フィアナ伝説:フィン・マックールの姉妹

ご存じでしょうか。フィン・マックールには双子の姉妹がいるということを。

古老たちの語らい

「カイールテ殿、あなたお一人だけだったとしても大変な歓迎を致しましたでしょう。
タドグの娘があなたの母親なのですからここにいる権利を持っていらっしゃる。
しかし、一つお教え願いたいのですが、ここの土塁の入り口にある泉はどうしてスカースデルクの泉と呼ばれているのでしょうか。」
クウァルの娘、スカースデルクがラーガンの湖にいる竜≪スミルドリス≫を目の当たりにして溺れてしまった。
後にブルーム山と呼ばれることになるエドレカイルの息子スウォーイルの山の頂上からラーガンの湖の渦巻く冷たい水が湧き上がって撒き散り、はるばるここからこの国中に広がる恐れがあったのはこの泉のことなのだ。…」

上記のクウァルの娘、スカースデルクはフィン・マックール(クウァルの息子フィン)の姉妹です。スカースデルクとはを意味します。あるいはスカースデルクは、影(scáth)+目(derc)から成る言葉ですので、文脈上では目撃者という意味でも解釈できるようです。
また、このストーリーはフィン・マックールの活躍の最初の頃を想定しているようです。これらの点は以降に紹介するストーリーでもしばしば踏襲されています。

フィン歌集/15歌「フィンの少年時代」

書きなさい、ブローガンよ、鋭く詳しい筆致で、苦しい戦いを数多く耐えてきたクウァルの息子のほんの少しの経歴を。
有名な英雄を生み出したのはヌアザの息子タドグ・モールの娘だった。彼が生まれた時に与えられた最初の名前はグラスディグだった。
ボドヴァル、力強い養母が秘密の丘に少年を連れて行った。フィアナ騎士団の高貴な指導者は背の高い木蔦の洞で育てられた。
彼はギラ・アン・クアサーンと名付けられた。その頃、多くの恐ろしい物が彼を襲った。わめく野豚の滋養のある肉でボドヴァルに育てられた。
マーナの息子が吸った胸は野豚の腹の切り身だった。
ある日、彼は一人で残され、彼はその隠れ家の中でしばしば恐ろしい目に遭った。樹洞の近くをマツテン<トガーン>が通りかかった。切り身の臭いにつられたのだ。幼児にとってはそれは取るに足らない恐怖ではなかった。
彼はマツテンを握りしめた。それは勇敢な戦いを示す吉兆だった。彼は早朝から夕暮れまでマツテンを絞め続けた。ボドヴァルは鹿のように根気強い少年を捜しに来た。マツテンが絞殺されているのを見て、ボドヴァルは最初の武勲を喜んだ。
手早くトガーンは皮を剥がれた。それは狩りの良い兆しだった。マツテンの皮は狩り小屋の彼の近くに置かれた。
彼はギラ・アン・クアサーンと呼ばれた。この者は多くの争いの中にいた。彼はボドヴァルに九つの歳になるまで養育され続けた。
彼女は彼をタルティウの祭りに連れて行った。この訪問は彼にとって親しいものではなかった。全アイルランドの少年たちを相手に代わる代わる三度の競技で勝利した。
彼は三度ハーリングの競技をして、それは全アイルランドの少年たちへの彼の最初の稽古となったのだが、彼にとっては友人に対する遊びではなかった。
勇者コンは尋ねた。
「あの熱烈な行列ができている者――アイルランドの見目好い少年たちにゴールを決めている金髪の小さいの<フィン・ベグ>は誰だ」
「わかりきったことだよ」
ボドヴァルは言った。
「やあ、勇敢なる戦いのコンよ。向こうの少年は喜びの者。彼こそバスクナの子孫、輝く髪のフィン。
彼は予言された年齢になっている。狩り小屋から君の所に来るだろうというね。彼は君の誓約<ゲッシュ>を破るだろう。これから隠れ家を出ていくんだ。」
彼は数多の鋭い剣に追われタルティウの祭りから出て行き、フィド・ガイヴレの避難所に着くまで止まることがなかった。
彼は勇敢なるコンに会うまで名付けを受けないと定められていた。彼が名前の発案を得るのは、彼の敵の言葉からなのである。
このようなわけで彼は名前を得た。彼の騎士道精神と武勲は素晴らしかった。語る者は誰であろうと苦労するのだから、彼の物語は書くのがふさわしい。
書きなさい、ブローガンよ。

