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【連載小説】恋愛ファンタジー小説:最後の眠り姫(106)

前話

 夕食の最後にリンゴパイのような物がでてきた。見た目はリンゴパイそのもの。中身は「天使の落とし物」らしいけれど……。なにか言いたげなディルクさんはしばらく黙っていると口を開いた。
「皇帝陛下と皇妃殿下の結婚式のケーキはこのような質素なリンゴパイだったそうです。豆のスープとリンゴパイ。これには『天使の落とし物』が入っていますが、当時は本当に質素な出発だったと聞いています。それから、徐々に人を集め、領土を拡大し、最終的にはこの大陸を掌握なさいました。その信じられない強さから魔皇帝と呼ばれるまでにおなりになりました。帝国の最後の数年はエドウィン王との共同統治で非常に平和だったと聞いております。それでも、戦火はまた領土に広がり、なぜか皇帝一家は東に。エレオノーラ姫とエドウィン王は西に逃れなさいました。なぜ、反戦しなかったのかは伝えられておりません。ただ、この土地は非常に大事で皇帝陛下はこの土地を守るために東に逃れたと聞いております。この土地の名前は『最果ての地』と言いますが、正式名称ではありません。『ハーフェン』、『安息の地』という名です。その土地の山のある洞窟を『ハイムケーアオルト』と言って『還りたる処』と申します。そこから、あの方の場所へとつながっていると手記にあるということです」
 ディルクさんは私を見ながら真剣なまなざしで言った。エレオノーラお母様であるカロリーネお姉様も食い入るように説明を聞いていた。もちろん、魔皇帝の生まれ変わりであるヴィルヘルムも。すでに知っていたことかもしれないけれど。
「おじい様の手記があるの?!」
 思わず立ち上がって椅子ががたん、と音を立てて倒れた。クルトが戻して座らせる。
「あったのですが、何かの折に消失し内容を口伝として伝えられてきました。ですから、私は場所を知りません。父が知っております。この安息の地と還りたる処は一子相伝のみでまだ継承されておりませんでした。お墓参りを済まされたら、その日のうちにもご案内できると父は申しておりました。そう、遠くはない土地にあるそうです。ただ、父以外、誰もしりません。お見受けするところ子を授かっておられる様子。明日は墓参りだけになさってゆっくりなさってはどうでしょうか。非常に重要な用で来られると聞いておりました。二つのことを一度にするのは大変かと……」
「そうね。墓参りしてまた歩いて、では気がそがれてしまうかもしれないわ。そうね。お墓参りしてゆっくりこの家で休むわ」
「探検するわ、の間違いだろう?」
 くつくつ、面白そうにクルトが笑って言う。
「失礼ね。あなたもそのつもりでしょう? あの多重構造の部屋を探すつもりだったくせに」
「エミーリエもだろ?」
 二人でツーカーしていると、周りが不思議そうに見ていた。そうだわ。ここに二度目に来たのは私とクルトだけだったわ。ヴィルヘルムは土地の所有者だから除外として。
「その部屋はもうないよ。エミーリエ姉上に会うためだけの部屋。もう閉じられている。お茶をした部屋は残ってそうだけどね」
 ヴィルヘルムが何が面白いんだろう、という顔で言う。
「じゃぁ。ヴィー。一緒にその部屋でお茶してくれる? どーしても一緒にアールグレイが飲みたいの」
 目をキラキラさせて言う私に深いため息をつくとヴィルヘルムはフリーデを見る。
「カフェインレスのホットのアールグレイを用意できる? どうも、姉上はあのお茶会を再現したいらしいから」
「もちろんです。紅茶はカフェインレスにすべて取り換えてあります。もう当分、カフェインは摂れません」
「そう。じゃ、ケーキ五つね」
「三つじゃないの?」
 いつもは三つというところだ。どうして五つも……。
「甘いものが欲しいの」
「まるで妊婦みたいね」
 けらけら笑ってヴィルヘルムをからかう。
「ケーキ五つって、だれが作るんだ?」
 盲点だった。ここは王宮じゃない。自然とディルクさんに視線が行く。
「ケーキですか? 作れますよ。ヴィルヘルム様はどんなケーキを所望されておられますか?」
 今度はヴィルヘルムが驚いていた。
「そんなにお菓子作り上手なの?」
「ふるまえるほどには……」
 急にヴィルヘルムの目が生き生きとしてきた。よほどケーキが食べたかったのね。
「じゃ、ホール一個ちょうだい。抱えて食べる!」
 ケーキ好きもここまでくるとすごい。ホールでって無理だわ。
「ヴィー。そんなに甘いものを食べるとまるまる太った子豚さんになってしまいますよ」
 フリーデがさりげなく注意する。さすが、そつのない注意だわ。
「そう? フリーデはいくつほしい?」
「私は一切れで十分です。私の分を差し上げますからホールはやめましょう」
「うんうん」
 ケーキが食べられるとヴィルヘルムは上機嫌。子供っぽい感じがにじみ出ている。おこちゃまね、と思いつつ、その反応が逆にうれしい私だった。それはみんな同じ感想のようだった。そっと皆、フリーデとヴィルヘルムの会話をやさしいまなざしで見守っていたのだった。


あとがき
訳あり、編集してて一万字超えてるのを思い出しました。またやり直し。トホホ。これも最後に向かってるから淋しいな。エミーリエは成長してます。ゼルマとは大違い。さてまたラストまで行けるでしょうか。当分関係ないもの乗せていきます。

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