モンガーン伝説:モンガーンの誕生とドゥブラハに対する愛

翻訳

昔々、フィアフナ・フィンはアイルランドを出発して、当時マガルの息子のエオルガーグ王が君臨していたロッホランスカンジナビア半島に向かった。
フィアフナの家系についてだが、彼の父はバイターンであり、バイターンの父はムルフェルタッハであり、ムルフェルタッハの父はムレダハであり、ムレダハの父はエオガンであり、エオガンの父はニアルである。
さて、フィアフナはロッホランで敬愛をもって歓迎された。しかしフィアフナはロッホランに長くとどまることにはならなかった。つまりその矢先に、ロッホランの王が病にかかってしまったのだ。王は医者たちにどのようにすれば助かるかと聞いた。そして医者たちは赤い耳をした輝かんばかりの白い牛を煮て食べる以外に助かる方策はないと答えた。このような次第でロッホランの人々はその牛を探して、黒い魔女が飼っている一頭の牛を見つけた。彼らは代わりの牛を渡すことを提案したのだが、黒い魔女は断った。そこで彼らは牛の脚一本につき一頭、つまり四頭の牛を渡すと言ったのだがそれでも魔女は断った。魔女はフィアフナを保証人としない限りはどのような提案でも受け入れることはないと言った。そしてちょうどフィアフナが出立する時に使者たちが訪れたため、バイターンの息子のフィアフナ・フィンは彼らを引き連れてアルスターの王位を奪取して一年間統治した。
そうして一年が経ったある日のこと、フィアフナは自分の砦のすぐ外で痛ましい叫び声があがったのを耳にした。彼は部下に叫び声をあげた者を見に行かせて、屋敷の中に案内するように命じた。そしてそこでロッホランからやって来た魔女がいて保証を要求していたのだった。フィアフナは黒い魔女だとわかると彼女に挨拶して歓迎の意を示し、どのようなことがあったのか訊ねた。そうして魔女は言った。
「お生憎様だけどロッホランの王は私の牛の代わりの四頭の牛の約束を反故にしたよ」
「魔女殿、私がロッホラン王の代わりに四頭の牛を支払うとしよう」
フィアフナはこのように言ったが魔女は受け取らなかった。
「では二十頭でどうだ」
「だめだね」
「ではお前の牛の脚一本につき二十頭、しめて八十頭でどうだ」
魔女は言った。
「たとえアルスター全土の牛をくれるとしても、お前さん自らがロッホラン王に戦争を仕掛けに行かない限り、受け取ってやるもんか。あたしが東から遥々はるばるとやって来たように、お前さんもあたしと一緒に旅立つんだよ」
それからフィアフナはアルスターの貴族を招集して、十個大隊を編成すると行軍してロッホラン軍に宣戦宣告した。
そして両軍は三日間戦った。ロッホラン王がアイルランド軍に攻撃を仕掛けた。フィアフナはその戦いで三百人を倒した。しかしロッホラン王の天幕から放たれた獰猛な羊の群れが一日目に三百人を殺し、二日目にも三百人を殺し、三日目にも三百人を殺した。フィアフナは嘆いてこのように言った。
「我が軍の者どもがあの羊に殺されることになるとは、遥々と遠路を出征してきたことが嘆かわしい。せめてロッホランの戦士と戦って死ねば、雪辱を果たすこともできるので恥とはならぬものを。武具を持て、私があの羊の群れと戦おう」
家臣たちはフィアフナを諫めて言った。
「陛下、そのようなことはおっしゃらないでください。あれと戦うのは陛下には相応しくありません」
「私が羊の群れと戦っている間はアイルランド軍がこれ以上奴らのせいで死ぬことはない。もしもそこで死ぬ定めであるのなら避けることのできない運命だから受け入れよう。だがもしもそうでないのなら羊を殺すのは私なのだ

