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お肉仮VS.ビヨンドミート仮面

お肉仮面が監禁されてから3日が経った。顔に付けているサーロインステーキは熟成しすぎて黒ずんでいる。

プラスチック複合材の天井、タイル張りの壁と床、換気扇がついた窓。4歩あるけるくらいの広さ、洗面台と便器以外に家具らしいものがない。監獄の独房、あるいはどこか廃家のトイレか。壁に嵌まった頑丈な金属ドアが唯一の出入り口だ。

3日前、お肉仮面は親友の電楽とすたみな太郎高崎店で楽しい時間を過ごしていた。お肉仮面は焼肉全種類を制覇し、電楽はタピオカミルクティーをお代わりしたりした。過剰摂取したカロリーを消耗するために二人は徒歩で帰ることにした。二人とも爆発寸前まで胃を追い詰めた上にアルコールもそこそこ飲んだので完全に仕上がっていた。

酔っぱらってゲラゲラ笑いながら道を歩くお肉仮面は迫りくる襲撃者に気づかなかった。首にちくっと痛みを感じ、目が覚めたらここに居た。

便器と洗面台はちゃんと水が流れるので飲水と排泄に問題はないが、問題は空腹。お肉仮面は部屋の隅にじっと座って、カロリーの消耗を最小限に抑えている。

カション。金属ドアの下から僅かな隙間が開いた。そこからステンレスの給食プレートが滑り込んだ。ケチャップをかけたハンバーグに、ボイルしたブロッコリーとニンジンブロックを添えて、また湯気が立っている。1日に2回、こんな感じで食事が提供される。

お肉仮面は立ち上がり、ふらつき、プレートを拾った。先に述べたように、彼はこの3日間なにも食べていない。つまりプレートを持った彼が次にとった行動はーー

パタ、ポトン、プトトト。ジャーワワワワー、ジャォォーン……

なんと、あ肉仮面はせっかくの食事を便器に捨て、流したのだ!添えのブロッコリーとニンジンはともかく、ハンバーグまで!誰よりも肉を愛し、いかなる場合でも肉だけは絶対に浪費しない、肉食者のカリスマであるあのお肉仮面が、肉を捨てただと!?

これまでのお肉仮面のイメージとあまりにも乖離している行為だ。読者諸氏が今頃騒ぎ立つのも無理はない。だがここは一度冷静になって考えて欲しい。お肉仮面がこのようなことをするにはきっと何らか理由がある。

プレートを洗面台で流したお肉仮面はまたふらつきながらドアがに前に戻り、プレートを隙間に押し出した。

「どうしても食べないというのか?」ドアの向こうから声がした。低い男性の音だった。「近所から取り寄せたオーガニック食材と手作りのビヨンドミート™ハンバーグ。それなりに気持ちを込めていたが」
「だからこうして、下水に流して、川か海に流れて、魚のエサにしてるんじゃないか……へへっ、良かったね生態に役立てて」
「……」

ピピピッ、カタン、コタン、ウィーン……モーター音と共に重厚のドアが開いて、男が立っていた。引き締まった長身。オーカー色のシャツと砂地迷彩ハーフパンツ。Timberland™のマウンテンブーツ。サファリパークガイドめいた格好はそれだけで十分目立つが、最大の特徴はその顔にある。

ハンバーグだ。男の顔は目のところに穴が2つ開いているハンバーグが貼りついてる。しかもそれは挽肉で捏ねたハンバーグではなく、植物タンパク質を合成して作ったビヨンドミート™バーク、ビヨンドミート仮面なのだ。その手には危険なテーザー銃を持っている。

「このままでは死ぬぞ。それでもいいのか?」
「ファッキュー」お肉仮面は精一杯のファックサインを見せた。「そんなに僕の命が心配なら、早く僕を解放して叙々苑に連れていくことだね」
「それはできない、お肉仮面。あんたを菜食者に改心させ、肉食の六道輪廻から脱するのは私の役目。有情衆生のために、そしてあんたのためにも、私はやり遂げねならない」
「やってることが拉致監禁なのに?」
「偉業を成就するため、時に非常手段が必要」
「はぁ……すぐに過激に走る。これだから菜食者が嫌われるんだ。そこら辺でひっそりニンジンやカボチャでも齧ってればいいのに、どうして他人の食事に文句言って噛みついてくるんかね?」
「なんでも言え。もう少し腹を空かせば考えも変わるだろう」
「死んでも代替肉なんか食べないよ」

