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誰にだって最初はある

最近、ジーンとした伏線回収を体験したのでみんなでジーンとしようと思う。

遡ること10年前、まだ制作会社に勤めてた時のこと。ディレクター志望のデザイナーがいた。仮にA子ちゃんと呼ぶ。僕と担当ディレクターで比較的大きな案件のヒアリングの準備をしてると、A子ちゃんが「同行させてください!社長から許可は貰ったので勉強させてください!」と懇願されたので連れて行くことにした。

客先デビュー

ヒアリング前にクライアントとのやり取りをした感じからすると、クロージングの見込みが薄いことは誰の目にも明らかな状況。負け戦確定。でもA子ちゃんは空気が読めてないらしく、初のクライアントとの折衝をリアル体験できるのでウキウキしてる。

そして当日の朝、クライアントが入っているビルの1階で待ち合わせ。僕はいつもクライアントに逢う前にコーヒーを煽ってから打ち合わせに入るので1時間前には着いている。
その日もいつも通りクライアント近くのカフェに入る。すると一角だけ淀んだ空気を醸し出し冷凍庫に入っていたかのようにカッチカチに固まった子が座っている場所がある。A子ちゃんだ。
気付かぬフリしてカウンターでオーダー、赤いランプの下で受け取って視界に入らぬよう離れた席へ移動、音を立てずにゆっくりと席に着こうとした瞬間、悪寒が…背後に感じる、その感じ。そうA子ちゃんに見つかってしまった!

昨日の様子から一転。ウキウキしてたはずなのに一体何が?具合が悪いなら帰っていいぞ?そういうと首をブンブン、取れちゃうかと思うくらいに横に振る。
具合が悪いんじゃないの?また取れちゃうかと思うくらいに今度は縦にうなづく。よくよく聞いたら、トイレに起きてから急に緊張してきてすっかり目が覚めてしまって二度寝できず、3時間前のモーニングから、この店を淀ませていたらしい。
ワロタwww
緊張かよ。自分は見聞きするだけで一言も発せず、ただその場で座ってるだけなのにwww

尋常ならざる緊張に一笑いした後、店内を見渡すとなんと、担当ディレクターが距離を置いてこっちをチラ見…コノヤロウ押し付けやがった。

クロージング

終始ド緊張で淀んでるA子をクライアントの担当者もチラチラと気にしてる様子なので、この子は気にせず進めてくださいって苦笑いで促しながら進めた。
ヒアリングしながら受ける印象は、事前に抱いてた感じと変化なし。主に話しを進めている担当者からは積極性を感じられない。
それより僕は、隣に同席している女性の方が何となく気になっていて、その人の仕草や言動を暫く見ていた。エロい意味じゃなくてな。

この二人、上司や部下の関係ではなく、名刺によるとそもそも部署が違う。役職を見る限りどちらもよく分からない特別な役らしく、片方は営業系?で片方は広報系?のような立ち位置らしい。女性は広報系。
こちらの問いかけに二人の見解も合ってないし、意思の疎通も出来てない。故に掴みどころがなく、どちらをターゲットに話せば響くのか判断しかねるが、主に話してる営業系の男性に向けて担当ディレクターは話している。

ならばこちらも分担しよう。僕は広報系寄りの発言をすることにした。こちらは幸い、基本的な提案内容はどちらにしても変わらない。
ディレクターがプランAを話し、僕がプランBを話す。どちらかはハマるはず。

担当ディレクターは僕の意図に気付いたので、より営業寄りに提案する。
実は準備の段階でいくつか想定し得る状況はシミュレーションしていて、プランもいくつか用意していた。現場でフレキシブルに内容を変えるのはよくやることなのでこちらに問題はなかった。

最後に担当ディレクターが負け戦だと思っていることを匂わせるように、こう言って部屋を後にしようとした。

現状で最善と思われるご提案はさせていただきました。もしご縁があるようでしたら、またよろしくお願いします。

上手い終わり方だ。これでハッキリする、どちらが反応するか。
すると先に反応したのは営業系の男性で「よく検討して…」と言いかけた時に、女性が遮ってこう返した。

大丈夫ですよ、すぐにお目にかかる機会があると思いますよ。

そか、この女性側が決裁権を持ってるのか。つまりパワーバランスは広報系の女性の方が強いんだな。
これでこちらのターゲットはハッキリした。

エレベーターの中で、僕と担当ディレクターは握手。A子を見ると緊張は解けた代わりに今度は何やら落ち込んでる。
今度はどうしたのか聞くと「ダメでしたね」と凹んでいる様子。
担当ディレクターがすかさず「いや、多分取れたと思うよ」とこちらを見るので僕も「間違いない」とニヤニヤ。
すると今度はむくれた感じで「ズルい!二人だけわかってズルい!」と子どもみたいなことを言い出したので、またワロタwww チーン、エレベーターが1階に着いたて、A子デビュー戦は終了した。