彼らはこのような会話をしていると、背が高く勇ましい戦士がやってくるのを見かけた。その者は緑一色の外套を羽織り、胸元の白銀のブローチでそれを留めていた。そして白い肌に絹の衣を纏い、金のサークレットと金のサンダルを身に着けていた。戦士は言った。
「あの羊の群れを引き受ける者にはどのような褒美を出すのか」
フィアフナが答えた。
「望みが何であっても、できるものなら授けよう」
「確かにそうするのだな。では望みを言おう」
戦士がそう言ったので、フィアフナは言葉を促した。
「言ってみなさい」
「ではお前の妻と臥所を共にするためにアイルランドに戻る時に身の証となるように、お前の金の指輪をもらおう」
「アイルランドの誰に対してもそのような条件を飲むことはできない」
「お前にとって悪い話ではないぞ。フィアフナ・フィンの息子のモンガーン・フィンと名付けられる輝かしい赤子が私によって得られるのだから。それに私はお前の姿に変身して行くので、お前の妻(の名誉)は汚されない。私はリールの息子のマナナンであり、お前はロッホラン人とサクソン人、ブリトン人の王となるのだ」
それから戦士マナナンは外套の中から鎖をつけられた獰猛な猟犬を出して言った。
「この雌犬はあの羊の一匹たりとてロッホラン王の陣屋に生きて帰さないし、ロッホラン軍の三百人を殺すだろう。これから起こることはわかったな」
そして戦士マナナンはアイルランドに戻り、フィアフナの姿に変身して彼の妻と共に寝て、その夜に彼女を妊娠させたのだった。猟犬はその日に羊とロッホランの三百人の戦士を殺し、フィアフナはロッホランとサクソンとブリトンの王権を獲得した。
さて、フィアフナは黒い魔女に約束の手形として七つの城と領地、七百頭の牛を与えた。それから彼はアイルランドに戻ると、妻の腹が大きくなっているのを目の当たりにした。そして時間が経って、彼女は男の子を産んだ。フィアフナにはアンダヴという名前の側近がいたのだが、ちょうどその日の夜にアンダヴの妻も男の子を出産した。そして彼らは一緒に洗礼を受けて、フィアフナの息子はモンガーン、そして側近の子はマク・アンダヴと名付けられた。ところで、フィアフナ・フィンと共同の君主として厳しく統治していたデマーンの息子のフィアフナ・ドゥブという戦士がいたのだが、彼にも同じ日の夜に娘が産まれ、白い手のドゥブラハ黒いアヒルと名付けられた。そしてモンガーンとドゥブラハは許嫁となった。モンガーンが産まれて三日目の夜にマナナンがやって来て、彼を連れて行って十二歳になるまでアイルランドに戻さないで約束の地で育てると宣誓した。
さて、デマーンの息子のフィアフナ・ドゥブはバイターンの息子のフィアフナ・フィンが僅かな手勢しか率いていないという絶好の機会を見つけて、砦を攻めて焼き討ちにした。そしてフィアフナ・ドゥブはフィアフナ・フィンを殺して、力ずくでアルスターの王権を奪ったのだった。アルスターの人々はモンガーンが六歳になった時に戻ってきて欲しいと願っていたのだが、マナナンは十六歳になるまでモンガーンをアルスターに返さなかった。そしてモンガーンがアルスターに帰ってくると、アルスターの人々はフィアフナ・ドゥブと講和した。つまり、アルスターの半分をモンガーンが統治して、ドゥブラハを嫁がせることで婿と義父の関係になったのだった。
ある日、モンガーンがドゥブラハと一緒にフィドフェルチェスをしていると、門柱のところに小柄な漆黒の僧侶がいるのを見つけた。そして彼は言った。
「モンガーンよ、ドゥブラハはお前に言うのをためらっているのだろうが、お前は無為に過ごしている。それはアルスター王にならないというではなく、デマーンの息子のフィアフナ・ドゥブに復讐をしないことが無為だということだ。今、彼はわずかな手勢しか率いていない。私たちで焼き討ちにしてフィアフナを殺してしまおう」
「僧侶の言うことがどのような幸せをもたらすのかはわからないが、あなたと共に行くとしよう」
モンガーンはこのように言って、行動を起こし、フィアフナ・ドゥブは討たれた。そしてモンガーンはアルスターの王位を手に入れた。この裏切りをさせた小柄な僧侶は偉大なるマナナンだった。
それからモンガーンはアルスターの貴族たちを招集して告げた。
「アイルランドの各地方コーゲドの王から贈物をもらいに行って、その金銀財宝を下賜しようと思う」
「よいお考えです」
彼らは賛同した。そこでモンガーンはアイルランドの各地方を巡り、最後にレンスター地方に到着した。当時のレンスター王はブランドゥブ・マクエハハだった。彼はアルスター王モンガーンを快く迎え入れ、夜を共に過ごした。そして翌朝になってモンガーンが起きるとそこには五十頭の赤い耳をした白い牛がおり、どの牛も傍らに白い子牛を伴っているのを見かけた。彼は見るや否やたちまち牛のとりこになった。レンスター王ブランドゥブはその様子を見て彼に言った。
