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【ネタバレあり】「傲慢と善良」を読んだ感想

 「傲慢と善良」は、辻村深月 氏の小説である。
 友人から「これは読んだ方がいい」とおすすめされた。読書をはじめ、色々やった方がいいと思いつつも、自分から動くことの少ない僕は、人からおすすめされたら嫌なものやハードルがあるものでない限りは飛びついてみようと思っており、読むに至った。昔はハリー・ポッターを余裕で読破していたのに、すっかり読書の習慣がなくなった今の僕にとって500ページの厚みはかなりの圧力が感じられたが、意外にも苦なく、それどころかやめようという気さえ起こらず一気に読み終えることができた。面白い小説だったのでぜひ感想を共有したいと思い筆を取った。
 なお、感想の性質上ネタバレを含むので注意されたい。

あらすじ

 結婚を先延ばしにして39歳を迎えた架(かける)が婚活アプリで出会ったのが35歳の真美(まみ)であった。二人は数カ月後に結婚式を迎える予定であったが、突如真美が失踪してしまう。真面目で、いい子な真美がなぜ……。そう思案する架の脳裏には数ヶ月前のストーカー事件がよぎる。警察に相談したが取り合ってもらえず、自ら真美の手がかりを求めるうちに、知らなかった真美の過去が明らかになってきて……。

何が面白いのか?

 この小説は、最悪で最高だ。もちろん褒めている。ストーリーが面白いというのももちろんあるのだが、頑張って言い表すならこれは「恋愛ミステリ自己啓発小説」だ。意味不明だろう。各要素に分解して話していきたい。

恋愛要素 ―ラブロマンスなどなく、そこには現実が―

 「みんなどうして結婚するのだろう」「周りがどんどん結婚していって焦る」「年を重ねたがあまり結婚したいとは思わない」……若い皆様はあまり感じないかもしれないが、ある程度の年齢を超えた皆様は非常に身近な感想ではないだろうか。僕もその一人だ。このテーマが見えたときに、友人が僕にこれを進めた理由の一端が見えた気がした。
 主人公である架は親の跡を継ぎ小さな会社の社長になった39歳。交際相手に困ったことはないが結婚には消極的で、周りがなぜ結婚に踏み切れるのかあまり理解できないうちに40手前になっていた。結婚を迫られる、プレッシャーをかけられることに対して怖い、もっと自由でいたい、という感情を抱いていた。婚活アプリで出会った真美に対しても結婚の話をせず先延ばしにしていた。
 本当にわかる。わかりすぎて痛い。結婚を迫られた、外堀から埋められた、というような話を聞くたびに僕も怖いなぁ、嫌だなぁという感想を抱く。
 一方女性目線から語れば、妊娠出産を視野に入れているのであれば、それが健康にできる年齢というのはある程度限られており、そこから逆算したライフプランを立てて婚活をしている人も多い。
 社会の多数派はやはりある程度の年齢で結婚し、子供を授かり育児に奮闘するという形だろう。昔と違って最近ではその道から逸れる生き方もある程度許容されるようになってきたとはいえ、やはり多数派の地位は揺るがない。親世代から見れば尚更だろう。
 そう、恋愛と言ってもキラキラのラブロマンスではなく、非常に現実的な問題を孕んだ男女の事情を描いているのだ。上記でじわりと胸が痛んだそこのあなた、この本を読むのに向いているのですぐブラウザバックして本書を買い、読んだ方がいい。

ミステリ要素 ―主人公と一緒に過去を辿る―

 失踪した真美を探す、というところに多くの文量が割かれている。群馬から上京してきた真美の過去を、架はあまり知らなかった。失踪はストーカーによるものではないかと考えた架は、その手がかりを探して真美の実家をはじめ、旧友やかつて真美が婚活で使用した結婚相談所、そこで紹介された相手を訪ねる。
 その過程で明らかになってくる真美の過去、そして人となり。素直で真面目で、照れた顔や仕草が可愛らしい、守ってあげるべき存在である真美が、どういう人生を送って自分と出会うに至ったのか。そしてなぜ失踪してしまったのか。
 この描き方が非常に丁寧なのだ。読み進める中で何のつまずきも感じなかった。平易な言葉で、表現で、それでいて謎を主人公と一緒に追わせてくれるのだ。

自己啓発要素 ―迫りくる言葉のナイフ―

 ここ。ここなのだ。この本が特に面白いところは。便宜上「自己啓発」と表現したが、読者に何かをすべきと勧めてくるものではない。読者が勝手に自分を顧みてしまうのだ。要所要所で言葉のナイフが主人公を貫通して読者のところまで飛んできて最悪なのが最高なのだ。特に結婚相談所や架の女友達との会話は頭を抱えた。結婚して、多数派の生活を送っている方々にはあまり刺さらないかもしれないが、多数派に置いて行かれる未来がちらついている人には大変に刺激的な内容だろう。助けてくれ。

成長譚 ―物語の救い―

 恋愛、ミステリ、自己啓発と要素を挙げてきたが、本書では人の成長も描かれる。さんざんズタボロにされた読者の心はここでかろうじて救われるのだ。この成長の過程というのがとても心地よく、抉られた心の痛みを一時的に忘れさせてくれる。かと思いきや、とある章の最後のセリフでは急に心が崖から転がり落とされるので抜かりがない。

総括

 適齢期を過ぎても結婚していないみんなはこれを読んで最悪で最高になろう!

これも人助けと思って。