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風紀委員やっていたの話

高校二年、新学期。いつもお通りクラス幹部の選挙が行われた。

「えーじゃ、次は風紀委員を選びまーす。やりたいひとがいますかー」
「風紀委員なら軍師が適任だと思います!」

(ハァ?)

急にニックネームを呼ばれて、ボーとしていた俺が驚いて現実に引き戻された。

「いいね!絶対適任だと思う!顔怖いし!」
「無愛想だしきっと公正にやってくれる!」

同意するクラスメイトたち。いやいや、なに勝手に話を進めてんのこいつら。

「OK、もし異議がなければ、今学期の風紀委員は軍師訓で決まりね」
「いや、待ってくださいよ先生」と俺は異議をあげるべく挙手した。「やりたくないです。辞退していいですか?」
「だめです。私がお前らの担任をやるために教師を目指したんですか?人生とは、やりたくないことを押し付けられることがたくさんあります。総意を受け入れなさい」
「アッハイ」

それでは、この学校における風紀委員について説明しよう。名称とおり、風紀を正すための役職だ。風紀委員は風紀記録簿と呼ばれるファイルフォルダーを渡され、そいつにクラスメイトの良し悪しを記入する。A君、床に落ちていたゴミを拾ったとか、B君、授業中に漫画を読んでいたとかを書いていく。アニメでよく見られるギャルのスカートの丈の指摘することもなければ、正しき暴力で不良を糾弾することもない。学校側は風紀記録簿を目に通しているかすら疑わしい。

「では、金曜日の午後、風紀記録簿を学務処に戻すように。以上だ。励みなさいよ」
「「「へーい」」」

学務組長に言い渡され、各クラスの風紀委員が解散してオフィスを出た。風紀記録簿を脇に挟んで、釈然としない気持ちで、俺はクラスに戻った。

当週金曜日の午後、風紀記録簿を提出に学務処に行った。

「ちょっと待って、なにこれ?記録簿に何も書いてないぞ?真っ白だ」

教務組長は俺を呼び止めて、フォルダーをめぐりながら言った。やはりそうなるわなと僕は思った。

「はい、その、皆がとてもいい子なんで……」
「それはないでしょう。あんたさあ、使命感とかなにの?」
「ないです。すみません」
「そうかい。でも任された仕事だ。嫌でもやってもらうぞ。放課前に記録を余すところなく書いてもう一度提出しなさい」
「はぁ……わかりました」

嫌だなぁ。俺は誰をどんな形でも傷つけるつもりはないのに。しかし押し付けられた仕事だ、ちゃんとやらないと。まったくめんどくさい。

「組長、ペンを貸していいですか?」
「いいよ。机の上から好きのを使え」
「ありがとうございます。では」

ペンを握り、俺は教務室内で記録簿を書き始めた。

「おい何をしている。適当に書いているのか?」
「はい。放課前に改めて提出しろと言われたので。何が問題ありますか?」
「いや、ない。これで良し。来週もこの調子で頼むぞ」
「あ、はい」

風紀記録簿の信憑性。ますます疑わしくなった。

それから俺は休憩時間とかで記録簿を書くようになった。前述の通り俺が誰を傷つけるつもりはない。なのでプラマイゼロを意識して書いていた。例えばA君は授業中居眠りしていましたと今週書いたら、来週はA君がコガネムシを拾って草むらに返しましたと書く。悪いことを良いことで相殺。これで誰も不幸にならない。世界の均衡が守られた。俺って賢い。世界の支配者に相応しい器だ。

「おう軍師、何を書いたか見せてみぃや」
「あわっちょっ」

クラスメイトの太ったギャング気取り君が俺の意見を求めずに風紀記録簿を奪った。

「はぁ!?何これ?おれ授業中漫画読んでねえし!適当に書いてんじゃねえよ!」

いや読んでたよ。めっちゃ読んでたよ。

「なになに?なに騒いでんの?」とクラスメイトの女子が寄って来た。
「軍師がふざけたこと書いてやがる。ほれ」
「アー本当だ!あたしも書かれている!授業中に私語してないでしょうなに勝手なこと書いてんのさ。真面目に風紀委員やってんの?」

はぁ?てめえが俺を風紀委員に勧めたんだろうが、と俺は言わなかった。強く自分の意見を主張するキャラではないので。

「とにかく、あとでおれの名前を消しておけよ。でないとただじゃすまないからな」
「あたしもね。消してくれないと彼氏に言いつけ知ちゃうからね」彼女のボーイフレンドは当時の校内でイキっているバスケ部員だった。
「……おかのした」

俺は修正テープを二人の名前が書いてあったブロックに転がし、内容を消した。それを見たふたりは満足して、俺を解放してくれた。もちろん、このあとは書き直して、「風紀委員にちょっかい出した」と記入した。

明日からはナイフを持って登校する必要があるそうだ。いいね……ワクワクするね。中学校の頃思い出すね。

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