「牛を大層お気に召したようですな、陛下」
「アルスターと言えども、この牛たちよりも良いと思えるものはありません」
レンスター王は言った。
「この牛たちならドゥブラハにも釣り合うでしょうな。ドゥブラハといえばアイルランドで一番の美女ですが、この牛たちもアイルランドで最も美しい。私たちの間に何を要求しても断らないような友情を築けるのであれば、この牛を譲りましょう」
かれらはその約束をして、モンガーンは百五十頭の白い牛を連れて帰った。そしてドゥブラハは質問して言った。
「この見たこともないような美しい牛たちは何かしら。それに、この牛を連れ帰った人は何を引き換えに……」
モンガーンはドゥブラハに牛を得た時の成り行きを説明した。それからほどなくして、彼らは接近してくる軍勢を見かけた。そこにいたのはレンスター王であるブランドゥブ・マクエハハだった。
「何の用件でしょうか。アルスターの領地内で求めるのであれば何なりと手に入れることができますよ」
「では、ドゥブラハをいただこう」
レンスター王はこのように言った。
モンガーンは押し黙りながらも、なんとか口を開いた。
「自分の妻を与える者がいるなど聞いたこともありませんが」
そこでドゥブラハは言った。
「名誉は人の一生よりも長く続くというものです。聞いたことがなかったとしても、与えるべきです」
モンガーンは怒りながらもレンスター王に彼女を連れていくことを許した。ドゥブラハはレンスター王を傍らに呼ぶとこのように言った。
「私があなたのことをもう既に愛してしまったということでもない限りは、このアルスターの半分の者たちには私のために命を捨てる覚悟があることをご存じでしょうか、レンスター王陛下。はっきり言っておきますが、私の言うことが守られるという保証がなければあなたと一緒に行くことはありません」
「どのようなことだね」
「約束は違えぬようにお願いします」
彼女がこのように言うので、レンスター王は例外を除いて宣誓した。そこでドゥブラハは言った。
「それでは、一年が経過しないうちには私たちは同じ屋敷で一夜を過ごさぬこと。日中に私と一緒に同じ屋敷にいる場合には同じ長椅子に隣り合って座らずに私と向かい合って椅子に座ること。この理由はあなたに私が嫌われるかもしれないし、その私が夫によりを戻してもらえないということがないように、度を超えた愛情を向けたくないからです。もしも一年が経過しても互いに想いを寄せるのであれば私たちの愛は失われないでしょう」
そしてレンスター王はこの条件を飲んで、自分の屋敷に連れ帰ったので彼女は暫くそこで過ごした。モンガーンはその間に病み衰えていった。だがモンガーンがドゥブラハを奪われた夜に、マク・アンダヴはドゥブラハの里子時代に姉妹として共に育てられた信頼できる侍女を連れてきてレンスター行きに同行させた。それである日、マク・アンダヴはモンガーンのいる屋敷に来て言った。
「モンガーン様、物事は悪い方に流れています。ですがあなたは約束の地のマナナン様の屋敷で食べ物を貪ることと馬鹿なことをしでかす以外に何も学ばれなかった。私はあなたのようにレンスター王と交わしたような『どのような要求も拒まない』友情をレンスター王の側近とは交わしておりませんから、妻をレンスターに行かせなければならないことはつらいのです。ですからあなたの妻に従わせることはできません」
「私ほどダメな者はいない」
モンガーンはそう言い、マク・アンダヴに続けて言った。
「地下室の入り口に行け。そこに籠が置いてあってアイルランドの芝と、スコットランドの芝を入れているので、お前はそれを肩にかけて私を背負って行くのだ。なぜそのようなことをするかというと、レンスター王はドルイドたちに私がどうしているか聞くが、ドルイドたちは私の片方の脚はアイルランドにあり、もう片方はスコットランドにあると答えるだろう。そして奴は私がそんな有様である限りは心配無用だとでも言うだろうさ」
このような恰好で彼らは出かけると、レンスターのリフィ川の平野で祭りが行われている時期だった。そしてレンスターにあるキル・ハウァンの野原に来ると、大勢の人々を伴ってレンスター王が彼らの前を通り過ぎていった。二人はレンスター王に気づき、モンガーンが言った。
「ちょうど間が悪い時に来てしまったようで心が痛むね」
そしてキル・ハウァンの司祭であるティブラーディが彼らの前を通って行った。彼は四冊の福音書と財宝を手にしており、その背後には祈りの言葉を唱えて練り歩く者たちを従えていた。
