フィアナ伝説:フィンとグラーネ

バスクナの子孫であるフィンは、コンの孫であるコーマックの娘のグラーネに求婚しに行った。しかしグラーネはフィンが彼女の求める婚礼の品を送らない限りは彼と共寝することはないと言った。つまり彼と一つになることがないように彼女は不可能な条件を要求したのである。
しかしフィンはそれが近かろうが遠かろうが求めた品を持ってくるつもりだと言った。その乙女は彼らがタラの塁壁にいる間にアイルランドの全ての野生動物のつがいを一群にして連れてこない限りはどのような贈り物も受け取らないと言い、群れが連れて来られない限りは一つにならないと誓った。
「私が行って連れてこよう」
フィンは言った。
「私が行きます」
ミュスクリー・ドブルトの鍛冶師オスゲンあるいはコンスケン、の息子である俊足のカイールテが言った。彼はクウァルの娘の子だった。そうして彼は行って、全ての野生動物を捕まえ、彼らがいるタラの緑地までまとまりのない群れを連れてきた。彼はコーマックのいるところに行って、彼の娘の婚礼の品がタラの塁壁にあることを伝えた。
「何を連れてくるのに一番手間取ったのか」
コーマックは尋ねた。
「お伝えすることは簡単です。私を避けてこそこそと歩く狐です」
そしてグラーネはフィンに与えられ不運な時を過ごした。それというのは彼らは離別するまで平穏に過ごすことはなかったのである。乙女の瞳に映るフィンは忌々しく、彼女は病んでしまうほど彼を憎んだ。
そしてコーマックによってタラの宴会が開催され、アイルランドの人々が四方からそれに集った。彼らはタラの宴会を楽しんだ。王家の屋敷でアイルランドの者たちはコーマックを囲んで、フィンは他の皆と同じようにして彼のフィアナ騎士団と一緒にいた。グラーネがコーマックの前を通ると、彼は彼女の悲し気な容貌に気づいた。
「なにがそなたを苦しめるというのだ、娘よ」
コーマックは尋ねた。そして彼女はその首長が聞き取れないほどとても低い声で言った。
コーマック坊や、本当にわかりきったことよ。私の心臓のすぐ下で夫を嫌う分の血が塊となって、私の体の血管が全て膨れ上がっているのよ」
それからコーマックは言った。
「陰鬱なグラーネよ、精力の許す限り長きにわたって接待として共寝し、死者に囲まれた生者とであれ嫌悪する者とであれ杯を交わさねばならぬとは」
カルブレが言った。
「~~持参金は~~ならぬ」?
コーマックは歌った。
「私の素晴らしい家族を苦しめ、痛ましい身体となった私のグラーネに報いるため、家族に属する象徴(?)の結納金とその半額の三倍を払うように強制しよう」(意訳)
フィンはそれを聞いて、その乙女に嫌われていることを知り、このように言った。
「愛欲の……別れの時が来たようだ。……」(以下訳出不能)

脚注

つがい
動物の夫婦、雌雄一対。

コーマック坊や/a macain, a Cormaic
父親であるコーマックに対する呼びかけ。通常は幼児を指す。高齢者への親愛の表現?とeDILに疑問符付きで注釈されている。

象徴(?)/aindia
象徴の意味か。あるいは否定+神からなる語なので半神、下級神(デミゴッド)の意味。

解説

フィンとグラーネ」(グラニア、グラーニアとも)はおそらく10世紀頃前後にさかのぼると言われる中期アイルランド語の短い物語です。
基本的なことがらとしてよく知られているフィンとグラーネの離別はディルムッドとの駆け落ちという形で語られますが、こちらの物語はそれとは大きく異なるストーリーラインとなっています。

1.フィンが自ら求婚しに来る
2.結婚したくないグラーネは無理難題を要求する
3.無理難題をカイールテが解決して二人は結婚する
4.グラーネはフィンを嫌うあまり心身に不調をきたす
5.グラーネの異変に気づいたコーマックやフィンたちが法律について話す

コーマック、カルブレ、フィンたちの法律に関する話はロスク/roscという形式で、短い詩なので訳出が難しく、特にフィンのセリフについてはほぼ訳出していません。Kuno Meyerが訳していない内容については薄目で見てください。(1997年のZCPにドイツ語完訳があるようです。)
彼らが話しているのは婚礼に際して贈与される金(財産)と賠償といった事柄のようです。
また、グラーネがフィンを嫌う理由は老人であるということではなく、ただひたすら嫌悪しています。4.の心身の不調ですが、血栓や動脈瘤のような異常が体に現れているようです。精神的にも、父親に対してきわめて低い声で話をするということからして、相当な苛立ちやストレスを感じていることは明らかです。この状況で父親に対して坊やと呼びかけるのは親愛の表現なのか?
よほどフィンのことを嫌っていたのでしょう……。

3.の動物のつがいを連れてくるという要求は、他の物語にも見出せることができます。
その筋書きはコーマック上王がフィン・マックールを捕虜としていて、解放の条件としてアイルランドの全ての動物の雌雄を連れてくるという難題が課されるがカイールテが連れてくるといったものです。(余談ですが最後の牛の雌雄をフィンの母である”美しい首のムルネ”がカイールテに渡してくれます)
ところで動物のつがいを連れてくるという行為の意味は何なのでしょうか。他に類似例が思い浮かばないのですが、ノアの箱舟のような洪水神話などでは”洪水から生き延びた動物たちのつがいによって再び地上に生命が繁栄する”といったモチーフと関係があるのかもしれません。しかし、ここで紹介しているストーリーでは洪水などの要素は見られないということを留意しておく必要があります。

出典

Meyer, Kuno. (1897). Finn and Gráinne. Zeitschrift fur celtische Philologie, 1, 458–461.

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