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【5】#かんたんなアンケートと300字で勝手に本をおすすめする 赤瀬川原平 『新解さんの謎』

かんたんなアンケート(年齢や性別、好きな色など)と300字の文章を書いてもらって、それを読んで独断と偏見で本をオススメする、という連載をやっています。

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【#7】28歳・男性・会社員

好きな映画:劇場版 TIGER & BUNNY -The Rising-
好きな作家:はやみねかおる、伊坂幸太郎、京極夏彦、三浦しをん
好きな色 :青
最近興味があること:ぼやっとした考えを、しっかりしたかたちにしていくこと。

子供の頃、辞書を読むのが好きだった。おばあちゃんの家から貰ってきた小さなサイズの辞書を、暇を見つけてはひらいて、右上から順に読んでいく。知らない言葉の方がもちろん多くて、説明文の中に知らない言葉が出てくると、その言葉を引いて、またその中に知らない言葉がでてきて、を繰り返していた。

そうするうちに、自分は世界の中の、ほとんどの言葉を知らずに死んでいくんだろうなと気づいて怖くなった。知らない言葉に出会えた時のわくわくは今もあるけれど、出会えない言葉がある怖さはいつからか薄れていたな、とこの前思い出した。もっと言葉への執着を大切にしていきたい。

おすすめしたい本:赤瀬川原平『新解さんの謎

「読書」という単語の意味を「辞書的に」説明しなさい、と言われたら、回答者さんはなんと答えますか?

私だったら、「活字の本を読むことで、知識や教養を身につけようとする行為」……なんていう風に答えると思います。本音では、「知識や教養を身につける」とかそこまで崇高なものではなくてもいいと思っているにも関わらず、「辞書的に」と言われると、ついつい「主観は入れてはいけない」「多くの人に納得される言葉を選ばなくてはいけない」などと思ってしまう。

今日は、そんな「辞書」に対するイメージや常識をぶちこわしてくれる一冊をオススメしたいと思います。

赤瀬川原平の『新解さんの謎』は、かんたんに説明すると、「新明解国語辞典」という辞書を作っている人の人物像を読み解いていく、というお話です。

実存する「新明解国語辞典」は、ちょっと一風変わった辞書、だそう。たとえば、「読書」の意味が次のように記載されています。

どくしょ[読書]
[研究調査や受験勉強の時などと違って]想を思いきり浮世の外に馳せ精神を未知の世界に遊ばせたり人生観をかっこ不動のものたらしめたりするために、時間の束縛を受けることなく本を読むこと。[寝ころがって漫画本を見たり電車の中で週刊誌を読んだりすることは、勝義の読書には含まれない]

続いて、「女」。

おんな[女]⇄男
①人間のうち、雌としての性器官・性機能を持つ方。[広義では、動物の雌をも指す。②一人前に成熟した女性。[やさしい心根や優柔不断や決断力の乏しさがからまり存する一方で、強い粘りと包容力を持つ]

きわめつけには、「世の中」。

よのなか[世の中]
同時代に属する広域を、複雑な人間模様が織りなすものととらえた語。愛し合う人と憎み合う人、成功者と失意・不遇の人とが構造上同居し、常に矛盾に満ちながら、一方には持ちつ持たれつの関係にある世間。

これが実際の辞書だというのですから、すごくありませんか? 

特に最後の「世の中」の説明からは、なんだか文学的な匂いすら感じてしまいます。"愛し合う人と憎み合う人、成功者と失意・不遇の人とが構造上同居し、常に矛盾に満ちながら、一方には持ちつ持たれつの関係にある世間"……。Google検索だったら、こんなにも淡白なのに。

辞書という一見無機質かに思われるものの中に、生身の人間の個性や魅力がある。そのことに気づいたある女性が、「新明解国語辞典の中の人」──通称「新解さん」の謎を解きあかそうとする。

なんとも秀逸なテーマに、本屋さんでこの本を手にした瞬間、あっという間に引き込まれてしまいました。

私は、この本を読むまで、辞書のことを「自分の知らない言葉の意味を調べるためのツール」としてしか考えたことがありませんでした。でも、辞書の本当のおもしろさとは、「言葉の意味を自分なりに考えることができる」ことなのかもしれないな、とこの本を読んで思うようになりました。

たとえば、自分だったら「女」や「世の中」の意味をどうやって説明するだろう。どのような解釈をしながら生きているんだろう。新解さんの「解釈だらけ」の言葉の説明を見て、自然と、「自分だったら……?」と思っていることに気づきました。

私がnoteを書いているのも、自分なりの「言葉の意味」を再定義したいからなのかもしれません。「大人」ということはどういうことか、「特別」とはどういうことか。言葉に対する解釈は人それぞれ違ってもいい、それを、書くことで理解しようとすることが大切なんだ。そんなことを、ふと、思いました。

きっと、辞書とは「言葉との出会いの場所」であると同時に、「自分なりの言葉の定義を考える場所」なんだと思います。「言葉への執着を大切にしていきたい」と書かれていた回答者さんに、ぜひ読んでいただきたい一冊です。

(※ニヤニヤが止まらないので、電車の中では読まれないことをオススメします)。

ひとは辞書という舟に乗り、暗い海面に浮かびあがる小さな光を集める。もっともふさわしい言葉で、正確に、思いをだれかに届けるために。もし辞書がなかったら、俺たちは茫漠とした大海原をまえにたたずむほかないだろう

『舟を編む』三浦しをん

ありがとうございます。ちょっと疲れた日にちょっといいビールを買おうと思います。