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34. 春風も吹き抜けてゆく破れ窓

空き家の窓が割れている。そんな場所にも春風は吹いてゆく。暖かな季節が来ても、なぜか切ない風景である。せめて心持ちは空き家にしたくない。春風に触れて、暖かくなったと五感で意識したい。

34.春風も吹き抜けてゆく破れ窓

 空き家は日本だけの問題ではない。人口政策・都市問題・税制・不動産流通など幅広い観点を含んだ世界共通の社会問題である。NPOや地方の行政が活動することは否定しないとしても、本来は国レベルが主体となって総合的な政策のもとに取り組むべき問題である。日本では建ってから数十年経つと家の資産的価値はなくなる。価値がないから平気で壊される。住み手がいなくなると放置される。長く使えるような作りになっていない家が多い。管理が行き届かないマンションも将来はスラム化するなどとも言われている。

 総務省の「住宅・土地統計調査」等によれば、2018年の全国空き家総数は849万戸、空き家率は13.6%となっている。約8軒に1軒は空き家になっているという驚くべき数字である。さらに気になるのは、2014年から5年間の世帯数の増加は約211万世帯、同時期の新築住宅着工数は約467万戸、滅失戸数が約56万戸で、同5年間だけで約200万戸の余剰が生み出されていることである。空き家率の高い上位5都道府県は山梨県、和歌山県、長野県、徳島県、高知県・鹿児島県(同率)で、この平均空き家率は19.9%、空き家率の低い上位5都道府県は、埼玉県、沖縄県、東京都、神奈川県、愛知県でこの平均空き家率は、10.6%となっている。2016年の野村綜合研究所のデータによれば、2033年には30.4%の空き家が発生すると予測している。このデータでは、2018年は16.9%としているので、実際の空き家率13.6%と同じ低減率を掛けても、24.5%という計算になり、おおよそ4軒に1軒は空き家という状態になると想定されている。戸数で言えば1,745万戸と、2018年の約2倍という恐ろしい数字である。

   202X年、日本政府は①危険または荒廃した建物または構造物、②セキュリティーに問題のある不動産、③問題のある排水設備、④害虫を発生させる不動産、⑤地域のアメニティに影響を与えている景観上問題のある不動産に対して法的な強制力を自治体に持たせることを決定した。そして空き家を自治体が借受けて市場家賃の8割で住宅困窮者に賃貸したり、2年以上居住実態のない空き家に対して固定資産税を通常の1.5倍にするなどの措置を講じる。また空き家管理命令として空き家の所有権をそのままにして使用権を自治体に移管した上で、ワンコイン住宅として500円で自治体が住宅使用権を販売し、購入者は自己負担で改修して居住義務を負うというような、行政の強制力を拡大する制度を構築し、2030年の施行を目指して関連法規の改正手続きを行うこととした。空き家を減少させることで、居住環境の改善を図り社会の安全性を向上させるという趣旨の政策である。日本は私権の制限に対してかなりナーバスなのだが、日本政府としては空き家率24.5%は重大な社会問題という認識が強まって大幅に私権制限を行うという政策を取らざるを得なくなったのである。これは近未来のことではなく、イギリスで既に行われている施策なのである。米山秀隆等の『世界の空き家対策』によるとイギリスでは空き家を有効に活用するために強制権のあるルールがすでに実施されている。人口の状況や社会的、文化的な条件の違いはあるので、同じことができるのかということはあるが、さまざまな切り口からの対策が必要だということなのである。先にあげた都市と地方の空き家率の偏在は社会格差や働き方の違い、人口ピラミッドの偏りなど、社会全体の歪みによって現れているのである。日本でも2015年に空家等対策特別措置法が施行されている。この法律に基づいて特定空き家に指定されると助言・指導、勧告、命令、代執行などの措置を講じることができるのだが、該当案件は2年間で約11,000軒、除却されたものは4年半で7,552戸であり、空き家戸数に比してまだ非常に少ないのである。

  「竹垣にあさがおの咲く空家かな」正岡子規の俳句である。竹垣の足元に昨年咲いた朝顔のタネがこぼれ、主人のいない空き家で今年も花を付けたのである。この朝顔はおそらく青い朝顔ではないか。同じく子規の「くさむら鬼灯ほおずき青き空家かな」も青い鬼灯である。青の持つ収縮、後退、寒冷、鎮静といった言葉が空き家のイメージに重なりつつ、荒れた庭に育つ朝顔や鬼灯のたくましさと空き家の侘しさの対比と読み取ることもできる。俳句でも空き家は物悲しいものの一つとして捉えられているのである。

 こんな俳句もある。「考えたすゑに巣箱に入りけり」新しい巣箱なのか古い巣箱なのかはわからないが、小鳥が巣箱の入り口で何回か首を傾げながら考えている様子が目に浮かぶ。この巣箱にしようと意を決して中に入っていく。そんな小鳥の愛らしさを読んだ生駒大祐の句である。自然を見つめる優しい気持ちがこのような観察を産むのだろう。どうやらこの巣箱は空き家にならずに済みそうである。ところで2012年まで、イギリスではこの小鳥の巣箱のような制度が公認されていた。スクワットと呼ばれていて「空き家や空きビル、居住者が留守中の家屋などを所有者や居住者の許可なく占拠し、住むこと」ができるという制度である。大変なルールであるが、小鳥の世界では当たり前のようである。

●米山秀隆・小林正典・室田昌子・小柳春一郎・倉橋透・周藤利一『世界の空き家対策』 学芸出版社 2018年


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