見出し画像

熟語本位英和中辞典を覗く14


モームの長篇小説「人間の絆」には、旧約聖書の一節が引用されている。

聖書を引用するモーム


2 SAMUEL
1. 19.
The beauty of Israel is slain upon thy high places
how are the mighty fallen!
See also 1. 25

イスラエルよ、汝(なんじ)の栄耀(かがやき)は、汝の崇邸(たかきところ)に殺さる嗚呼勇士(ああますらを)は仆れたるかな。(文語訳旧約聖書)

" It's a very old Yorkshire name. Once it took the head of my family a day's hard riding to make the circuit of his estates, but the mighty are fallen. Fast women and slow horses.
ーMaugham, Of Human Bondage, lxxxvi.

古いヨークシアの家名なのです。昔は家長が自分の所有地を一周するのに、馬でたっぷり一日はかかったそうですよ。でも、すっかりおちぶれてしまいました。ふしだらな女とのろまな馬のせい、といったところですね。
(岩波文庫、行方昭夫の訳)

ヨークシア地方の非常に古からある名前でしてね。昔はわが家の家長が領地をひとまわりするのには、たっぷり一日馬に乗りづめといったくらいでしたが、いや、おごれる者久しからずですな。女道楽と下手な馬道楽というやつですよ
(河出書房版の世界文学全集から、大橋健三郎の訳)

これはね、ヨークシアで実に古い家名なんですよ。昔は、なんでも家長のものが、領分を馬で一回りするのに、たっぷり一日はかかったというんですがね、今じゃもう強弩の末って奴ですよ。(新潮文庫、中野好夫の訳)

いったい「強弩(きょうど)の末」とは、どういう意味なのか。明治生まれの翻訳者は、英語の読解力に加えて、日本語の語彙力も半端ない。新明解国語辞典第七版によると「昔強かったものも、衰えてからは無力になるたとえ」。

中野は、ふしだらな女うんぬんの箇所は訳していない。何のことか分からず、わざと訳さなかったのか、それとも単に訳し忘れただけなのか。

とても古いヨークシャーの名前です。かつては家長が自分の領土をひとめぐりするのに馬でまる一日かかったそうですが、今では落ちぶれました。”長者に三代なし”というやつです。(光文社古典新訳文庫、河合祥一郎の訳)

この箇所は、普通の英米人にも、もう分からなくなっているのであろう。だから、ネットにこの箇所が意味不明として掲載されていた。回答者によると、売春宿に通いつめ、また競馬で負け続けて財産を使い果した意味だろうという。

日本語訳で、この箇所を読んでも旧約聖書からの引用だとは、だれも気がつくまい。大橋健三郎訳を読んだ人は、聖書ではなく平家物語からの引用だと思ったのではあるまいか。


研究社の英語引用句辞典は、いわゆる欽定訳聖書を使っているが、ほかにも、いろんな英訳があるので、ネット上から少し紹介しよう。

Thy glory, O Israel, is slain upon thy high places!
How are the mighty fallen!
2 Sam 1:19 (ASV or American Standard Version)

"Your glory, O Israel, lies slain on your heights.
How the mighty have fallen!
2 Sam 1:19 (NIV or New International Version)

The glory, O Israel, is dead on your high places!
How have the great ones been made low!
2 Sam 1:19 (BBE or Bible in Basic English)

Your pride and joy, O Israel, lies dead on the hills!
Oh, how the mighty heroes have fallen!
2 Sam 1:19 (NLT or New Living Translation)

On the hills of Israel our leaders are dead!
The bravest of our soldiers have fallen!
2 Sam 1:19 (GNT or Good News Translation)

これを見ると、現在完了形にbe動詞を使っている英訳がある。江川泰一郎の「改訂三版 英文法解説」をみると、
Keep an eye on Dorothy while we are gone. (we have gone は不可)私たちがいない間にドロシーから目を離さないでね。

また、中原道喜著「マスター英文法」を見ると、go, come, rise, set, fall, grow, change, arrive, return などの動詞は「be +過去分詞」の形の現在完了形を作ることがあると、記されている。


how are the mighty fallen!


この文の意味をコパイロットに訊いてみよう。

The phrase “how are the mighty fallen” is a rhetorical question that expresses surprise or lament over the downfall of someone who was once powerful or revered. The word “how” in this context is used to emphasize the speaker’s emotional response to the fall of the mighty, often conveying a sense of shock or disbelief.

