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【小説】カレイドスコープ 第9話 泰人

 前回

 
 動物園の猿山の付近に設置されている椅子に泰人は腰かけ、何も考えずに猿山にいる猿達を眺めていた。

 自分の子供を愛情たっぷりに毛繕いしている母猿の横では、二匹のオス猿が一匹のメス猿を巡って威嚇し合っており、少し離れたところでは誰にも相手にされていない毛の抜け落ちた老猿が、何かに怯えながら身を縮こまらせている様子は、泰人が普段目にしている光景とは対して変わらず、なんだか自分の生きている世界を俯瞰で見ている気持になってきた。

 泰人の右斜め前方向から、動物園には似つかわしくないド派手な衣装に身を纏った男が現れたので、泰人は神崎が待ち合わせ場所に到着した事に気付いた。

 遠目から見ても、明らかに神崎は機嫌が悪そうなである事は簡単に見て取れたが、泰人はそれに動じることなく椅子に座ったままでいた。

 「お前、こんな場所に俺を呼び出したからには、それなりに大事な内容の話をするつもりだろ。 お前の話がもしくだらねぇ事だと俺が判断したら、ただじゃすまねぇ事くらい分かってるよな?」

 神崎はありったけの威圧感を出し、泰人に対してマウントを取ろうと虚勢を張った。

 しかしどうにかして強者のポジションを取ろうとしているのと裏腹に、泰人がどんな秘密を握っているのかを気にして、徹底的な一撃を加える一歩手前の状態を行ったり来たりしているようにも見えた。

 「神崎さん、今或る芸能人をゆすっているでしょ?」

 格下の相手から不意打ちを食らったように神崎は一瞬狼狽えたが、その動揺を隠す為に声を荒げて泰人を威嚇し始めた。

 「ゆすっていようがいまいが、お前には何の関係も無い話だろーが? そんな噂話にもならないくだらねぇ話の為に、わざわざここに俺を呼び出したのか。 俺の1秒はお前の1秒の数倍も価値があるって分かってる? 滅茶苦茶胸糞悪いんだけど、どんな詫び入れてくれんの?」

 神崎の激昂のパフォーマンスにも動じることなく、泰人は冷静に淡々と説明を始めた。

 「動物園を選んだのは、ここだったら不特定多数の人が近付いてくると、動物を見る以外の目的の人はすぐに判別し易いし、どこか特定の建物で落ち合った場合、盗聴されている可能性だって無いとは限らないからだ。 そして今事務所にいる外国から連れてきた若い女は、国際俳優『関口護』の隠し子と言われている子だろ?」

 神崎の先程までの威勢は鳴りを潜め、鋭い視線は泰人の目の奥に浮かぶ真意を量っているようであった。

 「お前、それをネタに逆に俺をゆすろうって考えてるのか?」

 「そんなんじゃない。 ただそっちも損の無い交換条件を提案したいと思い、今回ここに呼んだんだ。」

 神崎はどのように振舞ったら良いか判断しかねていたが、先程までの高圧的な態度は鳴りを潜め、極めて冷静を装って泰人に話をするように促した。

 「今俺が預かっている借金の回収リストの中の一人に、滝沢ってフリーライターがいるよな? 現在住所不定でとんずらしてるって情報だったけど、元々は俺がドラッグディーラーだった頃の常連だったから、知り合いへの聞き込みで居場所を見つけ、金を返してもらおうとしたんだ。 するとヤツから苦し紛れに借金返済をチャラにするネタがあるって話を聞いた。」

 「全く話が見えねぇけど、それがどうしたっていうんだ?」

 神崎は苛立ちを隠す事無くその小心者ぶりを露呈しているが、泰人はそれに意を介す事無く話を続けた。

 「滝沢が数年前に南米へ渡航したのは知ってるよな? その時現地でカメラマンとして飯を食ってたらしく、その時にもゴシップネタを探す為にアンテナを張り巡らしていて、真偽のほどには関係なく膨大な写真を撮りまくっていたそうだ。 先月に行方をくらます前に神崎さんの事務所に立ち寄った際、ハーフの少女を見かけて過去にどこかで会ったような感覚を覚え、家に帰ってから過去のデータを片っ端から確認したところ、その中からその少女が写っている写真があったって話だ。」

 「そんな苦し紛れに作ったかもしれない与太話、どうして信じれるんだ?」

 神崎は苦々しい表情を浮かべ反論すると、泰人はスマホを取り出して画像フォルダを検索し始めた。

 「これはその時見せてもらった写真をスマホで撮影したものだ。 手を繋いで映っている少女二人の左側は、確かに事務所に居る子だろ? 滝沢はこの他にも数枚この子達の画像を所持してて、あの子の正体が明確に分かるって言ってた。」

 神崎はしばらく黙ったままだったが、心積もりが決まったのか泰人にしっかりとした口調で質問した。

 「それでお前は何を望んでいるんだ? 条件も一緒に言ってみろ。」

 「画像のデータはコピーしている可能性もあるから、取引はあまり得策じゃないと思っている。 だから滝沢の口を封じる為に俺が始末する。 条件は神崎さんが今関わっている遠洋漁業の乗船リストの一人である岡野を俺と交代させて、あいつは解放してほしい。」

 「おい待てよ。 始末ってお前、滝沢をどうするつもりだ?」

 「始末と言ったら始末さ。あんたらも物騒な意味でしかこの言葉は使わないんじゃない?」

 「お前はいったい何を企んでるんだ? たかがヤバい仕事を横取りするだけの為に、人一人を始末するのは割に合わな過ぎるだろう」

 泰人はそれに答えず沈黙していたが、神崎の疑心暗鬼な態度で事態が膠着するのを軟化させる為に、「さっきの条件を飲むんだったら説明する。」を一言だけ伝えた。

 神崎は主導権を握られている事に腹立ちを隠せていなかったが、泰人から事の敬意を聞くと、先程までとは打って変わって余裕の表情を浮かべ、勿体ぶった芝居をしながら岡野との交代を了承した。

 「そういった事情だったら、まぁ俺も無理難題でも引き受けてやろう。 しかし滝沢を始末するって約束は、何が何でも果たしてもらうからな。」

 泰人は神崎をなんとか説得できたことに心の中で安堵して、その先の事も考え始めていたが、神崎が新たな企みを企てている事については、その時点では気付くことが出来ていなかった。


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