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「縦の変化」を続ける、彼らのこと。

今年の1月に、仕事で愛媛県に行くことがあった。

愛媛に行くのは、物心ついてからは初めてのこと(幼い頃、道後温泉に家族で旅行したことがあるらしいのだけれど、まったく覚えていない)。仕事を終わらせたあとは、せっかく来たのだからと道後温泉に宿を取り、翌日も半日ほど時間に余裕があったので、現地の本屋さんや、美術館を見て回ることにした。

そして、翌日に立ち寄った本屋さんで「ぜひ行くといいよ」と店主の方に勧められたのが、伊丹十三記念館だった。

伊丹十三さんのことは、なんとなくは知っていた。『ヨーロッパ退屈日記』や『問い詰められたパパとママの本』などのエッセイは大学生の頃から愛読していたし、映画監督やデザイナー、俳優としても活躍されていたことも、前述の本の中から得た知識として持っていた。

けれど、「伊丹十三」という名前が「13の肩書き」を持っていることから由来したペンネームであること、そのお人柄、そしてそれぞれの肩書きにおいて残された具体的な功績などについてはほとんど知らなくて、記念館ではそういった伊丹十三さんの人生の欠片をじっくりと見ることができ、そのすごさに、たいそう刺激を受けたのだった。

商業デザイナー、俳優、エッセイスト、精神分析家、映画監督──。自分の興味の赴くままにやりたいことを突き詰め、そして、軽やかにしなやかにフィールドを変えていき、「自分は何者なのか」についての思考を深めていく。そうやって最後にたどり着いた場所が、総合芸術だと言われる映画制作の現場だったというのもなるほどだったし、そんな伊丹十三さんの生き方は、かっこいいな、と思った。

そして最近、話していると、伊丹十三記念館に行ったときと似たような感覚になる人に出会うことがあった(出会ったのは、もちろんオンライン上)。

それは、CIALというデザイン会社を経営している、とつくんという人だ(下記の写真の、赤髪の彼。ちなみに今は赤くはない)。

CIALは、人々の「思想と哲学をしるすこと」に重きをおいた、デザインの仕事をメインに活動をしている会社だ。

CIなどのアイデンティティデザインを中心に、ロゴやパッケージデザインなどのグラフィック、コーポレートサイトやブランドのWebサイトまで、幅広く、コンセプト策定から制作までを行っている。

そんなCIALは、今はデザインの会社だけれど、なんと前身は、高円寺のコーヒースタンド「Colored Life Coffee」だったのだという。

とつくんがウガンダでコーヒーと出会い、魅了されたところから、前述の小さなコーヒースタンドが始まった。だが、しばらくお店を運営していくあいだに、自分たちが本当にやりたいことは何なのかを考えるに至り、お店は手段であり、「誰かのシーンに寄り添うこと」がやりたいのだと気づく。そしてお店を閉め、「ワンシーン、ワンプロダクト」をコンセプトとしたコーヒーブランドの「MATERIA」を作り上げた。

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自社製品を作り、「さあ、コーヒーブランドとして活動していきましょう」でとどまるのではなく、さらに彼らは思考を深めていく。

「自分たちがMATERIAを作ったように、誰かの思いを形にするまでのプロセスに併走することで、世の中に"手触り"のあるものを増やしていけるのではないか。それがやりたいことなのではないか」。

MATERIAを作っているうちにそんな思いを抱くようになったという彼らは、段階を経て、自然とデザイン会社へと変化していったのだそうだ(自社事業として、MATERIAは今も続いている。そのため、デザイン会社というよりは、デザインとコーヒーの会社、と言った方が正しく伝わると思う)。

CIALはこのように、「自分たちは本当は何がやりたいのか?」という問いとともに、自身のあり方が柔軟に変化し、会社の事業内容が、より本質的に、概念化されているように感じ、私はそのことにとても興味を覚えた。

とつくんの話をいろいろと聞いてみると、彼は必然か偶然か、4年間ごとに自分のフィールドが変わっているらしい。

高校生から大学生にかけては音楽について、大学生の後半からはコンピューターサイエンスについて、そしてここ数年はコーヒーについて、デザインについて、それぞれ狂気的な熱意を持って取り組んでいる。

「自分が人生をかけるに値するものが何なのか、いつも探している気がする。」

そう彼は言う。

人生をかけるに値するもの──。彼はいつも何かに熱中していて、その姿を私は羨ましくも思ったのだけれど、それは「まだ人生をかけるに値するものに出会えていない」という彼のコンプレックスのようなものがそうさせるのだ、とも知った。

