海の近くで、本屋を始めます
瀬戸内海のすぐそばで、本屋を始めることにした。名前を「aru(アル)」という。庭に大きな桜の木があって、海が一望できる、穏やかで美しい場所だ。
*
去年の夏から、東京と岡山で二拠点生活を始めた。
きっかけは、以前から友達だったデニム兄弟(ようへいくん、島田)のふたりで、彼らは岡山県倉敷市の児島という土地で、宿泊施設「DENIM HOSTEL float」を運営している。
瀬戸内海が一望できるその宿は、目の前に海が、そして背後には王子ヶ岳という山が存在して、笑っちゃうくらい豊かな自然に恵まれている。
普段東京で暮らす私にとって、それらの雄大な自然は「非日常」という言葉そのもの。はじめてその風景を目にした時、いかに自分の生活が、地球と、自然と切り離されているのかを実感した。
floatが完成したのは2019年の12月。私は二拠点生活を始める前にも何度かfloatを目的に旅行したことがあり、そのたびに「素敵な場所だなあ」とは思っていた。
けれど、その頃の私にとって、岡山という土地はまだどこか自分の人生には関係のない場所で。都会で疲れた体と心を癒すために、半年に1回ほどのペースで、1泊か2泊できればいいな、くらいに思っていた。
*
「floatの真の魅力は長期滞在してこそ分かるものやから、やっぱりゆかちゃんにも、長期滞在してみてほしいわ」
何がきっかけだったか忘れたけれど、ある日デニム兄弟とオンラインで話していて、そんなことを言われた。新型コロナウイルスの、都内1度目の緊急事態宣言が解除され、GOTOキャンペーンが実施されはじめた時期のことだ。
私はちょうど、プライベートで離婚をした時期で、精神的にかなり落ち込んでしまっていたこともあり、できるだけ日常を忘れて過ごすことを望んでいた。そして当時、floatの本にまつわる企画「まどろみ文庫」のお手伝いをしていたこともあり、タイミングが重なって、夏の2週間ほどを、floatで過ごさせてもらうことになった。
就職するまでは実家暮らし、就職してからも、一人もしくは恋人との同棲しか経験のなかった私は、いわゆる「共同生活」をしたことがまったくない。友達や見知らぬ人と2週間も一緒に暮らすなどできるのだろうかと、最初は少し不安もあった。
けれど、その不安はすぐにかき消されることとなる。
家族や恋人は、その関係の近さがゆえに、ついつい自分たちが「他人」であるということを忘れ、必要以上に踏み込みすぎてしまうことがあるけれど、あくまでも「他人」という前提を忘れない前提がある関係性の人たちと住むのは、とてもとても心地がいい。
それは、解釈よりも感覚を共有している、という感じに近かった。生活において、粒度の粗いままつながれるという経験が、私には新しくて、とても合っていたのだ。
おいしいご飯を一緒に食べて、ばかみたいに笑い転げて、くだらない話も真面目な話もして、酔っ払って、遊んで、歩いて、いろんなものを見て、感じて、共有して。
心と体が満たされると、誰かの幸せを思わず願っている自分に出会う。私はとても、自分自身が優しくなれたような気持ちになった。
瀬戸内海と、floatにいる人々のことが、私はどんどん大好きになっていった。好きだなあ、居心地がいいなあ。そんなことを思うようになって数日が経ったとある日のこと。飲んでいる時に、島田がこう言ったのだ。
「ゆかちゃん、floatから歩いて数分の物件空いてるで! なんか児島で始めようや!!!」
*
あ、本屋さんをやりたい。
島田の「なんか始めようや」という言葉を聞いて、私が真っ先に思ったことはそれだった。
この、海の見える穏やかな場所で、本屋さんをやってみたい。
ここで本屋を始めることには、私の人生にとって、少なくない影響がある。直感で、そう思った。そして、考えるよりも先に、私の口からは言葉が出ていた。
「やりたい。本屋、やりたい!」
そうして、私が本屋をやる、という話がとんとん拍子に進むことになり、一度きりの長期滞在だった予定は急遽変更、だいたい1ヶ月のうちの1週間ほどを、floatで過ごさせてもらうことになった。
こうして、私の岡山と東京の二拠点生活はスタートした。
*
「本屋さんをやろう」と口で言ったはいいものの、いざ本当に実行するとなると、さまざまなことを考えなければいけなかった。ある程度のまとまったお金も必要になる。
私はなんで、本屋さんをやりたいのだろうか。これから先、いろんな人に問いかけられるであろうその問いを、自分自身に問いかけた。
そして私は、「本屋さんをやりたい理由」という文章を、自分のために、つらつらと書いてみた。
「本で自分自身の人生を変えられたから」「本でつながった人のことは信頼できるから」「コミュニケーションが自由な場所が好きだから」「自分の場所だ、と胸を張って言える場所がほしいから」──。
理由はすぐに、たくさん見つかった。
けれどそれらの文字になった理由たちを見つめたとき、私はなんだか、そのどれもを「本屋をやる目的」に据えることが躊躇われた。どうしても、はっきりと置いてしまった目的は、ハリボテであるような気がしたのだ。
なんのために、本屋さんをやりたいのか?
