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CRCK/LCKS 『Temporary』クラクラと感染する肯定のきもち。

文學界1月号に、ピース又吉と宇多田ヒカルの対談が掲載されている。
創作者の視点や思考を紡ぎ出す言葉は、ハッとすることが多いのだけど、その通り、と深く頷けたことがあった。

「自分に起きた衝撃的な出来事は、一度身体に取り入れた後に笑いとして吐き出すことで自分を保つ」という又吉に対し、宇多田は、それは自虐じゃなくて自己肯定だとして、こう続ける。

「私の作品から「勇気を貰いました」「感動しました」って最初なんでだろうって思ってたけど、だんだん、私がそこ(創作)に自分を肯定する行為をしたから、それを受け取った方も自己肯定感がホワッてうつるのかな、感染するのかな、そう思いました」

創作者からしたら不思議なことなのかもしれないことが意外だった。
そう。肯定は感染する。
分かりやすい言葉じゃなくても、明るいメロディーじゃなくても、音も言葉もなくても。
理論やスキルや攻略法のないところで、市井の人々は肯定の力を貰っている。幸福じゃなくても、笑顔になれなくても、フッと心が軽くなる瞬間は、誰かの肯定が乗り移っているのだ。

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小田朋美「私たちの音は聴く人を肯定するものでありたい。ポジティブなことを言っていればいいというわけではなくて、いろんなやり方で肯定することができるといいなぁと思っているんです」

CRCK/LCKS(“クラックラックス”以下、クラクラ)が4枚目『Temporary』(Vol.1・2)をリリースし、ツアーファイナルのワンマンを過去最大規模の渋谷O-EASTで開催した。

“Temporary”つまり“一瞬”を切り取った作品が象徴するのは、バンドの“現在”であり“現状”であり、進化し続けるからこその“今の儚さ”だ。
今作に関連するインタビューを通して、「バンドとしての『過渡期』が来た」とリーダーの小西さんは話している。
このアルバムが、クラクラの変化を示す作品であることは間違いないが、そもそも変化を続け、楽曲と作品に向き合った結論をライブに直接反映してきたバンドだった。

ねえ、クラクラしない?

【メンバー紹介(楽器と他の活動)】
小田朋美(ヴォーカル・キーボード)cero、DC/PRG、FINAL SPANK HAPPY(?)/小西遼(サックス・キーボード・ヴォコーダー)chara、TENDRE、あっこゴリラ/石若駿(ドラム)くるり、KID FRESINO/越智俊介(ベース)菅田将暉/井上銘(ギター)Stereo Champ

 スゴ腕揃いなのは今更いいだろう。クラクラは「音楽の超高偏差値集団」ではないのだ。
音源はもちろん、ステージとフロアが音楽を通して喜びやバイブスを共有する(最もクールな)事象を起こすうえで、演奏力と歌唱力という最強の武器と、それを楽しむ無邪気さを持ち合わせた「ライブバンド」であることの方が尊い。

小西遼「超絶技巧なんてフレーズで語られることも多いんだけど、『お前、超絶技巧が何かわかってねえだろ!』と思うことも多いんですよ」

そんなクラクラの初期衝動は、1stEP収録の『Goodbye Girl』に詰まっている。テンポチェンジを多用するアクロバティックな構成でありながら、各パートの自由な演奏も光る感情豊かな日本語ポップス。デビュー時のキャッチコピーは「ねえ、クラクラしない?」まず聴いてほしい。

遅れてきた青春
 小西さんがクラクラを「遅れてきた青春」と語るように、プレイヤー単位で存在することが主流の“ジャズ”を背景にもつ(全員作曲もできる)彼らにとって、クラクラがセッションバンドではない、1つの母体であることへの興奮は、これまでの作品からも汲み取れる。
プログレ的な演奏が際立つ曲や、アンサンブルが増した曲を、ボーカルの感情や色気に包んだ二枚目。さらにポップスを突き詰めた楽曲揃いの三枚目。「ポップで軽い聴き心地にするのがこんなに難しいとは思いませんでした」と振り返りながらも、多様な選択肢を歌モノポップスに昇華させるスタンスを一貫させ、2016年の1stEP『CRCK/LCKS』以降、年に一枚ペースで(17年『lighter』18年『Double Lift』19年『Temporary』)リリースを重ねた。

クラクラのTemporary

小西「結成当初は<小田をどう使うか>みたいな感じだったけど、今は<小田にどう歌ってもらうか>みたいな意識の方が断然あるんですよ」

 今までも、クラクラが提示してきたポップスに、ボーカル小田朋美の存在は大きかった。
そんな小田さんの声が楽器の中の一つでもない、バンドサウンドのフィルターでもない、“歌を届けること”を目指した『Temporary』は、比較的テンポ抑え目の曲が多いVol.1と、新しいサウンドを積極的にとりいれたVol.2の二部構成。サウンドの進化や挑戦もありながら、歌詞がすべてうっすら華やかなのは印象的だ。

「君を縛ってるのは 君自身だってこと知ってた?ほら 解き放つよ Kiss is your life不安な顔しないでさ 外は光 僕を照らす いつまでも忘れないで 僕らは輝ける(「KISS」)
「あっち行ってよ ねえ 立ち止まらないで 形が見えなくなるくらい遠くまで あたし縛りたいわけじゃないの 誰のもでもない君 素敵nice
教えてよ ねえ 美しく生きてる 形が見えなくなるくらい遠くまで ワタシ連れてってほしかったの 今日はずっと土砂降りだね 素敵nice」(「素敵nice」)
「代替手段も見つからない だいたいこんなはずじゃなかった ダンスフロアにゆれてるたましい 今日はかみさまと踊りあかそう」(「searchlight」)
「明日旅に出かけようぜ ひかる国見つけようぜ それまでちょっとここにいようぜ あと少し」(「ひかるまち」)

明るくポジティブな言葉で埋め尽くしているわけではないのに、肯定を感じさせるのは、“歌を届ける”ことを目指したアルバムだからだろうか。
ライブの立ち位置も、従来の小田・小西ツートップ型から、小田ワントップ型に変更している。

 ワンマンでは、緑を基調にしたショートワンピースの小田さんと、茶色や紺、黒など落ち着いた色で統一された男性陣が対照的で、メンバーそれぞれにスポットライトが当たる曲が多いのも珍しい。
最大のサプライズは、中盤のアコースティックゾーン。上手にある小ステージの幕が開くと、ストリングス四重奏がセットしており、「病室でハミング」と久しぶりに披露する「坂道と電線」含む三曲を、移動した小田さんが歌い上げる。「Rise」のアウトロでメインステージに残った三人が合流するところは鳥肌が止まらなかった。EASTワンマンであんなステージの使い方をするライブは見たことが無い。

クラクラの無邪気さはそういった演出や演奏の見せ方に凝縮していた。だから、いつものように缶ビールを握った小西さんの「乾杯!」なんてMCは無かったけど、ライブ終盤の「どうせGoodbye Girlやって終わるんでしょ?と思ってるでしょう皆さん、違うんだなあ」というMCは小西さんらしい。進化を示したライブだからこそ、いつもの通りを知っているフロアにそれをすべて見せていく。
バンドがこれまで蓄積してきた変化や自己更新は、たっぷりのボリュームとなって、しなやかに弾けたのだ。

彼らから受け取った信頼と感謝のなかから、どこかのタイミングで肯定が発症するかもしれない。僕はもうクラクラそのもに感染している。 

<今日のプレイリスト>
ワンマンのセットリストです。

(引用)
https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/22951

https://rollingstonejapan.com/articles/detail/32577/2/1/1

(オケタニ)



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