そして、いろいろと、CIALや彼自身の話を聞いてみて、私は、人の興味の移り変わりには、「横」の軸と、「縦」の軸があるのではないかな、とふと思った。

横の軸とは、ジャンルにおける変化だ。たとえば音楽をやっていた人が、コーヒーという新しい趣味に出会い、そちらにのめり込むようになる、といったような。

一方、縦の軸とは、自分が持っている興味に対し、「なぜそれに興味を持っているのか」を突き詰め、どんどん深く潜っていくような、概念化的な変化である。

とつくんは、CIALを始めるまでは、音楽、コンピューターサイエンス、コーヒーといったように、「横」の軸で変化を続けていた人なのだと思う。けれど、コーヒーと出会い、CIALという会社を作ることで、「縦」の軸での変化をするようになったのかもしれないな、と思った。

前述した伊丹十三さんも、若い頃はデザイナーからエッセイストなど、横の変化を続けていたけれど、年を追うにつれ、精神分析や映画監督など、「人間とは何か」という本質的な問いに向き合うようになった──つまり、横から縦の方向へと変化していった方だと思う。

変化が柔軟であること、そして変化の軸が横から縦へと変わっていっていること。それこそが、私が「似たような感覚を覚える」所以だったのかもしれない。

そして、とつくんの変化が「横」から「縦」へと変わっていったのには、CIALのほかのメンバーの存在がかなり大きいのだろうな、と思った。

CIALには、とつくんのほかに、じゅんきくんたいがくんというメンバーがいて、これまたふたりとも、素敵な人たちなのだ。

じゅんきくんは、大学生の頃にカフェでのアルバイトを通じてコーヒーにのめり込んだ、根っからのコーヒー好きで、「Colored Life Coffee」の立ち上げから関わっている。

たいがくんは、大学時代のアメリカ横断旅行でコーヒーに出会い、コーヒーがある空間や、その一杯から生まれるコミュニケーションの面白さに気づき、日本に帰国してからとつくんと出会って、徐々に彼の好きな写真や文章を通じてCIALに関わるようになった。

3人とも性格は全然違って、とつくんが大元の思想を司る人であれば、じゅんきくんは目標に向かっての道筋をまっすぐに立てて突き進む人、たいがくんはあふれるセンスとバランス感覚でチームを整えていく人で、誰もが全員欠かすことのできない存在だ。

メインメンバー以外にも、デザイナーのすーさん、まひろくん、焙煎士の涼くん、エンジニアの悠汰くん、広報のイノウくんなど、素敵な仲間がたくさんいる。

ルーツは違えど、みんなコーヒーを愛していて、そしてその先にある、手触りのある日常、暮らし、人生を見つめている。チームの全員が、「そもそも」を考えるのが好きな人たちのように思う。

自分たちがやっていることを、都度見つめ直し、考え抜き、時にはすべてをクラッシュして「なんでそれがやりたいんだっけ」と本質的な問いに立ち帰り、変化していく。そういった「縦」の変化が続けることができるのは、できるようになったのは、一緒にそもそもを追い求めていける仲間がいるからなのかもしれない──そんなことを思った。

CIALという会社名は、まだ意味を持たない言葉なのだ、という。

自分たちは何なのか、何がしたいのか、これから何をしていきたいのかを、既存の言葉や概念で定義づけてしまうのではなく、オリジナルなものとして見つけたいという意思。自分たちのことは簡単に定義できないのだという、その「縦の変化」を続ける探究精神が、まさに、彼らの会社の名前には記されている。

ここ最近、彼らと仲良くしているうちに、私自身はどうだろうか、と考える機会が増えた。

横の変化、縦の変化──。そのどちらも、私は満足にできてはいないような気さえする(もちろん、少しずつは変わっているだろうけれど)。

マイペースでいいとは思っているものの、同世代の彼らのような存在に出会うと、やはりビリリとした刺激を受ける。

自分を見つけ出すのはかんたんじゃない。けれど、だからこそ面白い。見つけ出そうとする意思を、変化に立ち向かおうとする力を、私も一歩ずつ、つけていきたいなと思った。

とにもかくにも、この自粛生活が続く期間にCIALのみんなと仲良くなれたことは、嬉しいことの一つだな、と思ったのでした。いつか一緒に何かものづくりできたらいいな〜!



ありがとうございます。ちょっと疲れた日にちょっといいビールを買おうと思います。