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初めてのサーフィンに行ったときのこと―カンタン!手軽!楽しい!すぐ始めよう!―

江ノ島を目指せ:コロナは脳と精神にクる

 感染者の数の桁が、数字が、という言葉にうんざりどころか半ばその言葉自身に無関心になりつつあるこの”コロナ禍”において、僕もゴタブンに漏れず、やれ”Zoom会議”やら”オンライン飲み”やら、挙句の果ては”ウィズコロナ”などというシンドい言葉についにヤラれてしまっているようで、家にいながらも全く変わらない日々を過ごす”新しい生活様式”とやらにすっかりウンザリしてしまっている。
 三つの密を避ける!と国全体で全力でオマジナイの如く音頭を取りながら「アベノマスク!」「志村けん急逝!」「ソーシャルディスタンス的な距離だから足関節の練習ならヘイキ!」「マスクが取れたらスパーリング中断!」「ニンジャチョーク!」「パンダルチャギ!」という現在進行系のパンデミックファンタジーを国家全員参加型で体験していると、何が嘘で何が本当なんだかわからなくなり、同じくファンタジックジャパンにヤラれてしまって近所の西友で割と良い感じのイサキのサクを見て魚売り場のおさかな天国に合わせて踊りだすという半ば気が狂い始めているヨメハンと共に目指したのは、なんと爽やか、湘南は江ノ島
 激コミする国道1号線有料区画終点付近。一台の軽自動車。大阪ナンバー。バリバリに割れる爆音、ベンチャーズ、パイプライン。我らが目指しているのは伝説の初心者向けサーフスポット腰越海岸である。
※BGM: https://www.youtube.com/watch?v=8BHvcGfBh5g

街がイケ過ぎてて笑う:湘南ってカリフォルニアっぽいよね

 僕の存在は「湘南でサーフィンする」という文字列から最も遠いところにあり、どちらかといえば「京橋で保健所に怒られそうなレベルでしか炙ってないユッケを内緒で食べる」「天満で朝からローソンで買ったコップ酒を飲む」「野毛でキンミヤ焼酎凍らせた所に梅シロップかけていってもた」あるいは「また負けて腕の骨折れた」「川崎区で有名になりたきゃ人殺すかラッパーになるかだ」などという物騒な言葉で形容されるものである。他の人もそう思うに違いない。キラキラと輝いている海につま先が触れたが最後、何の言い訳をする間もなく当然即死であろう。警告するかのように天気は雨。大雨であった。
 だが、我々夫婦は狂っていた。そういえば2月頃に夫婦揃って味覚と嗅覚を失い、異常に咳が出る風邪を引いていたのだ。いわば勝手にコロナを乗り越えたセルフアフターコロナの我々には刺激が必要であった。いいですか、兄さん、不死がなければ善はない。それで、不死を信じないものは何をしても許されるというのですか。
 渋滞を抜け、江ノ電の線路が路上にチラホラ見え始め、この湘南という土地のイケてる雰囲気に気分は絶好調である。ゴツいビーチクルーザー、サーフショーツを腰で穿き、小脇にショートボードを抱えたちょっとハゲてる潮焼けお兄さん、SUPで可愛く浦島太郎みたいな小学生。なんか麦わら帽子のエロいギャル。まるであの懐かしい西海岸。カリフォルニアのような雰囲気を街全体が醸し出していて、アロハなキモチは否が応でも高まって来るというものだ。行ったことないけど。
※BGM: https://www.youtube.com/watch?v=12hJ2dVq5u0