この句は、修辞疑問文であり、かつて栄華を誇っていた権力者が没落してゆくのを見て、驚いたり嘆いたりしている様を示している。この文脈でhowを使って、話者の動揺を強調し、茫然自失の無力感を伝える。

This phrase originates from the Bible, specifically from David’s lament over the deaths of Saul and Jonathan in the book of 2 Samuel 1:19, 25, 27. It has since become a proverbial expression used to comment on the decline of a person or entity who was once great or powerful.

この句は、サウルとヨタナンの死をダヴィデが嘆き悲しむ場面、旧約聖書サムエル記後書、第1章19、25、27節に見出される。以来、かつて栄華を誇った権力者が没落するとき、この人口に膾炙した表現を用いる。

In summary, “how” is necessary in the phrase as it turns the statement into a rhetorical question, adding depth to the expression of the sentiment being conveyed.

つまり、このhowがあるので、これが修辞疑問文になり、悲しみの表現に深みを与えることになる。


      NEW TESTAMENT
MATTHEW

7. 9-10
Or what man is there of you, whom if his son ask bread, will he give him a stone?
  Or if he ask a fish, will he give him a serpent?
Cf. Luke 11. 12 : "Or if he shall ask an egg, will he offer him scorpion?"
 

汝等のうち、誰かその子パンを求めんに石を與(あた)へ、魚を求めんに蛇を與へんや。(文語訳新約聖書)

Nurse: ・・・He knew how bitter it is to long for the love of someone who has no love to give you. My love meant nothing to him, he had no room in his heart for any love but the love of you, and you had no use for it. He asked for bread and you gave him a stone.
Maugham, The Sacred Flame, iii

看護婦  ・・・いくら愛しても、愛してくれない相手を愛するのがどんなに辛いか、あの方は知っていました。私の愛は、あの方には何の意味もありませんでした。あの方の心にはあなたへの愛以外のものが入る余地はなかった。でもあなたはあの方の愛に用はなかったのです。あの方はパンを求め、あなたは石ころを与えました。
(講談社文芸文庫「聖火」の行方昭夫訳)

この箇所は、聖書を開いたことのない日本人にも、なんとなくバイブルからの引用と感じられるのではあるまいか。

ほかにも、次のような英訳もある。

Or what man is there of you, who, if his son shall ask him for a loaf, will give him a stone; or if he shall ask for a fish, will give him a serpent?
Matt 7:9-10 (ASV or American Standard Version)

What man among you, if his son asks him for bread, will give him a stone? Or if he asks for a fish, will give him a snake?
Matt 7:9-10 (Holman Christian Standard Bible)

If your child asks for bread, do you trick him with sawdust?
If he asks for fish, do you scare him with a live snake on his plate? Matt 7:9-10 (TMB or The Message Bible)

The Bible - Search & Read the Bible Online with Study Tools (biblestudytools.com)


考えてみると、この引用句辞典は大変な労作である。なぜなら、モームの「人間の絆」を読みながら、「この箇所は聖書からの引用だ」と気がつくには、聖書の全文を暗記している必要があると思われるからだ。

1611年に刊行された欽定訳の旧約聖書は、およそ
2万3000行、新約聖書は約8000行、アレグザンダー・ポープの「批評論」は744行、ミルトンの失楽園は、1674年の改訂版になると、なんと1万565行に達する。

シェイクスピアの物語詩「ヴィーナスとアドニス」は、
1194行、「ルクリーズの凌辱」は1855行。日本語と違って、英語の詩は、とてつもなく長い。こんな長い詩を、あるいは聖書を、いったい、思春期を過ぎた日本人が暗記できるものだろうか。

旧約聖書からの引用は702、新約聖書から601、シェイクスピアの戯曲や詩からは773、その他の作家や詩人から1046と膨大な数の引用句辞典になっている。

市河三喜、西川正身、清水護の3人は、友人、知人、教え子から助けてもらったとはいえ、いったいどうやって、奇跡の一大傑作を作り上げたのであろうか。


聖書やシェイクスピアを引用している作家はどんな人たちなのか。1920年代から準備をして、初版が1952年に出ているので、ジョージ・オーウェル、エリザベス・ボウエン、ジョン・アップダイク、ノーマン・メイラーなどの名はない。

しかし、日本人にも馴染みのある推理小説作家なら、多くの名前が並んでいる。コナン・ドイル、アガサ・クリスティ、エラリー・クイーン、E・S・ガードナー、F・W・クロフツ、A・A・ミルンといった作家の作品を編者は、謎解きを楽しみながら読んだのであろうか。



熟語本位英和中辞典を覗く16|alicemayism (note.com)

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?