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I became SAGA in 佐賀 4

 海鮮旬菜酒家壱壘(いるい)は地下一階にある地元の食材を使った料理を提供する居酒屋だ。Googleの口コミも概ね高評価。さらに地ビールも出している徹底的な地元アピール。時間がまた早いのか俺とタイラダ以外にサラリマンの二人組しか客がいない。我々は注文を決め、料理を待ってる間に透き通った銅色のクラフトビール”IMARISI IPA”を堪能していた。

「お待たせしました。ワラスボお造り4つでございます」

 頭にバンダナを巻いたシェフがカウンターの上段に皿を2つを置いた。山盛りのつまの上に、刺し身、大葉、わさびの塊を2人前の量で盛りつけてある。皿を節約するために1つの皿2人分を載せると注文した時に説明をもらった。4つを注文して、2つが出て、でもしっかり4人分がある。これでデッカードも大歓喜だろう。俺は皿にスマホを向けて写真を一枚とってから箸を手に取った。

「うぉーすげー。マジですごいですわこれ。本当に頭だけになっても動いてやがる。うぇー」

 俺は箸でワラズボの頭をつついた。ワラスボが怒り狂うように胸鰭を強張らせ、に鋭い歯が生えた口を大きく開いた。活き造りは初めて生で見たけど絵面がけっこうエグいな。ちょっと可哀想……いや、全然可哀想じゃないな。こいつがイールだ、かける情けなどない。

「ほ~れほれ、このような無様な姿をさらしてよぉ、悔しいかイールめ?おぉん?悔しいでしょうねぇ~ゲヘヘヘ!」

 自分で獲って捌いたわけでもないのに、俺は勝利した気分になってもう一匹のウラスボの頭をつついた。ワァーと口が開く。

「頭だけでも動いてるのってそーんなに珍しいですかね?私はもう慣れてるけど」

 流石ローカル。タイラダは特に感動も感慨もなく、普通の魚を食べるように刺し身に醤油とわさびをつけて口に入れた。

「どころでですねさアクズメさん、一応言っておきますけどさ、ワラスボはハゼの仲間なので分類上、イールではありませんよ。知ってました?」
「ええ、知ってますとも。しかし属や科など所詮、人間が勝手に決めたものです。ワラスボは細長てヌルヌルしている、よって100%イールです」
「へー。じゃムツゴロウは?ムツゴロウも細長いしヌルヌルしてるけど」
「ムツゴロウはイールではないです。可愛いし、いかにも善良っぽい顔しているので」
「……つまりイールかどうかはアクズメさんが好みで決めてる感じですか?」
「まあそうですね。ちょっと驕りっぽい言い方になりますけど、イール殲滅を目論んでいる聖戦士は地球上では俺一人しかいないので、その辺のなんていうか、定義っていいますか?割とルーズなので」
「はぁ、気まぐれで特定の生き物を絶滅絶滅ってはしゃいてたのかよ?」パラン。タイラダが叩きつけるように箸を皿の端に置き、腕を組んで両肘をカウンターに乗せた。「最悪だなおい」

 俺はその態度の変化に驚いた。何か言おうとしたが、適切な日本語が思い浮かばない。てか今日でリアル初対面の人に対していきなり邪険するな姿勢を取るってあり得る?こいつが本当に今日一緒にゾンビを撃って、プリキュアを語って、怪しい団体を切り抜けた男と同一人物?彼とはBFFになったつもりだったのに。

「あぁ、そうですか。そう思われても仕方ないすね……」
「まったくだよ。あんたの幼稚な文章のせいでウナギを含まれたすべての細長い魚にどれぐらいの迷惑をかけたか考えたことあります?」
「ウッ」

 雰囲気が氷点下に下がった気がした。居心地がすごく悪い。タイラダを直視するのも辛くなって、また手を出していない刺し身を見つめることにした。ウラスボまでが俺をあざ笑うように口を開けて閉めている。確かに俺のイール殲滅ネタは多少悪ノリの部分がある。認めるよ。だけど今まではイールをネタにした宗教的小説と土用の丑にウナギ販促記事書いただけで、実物のイール被害を加えたことが一切なかったじゃないか。うん、なんか急に腹が立ってきた。もう食欲がないし、早くここから出よう。ホテルに戻って、タイラダをブロックして関係を断とう。たぶんこれがお互いにとって一番いい、ダメージを最小限で済む。俺は腹をくぐって、ジョッキを傾けてIMARISI IPAをイッキして、席を立った。

「タイラダさんすみません。僕の文章で気持ちを悪くしたら謝ります。今日は色んな所に連れて行ってもらってありがとうございました。それじゃ。すみません、お勘定を」

 そしてに手を突っ込んで、財布を取り出そうとした際に。

「おいちょっと待て。料理また残ってるよ?」

 ズーン。後ろに椅子の脚と床が擦る音が聞こえた。振り返ると、タイダラが立ち上がって、右手に俺の分だった皿を持ち上げた。なんかすごく悪そうな目つきしている!

「完食しないとさ……大将にシツレイだろ?」

 近づいてくる!とても悪そうな予感!

「食ってからァ、行けよッ!」
「ブワッ!?」

 タイラダがぶつけてきた皿が顔面に直撃!衝撃りひんやりの感触が同時に伝わって、頭の中でスパークが爆ぜた。俺は転げてしりもちした。

「ノロい!自称聖戦士とか笑えるナァ!」

 頭上からタイラダの声が聞こえた。心拍が早くなり、体温が上がる。自分のなかに激しい怒りを覚えた。いいよ、向こうから喧嘩を振ってきたんだ。買ってやるぜタイラダ!次のニチアサは病床で過ごしてもらう!顔が腫れてまともにプリキュアも観れないようにボコってやるよ!

 起き上がり、顔についたつまを手で拭き取って、ずれた眼鏡を押し戻してタイラダの方を見た。

「タイラダてめえッ!……は?」

 その時俺は彼の変貌に気づいた。

「ぐぇぇーぷ……うぐぼごごごご……」

 げっぶか嘔吐のような声を漏らして、白目を剥いたタイラダの口から黒くて細い長い、湿っぽい艶めきを帯びた物体がうねりながら這いずり出た。まるで悪夢のような光景だった。一瞬前まで燃え盛った怒りが火に水をかけたのようにすっと消えた。代わりに寒気が脊髄から全身に伝った。

 物体の先端は丸みのある三角形状、その上にある居酒屋の仄か照明を反射する二つの点。見間違えるはずがない。

 イールだ。

(続く)

この旅行記事の内容はフィクションです。実在する人物と一切関係ありません。 







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