A子ふたたび

それから10年後、A子と再び組んで仕事をすることになった。すっかり落ち着いてて、変われば変わるもんだなと10年の月日が短くないことを実感した。

A子はギルドメンバーでは無い。僕へのオファーの99%はギルドに流しているが、ディレクションやプロデュース、マネジメントなど制作や開発を伴わないものは僕が単体で引き受けることもあって、これはその1%の案件にあたる。

案件が大きく、A子の会社では回せる人が居ないとのことで、僕が統括するプロデューサーとしてオファーを請けた。A子は担当ディレクターとして。そして見習として同行するアシスタントディレクターがアサインされていた。仮にB子にしよう。10年前を思い出すようなシチュエーション。

案件の概要を聞いて理解した。なぜ僕がオファーされたのかを。10年前のA子デビュー案件と酷似していた。しかも、またもや負け戦の状態から巻き返したいという意思が感じられる。嫌なプレッシャーだ。

あの時と同じように事前準備を始める。当時のようにプランAやプランBを用意し、相手の出方でフレキシブルに対応する作戦で挑む。B子はデビュー戦でウキウキしている。当時を懐かしんで思い出しながらA子を見ると、負け戦だからか浮かない顔つき。いや考えすぎか。担当ディレクターなんだから浮かれられないよね。

翌日、東京でリアルにクライアントに足を運ぶのは久しぶり。いつものルーティンでカフェに近づくとガッチガチのB子が見える。デジャブかよっ!って心でツッコミながら、もちろん避けて避けて別の席へ。
すると気配を消してたA子が隣に座ってビックリ!前回なかったやつ!ってツッコミ入れたらB子に気付かれた。しまった。
二人とも、この世の終わりって顔してる。オイオイ、大丈夫かこの会社。まぁ今回しか関わらないと思うしチームだからB子を気遣いながら、いざクライアントの所へ!

クライアントと対面したら、10年前のケースとは違って単にクライアントがいろいろ把握できてなくてオロオロしてるだけだった。つまり、この場で動揺せずに振舞っている大人は僕だけらしい。

帰りのエレベーターで握手し、取れそうだなって言うとすかさずB子がこう聞いてきた。

え?ダメだったんじゃないんですか?
それらしい回答はもらえませんでしたよね?
なんであれで取れたと思うんですか?
二人だけズルい!教えてくださいよ!

あの時のA子と同じ反応だ。この二人はよく似てるな、と思ったその時、A子が急に泣き出した。

どうしたどうした、プレッシャーからの開放感からか、嬉し涙か、やっぱり具合が悪いのか、なんなんだ急に!
B子も心配そうだが置いておくとややこしくなりそうなので、B子はダッシュで社に帰れと命じて話を聞いた。

我が身を振り返る

どうやら最近A子は仕事もプライベートも上手くいってなくて自暴自棄になりかけていたようだ。
10年間、殆ど交流もなく、特に可愛がってた訳でもなく、案件を2つ3つ一緒にやっただけの細い繋がりを辿って辿ってやっと手繰り寄せて僕を呼んだホントの理由が解った気がした。

そか、落ち着いたように見えたのは歳のせいでも経験や実績を詰んだからでもなく、ただただ疲弊して元気がなかっただけだったんだ。
そう思うとやり切れない気持ちになる。

泣いたのは、やはりB子の反応が10年前の自分に重なったから。デビュー戦の頃のことを思い出したからだという。
あの時の先輩達と自分を比べると、なんて頼りなくてなんて不甲斐ないんだろう、この仕事に向いてないのかな?何やっても上手くいかないし、何やっても達成感はない。やっと終わったってただただ虚脱するだけ。最近、仕事も楽しくないし、休みの日はずっと家で寝てる…あの時は楽しかったし遣り甲斐も感じられたのに。

そんな思いが支配していて、ヘルプ!って気持ちが爆発してしまったようだ。
この案件が終わるまでの間に、また明朗闊達なA子に戻せるか、僕に裏ミッションが乗っかった気がした。

案件が進むにつれ、少しずつ元気を取り戻してきたA子は、自分のことで精一杯だったダメな先輩を返上。B子だけじゃなくて後輩の言葉やチーム全体の声にも耳を傾け、しっかりとチームを引っ張っていた。
10年前にA子がしてもらっていた時のように。

案件の終わりが見えてきたし、だいぶ昔のA子を取り戻したようなので僕の役割もこれでおしまい。あとはチームに任せておいとましよう。

別れ際に「フリーランスになったら真っ先にギルドに押し掛けるからね!」とA子。「わたしも!ロキさんまたね!」ってB子。
緊張しーで淀んだ空気発するディレクター二人も要らねぇし、つかB子は馴れ馴れしくすんな!

なんだろ?器のデカさを試されてんのかな?

世の中は苦難に満ちているが、その克服にも満ちている
ヘレン・ケラー(アメリカの教育家、著作家)

『誰にだって最初はある』ってお話でした。

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