マク・アンダヴは僧侶が何を唱えているのか疑問に思ってモンガーンに質問した。
「彼らはなにを言ってるんです?」
モンガーンは彼らが本を朗読しているのだと答え、少しでも理解できたか聞いた。マク・アンダヴはこのように答えた。
「なんのことやらさっぱりです。後ろにいる男がアーメン、アーメンと言ってることだけはわかりますが」
すぐにモンガーンは平野のど真ん中を流れる巨大な川にその身を変化させた。そして大きな橋がそこに架かっていた。ティブラーディは目の前で起こったことに驚き、自らを言祝いだ。
「私の祖父も父もここで生まれたというのに、川なんて見たこともない。だが川は流れている。ちょうどよく橋も架かっているではないか」
彼らは橋を進んで行き、真ん中に差し掛かったところで落下した。モンガーンはティブラーディの持っている福音書をひったくって川に流した。彼らを溺れさせてしまうべきかな、とモンガーンはマク・アンダヴに訊ねた。
「絶対に溺れさせてやりましょうよ」
マク・アンダヴはこう言った。
「そんなことはしないけどね。私たちが奴の屋敷で一仕事するまでは、一マイルほど川下りさせてあげよう」
そしてモンガーンはティブラーディの姿に変身して、マク・アンダヴを背まで届くような長いケルト式剃髪の僧侶に変身させた。そして彼らはレンスター王の御前に行った。レンスター王はティブラーディ司祭(に変身したモンガーン)を歓迎して接吻をした。
「お久しぶりです、ティブラーディ殿。早速ですが福音を読み聞かせ願えますか。そして我らの先に屋敷まで行ってください。私の御者であるケヴィン・コフラッハをお供させましょう。アルスター王の妃である、女王がそこにいて告解をしたがっております」
そしてモンガーンが福音書を読みあげている間に、マク・アンダヴはこのように唱えるばかりであった。
「アーメン、アーメン」
彼がアーメンとしか言わなかったものだから、人々はこの僧侶以外に一言しか言えない僧侶を見たことがないと言っていた。
そしてモンガーンはドゥブラハがいる屋敷に行った。ドゥブラハはモンガーンのことに気づいた。そこでマク・アンダヴは言った。
「お妃さまが告解できるように、皆、屋敷から出て行ってください」
しかし彼女の養育係だったのか里子時代の姉妹だったのか、定かではないが敢えてその場に残ろうとする者がいたので、マク・アンダヴが抱きしめるようにして外に追い出して、お妃と共に来た女性以外に付き添うことはできないのだと言った。そしてマク・アンダヴは彼らの後に出て部屋を閉め、ガラスの扉をつけて、ガラスの窓を開けておいた。それからモンガーンはドゥブラハを引き寄せるや否や、自分の妻を抱き上げてベッドに連れ込んだ。そしてモンガーンはドゥブラハの傍らに座ると三度接吻をして、ベッドに押し倒し思いを遂げた。事が終わった後に、それまで気づかれていなかったのだが、部屋の隅で王妃を見張っていた魔女が喋り始めた。そこでモンガンは魔法の風を吹かせ、それで魔女にはそれまで見えていたものが曖昧になった。
「あんまりです、治してください、聖職者様! 私が言ったことは間違っていると悔い改めますから。間違ったものが見えたんです。私は本当にこの里子ドゥブラハを愛しているんです」
「魔女め、こちらに来て告解するんだ」
モンガーンは言った。魔女が立ち上がると、モンガーンは椅子の中の鋭い杭に変身したので魔女は杭に刺さって死んだ。
「モンガーン、これで良かったのよ。この女は私たちがしていたことを喋ってしまうでしょうから、殺してしまう方が私たちには都合が良かったのだわ」
王妃はこのように言った。
それから彼らに戸を叩く音が聞こえた。そこにいたのはあのティブラーディであり、二十七人の供を引き連れていた。
門番は言った。
「今年はやけにティブラーディ様を見かけるなぁ。中にティブラーディ様をお迎えしているのに、外にもいるなんて」
「おや、本当ですね」
モンガーンは言った。
「モンガーンが私の姿に化けて来たんですよ。出合え、出会え。あいつを懲らしめて、僧侶たちを殺してしまいなさい。向こうにいる僧侶たちはモンガーン配下の貴族たちが僧侶たちの姿に化けさせてもらっているのです」
それで屋敷の家人たちが撃って出て行き、僧侶たちを殺した。十八人の僧侶たちが命を落とした。そこにレンスター王がやって来て、事態の経緯を訊ねたので彼ら答えた。
「モンガーンがティブラーディ司祭の姿に変化して来ました。ティブラーディ司祭は中にいらっしゃいます」
レンスター王は彼らに向かって突撃し、ティブラーディはキル・ハウァン教会に逃げ、残った九人も無傷ではいられなかった。
