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千万超えの車でドリフトした話

軍隊話は反応が良かったのでノッてきた。

無事に新兵訓練を終えた俺は晴れて装甲旅団装甲歩兵連隊に配属され、本格に兵役が始まった。

装甲歩兵と言ったら君の脳内にパワードスーツを纏った戦士が重火器を背負い、キュィィィィィン!!!とローラー走行して砲火を掻い潜りながらヘビーマシンガンを連射し、敵のバンカーにロケット弾を叩き込んで、爆炎を背景にカメラアイがグォーンと光る場面を浮かべたか?そんなものは無い。

現実の装甲歩兵とは、装甲車輌に乗ったりして作戦を展開する歩兵の事だ。夢がないね。

雑用をこなして一ヶ月後、俺は歩兵学校に行かされて、そこで装甲車の操縦と整備などを学んだ。俺はそこで片手懸垂で地位を築き上げようとしたが、なんと学員の中にガチの格闘選手がいて毎日ハードな自主練を見せつけられたので自重した。

免許をもらって光栄の卒業を経て、部隊に戻った俺を迎えたのは、旅団の一大イベント、野戦訓練であった。

「今日からこのクルマがお前に任せた、壊すなよ」

と排長(曹長に相当する位階)に言われた。さほどわくわくしなかった。むしろ面倒くさい。だって運転だけが仕事じゃないぜ。この車齢10年以上の米軍M113をパク……参考にして作ったデカ物に何があったら休みを犠牲にして修理を手伝わないといけない。それに運転より、車載40mmグレネードランチャーで行く手を阻む物を吹っ飛ばすガンナー方が性に合う。

野戦初日は雨だった。フル装備の上にレインコートを着てもなお寒い。志願役の先輩が運転する全車のケツについてゆっくり泥まみれたコンクリート塊で舗装された山道を登って行く。これから4日間はシャワーも浴びれないと思うとますますテンションが下がる。

「おいどうした!?前について行ってないぞ!」

と車長席にいる排長が大声で叫んだ。そうしないとエンジンの音にかき消される。彼の言う通り、下がり坂に入ると前にいる先輩車からエンジンの咆哮が聞こえ、排気ガスが噴出するのが見た、距離がどんどん離れていく。

「うわぁマジだ!どどうしましょう!?」
「加速すんだよ!」
「えっ!?」

当たり前のこと言っているが、これまで歩兵学校の教官は学員が事故るのが恐れて「ゆっくり!ゆっくりアクセル踏めよ!時速20km以上出すなよ!」と執拗に言っていたので、俺もいつの間に「徐行以上のスピートを出してはいけない」と刷り込まれ、排長の加速要求に脳がバグった。

「でもこれ以上スピートさせると危ないすよ!」
「心配ないって!アクセル踏めやオラァ!GOGOGOGO!」

命令されて俺は心の中で何かが弾いた。そうかい、あんたがそういうのならいいすよ、アクセル踏み倒してやるすよ!

ゴォーッボォォォォー!ギュロロロロローンン!

軽油エンジンが吼えた。ギア3に切り替え、13tの鉄塊が全速力で走った。

ここで俺が運転していたコイツの操縦について説明する。履帯車はハンドルではなく、二本のレバーで方向を切り替わる。曲がりたい方のレバーを引くことでその側の伝動輪にブレーキをかけ、両側履帯にスピート差で曲がるのだ。

前方の道は左に曲がっている!クソ!こんなスピードで曲がることないぞ!大丈夫か!?タイミングを計らって、左のレバーを引く。すると。

ズーーージャジャジャジャー……

履帯が湿った地面を滑り、車体が斜めの状態で前に進んだ。ドリフトだ。

「すげえ!ドリフトじゃんこれ!」
「心配ないって言ったろ!履帯の安定感が半端ないって!」

千万超えの車でドリフトを決める実績を解除した。

その時の高揚感、一生忘れない。


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