 いきなりですが、上記の物語にフィンの姉妹は登場しません。しかし、実は同じ要素を見出せ、今後の考察に必要な物語ですので紹介します。
 このフィン歌集15歌はよく知られているフィンの少年時代と異なる要素があります。例えばフィンの幼少期の名前として最初にグラスディグ、次いでギラ・アン・クアサーンを挙げています。これらの名前は民間伝承や詩などで言及されていて、それなりに知られた設定だったようです。
グラスティグという名はスコットランドの伝承における妖精であり、興味深いことにその妖精は女性の姿をしていると言われています。
 アイルランドの民間伝承では、フィンが最初につけられた名前はグラスディゲであり、古いアイルランド語でウナギ/水蛇を意味すると説明されています。その物語によれば、フィンは産まれた後に敵から狙われていました。彼をボドヴァルに託そうとした母の手により窓の外から投げ出されて、フィンは湖に落ちたと言われます。そしてフィンは赤子であるにも関わらず自力で水中から出ることが出来たのです。彼の手にはグラスディゲ<ウナギ/水蛇>が握りしめられていました。そこからグラスディゲと名付けられたとされています。

フィンと双子の分析

 さて、ここで、「古老たちの語らい」におけるラーガン湖の竜物語と共通性を見出すことができます。
 つまりフィンあるいは彼の姉妹は水中に落ちて、そこで竜/水蛇と遭遇するということです。
 水の暴竜と題した記事でラーガン湖の竜物語をはじめとするフィンと水竜の関係について考察していますが、この竜との遭遇は知恵や神秘の獲得と関係があると私は考えています。実際、フィンが水に落とされて自力で這い上がった時に掴んでいたものがだったというバージョンもあるようです。鮭は智慧の象徴でもありますから、裏付けとなる一つの材料にはなるでしょう。
 さて水の竜と神秘的な智慧を結びつけるものはなんなのでしょうか。この謎を明かす鍵はガリアやブリテン諸島等、各地で信仰されていた戦士と治療の神にあります。例えばスメルトリオス、レヌス、ムロ、ボルヴォのようなローマの軍神マルスと習合した戦士の神に、治療の祈願がされていたのは珍しいことではありませんでした。そしてブリテン諸島でマルスと同一視されたのはノドンスです。ノドンスもまた、治療を願って奉納された物が見つかっているように、医療の神でもありました。ノドンスのアイルランドでの姿がヌアザです。ヌアザの名前はフィン・マックールの祖先を記した系図の中にも発見できます。
 ヌアザの伝承の中で、今回のテーマに関する要素は”戦いの中で傷ついた者が再生する”ということです。アイルランドの伝承においてこのテーマが顕著に表れているのがフロイヒ・マク・フザハです。彼は”水中で竜と戦い傷つくが再生した者”でした。そしてガリアでもマルスと習合した戦士の神が蛇ないし竜と向かい合う図像がいくつか発見されています。

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武器を持って蛇に対峙するスメルトリオス
(photo by Clio20CC BY-SA 3.0)

 竜/蛇と戦い傷ついた神を復活させる治癒の神秘は、同時に神秘的な智慧と不可分なものでした。例えば、魔法の大釜はブリテン島やアイルランド等の各地の伝承に登場するマジックアイテムですが、この魔法の大釜は死者を甦らせたり、中の食べ物が無尽蔵だったり、あるいは智慧を授けたりと様々な奇跡を授けるものです。これは換言すると、富・再生・智慧を授ける神秘は本来的に同じ物であり、物語によって様々な側面を見せるということです。つまり、フィン・マックールの親指の智慧と、治癒の水の力は同源であるということでもあります。

 さて、フィン・マックールの姉妹ですが以上を踏まえて、ィンあるいは彼の姉妹は水中に落ちて、そこで竜/水蛇と遭遇する”という話に戻します。ここでフィン自身が水に落ちることもあれば、姉妹が水に落ちる場合もありますから、フィンと姉妹は互換可能な存在です。このことはフィンの姉妹の名がスカースデルク、つまり”鏡”であることもおそらく関連あるかもしれません。また、フィンが最初に得た名前であるグラスディグはスコットランド伝承の妖精グラスディグと関係があるとすれば、このグラスティグが女性の姿であるというのも興味深いポイントだと思います。彼らは別の存在であるが本質的に同一である双子なのです。
 フィン・マックールと戦う魔女ムレアルタッハはフィンに負けて帰ってきた王に対してこのように発言しています。

