山公園の方には、サーカス団の生活するコンテナがあるのだ。
 僕は同じ方へ曲がった。彼女はいつも、仮建設の家へ直接向かわず、公園に寄り道する。これはたぶん、僕だけが知っていることだ。今日もそうだった。僕は木の陰から、そっと覗く。
 砂場の隅で、ちっちゃくうずくまる大山まいか。なにかを触っているが、その手元が見えない。
「……見る? 大作なんだ」
 彼女の明るい声が響いた。うつ向いたまま言うから、僕に話しかけたのだと気づくまでにしばらくかかった。
「ほら、おいでよ」
 誰もいない公園で、彼女が話しかけるのは僕以外いないだろう。隠れて覗いていたのに気づかれていたとは。僕は観念して、彼女のそばへ歩いた。汗でぬれた彼女のうなじが近づく。手には、こぶしサイズの鉄球が。いや違う、つるつるに磨かれた泥団子があった。
 見たところで、僕は棒立ちのまま、何と言えば良いか分からなかった。素敵だね、とか、何それ、とかなんでも言えばよかった。けれど、思えば、大山まいかとこれまで一度だって言葉を交わしたことはなかった。
「毎日こうして磨いているから、凄くきれいになったんだ。でもボクはまたすぐ引っ越すから、最後まで磨けないだろうなぁ」
 ボクが次の街に行ったらさ、小島くんが代わりに磨いてくれない?
 そう呟いた大山まいかの声は、風に消えそうなくらい小さくて、あやうく僕は自分の名前がこの夏初めて、クラスメイトに呼ばれたことに気がつかないところだった。

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