そしてレンスター王は自分の屋敷に入ってきたので、その時にモンガーンは抜け出した。レンスター王はドゥブラハに訊ねた。
「ティブラーディ司祭はどこにいるのだ」
「ここにティブラーディはいませんでした。いずれお判りになるでしょうが、モンガーンならいました」
「モンガーンとお前は一緒にいたのか」
「ええ。彼のほうが私に相応しいのですから」
「ティブラーディ司祭をお連れしろ。私は彼の部下を散々に斬って殺してしまったのだから」
そしてティブラーディが連れてこられ、モンガーンは故郷に帰って、四半期が過ぎるまでは再び来ることがなかった。そしてその間に彼は病んで衰弱していた。
再びマク・アンダヴがモンガーンのところにやって来て言った。
「もううんざりなんですよ、妻がいないでずっとうらぶれているのは。あなたのように『断らない友情』をレンスター王の側近と交わしておりませんし」
「私は行けないから、お前が白い手のドゥブラハがいるブレガの砦に行って、近況を訊ねてきてくれ」
その後でドゥブラハはマク・アンダヴに言った。
「モンガーンを連れて来てください。レンスター王はレンスターの周りを巡回しています。そしてレンスター王の御者であるケヴィン・コンラッハが私と共にいるのですが、彼は私に逃げなさいと、一緒について行きましょう、そしてモンガーンは病気のように振舞っていると常々伝えてくるのです」
それでマク・アンダヴはモンガーンを呼びよせた。
それからモンガーンは南ブレガの砦に行き、乙女の傍らに座った。そしてチェス盤を持ってきて、それに興じた。それからドゥブラハはモンガーンに胸元をさらけ出してやや小ぶりで輝くように白い胸を見せた。彼はその白く素晴らしい乳首を眺めた。そして彼は乙女の願いを叶えて、ドゥブラハは感じた。ちょうどその時に、レンスター王とその軍勢が砦のすぐ近くで足止めて、砦は開門されていた。レンスター王は乙女にモンガーンが中にいたのか訊ねると、彼女は彼はいなかったと答えた。レンスター王は言った。
「乙女よ、何か願い事はないのか」
「間に合っていますわ。一年が経過するまで一緒に居ると言うこと以外に、あなたに叶えてもらいたい願いはありません」
「左様か。では、モンガーンのことが最も恋しく思う時には教えて欲しい。なぜなら、あなたが恋しく思うのはモンガーンが去った時なのだろうから」
四半期の終わり目にモンガーンは帰還したのだが、ドゥブラハを恋しく思っていた。その時、全軍がその場にいて出撃していき、モンガーンは砦から自分の屋敷に戻った。そして彼は四半期間、病み衰えていた。アルスターの貴族たちは一ヵ所に集結してモンガーンにドゥブラハのために戦おうと提案した。そこでモンガーンは言った。
「私の愚かさゆえに奪われた妻は私が智慧によって連れ出すから、アルスターの母の子らが命を落とすことはない」
そのまま一年が経過して、モンガーンとマク・アンダヴはレンスター王の屋敷に赴いた。そこにはレンスターの貴族たちが集まっていて、ドゥブラハの結婚式のために盛大な宴が用意されていた。彼(レンスター王)は彼女と結婚することを誓った。そして彼ら、モンガーンとマク・アンダヴは外側の緑地にやって来た。
「モンガーン様、どのような姿で行きますか」
マク・アンダヴは話した。彼らはその場で水車の魔女、クミネを見かけた。彼女は織機の横棒くらいの背の高さだった。そして彼女の犬の名前はブロサルといい、首をねじくれた綱で繋がれており、水車で回す石うすを舐めていた。また、彼らは水車から穀物を荷駄として鞍上に載せて運んでいる一頭の老いた牝馬も見かけた。
モンガーンはそれらを見ると、マク・アンダヴに話しかけた。
「私たちが変化するべき姿は決まった。私が妻を取り戻すことが運命づけられているとすれば、まさにこの時こそがそうなのだ」
「まさしく、我が君」
「ついてこい、マク・アンダヴ。そして私に話があると水車のクミネを呼び出せ」
「誰かに話しかけられるなんてかれこれ六十年ぶりかねぇ」
そう言って彼女は犬を連れて出てきた。そしてモンガーンは彼女らを見て笑って言った。
「私の言う通りにすれば、あなたを若い乙女の姿にしてあげよう。それで私か、レンスター王の妻になれるぞ」
「喜んでそうするよ」
クミネは承諾して言った。モンガーンが魔法の杖で犬を打つと、金色の可愛らしい鐘付きの銀の鎖を首に巻いた世界で最も美しく毛艶の良い白い子犬になった。それは手のひらに収まる程度の大きさだった。そして老婆を打つと、若い乙女、それも世界で最も素晴らしい容姿のマンスターの王女である輝く頬のイヴェルの姿になった。そしてモンガーンはコノートのアイド王子の姿になり、マク・アンダヴを彼の侍従の姿に変化させた。また、(老いた牝馬を)真っ赤な鬣をもった輝かしい白馬に変え、荷駄を金などの様々な宝石で飾られた金の鞍に変えた。彼らは他の二頭の牝馬を駿馬に変えて騎乗して、そのような格好で城に到着した。