クイーン、カタン、コタン、ピピピッ。堅牢な金属ドアが閉じた。お肉仮面が部屋の隅に戻って、うずくまった。

(クソ、なんもできなかった。あの菜食者野郎、会話中にいつでもテーザー銃を撃つ準備をしていた。今の状態じゃアレに撃たれたたまったもんじゃない……クソ。余計に喋ったらまた腹が減ってきた……電楽、無事だったかな……)

お肉仮面は地雷メイクした電楽のかわいらしい顔が浮かんだ。

(僕と同じ監禁されているのかな。だとしたら早く助けに行かないと。電楽、会いたいよ……)

親友の安否を心配しつつ、お肉仮面は眠りに落ちた。

🥓

監禁5日目。ビヨンドミート仮面が朝食(今日の献立はビヨンドミート™とトマトのサンドイッチ)を持ってきた時に、お肉仮面に変化があった。

覗き穴から見たお肉仮面は床で仰向けになっていた。顔に貼りついたサーロインステーキは水分が抜けて、ジャーキーみたいに縮んで硬くなった。胸が起伏していない。呼吸していないように見えた。

「Shit!」

ビヨンドミート仮面は急ぎに電子ロックを解錠して中に入った。指でお肉仮面の頸動脈に当てた。脈があるが、遅くて、弱い。お肉仮面が衰弱死に瀕している!

もはや猶予はない。不本意だが、今すぐブドウ糖点滴を打てばまだチャンスがあるかもしれない。そう思ったビヨンドミート仮面が点滴を取ってこようとお肉仮面に背を向いて外に出ようとした時。

「血ィィィィーッ!!!」
「なにっ!?」

瀕死だと思われたお肉仮面が躍起し、獣めいた動きでビヨンドミート仮面の背中に飛び掛かって、肩口に噛みついた!

「血ィ血ィィィィーッ!」
「ぐわあああ!??」

生暖かい吐息、皮膚が歯に破られ、肉が引っ張られる痛み。ビヨンドミート仮面は恐怖した。

(噛まれてる!食われてる!?私が!?)
「血ィアアーッ!」
「このッ、ケダモノめがァ!」

アドレナリンの大量分泌によって恐怖が憤怒に変わった!背を向いたままでビヨンドミート仮面は肘でお肉仮面の脇腹を突いた。

「ぐんんっ!」

内臓が響いた。元から血糖質が低いお肉仮面が耐えられず手を離して床に尻もちした。お肉仮面の決死の反撃が虚しく徒労に終わったというのか?

「......この肉食畜生が」

ビヨンドミート仮面は噛まれた場所についた血と唾液を拭き取って、汚れた手のひらを見た。そして唸るように言った。

「なんと救い難き……一線超えたなお肉仮面!もはやお前のこと人間だと思わん!」ビヨンドミート仮面は腰の後ろ手を回した。「人道的見地に基づいて貴様を処分す……んん?」

しかしあるはずの物がなかった。ビヨンドミート™バーグの下に困惑の表情が浮かんだ。

「ククク……探し物はこれか?」
「あっ」

お肉仮面の手元を見て、ビヨンドミート仮面は驚愕した。自分のテーザー銃がお肉仮面の手の中に握られている!

「貴様……さきほどの奇行は私の気をそらしてテーザーを盗むためだったか!?」
「本当は一切れでも食べるつもりだったがね。まあ」お肉仮面は銃口をビヨンドミート仮面に向けた。「麻痺して大人しくもらってから食べたほうが楽だし、結果がオーライだねぇ!」

躊躇なくトリガーを引く!バッシュ!カートリッジ内の高圧窒素が爆ぜ、先端にアンカーがついた2つの電極がスプリング状に曲がったワイヤーの尾を引きながらビヨンドミート仮面に向けて飛んでいく。

(ヤッタ!これでやっと肉が食える!)

電極が皮膚に食い込む、電流が流れ、激痛と筋肉麻痺によって相手が立っていられなくなって煮ても焼いても食える状態になる。お肉仮面は頭の中で勝利図ができがっていた。

しかし信じられない事態が起こった。

ビヨンドミート仮面はマトリックスのエージェントように上半身を極限にそらし、回避を行った。電極があさっての方向に飛んでいった。

「へ?」

訝しむお肉仮面に、ビヨンドミート仮面は迫る!ステップからの前蹴り!