そして、何度も何度も繰り返し問いかけてたどり着いた本当の気持ちは、「このために本屋をやりたいんだ!」といった明確な目的が、私にはない、ということだった。
今回の本屋の件だけではない。思い返してみれば私は、今までの人生でほとんど、自分の行動に対して「目的」を据えたことがなかった。
大学時代に本屋さんで働くようになったことも、本を好きになったことも、文章を書くようになったことも、それが仕事になったことも、デニム兄弟に出会って岡山に行くようになったことも、物件に出会ったことも、そこで「本屋やりたい!」と思ったことも。「それを目指して、そうなった」わけでは決してなく、ただの偶然の積み重ねで、今がある。
私が動く理由は、いつもそこに、何かきっかけが「ある」からだった。理由や目的がファーストではない。
ただ、そのきっかけが、本当の本当に偶然で生まれたのかといえば、そうではない気持ちがする。それまでの経験や、自分が培ってきた思考が「あった」からこそ、それが言動となって、その結果として、さまざまなきっかけに出会ってきたのだと思う。
きっかけをきっかけだと感じられることは、そこに「ある」と感じられることは、きっと、思っている以上に、尊いことで。
ただ、そこにあるものと出会うこと。
そして突き動かされること。
けれど一見偶然に見えるそれらの出会いには、
自分の人生、思考が詰まっているということ。
その「ある」という気持ちに素直に向き合える環境でい続けることが、私がやりたいことなのだと思った。
だから本屋は、そのまま「aru」という名前にすることにした。
*
本屋さんにいると、たまに、本棚の中でキラリと光って見える本がある。
「今の自分に、絶対に必要だ」と思える本が、棚でこちらを見て、話しかけてくるのだ。そしてその本を手に取ってみると、本当に、その時自分自身に必要な言葉が、考えが、見つかったりする。
人生はまさに、そのような本との出会いに似ているような気持ちがした。
あるな、と直感で感じるものには、必ず何かがある。その「何か」を突き詰めて、それを目的にするのもいいと思うけれど、私はもっと手前にある、「ある!」と思えた瞬間の、その気持ちを大切にしていきたい。
「そこには何かがありそうだ」と思えた、自分の気持ち。そういった、一番最初にある、「ある」という気持ちを大切にできる場所に、この場所がなっていけばいいなと思うし、そのようなことを大切にして、これから先も生きていきたいなと思う。
私にとって、「aru」とは、人生の指針となる言葉である。
今は「ある」と思うことが本屋さんを瀬戸内海でやることだからそれをするけれど、もしかしたらその形は、数年後変わっているかもしれない。
これからも、自分が「何かありそうだ」と思えることに、素直に、楽しく、軽やかに乗っかって生きていく──。
そんな思いを込めて、4月29日、このお店を、古本屋(一部新刊の取り扱いアリ)という形でオープンしたいと思います(お店はまだまだ準備中です。笑)。
ゴールデンウィーク、新緑の季節。もしよければ、瀬戸内海の穏やかな海を感じに、遊びに来てください。
最後に。
内装のデザインの相談に乗ってくれたJP。素敵すぎるロゴを作ってくれたCIALのみんな(とつくん、たいがくん、じゅんきくん、イノウくん)。いろいろ雑多なお仕事を手伝ってくれたしほちゃん、DIYの手伝いをしてくれたあさぬー、ありちゃん、まゆちゃん。お金周りの相談に乗ってくださった税理士の福王寺さん、実際に本屋の様子を見に来てくれたシュンボーイ、ながのさん、ぶんちゃん、松村さん、高尾さん。素敵なお店に仕上げてくださっている、しんやさん、ふじもさん、飯田さん。メッセージで応援をしてくれた友達のみんな。いつも側で応援してくれたパートナー。
floatのメンバーである、草加さん、わたなべくん、元メンバーのさっさ。そして何よりも、私の人生に欠かすことのできないほど大切な存在になった、ようへいくんと島田。
ひとりでは、何ひとつとして作ることができなかったお店です。本当に、ありがとう。開店までラストスパート、がんばります!
※オンラインストアができました!
ありがとうございます。ちょっと疲れた日にちょっといいビールを買おうと思います。