門番たちは彼らを見てレンスター王に報告した。コノートの美しきアイド王子と彼の侍従、そして彼の妃のマンスターの王女の輝く頬のイヴェルはコノートから亡命していてレンスター王の庇護を受けており、大勢の供周りを引き連れて来ることを望まなかったのだと。門番が入場を知らせるとレンスター王は出てきて彼らを歓迎した。そしてレンスター王はコノートの王子を傍らに呼び寄せた。コノートの王子は言った。
「(王の側に侍ることは)私たちの間柄の常というわけではありませんが、それでも宮殿で王の隣にいるべきなのは次席の者であり、私はこの屋敷では二番目の地位ですから陛下の側に参りましょう」
酒宴が供されると、モンガーンは魔女の頬に魅了の魔法をかけた。そしてレンスター王が彼女に視線を送ると、彼女への恋心で頭がいっぱいになり骨の髄まで蕩かされてしまった。彼は侍従を呼びつけて行った。
「コノートの王子の妃がいるところに行って、このように言うのだ。『レンスター王が貴女のことをとても愛しく思っている。王の後継者よりも王のほうが良い』」
モンガーンにはこの囁き声がわかったので、クミネに言った。
「お前にレンスター王からの言付けを伝えに侍従が来る。私はその秘密の伝言を知っているので、お前が忠告に従うのであれば私自身かレンスター王のどちらかと結婚することになるだろう」
「どっちが花婿になろうが、あたしは構わないさ」
モンガーンは続けて言った。
「ならば、侍従が来た時にこのように言うのだ。宝物を贈りもしない人のことは知らないと言って、彼があなたに勧めてくる角杯を贈るように要求しなさい」
そしてレンスター王の侍従は彼女のところに来て話しかけた。
「こちらの高価な角杯をお持ち致しました」
「宝物を贈りもしない人のことは知らない」
レンスター王は侍従に言った。
「我が角杯を彼女に授けてやれ」
しかし王のこの家臣は諫言した。
「陛下の御物をコノートの王子の妃に授けるべきではありません」
しかしレンスター王はこのように言った。
「なんでもくれてやれ。あの女が手に入れば結局私のものだ」
そしてマク・アンダヴは彼女から角杯を受け取り、朝になるまで彼女はどんな宝であろうと手に入れてしまったのだった。
モンガーンはクミネに命じた。
「レンスター王から腰帯をもらうんだ」
その腰帯には身に着けている者を病気や災いから守るという能力があった。そして彼女はレンスター王に腰帯を求めると、レンスター王はそれを授け、すかさずマク・アンダヴが彼女から受け取った。
「さあ、今こそレンスター王の侍従に『世界さえも与えられたとすれば、どうして夫の許に残るでしょうか』と言いなさい」
侍従はそのことをレンスター王に伝え、レンスター王は(コノートの王子に)に話しかけた。
「何に注意を惹かれておるのか」
「屋敷におりますあなた方に」
彼らはこのように話した。
「知っての通り、私の横にいるこの女はデマーンの息子のフィアフナ・ドゥブの娘、白い手のドゥブラハだ。私は『要求を断らないという友情』によって彼女をモンガーンから奪ったのだ。貴公がよければ、交換したい」
コノートの王子モンガーンはとても怒ったが承諾した。
「仮に私が馬を連れていたとして、それらをお求めになるのはやぶさかではありません。ですが君主の提案に対してそうすることが嫌だとしても拒絶することは適わない……彼女をお渡しします」
そして彼らが交換をすると、モンガーンはドゥブラハに三回口づけをして言った。
「口づけしなかったのなら、我らが心から同意して交換しなかったと皆が言うでしょう」
そうして彼らは酔っ払い、上機嫌になるまで飲み明かした。
それからマク・アンダヴは立上がって言った。
「誰もコノートの王子に対して酒杯を勧めなかったのは恥ずべきことだ」
そして誰も答えないうちに、彼は屋敷にいた最も良い馬を二頭引き連れてきた。モンガーンは馬に風の如き速さを与えた。モンガーンはドゥブラハを背後に乗せ、マク・アンダヴも彼の妻を背後に乗せて馬に跨ると出発した。
翌朝、レンスター王の家臣たちが起床すると、魔女の衣類と、レンスター王の臥所で寝ている白髪で背の高い魔女を目にした。そして首にねじれた縄をつけた犬、荷駄を載せた老いさらばえた牝馬も。人々が笑い出したところでレンスター王は目を覚まして、隣に魔女がいるのを見て言った。
「お前は、水車の白髪婆ではないか」
「そうだよ」
魔女は言った。
「クミネと寝てしまったとは、我ながら哀れなことだ!」

