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マイテ・アルベルディ『エターナルメモリー』(2023) けっして忘れられない敬意とやさしさの物語。

「わたしはあなたが誰か思い出してもらうために来たの」と、アウグストに優しく語りかけるパウリナの姿から幕を開ける映画「エターナルメモリー」は悲痛な日々に満ちながらも、けっして忘れられることのない敬意とやさしさのかけらを記憶した忘れがたいドキュメンタリーだった。監督は『83歳のやさしいスパイ』マイテ・アルベルティ監督。前作もドキュメンタリーながら、機知に飛んだ奇抜なアイディアがとても楽しいと同時に、「老い」という問題に切り込む手腕のうまさに唸ったものだったが、今作『エターナルメモリー』ではそういった奇抜さはいっさい取り払われて、まっすぐにパートナー関係のある人々の奮闘の日々を映した作品となった。

映画の主人公は、チリの軍事政権下に秘密裡に市民の声を記録した独立系メディア「テレアナリシス」の記者で著名なジャーナリストのアウグスト・ゴンゴラとチリを代表する女優であり、チリ人女性初となるチリ国家文化・芸術審議会議長だったパウリナ・ウルティアのふたりだ。診断から4年を経てはじまった取材では、パウリナの仕事先にアウグストも一緒に行き、社会から隔絶されずにいたもののコロナ禍のなかで誰もが社会と隔絶されるようになった社会の変化も映される。「アルツハイマー病」と闘った日々が映し出される。

アルツハイマーを患い、消えていく記憶、ときに隣にいるパウリナのことすらわからなくなって、不確かなアイデンティティと格闘するアウグスト。とても快活で知性とユーモアにあふれていた生活がだんだんと崩れていく。彼の病の進行とともに、混乱、戸惑い、怒りがあらわになる。この映画は、ひとりの個人が失われるということについてとても考えさせられる。個人のなかにあった聡明さや機知が失われていくことについて。それは、彼が軍事政権下に活動を行い、多くの人を失い、多くを見てきたという記憶が失われるということでもある。記憶が消えてしまうことは、地に根をはれず、踏ん張れなくなることなのだ。

本の内容は1973年6月から1983年5月までの出来事です。記憶を再構築することは大切です。それは過去に固執することではなく常に未来を意識した行為だからです。自分自身を見つめ、問題を認識し弱点をさぐる。それを克服して広い心で未来に立ち向かう試みだからです。もうひとつ重要なことがあります。記憶の再構築は合理的なだけではなく、統計を用いるだけでは不十分です。チリ人は感情的な記憶も再構築する必要があります。この時期はトラウマと痛みに満ちたつらい時期でした。だから感情を回復し痛みを受けいれ悲しみを表す必要があります。

劇中

映画終盤で、アウグストが出版した『封じられた記憶』に関するスピーチの映像が引用される。この映画は、この言葉にならって作られたのかもしれない。「アルツハイマー」という病気の悲痛な運命も感じさせるけれど、辛い場面のあとには、必ずアウグストがどんな人間だったかを思い起こさせる映像へと繋がれる。かつて、ふたりのあいだで撮られた思い出の映像は、どちらかが必ずどちらかを見つけることができる。「愛を失う」というトラウマの期間を再構築し、トラウマによって失われてしまったかのように思える感情を回復させる映画だった。


La Memoria Infinita|2023|チリ|85分|1.85:1
監督:マイテ・アルベルティ

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