「ヤサイヤーッ!」
「にぐぁっ!」

Timberland™ブーツの分厚い靴底に直撃されて後ろ壁にぶつかるお肉仮面!ビヨンドミート仮面がさらに追撃!Timberland™ブーツの固い靴先がお肉仮面の鳩尾をえぐる!

「ヤサイヤーッ!」
「ぶたばぁ!」

内臓が圧迫されて、お肉仮面が血液混じりの胃液を吐き出した。

「これが菜食の力だ」興奮で肩を上下させながら、ビヨンドミート仮面が言った。「多種類の天然ビタミン、希少ミネラル、繊維素、そしてビヨンドミート™でタンパク不足の問題もカバーした。クリーンかつ余分のない栄養を十足に得た私はいつも肉体を最高コンディションに維持できた。1対1の状況下でその見え見えの射撃を躱すなど、造作もない」

もはやお肉仮面には反撃する気力が残っていない。ビヨンドミート仮面は右足に力を集中させた。

「改心させなれなかったのは残念だった。地獄に落ちるがいい。閻魔大王と鬼たちにしっかり肉食罪を償うことだ」

お肉仮面の頭骨を砕けるべく、ビヨンドミート仮面が渾身のサイドキック放ってーーとその前に、後頭部が鉄パイプで殴られた。

「ぐっ」

前めりに倒れこむビヨンドミート仮面。

「へぁ?」

再び訝しむお肉仮面。顔を上げると、地雷メイクしたロン毛の可愛らしい男が目の前にいた。

「射撃は躱せるけど、意表を突いた攻撃にはどうしょうもないのようですね」
「おお……!」

間違いない。彼こそがお肉仮面の最大の友人であり小説書き、電楽そのものだ!

「電楽……!無事だったのかッ!」
「待たせちゃいましたねお肉仮面さん。ここまで来るの結構大変でしたので」

電楽はバッグを探って、真空パック入りのサーロインステーキを取り出した。

「はいどうぞ。新鮮なお顔です」
「おお!ありがたい!」

お肉仮面はそれを受け取ると、電楽に背を向けてジャーキーに化した仮面を外してポケットに収め(あとで食べるので)、新鮮なステーキを顔に貼りついた。何らかの力が働きによってステーキは蠢き、目のところに穴が2つ開いた。

「お肉仮面、復ッ活ッ!とは言いたいものの、もう腹と背中がくっつくほど腹が減ってさぁ……うぉぉぉん……」
「早く脱出しましょう。走れますか?」
「走れませんです」
「しょうがないですね。おんぶしますよ」
「悪いね」

電楽におんぶされて、お肉仮面は5日過ごした独房から出た。階段にあがって、廊下を通って、玄関から外に出られた。意外と普通の民家だった。庭を出て、電楽に車に押し込まれた。

「お菓子を用意したので好きに食べていいですよ」
「ありがたいね……やはりきみは最高だよ。電楽」
「いえいえ」

お肉仮面は天狗ジャーキーの袋をちぎり、ジェーキーを齧った。数日ぶりの肉の滋味、思わず涙がこみ上げた。

「これだよ……どっしりした食感、噛めば噛むほど味が出て……やはり肉、最高だ!それに比べて野菜なんてクソ!豆腐もクソ!代替肉なんてクソ中のクソだわ!」
「喜んでもらえて何よりです。どこかへ行きましょうか?」
「叙々苑!」
「かしこまりました」

🥩

「おのれ……協力者を見逃したのはミスだったか」

独房の中で、ビヨンドミート仮面が立ち上がった。ダウンから復帰までわずか25秒。その早さも菜食の力といえよう。

「マジキレだ……今すぐ追跡しせねば!」

早歩きで地下室から一階にあがり、ガンロッカーから物騒なライオットガンンを取り出して00Bを詰めこんた。彼は今菜食的使命感で頭がいっぱいである。ゆえに周りに気をつけなかった。

「今度こそ完全に仕留めて……うん?」

玄関に出るや否や、足元に違和感を覚えた。下に目をやると、自分の足が円盤状の物体を踏んでるのを見た。

「これって」

🍗

KRA-TOOOOOOM!!!

「うおっ!?」

ジャーキーを無心に齧るお肉仮面は突如の爆発音に驚いた。

「な、なんだぁ!?」
「どうやらヤッコさんが踏んでくれたみたいですね」
「踏むって、なにを?」
「地雷です」
「地雷って……どこから調達してきてたの?」
「自作ですよ。私は最近地雷メイクにハマっているのご存じでしょう」

バックミラーに映っている電楽は得意げに微笑んだ。

(終わり)

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