7月24日の夢の話【果敢ない泡沫】

地元のお好み焼き屋で妹と飲んでる時に、妹が会話の流れで「まるで果敢ない泡沫だね」と言った。文脈的に“全て無駄になってしまった様”を表現したらしいけど、私は“果敢ない泡沫”は“実在の有無を証明できないが余韻がある様”を表す慣用句だと思っていたので「使い方違くない?」と突っ込んだ(現実にそんな慣用句は存在しない)。普段から妹が覚えたての単語を自慢げに使うのを微笑ましく思っている反面、たまに使用法を間違えていることがあるから姉として正さねば…という使命感が夢に出ていて笑える。更にお好み焼き屋のマスターが「そんな言葉聞いたことねぇ」と言うので、「えぇ?慣用句だと思うよ。例えば…」その言葉が使われている有名な作品を挙げようとするも、内容を暗記してるわけでもないし、とりあえずマスターが知っていそうな有名どころ(それも知らないだろうなと思いつつ)の中で“果敢ない泡沫”を使いそうな作者を挙げる。「宮沢賢治とか、江戸川乱歩とか?あと…」このとき中島敦を挙げたかったのに名前も山月記も出てこなくて、まぁマスターどうせ知らんしなとタカをくくって「方丈記とか」と言った。マスターは聞いたことがあるのかないのかどうでもいいのか「ふぅん」と興味のない相槌を打ったところで夢が終わった。

目が覚めて、存在しないことは知りつつも“果敢ない泡沫”で検索をかけてみた。そしたら、「なぜ泡沫は“はかない”のか?」っていう叙述法の論文(雑誌寄稿?)が出てきて、内容を見たら叙述の参考に方丈記を引用していて、山月記じゃなく方丈記で合ってたか…と思うなどした。不思議な気持ちになりつつ、山月記も方丈記も江戸川乱歩すらまともに読んだことがないので、古典や近代文学も有名どころは読んでおきたいと思いながらも中々行動に移せない焦燥感を表した夢だったのかもしれない。

ちなみに昼過ぎにマスターから呼び出しがあり、今妹とお好み焼き屋で飲んでいる。ある意味正夢になったね。

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