初めてのサーフショップとサーフィン:ボサノヴァの匂いと共に現れるキモチのいい男

 今回レッスンをお願いしたサーフショップは腰越海岸。メロウなボサノバが流れるロッカールームで僕らを歓迎してくれたのはキモチのいい男、シンヤ先生である。みなさん24歳くらいで身長170cmの爽やか系男性サーファーを想像してみてほしい。彼の風体はそれに合同である。ただ、そんな彼はとても丁寧に対応をしてくださった。運動経験や身長、泳げるか、ウェットの着方、などなど様々な情報を物腰柔らかかつ超爽やかに我々に教えてくれるシンヤ先生。入念に塗った日焼け止めをさらに肌になじませ、いよいよボードとのご対面である。
 これがまた途轍もなくデカイ。後から知ったのだが、一般的にサーフボードはデカければデカイほど浮力が大きく、曲がったりなどのクイックな動きは苦手ではあるものの、安定性の高さから初心者に向いているのだそうだ。我々にあてがわれたそれは、サーフボードというより小舟と表現しても良いようなデカさであり、持ち上げるのも一苦労である。
 ヨメハンを助け、横断歩道を渡ってボードをビーチに持ち出したら、まずは陸トレだ。ボード上に腹ばいになって(動きは全然違うけど)クロールのような動作をするパドリングの練習やバーピージャンプに似た感じで膝でボードを抑えて一気に立ち上げがる練習を一通り行うのだが、雨がすごくてテンションが上がらない。寒い。およそ15min程度の陸トレが終わった後に、いよいよボードを頭の上に載せ、我々は海に突進するのであった。だが、ちょうど間の悪いことに”セット”と呼ばれるイレギュラーにちょっと高い波が押し寄せて波に巻かれてしまう。海は15年ぶりである。こわい。雨はやまない。
 さて、波乗りとはよく表現したもので、サーフィンとは波に乗る遊びである。沖でうねりを見つけ、その波と一緒の速度にまでパドリングして加速し、速度が同一になった瞬間に立つのである。この速度が早すぎても遅すぎてもいけない。まさしく波と一体になることこそが波乗りにとっての要諦であるようだ。じゃあそれをどうやって判断するの?ということだが、それは”あー滑ってるなと思ったとき、乗った感じのしたとき”であるとシンヤ先生が言っていた。その説明が滑っとるやんけ、という話は脇に置いておくにせよ、はじめは分からなかったこの話が今になってはまさに的を射ていると思う。サーフィンは競技ではない。ただ波に一体化する行為であり、ロジックによる整理は後で良いと思う。
 まぁ、とにかく、最初はパドルすることも難しいのでシンヤ先生が波に合わせてボードを思いっきり押して、立つタイミングまで教えてくれるのではあった。薄くて掘れている結構いい感じのうねりを見つけ、ついに波乗りのときがやってきた。全力で漕ぐ。全力で押される力を感じ、シンヤ先生の「立って!」という声。バーピージャンプっぽい動きで立ち上がるが、、、思いっきりコケる。海なので痛くないし怖くない。おいおいなんだか面白くなってきたぞ。
 こんなトライアンドエラーを3回ほど繰り返したのだが、すこし力を抜けばいいんだなということがわかってきたので、立つときにはできる限り脱力を意識してみた。そうすると、数秒程度の長さではあるが、ついに立つことができたのだ!

波に乗れたらわかった:夏っすね!

 あの感覚はなんと表現すれば良いのだろうか。今でも覚えている。一生忘れないだろう。ボードに腹ばいになって後ろを見ながらパドリングし、うねりを感じる。同じ速度になったと直感したときの高揚。高鳴る胸。水面を滑るボード。水しぶき。手のひらに感じる体重、震え。恐れずに立ち上がる。音が一瞬でシンプルになる。水を切り裂くフィンの音。耳を掠める風の音。波。波と一体。近づくビーチ。ブレイクし始める波。巻かれる。水。海。水面。そして、青空、青い空。
―――空を見上げれば、いつの間にか信じられないような青空が広がっていた。波は全てを洗い流すという。この言葉は大げさではない。これまでの疲れや嫌なことも、日本全国を出張しまくった燃える日々も、イケてないマネージャとやった糞ツマンネー在宅での仕事も、転職前の仕事でイケてなかったことも、波と青空の前にはナニモノでもない。全てをニュートラルに捉えられる自分自身に、本当に一瞬で変われた。沖を見るとシンヤ先生が真っ黒な顔から白い歯を覗かせてニカッと笑ってこう言った。「夏っすね!」。そりゃ僕も答えなければいけないだろう。「夏っすね!」。なぜかファイティングポーズ付きである。
※BGM: https://www.youtube.com/watch?v=UEYoWKIYUbI


これから:自分をニュートラルに戻せるサーフィンという日常

 その後2h程度のシンヤ先生とのミッチリ練習で何度もコケ、それでも何度も波に乗った我々夫婦は大満足であった。格闘技での勝負や仕事での勝負しか知らなかった僕にも、こんなにファンキーで楽しい世界があり得るのだと知れたのだ。
 それからというものの、病気を疑われる程度に真っ白だった我々夫婦もコンスタントに湘南に行くことになり、今や「焼けている状態」が少し普通になってきた。サーフィンは楽しい。波に揉まれても、洗われても、全てを忘れることはできない。だが、波と格闘するのではなく、うねりの中で逆らわずに力を抜いて遊ぶことで、自分自身をニュートラルに戻すことはできる。こんな気持ちになれるとは思わなかった。
 波の状況は刻一刻と変わる。いい波が続いた後には、全く波が立たないこともある。さっきも言ったけれど、大きな波が急に来ることもある。それに乗れたときは最高だけど、激しすぎる波では乗れないこともある。逆に穏やかすぎる波ではつまらなくもある。だが、その波でどのようなサーフィンをするかは自分次第なのだ。その波をやり過ごすのもいいし、乗って楽しむのもいい。こんな風に格好の良い風なことを言ってみるのもいい。
 少し精神が正常に戻った我々夫婦は、けれどもその帰りに地元の生シラスと釜揚げしらすとシラスの沖漬けを買って帰り、家でしらす三色丼を作って食べて手を取り合って踊り、「金が唸るほどの超ド級の大金持ちになって湘南移住してやりたいこと全部やろうぜ」という狂気の計画を建てるのであったが、これから先の話はまた今度。
 サーフィン手軽で楽しいからおすすめです。みんなもやりましょう。

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