ALFA+アルファ〜リアル・クロスオーヴァー進化論

③渡辺香津美

Text:金澤寿和

 日本のジャズ・ギタリストの頂点を極めた渡辺香津美は、ゼロ年代突入前後から、そのフィールドを意識的に超越し始めている。アコースティックなソロ・パフォーマンスによるギター・ルネッサンス・シリーズ、オーケストラとの共演、クラシックへの接近、エスニックなワールド・ミュージック的指向性…。ジャズを飛び出して果敢にギターの可能性を追求していくワークスは、どれもアカデミックで、かつ文化的価値も高い。更に舞台音楽のプロデュースや映画音楽にも進出するなど、活動領域は多岐に渡る。それでも近年は、“ジャズ回帰プロジェクト”と銘打ったコンサート活動も増え、往年のフュージョン・キッズ、ギター小僧たちを喜ばせてもいる。つい先日、恵比寿ガーデンプレイス29周年イベントとして開催された『EBISU JAM 2023』に、渡辺香津美トリオとして出演。スペシャル・ゲストにリー・リトナーを迎え、華麗な名ギタリスト対決を披露してくれた。

 弱冠17歳の天才ギタリスト出現と、ジャズ界を震撼させたデビューが1971年のこと。その後77年に坂本龍一と出会って意気投合。同年作『OLIVE'S STEP』で始めて本格的にコラボレイトし、そこから香津美のクロスオーヴァー化が始まった。両人が主導した79年『KYLYN』の原点がそこにある。そしてそれを龍一サイドで見ると、78年のソロ『千のナイフ』、香津美が偽名参加したカクトウギ・セッション、そしてYMOツアーへの参加という流れがある。これらが香津美の意識をジャズから解放したのだ。

 その一方、当時のクロスオーヴァー人気の高まりが、香津美の存在を大きく押し上げていった。『ギター・ワークショップ』シリーズでの国内フュージョン・ギタリスト競演(大村憲司、森園勝敏、山岸潤史)、香津美&ミッキー吉野による豪華スタジオ・セッション『カレードスコープ』、香津美自身も『LONESOME CAT』『VILLAGE IN BUBBLES』といったスタジオ・アルバムで、ニューヨークのミュージシャンたちと合間見え、新しい境地へ歩みを進めている。

 そうした中、78年初頭にお目見えしたのが、このアルバム『MERMAID BOULEVARD』だ。クロスオーヴァー・シーンの先陣に立っていたリー・リトナー&ザ・ジェントル・ソウル来日の期を捉えてレコーディングした、“KAZUMI & THE GENTLE THOUGHTS”名義の唯一作である。メンバーはリトナー (g) 以下、パトリース・ラッシェン (kyd), アンソニー・ジャクソン (b), ハーヴィー・メイスン (ds), アーニー・ワッツ (sax), スティーヴ・フォアマン (perc) に、日本側から深町純 (syn) と吉田美奈子 (back vo)。リズム・アレンジはリトナー、ストリングスの編曲は深町が担当している。プロデュースは後にカシオペアを成功に導く宮住俊介。エグゼクティヴ・プロデューサーには村井邦彦。つまりはアルファ、というコトだ。実際このレコードは、音楽出版/原盤制作会社からレコード・レーベルに昇格した直後に制作されている。当時の香津美には日本コロムビア/ベター・デイズのイメージがあるが、この頃はまだ専属契約前。そもそも両者はデビュー直後から一部楽曲をアルファが管理していたりして、浅からぬ縁があった。

渡辺香津美「MERMAID BOULEVARD」(1978年)

 この時プロデューサーの宮住は、黒人シンガー・ソングライター:ベナード・アイグナー(名曲「Everything must change」の作者)の初ソロ作を制作中。ベーシックは日本録音で、外国人ミュージシャンに加えて香津美や村上“ポン太”秀一も参加していた。これを海外に向けて発信したい、という目標があったらしい。彼は同時進行で香津美&リトナーのプロジェクトも担当していて、こちらはジェントル・ソウツの来日時に日本で録ることが決まっていた。ところがアイグナーの強い希望で、彼のダビングや歌入れはL.A.で行なうことに。宮住は渡米のついでにリトナーとの直前ミーティングを持つことになって、香津美を伴って機上の人となった。面白いコトに、これが香津美の初渡米だったとか。しかもジェントル・ソウツ一行と顔合わせしてコミュニケーションを取るべく、彼らが出演するライヴ・ハウス:ベイクド・ポテトを訪ね、2曲飛び入りパフォーマンス。更にリトナーが所属するJVCの計らいで、初来日のリトナー&ジェントル・ソウツ一行、香津美、トラック・ダウンに向かうアイグナーが、みんな同じ飛行機で日本に向かったという。『MERMAID BOULEVARD』は77年10月29日、芝浦にあったアルファのスタジオAで、たった1日でレコーディングされた。が、そのセッション成功の陰には、そうしたいくつもの伏線があったのだ。

 翌年、香津美とリトナーは、やはりアルファ企画による『アランフェス協奏曲』を作っている。これは、彼ら2人に大村憲司が加わった日米ギタリスト3人衆の共演作で、バックはジェントル・ソウツの進化系であるフレンドシップ+深町純。香津美にとって<アランフェス>は、オーケストラと共演したりギター版を試みるなど、最近とみに馴染み深くなっている楽曲だ。その振り出しが、リトナーとのヴァージョンだったことになる。

 またレコード会社設立直後のアルファにとっても、新しいジャンルとして人気急上昇中だったクロスオーヴァー・フュージョンを積極的に紹介していこうという意向が強かった。本作『MERMAID BOULEVARD』や『アランフェス協奏曲』、アイグナーのソロ『LITTLE DREAMER』だけでなく、前回当コラムにポストした横倉裕『LOVE LIGHT』、深町純『ON THE MOVE』、そして大村憲司『KENJI SHOCK』なども、その一連のプロジェクトに連なった。テクノ・ポップという言葉がなくて異形のフュージョンとして売り出されたYMOの海外進出、ブレッカー・ブラザーズやデイヴィッド・サンボーンをゲストに迎えたカシオペアのデビュー作も、その一環と言えた。そしてそれは、やがて現地法人アルファ・アメリカ(80〜83年)の設立へと進んでいくのである。