薬注

※フィアフナ・フィン・マクバイターン
クルスニ族によって構成された国、ダール・ナラディ出身のアルスター王。西暦626年没。
歴史的には601年にフィアフナ・マクデマーンを破ってアルスター王となった。そして626年に再戦したのだが、敗れて死んだ。
しかし、この他にアイルランドの伝承や年代記によれば渡海してブリテン島に遠征を行っていたことがうかがえる。おそらくイングランド北部に割拠したバーニシア王国のアゼルヴリス王や、その後継となったノーサンブリア王国のエドウィン王に対して攻撃をしていたのだろう。アイルランド上王として一時期認められていた可能性があるほど強力な王だった。

※モンガーン
フィアフナ・フィンの息子。西暦625年没。
歴史的にはわずかな記録しか残っていない。アルスター年代記では625年にインド・アルシルの王ロナン・マクトゥアサルと共に死亡したと記されているのみである。
ティゲルナハ年代記ではアルトゥールという男に投石で殺されたとあるが、これはブランの航海などの伝承の影響を受けて記されたものだろう。ミオンナナーラと呼ばれる年代記では、攻めてきたブリトン人を撃退するが、投石で殺されてしまう。しかし死の淵にあったモンガーンは彼らを捕らえず解き放ったものの無事に海を渡れたものは一人としていなかったと記されている。そして、モンガーンは一年後に生き返るのでその時、墓を開けるようにと母に言い残した。しかしうるう年だったため、正確にはその翌年に墓を開けなければならなかったのだが、そのことに気づかないまま母は墓を開けた。モンガーンは発熱して汗を流し、立ち上がろうと苦労しながら鼻血を出していた。不完全な復活であるがその後どうなったかは記されていない。

※フィアフナ・ドゥブ・マクデマーン
黒い波ドゥブトンのフィアフナと呼ばれる。フィアフナ・ドゥブはこれを省略した呼び名だろう。
歴史的にはダール・フィアタハの王位を581年に受け継ぎ、626年にフィアフナ・フィンを破ってアルスター王となった。しかし627年にダール・リアダ王コナド・ケルに敗れて死亡した。
アルスターの南西に位置するアルギアラの九氏族の一つ、ウィ・スルトリからフルダーン・マクベーキの娘クミネ・ドゥブを妻に迎えている。彼女はドゥブラハを産んだ母だった。また、フィアフナ・フィンの姉妹であるクミネ・フィンも妻だった。

※ドゥブラハ/Dub Lacha
フルダーン・マクベーキの娘クミネ・ドゥブと、フィアフナ・ドゥブの間の娘。モンガーンの妻となった。

※ブランドゥブ・マクエハハ/Brandub mac Echach
ウィ・キンセラ家のレンスター王。西暦605年没。
伝承ではダル・リアダ王国のアイド・マクガブラーン王の双子の兄弟とされる。両国間の同盟や、王国間の里子制などをあらわした伝承なのかもしれないが真実は定かではない。

※1マイル/míle
ラテン語のマイル。千に由来。千回両足で歩く距離、つまり二千歩。およそ1.6km。

※クミネ/Cuimmne
困難を意味する名前を持つ、水車の魔女。

※魅了の魔法/blicht seirc
英訳ではlove charm。これはblichtをマイヤーがbrichtに読み替えたことによる。原文blicht seircを直訳すると愛の牛乳。おそらく牛乳の飛沫をつけたことにより、皮膚に黒子のような魔法の印ができたのだろうと推測する。女性を虜にする黒子を持っていた詩人ケルバルの伝承は、牛乳の飛沫が散って胸元に付着したところに黒子ができたとしている。なんにせよ魔法をかけたことに変わりはないので訳はそのまま魅了の魔法とした。

