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【連載小説】恋愛ファンタジー小説:最後の眠り姫(97)

 翌日、私はようやく自分の足で立ってあるけた。でも筋肉がなくなってふらふらなのがよく分かった。室内は大丈夫だけど、外では誰かの助けが必要だった。そのうち、また元に戻るから次の宿で散歩しよう、とクルトは言っていた。
 そしてクルトは有言実行で私をお姫様抱っこして車に乗せた。そこにはヴィルヘルムとフリーデが乗り込んでいた。
「おかげんはいかがですか?」
 気づかわし気にフリーデが聞く。
「気分上々よ。次の遺跡が楽しみだわ」
「姉上、くれぐれも走らないでください。歩くのもやっとなんですから」
 ヴィルヘルムが釘を差す。
「わかっているわよ。歩行練習に散歩するから。走るのはその後よ」
 それを聞いたフリーデが真っ青になる。
「妊婦は走りません! 走るだけでも危ないのに転んでお腹を打てばどうなるかお判りでしょう?」
「あ。そうなんだ」
 私のあっけらかんとした答えにフリーデが撃沈する。
「クレメンス様に教授いただいたではありませんか。お忘れなのですか?」
「だって。現実味がなかったのだもの。遠いお話だと思っていたわ」
「遠いお話ではなく、今の話なのです。くれぐれも危ない真似はなさいませんよう」
「わかったわよ。当分はのろのろと歩くことしかできないわよ」
「いいかい? そこの世間話の女性たち。姉上の車はとっくに出たよ」
「あら。はぐれてしまったら……」
「大丈夫。道はわかってるから。シュテファンとちゃんと打合せ済みだよ。まぁ、姉上は東によく呼ばれていたから詳しいけれどね」
 そう言ってクルトは車を出した。
 帝都を出て、しばらく荒れ地が続いていたけれど、次第にまた牧歌的な風景になってきた。
「まぁ。牛がいるのね!」
 窓にかじりついて見る。
「この辺は自治区でね。監視の目はあるけれどかなり自由に暮らせる。この牧場の一つが我が王国御用達の牧場だ。姉上に教皇があげたんだよ。どうしてもつながりを持ちたいのかね」
「そんな、危ないところに宿泊して大丈夫なの?」
 恐怖がよみがえる。
「もう。西ボーデン王国の人間ばかりが働いているよ。ゲッツも帝都から出られないし、代わりの人間が来てもヴィーがしっかり護法結界を張ってはいれないよ」
「そう」
 安どのため息とともに答える。
「この自治区はフェルト、と言うんだよ。残されている遺跡も珍しくてね。エミーリエは絶対に行くっていうと思っているよ」
「もちろん。行くわ。おじい様の思い出だもの」
「ここにいるんだけど。思い出なんて年を取ったみたいだよ」
 ヴィルヘルムが不満げに言う。
 あら、と私は言う。
「その方がフリーデと一緒になる月日が早くなるのよ。あなたは年をとらなくちゃいけないんだから」
「はいはい。子供だやら大人になれやら周りは勝手だね」
「ヴィー」
 珍しく自分からフリーデがヴィルヘルムを愛称で呼ぶ。
「皆、あなたのことを案じているのですよ。孤独に陥ってしまわないかと。私はいつもそれが怖いです。ひとりきりになって置いていくんじゃないかって……」
 珍しくフリーデの声が震えていた。見ると目に涙を浮かべている。思わず抱きしめる。
「大丈夫よ。おいてなんかいかれないわ。ようやく手にした宝物だもの」
「フリーデ。僕を信じて。ひねくれるときがあってもどんなことがあっても僕は君を置いていったりはしない。決して。必ず。どんなことがあっても」
 最後の三語をくっきりはっきりと重点を置いてヴィルヘルムは言う。フリーデはうなずくので精いっぱいだった。不安だったのだろう。今まで。それを心の奥底にしまっていたのだ。ようやく口にできた不安。それをヴィルヘルムは取り除こうとしていた。
「姉上。僕とフリーデも遺跡に行っていいですか? フリーデにも何をしていたのか見てほしい。そこは僕の一部だから」
「そうね。一緒に行きましょう。フリーデも嬉しいでしょうから」
「ええ。ヴィーと一緒にいられる幸せをかみしめています。この言葉はここだけです。エミーリエ様がいるところでやっと私も素直になれるんです。頼りない姉、ですね」
「何を言うの。婚礼順なら妹なんだから遠慮しないの。さぁ。フリーデとヴィーはデートね。何を用意しましょう」
 するとクルトの声が入ってくる。
「ピクニックするには向いてないよ。牧草地でみんなでピクニックしよう」
「ま。素敵。お姉様と相談してくるわ!」
 止まった車から降りて、ととっと歩き始めるとフリーデやクルトやヴィルヘルムの声が追いかけてくる。その声で走りかけていたことを思い出し、立ち止まる。もう、と言ってクルトは私を横抱きして抱えると宿に連れていく。先についていたお姉様にやきもちを焼かれながらまた新しい宿の部屋へ入っていった。


あとがき

まだ睡り病です。寝ても寝ても眠い。寝るに限るらしいので寝ます。すいません〜。

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