「陛下!貴方がフィンを殺せなかった時に、彼は双子の片割れですから、我が身の精髄を御身に授けてさえいればよかったのですが」

詳細は不明ですが、フィンの運命と双子の姉妹が強くリンクしていることは察することができます。

印欧語族の原神話

 双子の神話はとても古く、印欧語族の神話に起源を求めることができます。印欧語族とは、例えばインドのサンスクリット語や欧米で話される英語などの多くの言語を同じ系統の言語としてまとめている概念です。同じ語族に属する言語は、全て共通の言語から数千年の時を経て分岐していったと考えられています。そして神話においても言語同様に共通の神話が分岐してゆき、各地の神話に変化していったとされます。例えば、双子の神はローマ神話のレムルス、インド神話のヤマ、北欧神話のユミル、イラン神話のイマなどが挙げられますが、これらの名前の語源はいずれも印欧語族の共通祖先、印欧祖語で双子を意味するYemoにさかのぼると言われます。
 印欧語族の神話を「馬・車輪・言語」から引用します。印欧語族の神話は、双子の犠牲と、蛇による牛の強奪という二つのパートから構成されています。

時の初めに双子の兄弟がいた。一人はマン(印欧祖語で*Manu)で、もう一人はツイン(*Yemo)という名前だった。彼らは大きな牝牛を連れて、宇宙を旅した。最終的にマンとツインは私たちがいま住むこの世界を創造することにした。そのためには、マンはツインを(別の言い伝えでは牝牛を)犠牲にしなければならなかった。~中略~世界が作られたのち、空の神々は牛を「三人目の者」(*Trito、トリト)に与えた。しかし、牛は三つ頭で六つ目の蛇(*Ngwhi、否定を意味する英単語negationの印欧祖語の語根)による裏切り行為で盗まれてしまった。三人目の人物は嵐神に、牛を取り戻すのを助けてくれと懇願した。彼らはともに怪物の洞窟(もしくは山)に行って怪物を殺し(もしくは嵐神だけが殺し)、牛を解放した。

この印欧語族の神話はあくまで原型であり、その後、時間が経過するにつれ各地で様々な様態に変化していきます。また、これは学者ブルース・リンカーンによる再構築ですが、ここでは双子は男性同士の兄弟であり、女性ではないものとして想定しています。しかし双子を兄弟として解釈することには異論があります。ジョン・グリスビーによれば――

ひいては、女性/牛のモチーフとしての双子は、すべての枝に現れる、原神話の称号に値する。 それはワイズマンが述べているように基づいているので、双子の兄弟を含む再建をあきらめる必要があるようだ。
1.北欧神話のユミルには兄弟がいない。2.ゲルマン神話のトゥイストーはマンヌスの父である。3.ヴェーダ神話のヤマは双子の妹を異母兄弟に置き換え、犠牲者としてのその妻を自分に置き換える。4.イラン神話のイマには兄弟がいない。
中略
もともと両性具有の存在は……男性の半分と女性の半分の2つに分けられた……この性別の分離の原型は、父なる空と母なる大地の分離で見い出しうる。

このように、双子は本来は両性具有の一つの存在だったが、男女に分離したのではないかと提案しています。そしてグリスビーはリンカーンが避けたケルト語派/アイルランドの神話について視野を広げ、牛と川の女神ボアンについて注目していました。これらの説が正しいのだとすれば、私の考えるフィン・マックールの伝説にもつながってくる話になります。
 さて、双子の犠牲と、蛇/竜による牛/牛の女神の強奪はフィン・マックールの伝説ではどのように対応しているでしょうか。まず、フィンとその姉妹の入水は双子の犠牲と対応していると考えてよいでしょう。この場合、フィン自身が犠牲の対象でありうるのか?と疑問に思うかもしれませんが、既に挙げたように竜と対決した英雄は再生します。また、蛇/竜が登場することから牛の強奪といった要素も含まれているかもしれません。「ハシバミのある泉にいる智慧の鮭」「水の噴出」「女性の死」等の点で共通性がある女神ボアン(白い牛の意味)の死の伝説はフィン・マックールとラーガン湖の竜の伝承に牛/女神の関与を示唆しているかもしれないのです。既に紹介したように印欧語族の各派の多くの神話では牛/女性と関連する双子が見いだせます。(ユミルとアウズンブラ、アヴェスターにおいて牛を解体するイマ、インド神話のヤマとヤミー等)
 アイルランドの神話において犠牲による世界の創造といった要素はなくなってしまっているようです。ただし、犠牲となにがしかの神秘が結びつけられてはいました。これはキリスト教の影響か、時代や地域の変遷によって次第に原型が薄れてなくなっていったのかもしれません。しかしこのように双子/牛・水の女神の犠牲の神話が存在して、フィン・マック―ルの伝説として形を残していったのではないでしょうか。

まとめっぽい
1.フィンとその姉妹(あるいは母)は水に沈み、竜/蛇と遭遇するっぽい
2.水中で竜/蛇と戦い、傷ついて再生する英雄信仰がケルト語圏にあるっぽい
2-1.竜殺しの英雄の話は印欧語族の原神話にあるっぽい
3.双子/牛/女神/水/犠牲といった要素もあってやっぱり印欧語族原神話にさかのぼるっぽい