あとがき

Kuno Meyer先生の英語版を日本語翻訳していますが、英訳文で気になった箇所は原文を読んでeDILを参考に自然になるように補足を加えています。

モンガーンは高名な英雄なのですが、基本的に無為で、無能を演じています。いわゆるトリックスター的な役割を果たしています。
例えば彼がアルスター王になってやったことと言えば、他国の王から財宝をせびってそれを配下に分け与えるという、他力本願なものでした。本質的にモンガーンは未来を予知して森羅万象を操る力を持つ神の如き者なのですが、自らの意思で何かを為そうとすることがありません。父親の敵討ちでさえ、マナナン神に叱咤されてようやく重い腰をあげます。彼にとって大切なのはそんなことより愛妻と遊戯に興じることでした。そして面白いことに、マナナン神もどちらかと言えば「モンガーンがアルスターの王になること」はどうでも良いと思っているような口ぶりなのです。マナナンは「仇を取る」ことが大事なのだと言います。
なぜ敵討ちが大切なのでしょうか。その理由は、名誉を保つためです。この名誉は物語全体に通底する考え方となります。この考え方が強く表れているのが「名誉は人の一生よりも長く続くというものです」というドゥブラハのセリフです。契約は守られなければならず、なんらかの責により反故になった場合にはそれを回復しなければなりません。具体的に言えば、「フィアフナ・フィン王と黒い魔女の保証人関係」や「モンガーンとレンスター王の要求を断らない友誼の関係」「一年間、ドゥブラハはレンスター王と共にいるという約束」は契約により守られています。このような理由があるため、モンガーンは友誼の約束を破らないように回りくどくコミカルに立ち回る必要がありました。つまりモンガーンは約束を守ったうえで、レンスター王に自らの意思でドゥブラハを手放させることが最終的な目的なわけです。

では、彼らは約束に対してどのように向き合ったのでしょうか。ドゥブラハは条件として設けた期限の一年後にはレンスター王と分かれている可能性を前提に物事を考えています。
「~あなたに私が嫌われるかもしれないし、その私が夫によりを戻してもらえないということがないように、度を超えた愛情を向けたくないからです。もしも一年が経過しても互いに想いを寄せるのであれば私たちの愛は失われないでしょう」
このセリフはレンスター王に対して言った言葉ですが、一年後に相思相愛である「私たち」はドゥブラハと誰のことなのでしょうか。ドゥブラハはモンガーンとレンスター王、どちらともとれるように発言しているようですが、その後の行動はレンスター王に対して完全な塩対応ですので、ドゥブラハとしてはモンガーンと再度夫婦に戻るつもりだと暗に言っているのかもしれません。しかし形式上はドゥブラハはモンガーンの妻ではなくなったため、言葉にどちらともとれるような含みがあります。このような言葉の含みはモンガーンのセリフにも見てとることができます。
「私の言う通りにすれば、あなたを若い乙女の姿にしてあげよう。それで私か、レンスター王の妻になれるぞ」
老いた魔女であるクミネに対して言ったこのセリフは、裏を返せば、モンガーンはドゥブラハと夫婦に必ず戻れると明言していないことになります。レンスター王が魔法に惑わされるということさえなければ、モンガーンはクミネを連れ帰ることになったのでしょう。しかし、この時のモンガーンはドゥブラハを取り戻すことを運命として確信していました。
このように彼らは言葉に含みを持たせている、つまり、レンスター王がドゥブラハを妻にしてしまうという最悪の可能性を排除せずにいます。このことは、あくまで自分たちは約束を遵守して、レンスター王に可能性を選ばせるということを念頭に置いた言葉になっています。

さて、女性の名誉にも触れてみましょう。マナナン神がフィアフナ・フィン王の妻と性交する旨を伝える時のセリフはこのようになっています。
「~それに私はお前の姿に変身して行くので、お前の妻(の名誉)は汚されない。~」
このセリフは不貞の風聞が女性の名誉を損なうということに対するマナナン神の配慮となります。この不貞の風聞は後半にもう一度出てきます。つまり、モンガーンがティブラーディ司祭の姿に変身して屋敷に入り込み、ドゥブラハと性交をした後の出来事のことです。そしてこの情事を目撃した老婆をモンガーンは殺してしまいます。本物の夫であるモンガーンであっても、変身してティブラーディ司祭の姿でいる間にドゥブラハと行った情事は不貞として噂が広まってしまうからです。このため、ドゥブラハはこのように言いました。「モンガーン、これで良かったのよ。この女は私たちがしていたことを喋ってしまうでしょうから、殺してしまう方が私たちには都合が良かったのだわ」
この老婆はドゥブラハの養育係でしたが、彼女の言葉はなんとも冷淡です。

ところで名誉や約束といったものに縛られていますがこの物語の主題は愛であると言えるでしょう。
この物語では変身した相手との性交が何度も描かれています。1つ目は、夫に化けたマナナン・マクリールとフィアフナ・フィン王の妻。2つ目はティブラーディ司祭に化けたモンガーンとドゥブラハ。3つ目はレンスター王と美女に化けたクミネ。
外見を愛する人は外見が変わってしまえばその愛を移ろってしまう。一方で老婆を美女に変えることもでき、自らの姿を変えながらも互いに愛し合っていたモンガーンとドゥブラハの愛は失われない。こういったところで愛は対照的に描かれている。


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