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タピオ・カーン HARVEST

 一見整理されていない、低木と雑草が生い茂る平地だが、もう少し目を凝らして観察すれば、そうでないとわかる。

 地面を這うハート型の葉はさつま芋、縁がギザギザした葉を持ち、人の高さをも超える草は苧麻、茎が真っ直ぐに伸び、白菫色の花を咲かせている亜麻。扇型に伸びた大きな葉からフットボールみたいな蕾をぶら下がっている芭蕉。そして一番多い、葉が放射状に七つ股に分けた矮木はキャッサバ。どれも利用価値のある植物だ。

 頭に笠を被り、青いチェックシャツ、カーゴパンツといった農家の格好で、立派な黒ひげを蓄えた男が一番高く育ったキャッサバのそばでしゃがみ、鋤で土を掘り始めた。根に傷つけないよう正確かつ迅速な動きで鋤を動かし、一振りごとにキャッサバの肥大した根っこが露わになっていく。

「タピオ、カーン!」

 十分に根が表れると、男は茎を掴んで、引っ張った。まるで土色の人参が放射状に生えた奇怪な形、それがキャッサバの根部、タピオカの原料となる部位だ。

「タプフーン」

 彫られだてのキャッバサのにおいに釣られて、そばで待機していた漆黒のモンゴルナイトメアは頭が近づき、キャッサバを嚙り付こうとした。

「メェ」男ーータピオ・カーンが、ナイトメアの頭を手で押し戻し、彼女を阻止した。「ダプルーン」小ぶりだが逞しいナイトメアは不服そうに音を立てて鼻孔から息を吹いたが、最後は大人しく頭をさげて、作業を邪魔せぬよう側にあるさつま芋の葉を齧り始めた。カーンが愛馬にキャッサバを与えないのは処理されていないキャッバサに毒素があるからではない。キャッバサが含有するシアン化水素など、魔馬であるモンゴルナイトメアはものともしない。最近は出陣と略奪に出ることが少なくなったことにより彼女の体重が増える一方で、澱粉の減量をさせられている。

 同じ要領で、タピオ・カーンは6本のキャッバサを彫り出した。ナイフで根を釘を切断し、根をローブで繋げて、ナイトメアの背に積めてから鞍嚢から肥料が入った袋を取り出し、素手で中に突っ込んで、馬糞と石灰、そして動物の骨粉で調和した肥料を撒いた。鋤で土と混ぜ合わせると、放置していたキャッサバの茎をさらに数段に切り、それを地面と平行した状態で土に埋めた。これでまた新しいキャッバサが育つ。キャッバサの栽培はとても簡単だ。

 十分の量を採れたタピオ・カーンは鋤を肩に担い、ナイトメアのケツを叩いた。魔法の黒馬は小さく嘶き、荷物を背負って主人の後ろについて行く。

 ここは樹薯粉可汗国、かつては秩父と呼ばれ、タピオ・カーンとその軍団が日本から奪取し、占拠した土地だ。澱粉神であるタピオ・カーンの法術は一帯の気候を改変し、キャッサバなど熱帯植物に適した環境に作り替えた。

 主な産業は農業、キャッサバから加工したタピオカ粉も輸出している。あと飲料業と観光もそれなりに繁盛。

 入国は駅で簡易な手続きをするだけ。最近はスマホアプリも始めて、事前予約すれば手間が省ける。

 法律は日本政府統治時代とほぼ変わらない、しかし一つだけ大事なことがある。

 キャッサバ料理、特にタピオカは絶対に完食すること。

 さもないと、雷鳴とともに、戦馬に跨り、怒りに満ちた大王タピオ・カーンは粗末を犯した者の前に現れる。

 それは文字通り、血の雨が降ることを意味する。


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