脚注

ラーガン湖の竜
スミルドリスという名で呼ばれている。フェルグス・マク・レーディのサガの竜、ミルドリスと名前から同一性があると推測される。

スカースデルク
原義は赤い影? 鏡を意味する言葉。EDILでは目撃者と解釈している。
フィン・マックールの姉妹。どちらが先に生まれたかは特に言及がない。

ブルーム山
フィン・マックールが幼少期を過ごした山。GoogleMapで見たら標高は低いし山というより、むしろ丘陵地帯に近いイメージ。

タドグ・モール
フィン・マックールにとって母方の祖父。ドルイド。

グラスディグ
Glas Dige、Glaisdioghuin、Glas Dígeadh……等の様々な表記があるが、ここではグラスディグとする。アイルランドの民間伝承を収録したBealoideasでは、この言葉はウナギ/水蛇を意味する古語だと説明される。Macbainの辞書では、water imp(水魔)の語に対応するという。
スコットランドにはグラシュティグという女の姿をした怪物の伝承があるが無関係ではないだろう。Glasは海、水などを意味する。グラシュティグについて詳しくは日本語Wikipediaのグラシュティグのページを参照。
フィンの水との関係を表している。

トガーン
愛玩動物として飼育されるような小動物。リス、イタチ、テン等のことだが、ここではeDILに従いマツテンとした。

コン
百戦の王、コン。フィン・マックールにとっては父親の仇であるが、フィンは炎の息のアレンを倒す功績を立てたことでコンの配下となった。
コンとの関係は常に順風満帆とはいかず、様々な伝説で彼らが対立したことを見出せる。フィン歌集では、コンのゲッシュをフィンが破らせるとあるが具体的には不明。コンの孫のコーマックのゲッシュをカイールテが破らせることがあったので、それと同類かもしれない。

タルティウ
タラの丘の北にある聖地。ルーナサの祭儀が行われ、そこでは競馬やハーリングなどの競技が催された。
フィン・マックールの少年時代の情報はフィン歌集の他に「フィンの少年時代の武勲/Macgnímartha Finn」がある。そちらでもフィンが競技に参加して名を得ることは共通しているが、場所はミースにあるタルティウより南のリフィー川近くの平野と設定されている。もしかすると、そちらはタルティウと同じく祭儀の場所となったレンスターの聖地カールマンかもしれない。ただしカールマンの場所は不明。

フロイヒ・マク・フザハ
アルスター伝説の英雄。コノート地方のフィル・ドウナンの一派ガウァンラズの一員。川と牛の女神ボアンの姉妹、ベー・ヴィンの息子。フロイヒの牛捕りにおいて水の中の竜と戦う。最初は素手で戦うが、途中からメイヴの娘フィンダヴァルから剣を受け取って竜を殺した。彼は深手を負っていたが女の一団が現れるとフロイヒを運び去り翌朝には無傷となって現れる。ちなみに、「素手で戦う」「水中」「女の一団が傷ついたフロイヒを運ぶ」といった要素はクーフーリンとの一騎打ちにも見られる。そしてクーフーリンとの一騎打ちでは再生といった要素は省かれている。
印欧語族の神話としては最初の苦戦は牛を奪われることを意味しており、フィンダヴァルが剣を渡すことは竜殺しの同行者の存在を示唆しているだろう。そして、メイヴ(蜂蜜酒、酩酊を意味する)は酒/ソーマかもしれない。
たとえばヴリトラ、イルルヤンカシュ、八岐大蛇を酔わせる酒か、あるいはヴリトラに力を与えるソーマを連想させる。しかし、フロイヒには嵐神としての属性はなさそうである。

出典

The dialogue of the ancients of Ireland: A new translation of Acallam Na Senórach. (2009). Peter Lang.
CROSS, T. P., & Slover, C. H. (1936). Ancient Irish tales. Edited by T.P. Cross and C.H. Slover.
EOIN MACNEILL. (1953). Duanaire Finn: The book of the lays of Fionn. pt. 1-. David Nutt.
Anthony, D. W. (2010). The horse, the wheel, and language: How bronze-age riders from the eurasian steppes shaped the modern world. Princeton University Press.
Grigsby, J., (2019). Skyscapes, landscapes, and the drama of Proto-Indo-European myth. Doctoral Thesis (Doctoral). Bournemouth University.
Ó Muirġeasa, É. (1928). An Dóiġ a Ċuaiḋ Fionn i dTreis. Béaloideas, 1(4), 405-410. doi:10.2307/20521521

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